僕はアンデッドになってしまった
ここは。
僕が生きていた世界と違う、並行世界の大地。
僕の愛した、ゲーム、マンガ、アニメや映画は、ここには存在しない。
想像と空想が現実化し憧れていた、いわゆる異世界であった。
先日、ほんの些細な事故起こった時、いま共に歩いているツレのミスで命を落とし、この地を彷徨う事になった。
僕は14歳、火鳥竜人、こっちにきて、リュートと名乗り呼ばれている。
そして、もう一人、ツレの名は、マリル、フルネームでマリルー・グリム・リーパー。
彼女は死神だ。
黒のレースのフリルと少々猥雑なデザインのゴスロリな服装をしている。
マリルは死神の新人で自称、主席で不浄女子学園を卒業したのだというが、そんな優秀なヤツが予定より一年も早く僕の魂を刈り取る時点でかなり怪しい。
大嘘ぶっこいているか相当底辺な学校に違いない。
僕自身の話に戻すと。
僕は既に死んでいる。
いわゆる霊魂の状態だが、まだ、なんとかなるらしい。
マリルによると僕はまだ、完全に死んでいないという。
昨日のあの時、マリルは確かに僕の肉体と霊魂を切り離した。
本来なら、肉体が生命維持出来ない状態まで破損するか、魂は神族、魔族、あやかしのいずれかに、導かれるか拐われて肉体から完全に隔離した時点で現世の死が確定する。
僕の場合、肉体は破損もなく棺桶に入れ、マリルが引きずって運んでいる。
僕は霊魂の状態で存在し、マリルに付いていってる。
マリルが言うには、今、この状態はいろいろな意味で非常にヤバイ状態だという。
まず、僕の肉体は徐々に腐敗が始まってくるし、僕の霊魂は無力だ。
遺体と化した僕の肉体や霊魂ってのは、妖かしの大好物だそうだ。
さらに、神族、天族が彷徨う魂を見つければ、然るべき地、いわゆる天国や地獄に日びいたり、他の世界とかに転生させられる。
魔族に見つかっても面倒だ。
妖かしと同じく、喰らうものもいれば、眷属化して奴隷のごとく永遠に使役される。
そして、マリルが強調している一番のヤバイこと。
それは、マリルのミスに対する罰だ。
本来、死神は人を殺さない。
寿命や事故、病死など死にゆく人間の肉体から魂を刈り取り、然るべきところへ導くのが仕事だという。
放っておけば、妖かしとかに喰われたり、瘴気の影響で悪霊化するので、死神の仕事というのは重要である。
マリルは俺の死ぬタイミングを一年も見誤って早く刈り取ったのだ。
死神協会のエライさんにバレるととんでもない罰がマリルに科せられるので、本当の一年後の命日まで行方不明になってごまかし通すことになった。
というわけで、僕は現世とおさらばし、平行世界の大地を踏みしめている。
僕はまだ、この異世界に来たばかりで何も知らない。
だが、見たことのない、異形の動物、異形の人間、風景、乗り物、なにもかも現世にない風景が、僕をワクワクさせる。
この並行世界で僕の第2の人生が始まる。
◆
深い森の中。
昼なのに見上げれば木々の枝葉で陽光を隠しているためかなり暗い。
森の中の道は、ほとんどまっすぐ通っている。
獣道とか曖昧なものでなくはっきりと轍が出来ており、道をはずさない限り迷うことはない。
たまに分岐があるが、かならず道標がありマリルはそれをみて目的地に向かっていく。
僕にはこの異国の文字は読めないのだが。
マリルによれば、幼なじみの住処を目指しているという。
なんでも特殊な能力があり、その幼なじみの能力で、僕の魂と肉体を繋ぎ止めるのだという。
「ストップ、リュート、下がって」
「お、おう」
僕とマリルの前に2体の不死族であるスピリットイーターがあらわれた。
道中、マリルから聴かされた妖かしの一種だ。
厄介なのは、霊的な存在で実体が無いため、剣などの物理攻撃は一切効かない。
人や動物が死に、魂のままとどまると長き間にこの世界の不浄な瘴気に染まり、新鮮な魂を喰らうモンスターになる。
霊魂でしかない、僕にとっては脅威そのものである。
その強さは、生きていた時の強さや、どれだけ魂を喰ってきたかにより変わる。
低俗低級なスピリットイーターは魂を貪欲につけ狙うだけで、生きているもの、実体のあるものには全く傷ひとつ付けるような力はない。
