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僕はやっぱり拐われる

 オアシスの町、池の畔の屋台。


「ちきしょう! 不浄どもめ、放せ! 放せつってんだろ」

「神聖な布教活動の邪魔すんじゃねえ」

「いてっ、かわいそうなお前らを導くウチらを簀巻きにしやがって。放せっ」

「レムリアス様の名にかけて、おまいらに神罰がぶち当たってしまええ」

「うぅ、聖水がぁ、が、我慢できん。聖水があふれるぅうう」

「うるさい、さっさと歩け」


 世紀末な姿の天使族6人の少女たちは、町の警備兵に確保され、口々に毒をはらんだ言葉を吐きつつも連行されていく。


「お嬢ちゃん達、ありがとな。あの子らが突然現れて嫌がらせしてきて困ってたんだ。お礼にパンを持って行きな」

「ありがとう、おじさん」


 屋台のおじさんは感謝しつつ、気前よく十個ばかりパンを紙袋に詰めレティに渡す。

 僕たちはありがたく受取った。

 

「そういえば。お嬢ちゃん達、昨日もきてたよね。あの元気なお嬢ちゃんはどうしたの?」

「うん、あのコはね、しばらくこの町から離れることになったの」


 もちろん、パン屋のおじさんはマリルのことを言っている。


「そうか、いつかあのお嬢ちゃんに会ったら、パンを買いに寄ってくれと伝えてくれよな」

「伝えておくわ」



 町一番のホテルの部屋。

 死神教会の支部長でマリルの兄でもあるエンド氏の計らいで宿泊している。


 僕とレティ、シルバーは部屋に戻り、パンを分け合う。

 オオカミ男4人組には2コづつ、シルバーには1コ、僕とレティは1コを半分づつ分け、ちょっとした買い食いを楽しんだ。

 配分的には立場やさっきまでのゴタゴタの貢献度からして変に思うかもしれなが、このあとここのホテルの食事があるので肉体的に燃費の悪い獣人族達優先とした。

 どうせ、彼らにとってパン2コは少ないに決まっているからだ。

 焼きたてのパンの香ばしい香りがホテルの部屋を満たしていく。


 それぞれがパンを食べ、くつろいでいると死神教会職員が食事の案内に訪れた。


 僕らは、ホテルの大広間に通されると、丸テーブルの席が数カ所設けており、皿やグラスなどが用意されている。

 部屋の中央と壁際のテーブルに様々な料理が盛ってあり、宿泊客は皿を持って自由に選んで食べるといった、いわゆるバイキング形式だ。

 肉や野菜などの素材をゆでたり焼いたりしたものが多く、手の込んだ料理はない。

 見た感じでは、ソース類などのかかったものはなく、シンプルに塩とか砂糖類での味付けしたものだろう。

 せいぜい、スープの具材として味付けしたものといったぐらいか。

 シンプルかつ雑なものばかりだが種類は多く、しかもボリューム感のある料理ばかりでそれなりに満足感のあるものばかりだ。


 オオカミ男たちは早速、焼いた肉類の塊をありえないほどの量を皿に山盛りにして、テーブル席でモリモリ食べ始めている。

 先ほどパンを2コずつ食べているはずだが、予想通り彼らの胃袋の足しにはなっていないようで、沢山の肉料理はどんどん胃袋に収められていく。

 まもなく、彼らはお替わりのため、空になった皿を持って立ち上がるだろう。


 僕もパンと肉、フルーツを皿に盛る。

 レティはスープとパンを取った。

 シルバーは皿に何品か盛って、レティについて来ている。


 僕らも空いた丸テーブル席に座ろうとすると、エンド氏が先に座っているのに気づき、僕らを招いた。

 もう一人、初老の紳士風の男性も座っており、その御仁も僕の方を見ている。

 僕たちはそのまま招かれるまま座る。


 協会支部長でマリルの兄でもあるエンド氏。

 もう一人は初老の老紳士、身なりとエンド氏の気遣い具合からそれなりの身分の者らしい。

 当然初めて会う人物だ。


「やあ、リュート殿、レティ殿。一緒に食事しましょう。こちらへどうぞ」


 エンド氏が声をかける。

 僕らは、ごちそうになる側でもあり、軽く会釈して座る。

 エンド氏は老紳士に視線を移す。


「同席者の紹介しましょう。この御方はこの町の自治を統括している、ヒロキ様です。そしてこちらが妹の友人のリュート殿とレティ殿です」

「はじめましてヒロキさん、リュート・ヒドリです」

「レーティア・ファルティーニ・ドラキです」

「おお、君たちか、ヒロキ・クラヨシ・パシフィスと申します。先ほど、おかしな新興宗教の連中からパン屋の主人を救ってくれたというのを聞きました。お礼をいいます」


 腰の低い、しかも見たとおりの紳士だというのが第一印象だ。


「いえ、僕はなにも。救ったのはこちらのレティとシルバーです」

「そうですか、シルバー殿にもぜひ礼を言わなければなりませんね。あのパン屋の主人は私がこの町の統治を任される頃からの付き合いでして。あの主人を通じてこの町の人たちに迎え入れて頂いた恩もあるのです。そして何と言ってものあのパンは大好物でしてな。私の毎日の生活に欠かせない1品なんですよ」


