6 入園
水面にぷかぷかと浮かんでいた人と竜をしっかりと回収し、アズとヴェールはゼノに案内されてセピア・ガーデンを目前にしていた。
「うわあー!何アレ!」
「あれがセピア・ガーデン。俺たちクリスタルマスターの本拠地だ」
ゼノの説明にアズのテンションは上がりに上がってヴェールの上で子供のようにはしゃいでいた。
もう目前に迫っているセピア・ガーデン。それは、海の遥か上、天空に浮かぶ花の咲き乱れる緑の美しい庭だった。
どういう仕組みでそうなっているのかはわからないが、まるで大地をくり抜いてそのまま宙に浮かせたような見た目で、一番面積の広い所にはとても大きくて神秘的な神殿のような建物が建っていた。
「あの浮いている大地は浮島といって、まあ、見たまんまだな」
と、笑いながらゼノ。
神殿が建っている一番大きな浮島の周りにも小さな浮島が幾つも連なるようにくっ付いていて、まるで一つの国のように悠然と浮いている。
「あの水みたいな、滝みないなものはなんですか?」
浮島の末端から海へ吸い込まれるようにして流れ落ちている滝を指差して尋ねると、ゼノは「ああ」と頷く。
「あれはガーデン内に流れる水が合流して川になったものだよ。大地と同じだ。雨が降って山に染み込み、それが川となり最後には海に還る。……それは空に浮かんでも一緒」
「へぇ~!」
感心して頷いていると、「ま、詳しく言うとちょっと違うんだけど、それはまた順を追って、な」と付け足された。
うん、何事にも順番というものがある。アズはもう一つ頷いた。
そしてもう一つ気になるものが。
「あの周りを飛んでるたくさんの鳥みたいなものは全部竜ですか?」
「そう。ここの人間たちと共に暮らしている竜たちだ」
セピア・ガーデンの周りを縦横無尽に飛び回ったり、くり抜かれた浮島の地面がむき出しになっている所にある無数の穴の中に出たり入ったりと、こうして見ていると竜たちは案外束縛されずに自由気ままに暮らしているようだ。
襲われたり噛みつかれたりしないのだろうか?
『しないよ。竜だってバカじゃないんだから』
アズの胸中の問いに、何故かヴェールが答えた。
「……思ったんだけどさ、なんであたしの心が読めるの?」
『シンクロしちゃってるから?俺たち無駄に相性いいみたいだし』
……そういうものなのか。
相性がいいだけで心がシンクロしてしまうとは、プライバシーも何もあったもんじゃないとアズは少しだけげんなりした。
「?」
そんな2人のやりとりにゼノが怪訝な顔をしたが、正面を向いて指をさした。
「竜から降りてガーデン内に入るときは、基本はあそこから」
指差す方向を見れば、あの無数に開いている穴が目に入る。
「あれは竜たちの飼育室になっていて、人が竜に乗り降りするときもあそこが出入り口となる。……まあ、ちゃんとあそこを利用して出入りする奴の方が少ないとは言えるけどね」
「飼育室……」
『嫌な響き』
ぼそっと呟いたヴェールをぺしっと叩いて制し、アズは首をかしげた。
「みんなほとんど利用しないんですか?」
「自分の竜との付き合いが長い連中は、基本的に呼べば大抵は竜の方がすっ飛んで来てくれるからね。わざわざ下に行かなくても乗り降りできるんだ」
「じゃあ、あんまり意味ないですね」
「……アズって痛いとこ突いてくるね」
何気なく言ったことだったが、ゼノは胸を押さえて苦笑した。後ろの2人も顔を見合わせてくすくすと笑っている。
「竜と付き合い始めて間もない初心者たちはまだ竜との信頼度も低いから、ここで乗り降りすることを勧めてる。……君らには必要ないかな?」
『ないね。俺たち相性ばっちりだから』
「そうか、なら安心だ。でもセピア・ガーデンは初入園だから説明を兼ねて、ね」
「はいっ!よろしくお願いします」
ゼノは頷き、後ろに控えている2人に指で合図した。すると2人は仰々しく頭を下げて、人と竜を担いだまま上昇していき神殿の方へと消えていく。
「彼らには彼らの仕事があってね。これからあの男を尋問する」
「じ……尋問!?悪い人なんですか?」
くり抜かれた岩肌の穴を潜り抜け、ゼノの後に続いて地面に降り立つ。ヴェールの背から床に足をついたところでぎょっとして尋ねると、ゼノは目をぱちぱちと瞬き。
「……あれ、さっき2人組に声掛けられてなかった?」
「かけられました。勇者様か?って」
「それだけ?」
濃緑色のバンダナにエプロンを付けた男の人が奥の方から駆けてきて、ゼノの乗っていた赤い竜の装甲やら鞍をてきぱきと取り外している所を見ながら考え、
「1人はレイズ、もう1人はラフィエルって……」
「ふーん」
ゼノは頭を掻き、溜息をついて腰に手を当てた。
「奴らはノワールの連中だ。ま、これも順を追って説明するけど……何事もなくてよかったよ、本当に」
「……?」
「あ、紹介が遅れた。こいつは俺の相棒のジンだ」
と、親指で赤い竜を指し、ゼノはにっこりと笑った。ヴェールの二倍はあろう大きな赤い鱗を持つ竜――ジンの顔を見てアズが「よろしくね」と笑うと、ふんっと熱風のような豪快な鼻息で返された。
「人に懐かない結構珍しい竜なんだ。バーニングドラゴン、別名、紅蓮火竜。俺に似て照れ屋な性格だからよろしくな」
「…………はあ」
どこら辺が?
紳士的な人だと思っていたが、なんだか冗談なのか本気なのかいまいち分かりにくい性格をしている。
人を見た目で判断しちゃダメ!とユズに言われたことを思い出す。
「別名とかあるんですね」
「ああ。特別な竜族にはみんな付いてる。ま、そこらへんは彼に教えてもらうんだな」
ジンの鞍を取り終えた男の人が続けてアズの隣に四つん這いで寝そべっているヴェールの元へと近づき、そこで不自然にビクッと動きを止めて、持っていた装甲具やら鞍やらをガチャガチャと派手な音を立てて落とす。
「わっ」
『……?』
アズは音に驚いて声を上げ、ヴェールはなんだこいつとでも言いたげな顔で男の人をまじまじと凝視。ゼノは「あー……言うの忘れてた」と思い出したように苦笑。
そのゼノを見て、アズはなんとなく理解した。
そういえばアズも忘れてたけど、ヴェールはこの世界じゃ幻の激レア種のセブンス・ドラゴン……だった。
「だっ……だっ……団長っ……」
男の人は全身を戦慄かせ、ぎくしゃくとした動作でゼノを見る。当のゼノはにっこりと笑い、
「この子がセイレーンだ」
と、なぜかヴェールでなくアズの頭にポンと手を置いて、
「……?」
そこで飼育室が嫌に静かだと今更ながらに気が付き、周囲を見渡せばその場にいる人のみならず、竜たちの視線もすべてアズに注がれていて、
「……え?」
引きつった顔で笑った瞬間、その場にいた人々の「えええぇぇぇぇーーーーーーッッ!!!!!」という驚きの声が飼育室内とアズの脳内を激しく揺さぶったのだった。