ドラゴンとか大型肉食獣など上位生物や魔力の強い者がスピリットイーターになったものは、とんでもなく強い。
実体に対しても影響のある攻撃があり、とても危険だ。
今回は現れたものはそれほど大きくなく、また、動きもそれほど機敏さにかける。
マリルはすぐに腰の折りたたみ式手鎌を展開し、身構える。
「リュート、あんたはまだ無力なんで、絶対あたしから離れないようにして」
「了解」
マリルはさらに手鎌を「く」の字状から刃と柄を一直線まで伸ばす。
ちょっとした短剣のような形状だ。
スピリットイーターはふわりと近づいてきている。
腕を伸ばしていく。
触手のようにどんどん伸びて僕を捉えようとしているみたいだ。
「うはっ、あの触手みたいなのはやばいよね」
「大丈夫よ。あたしが刈るから」
僕はマリルの後ろにつく。
マリルは僕とスピリットイーターの間にいる状態。
タッ。
間合いに入ってきたところをマリルが一歩踏み出す。
「やああっ」
触手のような腕をカマで切り刻んだ。
無音。
何もない空間に鎌を振ったような、物体に当たる音など一切しない。
だが、一瞬遅れで、鎌の軌跡にそってスピリットイーターの腕が断裂し霧散消滅する。
「たああ」
続けざまに2体の本体も切り裂いて脅威は去った。
マリルの手鎌。
実体を持たざるものも切り裂く、死神の神器である。
もともと、霊体である魂と肉体をつなぐ緒を切るのに用いられるので、その切れ味は実体や霊体問わず鋭く切れ込む。
当然、霊体タイプのアンデッドにとって脅威の業物である。
僕らがよく知っている死神の鎌ってのは身長ぐらいの大鎌だと認識しているのだが。
マリルいわく。
「あたしのような、ナウでヤングな死神はシャレオツな最新式の超軽量手鎌が主流なのよ」
と。ナウでヤングでシャレオツなんてねぇ。
「リュート、もう少しの辛抱よ。この森を向ければ、あたしの幼なじみがあなたを何とかさせるわ」
「はあ」
おいおい、何とかさせるって、どうなの。
でも、マリルもしんどいのを隠しながら俺の棺を引きずったまま森をずっと歩いており、真剣な眼差しで僕に言った。
やがて、森が開け、ゆるやかな丘の上の城にたどり着く。
城門はしっかり閉まっているので入ることが出来ない。
「ここよ。どうなるか解らないけど、何とかするので、黙っていてね」
僕は、まだ、助かるかどうかわからないのか。
マリルは自分の胸にぶら下げた小さなペンダントを咥える。
音は聞こえないが息を吹き込むところを見ると、犬笛のようなものか。
黒いモヤが現れ、やがて子供のような人間が2体現れた。
身長1メートル程度、黒のパーカーと黒のスエット、パーカーのフードを被り、顔は可愛らしいスカルの面で隠している。
背格好的に子供のようにみえる。
マリルはその黒い子供のような者に何やら伝え、閉まっている城門の僅かな隙間に染みこむように入り込んで行った。
「あのコたちはあたしの助手よ。往生際の悪い死者を刈り取るときに手伝わせるの」
数分後。
ズドーン。
分厚い城門から爆音が鳴り響き、考えられないような勢いで開門する。
門の向こうに、マリルと同じくらいの娘が立っていた。
光沢のある真紅のブラウスに漆黒のストールを羽織っている。
手にしていた、僕の肉体が入っている棺をつなぐ紐を落とす。
マリルは目を細め、すうっと深呼吸する。
「ひさしぶり、レティ……」
レティと呼んだ娘の元へ走り出す。
「……ようこそ、マリル」
レティは両手を広げ、駆け寄るマリルを迎え入れる仕草をみせる。
僕は瞬間、この二人は久しい再会に感動しているのかと思った、が、しかし。
2人が抱きあうと思った瞬間、レティは右手でマリルの肩をがっしり掴み、左手を大きく振りかぶる。
その左手は固く握られマリルの頬を砕こうと強襲する。
一方、マリルは肩を掴まれた瞬間にしゃがみ込み、右こぶしをレティの脇腹にえぐるように打ち込んだ。
どかっ。
ほぼ同時にレティの左のこぶしが避けきれなかったマリルのこめかみにクリーンヒットし、マリルの右のこぶしはレティの脇腹にめり込む。