 ヒロキ氏は、僕達に食事を勧めつつ、自身もスープをスプーンですくい、口にする。


「ヒロキ様は、この町の総責任者です。ここだけの話ですが彼は人間族であり賢者でもあるのです。私ども死神協会の支部設立にあたり、ご尽力を頂いた恩人です」

「いやいや、エンド氏、見た目は私が歳上のように見えますが、エンド氏の方がはるかに歳上なのですよ。リュートさん、私は60歳、見た通りの老人です」


 ふむ、見たままの年齢ということか。


「賢者ですか。凄いですね、僕が知っている賢者って物語にしか出てこないものでして。やっぱり、知識や知恵、魔法もすごいのでしょうね」

「いやいや、リュート殿の言う賢者とは少し違いますな。私は人間族、この世界ではこれといった能力はありません。当然、人間としての個人差はあっても他の種族のような特化した能力はないのです。魔法は使えませんし魔力も持ちません。エンド氏やレティさんのような長寿ではありません。また、シルバーさんやそちらの4人の殿方のような獣人族でもないので筋力もたかが知れています」


 ん? 凡人というか人間そのものが賢者ということかな。


「我々人間は、この世界の住人の中で身体能力的に最弱の存在です。しかし、最古から存在する種族で、古代から受け継がれた遺産とその知識をもって存在を主張しているに過ぎません。リュート殿、あなたはこちらの世界においでになった人間族ですから、ご希望とあらば我々の知識をお分けしましょう。この世界で生き延びるための力になるかと思います」

「ありがとうございます。ところで『古代の遺産と知識』て何ですか? もしかしてこの町にある池の真ん中の水を出すあの遺跡とかも関係あるのでしょうか?」

「そうです。あの遺跡も昔の人間族が作ったものです。あの水のお陰で、この町は綺麗で生命あふれるようになりました。我々はこの世界の至る所にある古代の遺跡を探して、埋もれた物を発掘しては失われた技術を研究しています。語り継がれたもの、古い文献もあるのですが、それ以上に失われたもの多く、我々人間族は代々発掘と研究に一生をかけているのです。解明された技術や道具類は、効力などを分析し、良い影響のあるものは公開し、危険なものは葬るのが種族の使命として受け継がれています」


「我々、死神族がもっている魂を刈る鎌も、人間族から特別に供与されている道具なんだ。集めた魂は、古代遺跡の一つ、輪廻の神殿に捧げられることになっている。もっと上の役職の者が魂を選別し、神殿内のそれぞれの異界への門へ送リ出すまでが我ら死神族の役目です。一方、神殿の管理者、これも人間族の賢者でもありますが、このときに魂の対価としてお金を死神協会に支払われる仕組みになっているのです」


 エンド氏もさらっと、重要な事を口にする。

 魂を回収する役割の死神族。

 集めた魂の受け口の神殿をもつ人間族との関係。


「ヒロキ様は、この町の生命線である、あの水の遺跡の研究者、兼、運用管理者なのです。この御方は町の生命線を握っているのです」

「いやいや、まだ、あの遺跡の全てを解明されていませんが、水の吐出量と温度の調整は私の手で行なっています。例えば、この荒野の冬季には温かいお湯を、暑い夏季には冷たい水にして快適に生活できるようにしています」


 ふむ、今のところ、この世界では人間が最弱だけど古代のテクノロジーで能力を補っているんだな。

 しかし、大量の水の温度管理のできる技術なんて凄いな。

 お湯にしてお風呂が作れないかなあ。


 突然、レストランに衛兵が慌てて入ってきた。

 僕らのテーブルに近寄り、ヒロキ氏に耳打ちする。

 ヒロキ氏はなにか小声で指示し、衛兵は頷いて退室する。


「リュート殿、レティ殿。せっかく捕縛したあの天使共が脱走してしまいました。トイレに行きたいと騒いだのでロープをゆるめ行かせたところ、窓から出て衛兵の後ろを襲撃して全員逃げ出したそうだ。いま、全ての衛兵と滞在している冒険者達に捜索と捕縛を支持したところです。せっかく取り押さえて頂いたのに。なんとも申し訳ない」


 ヒロキ氏は頭をさげた。


「頭をお上げください。しかし、あの天使たちは物凄く頭悪そうなのですぐに捕まるでしょう」


 レティが軽い毒を込めて言う。


「そう言えば、あの天使たちは『レムリアス様』と言ってましたが、信仰している神様か教祖なんだろうか」

「ふーむ。いや、まさか」


 僕の言葉にヒロキ氏の顔色が曇る。


「この町にもあるような古代遺跡の時代の話です。我ら人間族の先祖に、大きな大陸が2つ、それぞれに国をまとめる部族があった。わたしを含め、現存する人間族はパシフィス王国の末裔です。私の名前にもあるパシフィスが末裔としての名残ですね。もう一つの滅んだとされているのがレムリアス教国と言われています。当時、両国は民間と技術交流があり、長期に渡り文明が高度に栄えました。ところが、人間は罪深いものでしてな。平和が続きますと欲の深い権力者が現れ、互いの国を支配しようと争うようになり、最初は小競り合いだったのが全面戦争に発展しました」

