鳥と籠
(トベナイトリヲヒロウ)
荒涼とした村。
男は重い荷物を下ろして息を付いた。
ようやく休める場所を見つけた喜びは大きい。
活気のない寂れた風が吹いているが、泊まるところくらいあるだろう。
男は荷物の中から一枚の地図と小さな機械を取り出した。
機械は手に収まるほどの大きさで液晶の画面とボタンが一つ、アンテナが一本ついている。
男は片手で器用に丸まった地図を広げると機械のボタンを押した。
ピピッと鋭いが小さな音を発し、画面に数字と文字が浮かんだ。
「71-k……」
口に出して地図の上に指を滑らせる。地図から対応する数字と記号のぶつかるところを見つける。
そこは何も書いていなかった。
「…………」
悪態をついても誰も聞いている人間などいないので、男は地図をくるくるとしまい鞄に詰めた。
実際、地図にない町など今までにいくつも見てきていたから、慣れているといえば慣れている。
そもそも地図が古いのが悪い。
地図も機械も、西の都市に立ち寄ったときにたまたま手に入ったものなのであまり文句はいうまい。
地図は滅多にちゃんと読めるものを見掛けることはないのだ。
思うにこの地図は世界に人間より危険な生き物のいなかった時代に作られたものだろう。
この場所を知る機械も。
男が生まれるずっと前に人類は今よりずっと高度な文明をもっていたとされる。
人間はその文明で空も飛べば海も渡っていたという。
これもまた西の都市で手に入れた知識だ。
そういったことを知る人間も少ない。
男は荷物を背負い直して村を囲む紐をくぐり抜けた。
「手……」
思わず顔をしかめる。
張り巡らされた太い紐には、人間の手首が括られていて、ぶらん、と揺れた。
手首はからからに乾いており、半ば白骨と化して異臭を放っている。
よく目を凝らして紐の先を眺めると、ずっと遠くに同じく切断された足がぶら下がっていた。
等間隔に手足が配置されているようだ。
宗教か。風習か。
あまり長居をしたくない村だが、食料も尽きかけている男はずんずん中へ踏み込んでいった。
†‡†
男はすぐに住居の並ぶ道には入らずに木々の間から村の様子を伺った。
畑がある。
農具は鍬など簡素だが、牛がいる。
牛耕をしているらしい。
家は石作り。煙突はなし。
服は麻……、この辺には綿は育たないからやはりこの村も外と交流がないようだ。
普通、野や森などには魔物が出る。
貿易ができるのは魔物を避ける術をもつ、過去の文明を使う国や町であり、辺境に身を寄せあう村や集落の人間は外に出ずに一生を終えることがほとんど。
故に外のものに強い警戒心がある。
男は頭の布を目深に被り直して、黒い髪を隠した。
どうも色素の薄い民族は男の黒髪をよく恐れる。
ここの村人たちの明るい茶色の髪のなかにいたらさぞ目立つであろう。
風に乗って微かに聞こえてくる言葉は少し訛りはあるがリリド語圏だ。
そこまで観察すると、男は人間の行き交う道へ足を踏み出した。