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クリスタル・クロニクル  作者: 氷柱
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4 ヴェール

 拝啓、天国にいるお父さん、お母さんへ――。

 この夏で17才になるはずだったアズがもしかしたらもうすぐそちらへ行くことを、親不孝な娘を、どうかお許しください。












「いやあああぁぁぁぁぁぁ!!」


 胸中で冗談にもないナレーションをしてみて、無償に死んでも死にきれなくなり、アズはあらん限りの声で叫んでいた。スカイダイビングだってやったことがないのに、生まれて初めてのダイビングがパラシュートもなしの初ダイブってどうなの!?誰もやったことないでしょ!?だって生きて帰って来ないもんね!!

 というかこのままだと冗談ではなく本当に死んでしまう。遥か眼下に広がる美しい海は、今は遥か下でももう5分もしないうちに目前に迫ってくる。


 やばい!これはマジでやばいってえぇぇぇぇ!!


 落ちているせいで豪風しか聞こえないし、空を飛んでいる飛行機もなにも見えない。というか探せる状況ではない。風に揉みくちゃにされて視界が目まぐるしく回るのだ。


 っていうか!


「せっ、せぴっ……セピアノス!お願いだから助けてー!!」


 アズと共に……とか言っておきながらこの状況でもなにもアクションが起こらないってどういうこと!?このままじゃホントに冗談抜きで死んでしまう。


 海面に叩き付けられてバラバラになって死ぬなんて想像したくないし、絶対に嫌だ。


「ちょっと聞いてんの!?お願いだからうんとかすんとか言ってぇーー!」


 そうこう叫んでいるうちに海面がどんどん近づいてくる。なんとなくもう助けが来ないような気がして条件反射的に目をぎゅっと瞑った。


 聞き覚えのある声が聞こえたのは、その時だった。














――呼んで。














「あっ」


 目をぱっと開けて目前に広がる海を見る。しかし何もいない。


「呼ぶって……何て!?」














――ヴェール














 アズは一縷の望みをかけ、藁にもすがる思いで無我夢中でその名を叫んだ。


「ヴェールゥーーーーーーー!!」


 海面が近づく――その海面の一部がふいに揺らぎ、アズは目を見開いた。


 突然アズの眼下にある海面が盛大に水しぶきを上げ、ドオンッ!という轟音と共に何かが勢いよく飛び上がってきた。驚く間もなくあっと思ったときにはその背にへばり付く形で拾われ、ぐんぐんと上昇して空へと高く昇っていく。


「……~っ」


 声も出せずに呻いて、閉じていた目をうっすらと開く。背に顔を埋めていたので、目の前に飛び込んでくるのはその生き物の背と自分の手だった。


 そっと、その背を撫でてみる。

 まるでシルクのようなさらっとした、ひんやりと心地の良い手触りだった。体毛は長くもなく、短くもない、ふわっとした抱きつきたくなるような触感。


 アズは耳鳴りのする頭を押さえ、ゆっくりと上半身を起こした。


「うわぁ……」


 そして、目の前に広がる光景に感嘆の溜息を漏らす。

 

 青く、どこまでも澄み渡る空と、マリンブルーの美しい海との最高のコントラストが果てしなく続く美しい景色。落ちていたときは景色を楽しむどころではなかったので気が付かなかったが、海は本当に綺麗だった。

