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貴方の星  作者:
3/7

腕時計

 この兄弟の話をしようと思う。

 凛子は生まれたときから声帯の発達に異常があり、すぐに満足に声が出せなくなったらしい。

 秋は昔から、乱暴な言葉の割に穏やかで、面倒見が良かったから、関係ない下級生の子にも「秋にぃ」なんて呼ばれたりしてた。無愛想で人見知りな僕は、秋のそんな所が羨ましかった。無意識なのか意識してなのか、気付いたら僕は秋についていくように一緒に行動していた。

 関西から関東に引っ越してきて、近所に住んでいたし年が同じだったし、何よりクラスが一緒だったから、秋と仲良くなって、それから凛子とも仲良くなった。あまりにも自然に仲良くなったから、話したきっかけなんて全く覚えていない。それが小学二年生の時のこと。

 凛子は幼稚園に通ってなかった。その時はまだ濃かった僕の関西弁を、かすれた声で少し真似したりしていた。

 凛子は背が低くて、いっつも秋の後ろに隠れていた。だけど秋と同じで愛想がよく、喋れない分表情が豊かだった。そして何より、大きく少し離れているたれ目や、膨らんだ頬や、肌の白さが子供らしく愛らしく、その上に家庭事情に対する同情も重なって近所の人たちから愛されていた。

 二人の家のことは、近所でも有名で、僕の耳にすぐにはいってきたし、本人たちが教えてくれた。

 二人の家には母親がいない。凛子が生まれてすぐに亡くなったそうだ。父親は母の死からか周りの目からか、少しヒステリーを持っていて、普段は温厚だか稀に酒に酔って暴れることがあるらしい。だけど秋も凛子も父親のことを深く深く理解しようと、温かく、たまに逃げつつ父親と正しい距離で向き合っていた。

 前に一度秋が、いつか父親が自分たちと自分自身で向き合って、面と向かって深く謝ってくれたら、自分たちに付いた傷はすべて許してやるつもりだ、と言っていた。凛子も多分同じ考えなんだと思う。

 僕は一度秋と凛子の父親に会ったことがある。一目見て、「秋は父親似だな」と思った。背が高く、年の割に細身で、切れ長の目に黒目がちな目を持っていて、まず間違いなく男前の部類に入る風貌だった。

 この兄弟は、僕が今まで見た兄弟の中で一番仲のいい兄弟だったけど、その背景が一番複雑な兄弟でもあった。

 母親の両親、つまり秋と凛子の祖父母も、ひと癖もふた癖もある人たちで、父親に何度か嫌がらせしに来たらしい。

 絵にかいたような複雑な家庭にいる秋と凛子は、絵にかいたようなボロいアパートに住んでいた。

 中学校に入ってすぐ、秋が「母親方の親戚はクズと引きこもりとビッチしかいない。母親もきっとそうなんだろう。」と言っていた。

 僕は秋と凛子の家に一度も入ったことがない。中学二年生になった今でもだ。


 ずっと入院していた架が学校に来るようになり、仲良くなったのは小学三年生の時。

「関西弁なんだね。」架の声を聞いた最初の言葉はそれだった。

 架はそれ以上僕の方言について何も言わなかった。もしかしたら変に気を使っていたのかもしれない。僕は自分の方言について何も思うことはなかった。関西にいたころも、関西弁を喋るのは父親だけで、その父親はあまり家に帰ってこなかった。母も祖母も出身は東京だったから、友達に「エセ関西人」と呼ばれたこともあった。無口だったのはそのせいかもしれない。

 僕たちは架から体が弱いことも、いつまた入院するかわからないことも、あまり長くは生きられないことも聞いた。架があまりにも軽く話すもんだから、まだ子供で何も知らなかった僕たちは命の重さってそんなもんなのかなんて、思ったこともあった。

