43 アクリエ港の出会い−④
ストーリーは出来上がっているのに筆が進まず…久しぶりの投稿です_:(´ཀ`」 ∠):
ーーピー……ガガ
ノイズ混じりの機械音が、自分のすぐ耳元で聞こえる。聞いたこともないような音でとても不快であったが、早く馴れる必要があったため気にしないように努める。
『……ディ。…………ガ…ディ。……ガウディ。聞こえる?』
ノイズの混じる不鮮明な少女の声に反応し、ガウディは周囲の様子を伺いながら小さな声で答える。
「はい。聞こえますよ、姐さん」
『よかった。な…とか使えそうだね。…まだ若干周波数が心もとないけど』
苦笑交じりの声に、ガウディも同じように笑いながら同意する。ガウディに支給された通信用のクリイスタルは、大量生産されるほど容易に作り出せる量産型タイプであるため、感度は純正のそれよりも遥かに性能に劣ると聞いた。通信範囲は狭いが、任務を行う上ではそれほど支障はないらしい。
『任務の内容は頭に入ってる?不安なようならもう一度説明しようか?》
「頼んます。正直、緊張しすぎてうろ覚えで……」
《あはは。だよね!じゃあもう一回説明するね》
まるで何かを懐かしむように笑い、通信機の向こう側にいる少女——アズが、任務内容を説明してくれた。
《今回の任務は、野獣討伐任務です。本来なら5、6人でパーティを組んで行う作戦ですが、それぞれのステータスを考慮して問題ないと判断したため、あたしたち3人で行います。——ジークも大丈夫?》
《ああ。問題ないぜ》
通信機からノイズが吐き出され、ジークの陽気な声が加わる。セイレーンのアズに加え、ダークウルフの血を引くジークもいる。2人の頼もしい先輩の声を聞いて安心してきたのか、バクバクと高鳴る心臓の音が少しずつおさまってきた。ガウディはアズの声に集中する。
《目標はドン・ゴート。山羊科のなかでも最も気性が荒く、大きな群れで畑や村を襲うことで有名な、厄介な山羊たちです。ギルドランクで、えーと……難易度いくつだったかな?》
《☆3だ。ギルドランクGだな》
「ギルドランクGは……確か、10階級あるうちの下から3番目っすよね」
《そうそう!覚えてきたね、ガウディ!》
ここに来る前に教えてもらったことを思い出し、ガウディは頭の中で必死に整理する。
王国公式ギルドであるセピア・ガーデンには、日々様々な任務が各地から寄せられてくる。もちろんクリスタルマスターが専門に担当するシャドウの討伐任務は別だが、一般に解放されている任務にはそれぞれ難易度が設定されている。任務の報酬を糧に生きている人々のことをクェイターといい、彼らが自分たちの力量に見合った任務を受けられるようにランク別に解放されているのだ。ランクは10階級に分けられており、最高ランクAから最低ランクIまで。(このほかにも、特例としてSからSSSまであるらしい)熟した任務の難易度によってクェイターの身分証明書であるライセンスカードにポイントが貯まり、階級が上がっていくという仕組みだ。(アズが「“あーるぴーじーげーむ”みたいでわかりやすい」と言っていたが、何のことだかさっぱりわからなかった)
つまり、シャドウが関わっている任務はクリスタルマスターのみが受けられて、それ以外の任務はクェイターであれば誰でも受けられるということだ。普通の人間社会で弾かれがちな獣人たちも普通に受けられることから、故郷を出て人間社会で暮らしている獣人たちの多くはクェイターとして生活している。……らしい。
ちなみに、ガウディもライセンスカードを作ってもらったばかりなので、今では立派なクェイターなのだ。……もちろん、まだまだ新米だけれど。
《ランクGとはいえど、油断してかかればもちろん大怪我だよ。そこだけは注意して死ぬ気で臨んでね》
「はい!」
《それじゃあ本題。作戦内容は、この近くにある村の畑を荒らしているドン・ゴートの討伐。頭の良い獣たちだから、一回痛い目を見れば二度と畑を荒らしに来ることは無いらしいので、痛めつけるだけにとどめて追い払うことを第一に行動します。絶対に殺さないこと。これだけは守って》
「はい。あの……姐さん。その、もし殺しちゃったらどうなるんですか?」
《もちろん、ドン・ゴートたちの復讐が始まるよ。村を壊滅させるまでその怒りは収まらない。私たちと一緒だよ》
「……!」
ガウディは、はっと息を呑む。もし自分の目の前でメアが殺されたら……きっと、殺した相手絶対に許さないだろう。
ガウディが黙ると、ジークが間を保つように続けた。
《頭の良い獣族は総じて、仲間意識が強い。たかだが山羊だろうと、あいつらは獣族だ。知能が低い動物じゃない。そこだけは忘れんなよ》
「……はい。スンマセン」
軽率なことを聞いてしまった。ガウディは項垂れてため息をつく。
《気にしないでいいよ、ガウディ。あたしたちが気をつけていれば何の問題もないんだから。それよりほら、話戻すよ!
