架。
病気の男の子の話ですが、軽く軽く書きました。
短いのでサッと軽い気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。
パーカーとジーパンしか持ってない。関西弁が嫌い。無愛想。僕。
背が高い。やさしい。人懐っこい。かっこいい。秋。
背が低い。やさしい。人懐っこい。かわいい。凛子。
僕らはスマホのことを携帯と呼ぶ。凛子以外はみんな、字が汚い。誰かが笑ったらみんなが笑う。喧嘩できない。臆病。
これから面白くない話をしようと思う。
僕の、ある友人の話だ。
名前は橋を架けるの架けるで架。
残念だが、彼はもうここにはいない。残念だが、僕らはここに残されたままだ。
これから面白くない話をしようと思う。僕たちの話と、架の話だ。
十一月
僕は布団の中にいた。眠いんだけど、まだ意識が手放せずにいた。
携帯を見る。午前二時。また布団にくるまった。
携帯を見る。午前四時三八分。もう諦めて布団からでて、眠気のなか明日一日過ごそうかとも考えた。
携帯を見る。午前五時一分。布団から出た。いつもと同じジーパンと、白いシャツに色のあせた黒いパーカーを羽織って、焼けつく胃にパンを放り込む。もう一度布団に潜り込んでみたけど、結局は眠くならなかった。
「よう架。元気かい?」
翌日、僕は病院にいた。
不思議と眠くはなかったが。徹夜特有の吐き気が胃の上の方までせりあがってきていた。
目の前にいる病人があまりにも元気そうにしていて、健康体の僕は少し笑ってしまった。
「大丈夫。まだ死なないよ。」
架はおどけてそう言った。「笑いごとかよ」なんて僕もおどけて言った。
架の体は線が細く、痩せていた。健康とは言えなかったけど、今日はいつもより血色がよかった。このまま架がベットから這い出て、僕が架のベッドに潜り込んで寝ていたら、もしかしたら架と僕が入れ替わるんじゃないかと馬鹿なことを考えたりした。
架の右手には青い時計が不自然に付いていた。病室には時計があるし、原色の青は架の年にはあまり合わなかったから少し浮いていたけど、架も僕ももう気にしなかった。
「凛子と秋は元気かな?」
架が手元の栞を弄りながら言った。まぁまぁかな、と言って僕は立ち上がり、窓際まで寄って行った。
窓際までいく途中、架のベッドの隣にある本が崩れかけてるのをみて、僕は一つ一つ丁寧に上に積み上げた。一つの束じゃあまりにも高くなってしまって、倒れたら困るから二つに分けておいた。架は何も言わず、その一連の作業を静かに目を細めて見ていた。
架の病室の窓は大きく、カーテンは薄い黄色だった。目に痛くない色のカーテンが、病室の真っ白な壁によく映えて、窓の外の景色を修飾しているように見えた。
僕が窓際に寄ると、架との距離が遠くなる。この少し離れた距離が、架にとっては結構重大な距離だった。架は、少しだけ耳が悪い。
「ああ、やっぱりだ。いまここまで向かってきてるよ。」
僕は架に少しわざとらしいくらいはっきりと。それでいて大きな声で言った。そうじゃないと架は聞こえないと思ったからだ。
同年代の中では頭一つ分背の高い兄と、同年代の中では頭一つ分背の小さい妹が寄り添ってこちらに向かうのが見えた。目のいい僕からはあの兄弟がはっきりと見えるけど、目の悪い秋は僕の顔が見えないだろうな、と思っていたけど、どうやら二人で何か話しながらきているらしく、僕のほうに視線をよこさなかった。
架は汚いものなんて一つも見たことないような綺麗な笑顔で笑った。一瞬天使に見えなくもなかったが、僕にそんな気はないのですぐに頭から消した。
「…凛、がさ…身長伸びたんだって。一センチだけど…」
褒めてやってよ、と目線で送る。わかったよ、と架が言ったかどうかはいまいちわからないけど、たぶん、わかってくれた。
それから架と他愛のない話をしていたら、凛子と秋が来た。
「おす。秋だけど。」
メールの最初の一文みたいな挨拶で秋が入ってきた。次いで背の低い秋の妹の凛子も。
凛子は頭をコクっと下げて、架に近寄っていった。本人はお辞儀のつもりだ。
「身長伸びたんだってね。」
架はそう言って凛子の頭をなでた。
「おめでとう。」
凛子は笑って、かすれた声で「ありがとう。」と一音一音はっきりと口を動かして言った。それは声にはなってなくて、音に近かった。
秋がその長い体を折り曲げて、病室に用意されている椅子に腰かけた。それが当たり前のような動作で凛子の分も用意し、それが当たり前のような動作でその椅子を隣におき、凛子がその椅子に飛び乗るように座った。
この兄弟の、寄り添うようなこの姿が、兄弟のいない架と僕には羨ましかった。
僕たちはまた笑って、その後も本当にどうでもいい話をした。
凛子はどうしても話題に加わりたい時だけ、スケッチブックで筆談した。僕も秋も架も、一旦話が止まってスケッチブックに書いてある文章を読むことに何の不満も抱いてなかった。むしろその独特のリズムに心地よさを感じていた。
凛子の字はワープロの字みたいに綺麗だった。僕はその字を見るたびに見とれてしまっていた。
秋は架に僕らの通っている中学校の話をして、たまに凛子に小学校について聞いた。
僕は最近読んだ本の話をした。架も僕も、テレビを見ない分本をよく読んだから、僕と架は本の話をよくした。
架も僕も秋も凛子も、本当に話好きだと思う。
どうでもいい話をするときは、家の前で談笑する主婦のように、真剣な話をするときは、作戦会議をするように。
僕らは決まって丸くなって話した。全員の顔がよく見える隊形で全員の話がよく聞ける姿勢で。
気がつけば電車の時間で、僕たちは三人一緒に帰り支度をしていた。架はベットに座って、足に布団を掛けたままさようならを言った。
悲しそうな顔をしないのはいつものことだった。無論僕たちも。
半年前はまだ立てたのに、というのは、何となく暗黙の了解で、言えなかった。普段自分の病状や残り少ない命のことを軽々しく口にする架だけど、それだけは怖くて言えなかった。
「じゃあ、また今度。すぐに来るから。」
「うん。今日も本当にありがとうね。」
架は綺麗に笑った。僕はまた天使かなと思ったけど、すぐに頭から消した。
電車に揺られる車内で、深く深く眠った。そういえば寝てなかったな、と思いつつ、僕の意識は濃い睡眠に呑まれていき、気付いたら秋に起こされていた。
僕が秋と凛子を家まで送っていき、手を振ると二人も振り返した。この兄弟すごく似てるなと思ったけど、何となく言わないでおいた。