「生き残ったのがパシフィスの方だったんですね」

「そうですね。正確には、どちらも壊滅的な状況の中でぎりぎり生き延びたのがパシフィス、途絶えたのがレムリアスだったと言われてます。しかし、レムリアスはもともと宗教国家。教団としての思想は残っていたのかもしれません。現に今回の信者は天使であって人間でなかった」


 狂信者達がひとつの思想をもって集団化している。

 しかも、あの天使どもの世紀末ぶりはまじヤバすぎだ。

 関わりたくないけど、ほっとけない。

 

『リュートさん、ここは協力することでいいんじゃないかしら。今後のことを考えても、ヒロキさんやエンドさんの後ろ盾になって頂くのも悪くないと思うわ』

『そうだな。関係と信用を強化するためにもいいかもしれないね』


 レティは念話で話しかける。

 僕も、概ね同意だ。


「ヒロキさん、わたしたちも協力します。わたしたちは夜目が効きますし、シルバーやあのオオカミ男たちはそれ以上に耳や鼻も効きます。町の中だったら見つけ出すのは容易いと思います」

「おお、レティ殿、ありがとう。あんなおかしな連中を野放しには出来ないから助かります。一般の住民に被害がないうちに逮捕したいですから」


 レティの提案にヒロキ氏は感謝を述べた。

 夕方に食事を始めたのもあって外はすっかり暗くなっている。

 夜目の効く能力はこういうことに役に立つ。


「あ、そうそう、リュート殿。実はわたしのいくつかの研究テーマ的に、リュート殿の後天的に付加された能力について興味がありましてね。お互いに落ち着きましたら、そのことについてお話をお聞かせ願いたい」

「いいですよ。でも、これはレティの魔族としての能力から貰ったものです。この世界ではそんなに珍しくないと思いますが」

「いえ、人間に対しての能力の付加の事例がなかなかありません。ぜひ、お話をお願いします」


 食事も終わり、僕たちは一旦自室にもどる。


「リュートさん。賢者のヒロキさんは、とんでもない大物よ。自己紹介にも言ってたけど確かに魔法などは使えないし、身体的能力もない。でもね、古代の知識、とりわけ古代の道具を持ち、使うことが凄いことなの」

「この町の水の遺跡のことを言ってるの?」

「そうね、それも一部。魔法に変わるものすごい道具を使いこなすことが凄いことなの。古代の遺産ならとんでもない武器も沢山あるし、想像を絶する威力を持つものも沢山保有している。その使い方を知り、保有の権限をもつ人間が賢者と名乗っているの」

「なんか、怖いね。魔法より凄いってとこがね」

「武器や兵器ばかりでないけどね。薬学、錬金、土木、建設などの知識もあるし、ここの水の遺跡みたいに生活に役立つ遺跡や道具も沢山扱っている。これらをこの世にもたらすか、埋もれさせるかは彼らの考え方次第なの」

「あ。もしかしてレティから貰った、この便利な伸縮自在の棒も古代の道具じゃね?」

「そうかもしれないわね。わたしの持つムチ『レジェンド・マスター・トレイナー』も古代の道具かもしれない」

「あとで、ヒロキ氏に見てもらおうか」

「取り上げられるかもしれないわ。私のムチはまだ見せたくはないわね」

「んじゃ、棒だけ見せてみよう」


 僕は棒を伸縮させながら弄んだ。


「さて、ゴミ掃除を始めますわよ。リュートさん、シルバー、お前たちは手分けして探しますわよ。そのまま、捕まえてもいいし、手に負えなかったら大声を出すか、念話でわたしに知らせること」

「了解」

「わかりました」


 びくっ、びくっ。


 僕とシルバーは普通答え、オオカミ男達は無言で胸筋を動かしての返事をする。

 僕たちはホテルからでて、思い思いに四散した。



 夜のオアシスの町。

 僕は夜目が効くとはいえ、雑多な往来の中で逃走した天使らを見つけられないでいる。

 と言うのは、往来する者は様々な種族がおり、カッコも派手なもの、奇妙なものなどが多い。

 世紀末パンクな天使たちが紛れても、さほど目立たない。


「お兄ちゃん、ちょっとそこのお兄ちゃん。」


 声の主。

 振り返ると建物の陰から顔だけだして手招きする少女。

 それはあどけなさが残る可愛らしい少女だった。

 少し困った感じの表情をしている。


 マジ天使……。


 ふむ、なにかお困りでしょうか、お嬢さん。

 

 がつん。


「うぅっ」


 僕の後頭部に強烈な一撃。

 僕はなにが起こったのかわからないまま気絶した。



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