 だけど、命を重さを一番よくわかっているのは間違いなく架であることも分かっていた。僕たちは、何も知らない真っ白で軽い脳みそを知識でいっぱいにするために、架の言葉の一言一音を聞き逃さないよう真剣に聞くようになった。架は自分の体のことで泣いたり怖がったりすることはなく、かといってひねくれてすべてを投げ出すようなこともしなかった。

 架のそんな姿が、僕たちにはひどく大人びて見えたのかもしれない。僕らは確かに架を慕っていた。

 それから、僕たちと架はいろいろな所に出かけるようになった。



 夏休みのある日、僕たちはお年玉を持って、電車を乗り継ぎ、ほんの少し都会のほうまで遊びに行った。確か僕らはもう小学六年生くらいだったと思う。凛子は一番はしゃいでいた。今思えば、あの時遊んだのを最後に架は入院生活に戻ってしまったから、ある意味特別な日だった。

 揺られる車内で、僕たちは何があるのか、どんな所かなんてお互いに言いながら、少し怖くもあった。架の体のことを重々承知している僕らにとって、知ってる大人がいない所に子供だけで行くのは少し怖かった。

 四人で電車に乗った前日、僕と秋は二人だけで架の家に行った。凛子と架は、それぞれ別の友達の所に行っていた。

「明日、架と電車にのって遊びに行くんです。」架のお母さんにそういうと、ああ、知ってるよ。なんて笑って言って、架がそれを楽しそうに話していたことと、僕たちにいつも感謝していることを伝えた。架のお母さんが結構放任主義だったことを思い出して、一瞬来た意味あったかな、と思ったけど、架のお母さんと話すのが楽しくてそれを忘れてしまった。

「何か気をつけることはありますか?」秋が言うと、架のお母さんは少し考えたあと、「楽しんで行ってきて。」と言った。架が自分の体のことを軽く話せる理由がよくわかった。お母さんは架の体のことをわかって、一番いい接し方を知っていた。

 その後、ほんの少し真剣な顔になった架のお母さんが、架の体について、少しだけ話を聞かせてくれた。

 栄養を分解する力と、心臓の動きが普通の人より弱い。いつ急に弱り始めるかわからないし、いつ心臓が止まるかわからない。

 なのに子供だけで遠くに行っていいのか、と聞くと、友達との思いでを一つでも多く残した方が架のためだ、と言っていた。心臓がもし止まったら、その時はその時で助かったら助かるし助からなかったら助からない。架がずっと前からそう割り切ってるからと言って、架のお母さんは笑っていた。

 その後、僕と秋がありがとうございました、といって立ち去ろうとすると、架のお母さんはまた話しに来てね、と言った。帰り際、しっかりしてると褒められた僕たちは、そのまま家に帰り、翌日の三十分に一本しかない朝早い電車に乗り遅れないよう、いつもより早く寝た。


 電車に乗って行ったところは、本当に「少しだけ」都会な所だった。煌びやかな雑貨屋や服屋が並ぶ町は、確かに田んぼだらけの僕らの町にはないものだったけど、それでいて時間の止まったような雰囲気を持つ町だった。