レティは脳しんとうをおこしてふらつき、白目を剥いてばたっと倒れる。
マリルは苦痛に顔を歪め、脇腹を抱えながら悶絶の果てによだれを流しながら倒れた。
「……バカじゃね?」
「「ガキはすっこんでろ」」
僕の素直な感想に、倒れた2人はいわれなき罵声をあげ、よろよろと立ち上がる。
後で知ったのだが、この2人、見た目は若くとも100年近く生きているのだという。
僕のじいさん、ばあさんより、はるかに長命だな。
「マリル! ぐっすり眠っているところを使い魔使って、布団をひっぺがえすんじゃないわ」
「レティ! あたしが困っているのに、いつまでもがーがーいって爆睡しやがって」
「い、いびきなんかしないわよ。あんたが困ってる? あはは、これは極上の夢が見れそうだわ。回れ右してとっととお帰りなさい。おやすみ」
「あたしが困ってんのにまた寝るの? ばかなの? 死ぬの? なら、必殺のコークスクリューパンチで二度とベッドから起きれないよう沈めてやるわ」
レティは、笑顔でいるが笑顔でいるが、僅かに片眉がぴくっぴくっと動く。
マリルも必死だ。同じく怒りジワが浮き上がっている。
そして寝させまいと挑発する。
「あのお……」
「「うるさい、ガキはクソして寝ろ」」
ひ、酷い。
確かにこのコらは僕より歳上かもしれない。
だからといって可愛い子たちがこんな下品な物言いはどうかと思う。
それにこの2人、気が合わなそうに見えて実は仲良しなのではないのか。
罵り合いやツッコミも息がぴったり合うところをみるとね。
◆
なんやかんやで、城の中の広間。
ここは、さっきマリルとバトルを繰り広げた、ドラキ伯爵の居城だ。
大きなテーブル席にレティとマリルと僕は3人は座る。
マリルとレティの2人はイライラさせながら腕と足を組む。
マリルと拳で交えていたのがレーティア・ファルティーニ・ドラキ伯爵令嬢。
長いのでレティと呼ばれている。
なんでも、マリルとレティは、かつて不浄ヶ丘女子学園の同級生だったらしい。
「で、マリル、何の用なの? ないならさっさと帰って。出口はあちらよ」
「いいからあたしの話を聞いて。とりあえず、紹介するわ。この人はリュート。あたしはこの人を命がけで守らなくちゃいけない人よ」
「ふーん、でも、この人、霊魂じゃない、既に死んでるじゃないの? あなたの横にある棺からリュートさんと同じ臭いがするわね、彼の遺体でも入っているのでしょうね」
「そうよ、この中にはリュートの肉体があるわ。でも、リュートは死んでない。死んじゃいないの。死なせない」
「で、わたしにどうしろと」
「この人はわたしの守るべき人……」
レティの問にマリルは口ごもる。
「マリルはわたしに何を期待してるの?」
レティはマリルがごまかしているのを見抜く。
「じゃあ、リュートさん、あなたに聞くわ。というか、確認させてもらうわね。あなたをその肉体に戻して欲しいんでしょ」
「そうだよ。僕たちはそのためにここに来た」
「ちょ……ば、ばかっ」
「お断りよ。マリル、あなた、わたしにそんな見え透いた手に乗ると思ってんの」
「そ、そんなんじゃないわ。ただ、レティにあたしのリュートを紹介したかっただけ。ぼっちのレティに自慢をしたかったの」
「ばかね、おおかた、そういう言い回しでマリルのモノをわたしに奪わせておいて、蘇らせるっていう、サルより劣る浅はかな知恵ですわね」
「ちっ、違う」
「ふふん、どういう目論見はわかんないけど、リュートさんの言葉から生き返らせたいのは間違いないようね。さて、その企みに乗ってみようかしら。このリュートさんが生きかえらせるだけの価値があればね」
ここでマリルはひらめく。
「別にあなたに頼らなくてもいいわよ。ただね、ジョーカーがリュートのアカシック・レコードを持っていたわ。それも、見たことのない大きくてかなり分厚い本をね。このリュートの運命の大きさは、世の中を動かすか、理を超越するものじゃないかしら」
「まあいいでしょう。それが本当ならリュートさんを頂くわ。そのまえに、ジョーカー本人に聞いてみるわね。ディスモダス、念話石を持ってきて」
「はい、お嬢様」