 自分を殺すかもしれないと思っていた海に、状況が違えばこんなに引き込まれるなんて……と、アズは思わず自嘲気味に笑ってしまった。


『なんで笑うの?』


 不意に少年のような声に尋ねられ、アズは本能的に自分の跨っている生き物に顔を近づける。


「なんか信じられなくって」


 あんなことがあった後だからか、自分でも驚くくらい平常心を保てている事がおかしくてまた笑う。


『俺が言葉を話して驚かないの?』


「うん。なんか慣れちゃった」


『適応早いね』


「ありがと」


『どういたしまして』


 生き物はふいっと顔を正面に向ける。

 アズは、先ほどからデジャヴを起こしている。この美しい景色、不思議な生き物に乗っての飛行、そして空に浮かんでいる大小様々な宙に浮いている建物のような物体……。


 ここ最近アズが毎夜のように見続けていた、あの夢とまったく同じだった。


 このことを予知していたのか、それとも正夢になってしまったのか。どちらにしろ、アズは夢で見たままの世界の中にいた。


「……ヴェールって、竜?」


 時折ゆっくりと羽ばたく鳥のような翼を尻目に尋ねると、彼は少し拗ねたようにふんっと鼻から息を吐き出した。


『竜じゃなくて、セブンス・ドラゴン。自分で言うものなんだけど、世界でも超珍しい激レア種なの』


「へえ~!ドラゴンなんだ!この世界じゃ普通に存在してるんだね」


『さらっと流してくれたね。……まあ別にいいけどさ』


 むくれるヴェールの体毛をもう一度撫でる。

 いくら撫でても全く飽きの来ない、最高の手触りだ。這いつくばって抱きしめたい衝動を堪え、アズは日の光の加減によって様々な色に変化する体毛をじっと観察する。

 元は白っぽいような、ものすごく薄い紫色のような体毛なのに、光を受けて波のように時折虹色に輝く。


「体毛の色がきらきら虹みたいに光って綺麗……」


『それが俺の特徴だから。この体毛で光の屈折量を自分で調節して姿を景色に溶け込ますことができるのさ。すごいだろ?』


「ホント!?……あ、それでか」


 今思い起こせば、あの海面が揺らいだ時ヴェールがそこにいたということになる。納得して1人頷いた。


『アズの世界に竜族はいないんでしょ?』


「うん。想像上の生き物だよ。漫画とかアニメとか映画には出て来るけど」


 凶悪だったり、主人公を助けてくれるパートナー的存在だったり。ドラゴンや竜は様々な形や役でたくさんの人々を魅了している。


『まん……?そっちの世界のことは全然わからないけど、こっちじゃ人と竜族全般は共生関係にあるね』


「へえ~」


『野生の竜族は人だけじゃなくて他の種族ともあまり関わりたがらないから比較的凶暴なのが多い。まあ、別にテリトリーを荒らさなければ何もしてこないけど』


「ふぅ~ん。……ね、ヴェールはどっち?」


『どっちだと思う?』


 逆に聞かれ、アズは深く考えることもなく「共生関係」ときっぱり言い切った。


『なんでそう思うの?』


「あたしを助けてくれたから!」


『アズって単純』


 呆れたように呟かれ、アズは思わずむっとする。


「違うの?」


『違うね。俺がなんで超珍しい激レア種なのかわからない?』


「え……んと、姿を消せるから?」


『正解。姿を消して人の前に姿を現さないから』


「なるほど」


 そこまで理解して頷いて、「ん?」と首をかしげる。

 そこまで人の目に付かないように行動するということは、もしかしなくても共生関係にある竜族ではなないのだろうか?


「共生関係じゃないの?」


『別に人間のために何かしたいなんて思わないしね。むしろどうでもいい?』


「……え~。じゃあなんで助けてくれたの?」


 むっつりとむくれて背中をべしべし叩くと、『痛いから!』と予想もしなかった反応が返ってくる。そんなに力を込めて叩いたわけじゃないので、竜という生き物は案外軟にできてるのかもと思った。


『アズを助けたのは、セピアノスにそう言われたから。アズのパートナーになって戦いの手助けをするようにって』


「セピアノスに!?」


 驚いて身を乗り出すと、『ちょっ、落ちるから!』と慌てた様子のヴェール。今まで全く気にしなかったが、ヴェールはセピアノスに比べるとずいぶんと小柄だ。頭から尻尾の付け根まで、目測で大体2.5mほど。とても長い尻尾を入れれば4メートル弱だ。

 アズ1人が乗るには十分だが、2人乗れるかは怪しいところだ。


『セピアノスはこの世界にとったら神様同然の存在。神竜なんて呼ばれてるしね。そんな凄い御方に頼みごとなんてされちゃったら断れないでしょ?』


 あの大きな樹のある狭間の世界でセピアノスが言っていた「彼」とは、きっとヴェールのことなのだろう。案内人と言っていたが……。


「あたし、理由もきちんと説明されることもなくこの世界に飛ばされてきちゃったんですけど。これからどうすればいいんですかね?」


 なんか世界を救ってと言われたような気もするが、どうやって?と半信半疑。なんとなくかしこまってヴェールに尋ねてみれば、


『え、クリスタル使えないの?』





……なんのこっちゃ。






「はい?」


 首をかしげて聞き返せば、『いや、だからクリスタルだってば』。……いや、だからそのくりすたるがわからないんだって。


『はあ……ホントに切羽詰ってたんだね、セピアノス』


「切羽詰ってたかはわかんないけど、なんか時間がないとかって言ってた」


『うーん、俺説明とか好きじゃないし面倒なんだよね。……あそこ連れてった方が手っ取り早いかな』


「あそこ?……どこ?」


『セピア・ガーデン』


 ガーデン……庭?なんだか緑や花がたくさんありそうなイメージだ。アズは少しわくわくしてヴェールの背をぽんぽんと優しく叩いた。


「そこに行けば色々教えてもらえるんだね?行こう行こう!」


『わかったからおとなしくしてよ。落っこちても拾いに行かないから――』


 唐突にヴェールが言葉を切った。首をもたげて左前方に注意を向けている。


「ヴェール?」


 不思議に思って声をかけると、真剣な声で返された。


『訂正』


「え?」


『もし落っこちても拾ってあげるから、落ちないようにしっかり捕まっててよ』


 何やら先ほどとは雰囲気がまるで違う。アズはヴェールの見据えている左前方に目をこらし、そこでゆっくりとこちらに向かってくる3つの黒い点を視界に捉える。


「……なに?」


『まあ、俺たちをよく思ってない連中、とだけは言えるね』


 しっかり捕まって、と2度目の忠告を受け、アズは訳の分からないままヴェールの首にしっかりと両腕で抱きついた。

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