 その証拠に、黄色やオレンジで装飾された店に交じって、昔ながらの駄菓子屋やスナックなんかも割と多くあった。

 僕はずっと、関西にある商店街が都会だと思っていた。そこは、僕の知っている都会より、幾分静かだった。

 僕らはベンチに座って、その辺で買った、クレープとか、ポテトとか、思い思いのものを食べながら他愛のない話をしていた。

 僕らは、そこらへんの店で買い物をすることより、ただ歩き回ったり、話をすることを楽しんだ。

 凛子が雑貨屋の前で立ち止まって、首をかしげて、僕たちのほうを見た。秋は何も言わずに雑貨屋に入り、僕と架も後に続いた。

 凛子がぴょんぴょん飛び跳ねて、いろんなところに好きにいってしまうから、秋は凛子と行動していた。そんな二人の後ろ姿が似ていると言って、僕と架はクスクス笑った。

 僕と架は、その店の一角にある腕時計の棚に見入っていた。

 腕時計をつけている小学生なんて周りにはほとんどいなかったから、買ってみようとは思わなかったけど、何十個と並ぶ腕時計を一つ一つ見ていた。

 気に入ったものはその場でお互いに紹介し合った。

 その当時、身長が百七十センチくらいある秋が近くにいないと、どうしても小学生だと思われてしまうのが何となく嫌だった。

 何度か店員さんが話しかけてきたけど、架が適当にあしらってくれた。僕は人見知りをすることがあったけど、架は誰とでも話すことができた。僕にはどう頑張っても真似できそうになかった。

 架は青が好きだった。僕は赤が好きだった。凛子と秋は、二人ともオレンジが好きだった。

 いつの間にか秋と凛子も僕らの方に来て、僕たち四人は腕時計が何十個も並んだ棚の前で、いろんな腕時計をみていた。

 田舎暮らしの僕たちにとって、お金を使う機会なんてほとんどなくて、正直有り余っていた。並んだ腕時計の中で一番高いものだって僕らには割と余裕で買える値段だった。

 だけど僕たちは、その中で二番目に安い時計を四人とも買った。「おそろいかよ、気持ちわりぃな。」って秋が笑いながら言ったのを覚えてる。色は架が青で僕が黒で、秋と凛子は淡いオレンジ色だった。

 僕は赤にしなかった。理由は、青もオレンジ色も針の色は同じ白色なのに、赤は針の色が黒だったからだ。仲間はずれにされるとかじゃなく、僕らにとって一生の宝物にしたかったから、変な所にこだわったんだと思う。

 腕時計は、みんな右手に付けた。最初につけた架が右手につけたから、僕らも右手に付けた。右利きの人は傷が付きにくいように左手につけるものだとしったのは中学に入ってからだ。架は左利きだった。

 帰り際、暗くなった空の中、僕たちは帰った。これまで遊んだ中で、一番名残惜しい帰り道だった気がする。

 架は左手で手を振った。僕が腕時計を見せつけるように右手で手を振ったら、架は右手で手を振ってくれた。「また明日」って言うと、うなづいて笑った。綺麗な笑顔だった。

 その後、秋と凛子も帰った。僕はそれまで凛子のことを「凛子ちゃん」なんて呼んでいた。けどその日、一日中架は、凛子のことを「凛子」って呼び捨てにしてたから、僕も呼び捨てにしたかった。

 何となく「凛」って呼んでみたら、本人が結構気に入ってくれた。これからはそう呼ぶことにして、また右手を振ってさよならをした。


 僕は家に帰って、腕時計を棚の上に置いた。そのまま夕飯の時間になって、風呂に入って、疲れてそのまま寝てしまった。

 朝目が覚めた時、いつもより二時間くらい遅い時間だった。お母さんがおはよう、と言って僕の部屋に入ってきた。

「腕時計、かっこいいね。」

 お母さんは棚の上に置いてある腕時計を指さして言った。こういう、母親のちょっとしたやさしさがうれしく感じられるようになったのは、母親のいないあの二人に出会ったおかげだった。

「ありがとう。」

 僕はお母さんと、そして僕の声なんて聞こえてるはずないと分かっている背の高いあいつと、背の低いあいつに対して言った。

 僕は起き上がって、今日も架たちと遊ぶために支度を始めた。

 僕も秋も凛子も、いつ架と遊べなくなるかわからないとわかっていた。架はいつでもそれを心の何処かに置いていた。だから一日一日を大切にして、この腕時計みたいに形として残る大切な思い出を一つでも多く残したかったんだと思う。

 架はその日の翌日に、高熱を出して一旦入院し、それから学校に戻れる事は一度もなかった。

 僕たちは準備していた日々ではあったのだけど、どうしても受け入れられずに三人で遊ぶことに違和感を感じた。

 入院して、落ち着いた次の日には病室に僕たちがいたんだと、この前までいたはずの架はうれしそうに話していた。

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