レティが底氏大きな声で呼びかけると、広面の扉がしずかに開く。
一人の若い黒ずくめの執事がワゴンに何かを載せて持ってきた。
ディスモダスという執事。
黒髪、黒い瞳もやや大きめの従順で物静かな老紳士である。
ただ、目を引くのは耳の上から生える太くて螺旋状の角。
昔の悪魔の肖像画にあるような禍々しい角が生えている。
「これ、電話みたいだけど」
マリルに小さい声で聞いてみた。
「この世界はリュートのいた世界と違って魔法とかはあっても、科学とはあまり発達していないの。離れたところにいる者と話すには、話しする二人のうち、どちらかが念話魔法が使える者か、念話石というものを使って話すしかないの。その石はあの並んで嵌め込まれているものがそうよ」
念話石。
僕らの世界にある電話に似ている。
受話器部分と本体があり、数字ボタンやコードがない。
正確に言うとボタンの代わりにカプセルの形状に加工した色様々な石がびっしりはめ込まれている。
念話石とは電話に似ている部分でなく、カプセル形状の石のことをいう。
マリルによると、対になる石があり、片方の石に声を伝えると、離れた場所にあるもう片方の石に声が伝播し共鳴するという。
通話できる先の数だけ石があるということになる。
レティは小さなカプセル型に整形された石の一つを取り出す。
その石を受話器の穴に嵌め込み、僕らがよく見る受話器のように耳と口元にあてがった。
「ねえ、ジョーカーいる? いたら返事なさい」
「レティよ、久しぶりね。ねえ、手短に聞くけど。リュートさんって知ってる?……そうよ、マリルが連れてきたの。リュートさんの背負っている運命ってなに?」
「……わからない? どういうこと? ……分からないが神話の主人公になるくらいものすごいって、意味わからないけど」
すましていたレティがにわかに興奮気味になってくる。
「この弱々しい人間風情が……。魔王を翻弄し、神を欺くかもですって? ……そう、あなたも興味があるのはわかったわ。もういいわ、じゃあね」
僕の身の上に不穏な事が起こるらしい。
「マリル、いいわ。あなたの話に乗ってあげる。でもね、わたしはリュートさんを下僕としてアンデッドにするしか出来ないの。そこで問題なのは生き血を頂かなくちゃダメだけど、その肉体の血はあくまで死体の血。生き血とは言えないわ。しかも、腐臭が出てきているし」
な、なんてことを言う。
僕の目の前で女の子にはっきり臭いと言われると超ヘコむ。
やはり、7月に死後3日後は腐敗し始めるか。
「臭いなら、鼻つまめばいいじゃない。なんなら、スーパーキム○とトイレのサ○デー、消○力にファ○リーズをぶっこめばいいのよ」
容赦の無い、提案だな。
ぼ、僕のニオイ対策に、そんなに必要なのか。
悲しくて死にたい……でもこれ以上死ねない。
「臭いに関してはいつも獣臭い連中を従僕化するのに慣れたわ。多少臭いぐらいがリビドーが弾けて丁度いいくらいよ」
レティは立ち上がりチロリと真っ赤な舌で唇を濡らす。
マリルと僕のところに来た。
「問題は生き血なのよね」
「レティ、どうすればいいかしら」
「簡単なことよ。マリルの血を代用すればいい」
「ど、どうやって?」
レティは棺の俺の肉体の上半身を起こし、荒々しく脱がす。
女の子が僕の上半身裸にされているところを見るのは、すごく恥ずかしい気がした。
レティは僕の肉体を撫で回し、ところどころニオイを嗅ぎまわる。
よくわかんないが、直感的にエロすぎる感覚に恥ずかしさと興奮が僕をテンパらせた。
「はあ、久しぶりの若い人間の男だわ」
「ちょっと、レティ、年増ババアのようなことを。生き血はどうするのよ」
「マリル、リュートの肉体を近寄ってよく見なさい。ここよ、ここですわ。それでこうするのっ!」
レティは撫で回していた手を握りしめ、振り向きざまにマリルの顔面へ強烈なアッパーカットを決めた。
マリルは鼻から鼻血を吹き出し、思いっきり吹っ飛ばされ、大テーブルの上にでダウンする。
白目を剥いて気を失っていた。
レティは、気絶したマリルの鼻から血を拭い取り、僕の肉体の首筋にたっぷり塗りつける。