……内容は極めてシンプルです。あたしがドン・ゴートたちを誘導!ガウディが驚かす!以上!》
「…………………………………それだけ?」
《それだけ!》
「ジークの兄貴は?」
《ガウディのフォロー!》
「………………もっとこう、具体的な作戦は…」
《ありません!習うより慣れろ!》
「……………………えぇー……」
どうっと体から力が抜けて堪らずその場に座り込む。何だこれ、こんなんで作戦て言えるのか……。
しかしこのまま引き下がれない。ガウディはげんなりしつつも顔を上げた。
「俺がおどかすって、成功するんすか?相手は狼も恐れない山羊の中の山羊、“頭”なんでしょう?」
すると、威勢のいいジークの声がすかさず飛んできた。
《ガウディ。お前は狼じゃなくて“スティンガーウルフ”の獣人だろ?普通の狼と一緒にすんなよ!胸張って思いっきり吠えて威嚇すりゃいいんだよ!気張ってけ!お前なら出来る!》
な?と問いかけられ、ガウディはしばらく逡巡した後、「わかりました……やってみます」とため息まじりに頷いた。もしも失敗したとしても、ジークがフォローしてくれるはず。とりあえずは、自分にできることを精一杯やってみようと思った。
そうだ。これは自分のためじゃない、メアのためにしていることのなのだから。
《あたしが畑の近くにいるドン・ゴートたちを、村に続く一本道に待機してるガウディの方に向かわせるから、思いっきり吠えちゃって!じゃあ早速任務始めるよ!3、2、1——》
「えっ!もう!?ちょっと心の準備くらいさせーー」
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!
「うおあぁ!??」
アズの唐突なカウントダウンが終了した刹那、ガウディがよろめくほどの地鳴りが響き渡る。思わず木の幹に抱きついて地鳴り(というかもはや地震)のあった方角に顔を向ける。
あの方角は、確かアズが待機しているはずの、ドン・ゴートたちが徘徊している畑のある場所。何が起こったのか想像もできないが、アズが何かをしたというのは確かめるまでもなく明白だった。歯を食いしばり、《よっし!そっち行ったよ!》《来るぞくるぞー!》と楽しそうなアズとジークの声を少しだけ恨みがましく思いながら、身を潜めていた藪の中から道の真ん中に飛び出して仁王立ちをした。急展開すぎて混乱気味だが、こうなったらもうヤケだ。なるようになれ!!
「うっしゃああぁぁ!来いや山羊どもオォォ!!」
やけっぱちに大声で怒鳴ると、地鳴りを起こし、粉塵を巻き上げながらこちらに向かってまっすぐ突き進んでくるドン・ゴートたちの姿がはっきりと見える。ゆっくりと肺の中の空気を全て吐き出し、同じように大きく吸い込む。
大地を疾走するドン・ゴートたちは、もう目の前。あの鋭い角に体を貫かれ、硬い蹄に押しつぶされる自分を想像してぞっとするも、ここで怖気づいたら本当にそれが現実になる。
生き残るため、もう一度メアに会うため。
自分の持てる全てを、この咆哮に賭けるーー!!!
