5 謎の2人組
「つ、捕まったよ」
『……頼むから絞殺さないでよ?』
首に両手でぎゅっと捕まると苦しそうにそう言われた。どうもこの世界に来てからというもの、体の調子がおかしい。
『――さて、行きますか。口閉じてね』
「むっ――?」
返事をしようとした瞬間、口を閉じろと言った割には待つ気のないようで突然翼を折りたたみ急降下した。すると、先ほどの黒い三つの点(竜に跨った人だとわかった)もヴェールを追いかけるように急降下してきた。
『ちっ……やっぱそうか』
憎々しげに舌打ちをし、ヴェールは翼をさらに折りたたんで降下のスピードを上げる。必死に首にしがみついているアズの眼下には海面が目前に迫っている。
「――!」
悲鳴を上げそうになったその時、ヴェールは盛大に水しぶきを上げて海面スレスレを飛行する。羽ばたきの風圧で飛沫が飛び散り、後を追ってきた竜たちの目つぶしにする。アズのところまで飛沫は飛んでこないが、空を落ちていた時とは比べものにならないほどの風圧なのでどっちにしろ目なんかほとんど開けていられなかった。
それでも必死に後ろを振り返ってみると、3頭いる内の1頭だけが徐々に距離を縮めつつある。
どうすんのヴェール!?
『だったらこうしてやる!』
胸中で叫んだアズの声にヴェールが答え、『掴まれよぉ!』という叫びと共に突然旋回した。
「!?」
一気に距離を縮めてきた竜に乗っていた人物はまさか旋回してこちらに向かってくるとは思っていなかったのか、回転を加え遠心力を増幅させて繰り出されたヴェールの尻尾の一撃を避けることなくそのままモロに食らう。竜の甲高い悲鳴と共に、海に3度目の大きな水しぶきがあがった。
『どーだ、ド三流が!デカいからって俺に勝てると思うなよ!』
再び上空に舞い上がったヴェールが誇らしげに叫んだ。アズはあまりの急展開続きでくらくらと眩暈を起こしつつも、眼下に広がる白波を見下ろした。
「し、死んでないよね……?」
『人間は失神じゃない?竜の方は知らないけど』
突き放したような冷たい言い方に思わず絶句していると、遠くから「ヒュー♪やるやるぅ」という男性の声が聞こえた。
振り向けば、そう遠くない場所に2頭の灰色の竜と2人の人が乗っていた。
「さっすが幻のセブンス・ドラゴン!ちっこい体躯ならではのスピードと機動力だねぇ。ちっこいから成せる技!見事見事♪」
何やら無駄に「ちっこい」を強調して拍手をしている男性はにこにことやたら笑っている。その態度にか、それとも「ちっこい」という言葉にか、ヴェールが低く唸った。
男性は燃えるような赤い髪をしていて、前髪が長いのか、黒いヘアピン2本をクロスさせて留めている。後ろ髪は癖なのか、それともワックスか何かでそうさせているのか、ぴょんぴょんと無造作に跳ねているのが特徴的だった。
「滅多に拝めないだけのことはあるよな。なあ、ラフィエル?」
「……」
赤髪の男性が隣の竜に乗っている人物に同意を求めるが、黙ったままこちらをじっと凝視したまま口を開かない。何やら怪しげなコートに身を包んでおり、頭からすっぽりと覆われたフードのせいでその人の顔を見ることはできなかった。
「で、あんたがセピアノスに選ばれた勇者様ってわけだ」
「!」
急に話が自分の方に向き、思わず身構えた。
「へえーぇ、女の子。もっとごつい男かと思ってたけど、案外……ふーん」
「な、なんですか……」
何やら顎に手を当ててふむふむとアズの品定めを始める赤髪。若干引き気味に睨むと、今まで黙っていたフードの人物が何か気づいたように背後を振り返った。
「おい、レイズ」
ラフィエルという人物は、ハスキーだが声からして女性だと気づいた。
「ん?――あ、やっべ。来ちまったよ」
レイズと呼ばれた赤髪の男は軽い調子でそう言うと、アズに向き直った。
「さすがに4対2じゃこっちが圧倒的不利。だからまた来るわ」
「は?」
「んじゃまたなー」
にっこりと人のいい笑みを浮かべ、レイズは陽気にぱたぱたと手を振ってラフィエルと共に去って行った。
遠くなっていく2頭の竜の姿をなぜか見送り、アズはヴェールに尋ねた。
「……なんだったの?あの人たち」
『さあ』
……「さあ」ってこら。あの人たち見たとき明らかに知っているような口ぶりだったの知ってるんだぞ。
結局あの人たちが敵だったのかそうでないのかよくわからないまま去って行った。
『ほら、お迎えだ』
言われて顎で示された方を見ると、またしても3頭の竜がこちらへ飛んでくるのが見える。今度はなんだと内心身構えていると、『今度のが本命だから』とヴェール。
「……信じられない。本物のセブンス・ドラゴンだ」
先頭の赤い竜に乗っている人物が近づいてきての開口一番がこれだった。後ろに控えている2人も信じられないような物を見る目つきでヴェールを凝視している。……先ほどのレイズといい、この男の人達の驚きようと言い、本当にヴェールは珍しい竜なんだなと思った。
「そして君が……セイレーンか?」
青みかかった黒髪を後ろで結わえた紳士的な男性がアズを見て首をかしげる。
「……や、あたしは如月アズです」
数秒の間を置いて名を名乗ると、戸惑い顔の男性を差し置いて突然ヴェールが『ぶふっ!』と盛大に噴出した。
「ちょっ……なんで笑うの!?あたし何かおかしなこと言った!?」
『おっ、おかしいも何も……ぶぶっあはははははは!』
「だからなんで笑うのー!?」
ばしっと叩くと『イタッ!』と悲鳴を上げるもひいひいと笑い続けるヴェール。なんで笑われてるのかもわからないまま、髪を結わえた男性までもが苦笑して肩をすくめた。
「ごめんよ、言い方が悪かった。……君がセピアノスに選ばれた勇者、でいいんだな?」
ヴェールを叩く手を止め、数秒考えて頷いた。
「勇者かどうかわかりませんけど、確かにセピアノスに連れてこられました」
「それだけわかれば十分だ。――俺はゼノ。ゼノ・ブランフェール。セピア・ガーデンでクリスタルマスターを束ねる団長をやってる。よろしくな、キサラギ」
そう言って、ゼノは右手を差し出そうとして「ここじゃ握手はできないな」と少年のように笑った。
たしかに今は双方竜に乗っている状況だ。アズもその笑顔に釣られて笑い、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「あ、あと、キサラギは姓です。名前がアズ」
「え?そうなのか?さすが異世界人、変わった名前だと思ったけど姓だったんだな」
やっぱりこの世界はファーストネームを先に名乗るようだ。アズも今度から「アズ・キサラギ」と言わないと「キサラギ」が名前だと思われてしまうので、気を付けようと思った。
「それじゃあ、アズ。さっそくセピア・ガーデンに向かうとしよう。――お前たち、アレの回収を頼む」
「はっ」
ゼノが後ろに控えている2人の男性にそう指示を出す。
……「アレ」?
アズもゼノの指差す先を目で追うと、海面にぷかぷかと浮いている人と灰色の竜の姿……。
「あ……」
『完璧忘れてるし……』
先ほどヴェールが尻尾で叩き落とした竜と乗っていた人が、今の今まで忘れ去られて虚しく海面を漂っていたのだった。