「我が下僕として忠誠を誓え、されば永遠の命を与えたもう」
レティはそうつぶやくと、首筋の血を舌先で舐め広げ、犬歯をたてた。
彼女の青白い頬が少しずつ赤みをおびる。
すると、不意に目眩が起こる。
僕の意識が肉体に吸い寄せられるように引っ張られ、一体化する感じがした。
目の前は真っ暗である。
いや、目をつぶっている状態か。
全身が冷たくシビレていて動けない。
目が見えない、音が聞こえない、匂いもしない、シビレて感覚がわからない。
頭のなかでレティが響く。
「リュートさん、わかる? レティよ。あなたは、わたしの下僕なので思念だけで会話ができるわ。意識があるなら返事なさい」
「ああ、意識はある。が、真っ暗だ。身体も動かない」
「簡単に説明すると、あなたはわたしの下僕としてアンデッドになったの。さすがに3日放置されていたので身体が動かせるように少し手間がかかる状態なの」
「そうか。じゃあ、僕はどうすればいいのかな」
「あなたは、特になにも。一晩、あたしといるだけでいい。あとは、私が全身全霊使って治しますわ。あなたの全ての部分を触れれば、元通り動けるようになるから」
「そうだ、マリルはどこかな」
「マリルはまだテーブルの上で寝ているわ。放っておきましょ」
◆
やがて、唇の感覚が戻ってきた。
ん? 唇をこじ開けられて舌が入ってくる。
顎の感覚が戻る。
顎の関節が動くようになった。
口の中に舌が滑りこむのがわかる。
僕の舌が動くようになった。
レティは口と舌を使って僕の口の内外を回復させてくれたようだ。
な、なんか、凄いことをしてもらっている気がする。
頬、額、鼻、耳、首筋、うなじの感覚がもどる。
感覚が戻ってきたところは、何度も擦られるようだ。
触れられるたびに、感覚がよりはっきりしてくるのがわかる。
そして、筋肉が動かせるようになってくる。
なぜか、まだ目は開けられず見えない。
肩、腕、手、指。
つぎつぎと感覚が取り戻され、動けるようになってきた。
胸、腹、横腹、背中。
感覚が戻るにつれ、僕はベッドに寝かされていることに気づく。
あしの指、足の裏、足の甲、足首、ふくらはぎ。
レティの手はひんやりしている。
が、もっと広い面積の部分が触れているのに気づいた。
レティは全裸で僕の身体に抱きついている。
体全体を使って、僕の身体の感覚を取り戻している。
しかし、まだ、目が見えないのが残念だ。
膝、太もも、そして。
僕はコーフンし、緊張してしまった。
「ふふふ」
レティの笑い声が、耳と頭のなか同時にこだまする。
顔全体を触られた。
たまに柔らかい何かが、首筋、耳、唇、頬、鼻、まぶたに次々と触れているのがわかる。
まぶたの感覚が戻る。
ゆっくり目をあける。
最初はよく見えなかったが、まぶたや目元を触られるたびに視力が回復している。
目の前、それも至近距離にレティの顔が。
「大体、感覚を取り戻したようね。どう、違和感はある?」
腕、手、指の関節を動かしてみる。
足についてもそれぞれの関節を試してみた。
「うん、いいみたい。違和感もそれほどないです」
僕は、自分自身とレティが全裸でいることに気がつく。
「うあ、ちょ、裸だよっ」
「なに驚いているの。あなたはわたしのもの。血の絆で繋がってるの。あなたの全てにわたしの舌と唇を使って蘇ったのよ。いまさら恥ずかしいなんてナンセンスね」
「え、えー、で、でも」
僕の暴れん坊が抜刀している。
「若いわね。リュートさんは未来永劫、わたしのために生きるのよ」
答えに窮した。
それって、自由がなくなるってこと? 僕は奴隷になるの? 不安でいると。
「そこまで束縛しないわ。ただ、わたしの言うことには絶対服従であることと、わたしに危険が及んだときは全力で守ってもらうわね」
心が読まれている。
「それと、あたしを楽しませなさい。あなたの凄まじき運命とやらでね」
僕はレティの自室のベッドで擬似ピロートーク? (エッチはしていないからね、まだDTだからねっ)をしている頃、マリルは未だに大広間のテーブルの上で放置のまま絶賛爆睡中。
翌朝、マリルはメチャメチャ激しく怒っていた。