そうしてガウディは生まれて初めて、自らの身を守るために腹の底からの渾身の威嚇を炸裂させたのであった。
**
「はい。お疲れさまでした!今回の任務の報酬金です!」
「ありがとうございます!」
黄色い制服を着た受付嬢からカウンター越しに報酬金を受け取り、アズは笑顔で頭を下げその場を後にする。小走りで向かう先には、エントランスの脇に設置されているソファに腰掛け、テーブルに突っ伏している大きな狼型の獣人——ガウディがいた。
その隣には、ガウディを励ますようにバシバシと背中を叩いて笑っているジークの姿もある。アズは思わず笑みを漏らして2人に近寄った。
「だーかーらー、やればできるって言っただろ?お前もっと自分に自信持てよな」
「……うっす」
「作戦通り成功したんだからもっと喜べって!たとえあの咆哮一発でお前が酸欠になってぶっ倒れたからって全然カッコ悪くねえよ」
「だーー!大声でやめてくれよ兄貴!!」
「なんでだよ!勲章だろ?」
「酸欠で白目ひんむいて勲章とかないだろ!傷の方がずっとカッコイイわ!!」
「ん?ああ、確かに言われてみればそうかもな……」
「あーーーーーもーーーーーー!」
改めて肯定され、ガウディは天井を仰いで吠えたのちそのままソファの背にもたれかかる。そのままブツブツと納得いかないように何か呟いていたが、アズが近づいていくとパッと顔を上げて立ち上がった。
「あ、姐さん」
「お待たせ。はい、ガウディの報酬金だよ!」
そう言ってガウディの目の前のテーブルに袋を置くと、ガウディは何も言わずにそれを見つめていた。
「どうした?ちゃんと20,000エルあるぞ?」
「いや……そうじゃなくて」
ジークの問いかけに首を振り、ガウディは神妙な面持ちで賞金袋を見つめている。
「全部、本当に俺が全部もらっちゃっていいんですか?姐さんと兄貴にも手伝ってもらったのに……」
「いいんだよ。あたしたちが付き合いたくてくっ付いて行っただけだもん。ね、ジーク」
ガウディに見えないようにウィンクしてみせると、意図を察してくれたようで、
「え?あ、そうそう。気にしなくていいんだよ!」
少しわざとらしかったが、ちゃんと話を合わせてくれた。アズは心の中で感謝する。
本来であれば、貢献度によって多少の差はあれど、報酬金は参加人数分均等に分けなければならない決まりになっている。これはガーデンに限った話ではなく、ギルド全てにおいて決められている分配のルール。それをあえて話していないのは、単純に治療費をガウディに手っ取り早く稼がせたかったからだ。
分配のルールは当人たちで納得し合えば一人が全額受け取っても罰せられることはない。もちろん分配ルールがあると知ればガウディは全額受け取らないだろう。
だからこそ話さないのだ。
特別扱いをしているという自覚はある。今もガウディのように、家族や大切な人のために必死になって薬代を稼いでいる人や獣人が世界のどこかにいるのかもしれない。辛い現実を突きつけられて泣いている人がいるのかもしれない。そして世界を恨んでしまっているのかもしれない。
しかし、助かる命が目の前にあるのに放っておけないのも事実だ。ガウディは自分がした過ちを正し、同時に償うという意味も兼ねて、この命がけの危険な任務に臨んでいる。
——クリスタニウムに生きるすべての生き物。それらが寄り集まって、クリスタニウムという一つの世界となる。
アズが初めて覚醒した日。夢の中でセピアノスが言っていた言葉を思い出す。アズの役目は“クリスタニウム”を救うこと。それは、“クリスタニウムという世界に住む全ての生き物”を救うということ。とても途方なことのように思えるし、正直不安だらけだった。本当に、自分はこの世界を救えるのかと……。
それでも、ガウディとメアを救うことは決して無駄ではないはずだ。そう信じている。
「……ありがとうございます。有難くいただきます」
深々と頭を下げて、ガウディはとても大事そうに報酬金袋を持ち上げると、手の中に収めた。
「メアの治療費を払うまで、あと60,000エル……」
「この調子で行こう!さ、次々!」
「え、姐さんまだ付き合ってくれるんですか!?」
驚いたように顔を上げたガウディに、アズはにっこりと微笑んだ。
「うん。もちろん!ガウディまだまだ危なっかしいし、何より多少危険な任務でもある程度やっていけるからあたしたちと一緒にいてもらった方が一石二鳥だしね」
「だな。普通の任務にクラウスやウィル連れて行くとパワーバランスが偏って戦力の無駄だし、だからと言ってそこらのクェイター連れて行くにも金かかるしな〜」
うんうん、とアズに同意してジークがため息をつく。実際、この3人で組んだ方が何かとバランスが良いのだ。
「シャドウの任務が入ればそっちに向かうけど、それまでだったらいくらでも付き合うよ!だから早く行こう!」
カウンター横にあるクエストボードを指差しそう言うと、ガウディは眉間いっぱいにしわを寄せて顔を俯かせ、
「……ありがとう、ございます」
何かを堪えるように、腹の底から絞り出したかすれ声で礼を言い、しばらく顔をあげなかった。