39 不穏‐②
セピア・ガーデン専属医師であるリヴ(オカマさん)に退院の許可をもらったアズは、リリムとロージーと共に自室へと向かう為、3階のプライベートフロアの廊下を歩いていた。ヴェールが2日も飲まず食わずということも考え、途中、食堂に寄って大き目のバスケットに食料を詰め込んできた。
まっすぐに伸びる白い廊下の壁には、クリスタルマスターやガーデンで働いている職員の部屋がずらりと並び、一人一人に個室が与えられている。アズの世界でいうワンルームというやつなのだが、部屋の広さは中々のもので、正確に測っていないが15畳ほどはあると思う。その他にも独立した洗面台とお風呂、トイレも完備しているのだから、本当に文句なしである。
「いや~。怒らせるとおっかねえけど、やっぱあのオカマは良いこと言ってくれるよな。いやホントに」
今だにニヤニヤと笑っているロージーが言っているのは、先ほどのベルセルクコングの話である。せっかく忘れかけていたアズはじろりと隣を歩くロージーを睨み付けた。
「ロージーうっさい。リンゴみたいになりたいの?」
「リンゴ?なんだそりゃ」
「ロージー、もうお口閉じとくの。ホントにぐしゃっとされちゃうのよ」
「……ぐしゃっとって……何を?」
「「頭を」」
アズとリリムの声が重なり、ロージーの目元がぴくりと引きつった。アズの顔が本気であることから、これ以上からかうと冗談では済まされない事件に勃発しそうだったので、さすがのロージーも大人しく口を閉じる。
ベルセルクコングと同等の力と言うことなら、冗談抜きでやりかねないと悟った。
「てか、なんでロージーまで付いてくるの?」
「気になるだろ、お前の竜とクラウスの奴が何で揉めてたのか」
「あー、あたしは別に気にしないけど、ロージーがいるとヴェールは話してくれないかもしれないよ?」
「なんでだよ」
「部屋から出てこないってことは、他の誰にも会いたくないって事でしょ?聞かれると嫌なんだよ、きっと」
「……ちぇっ。つまんねえの」
もう少し押してくるかと思ったのだが、案外あっさりと引いたロージーに驚くアズ。いつもこうだったらいいのに……と思うも、普段のロージーはハンナに良いところを見せようと威勢を張っているから何かとアズに突っかかってくるのだ。ハンナが居ない今、アズと張り合っても意味がないと思っているらしく、それ以上食い下がろうとはしなかった。かなり現金な奴である。
「でも後で教えろよ。それならいいだろ?」
「……ガーデンの暗黙のルールってロージーには適応されないわけ?」
セピア・ガーデンの暗黙のルールとは、“過去の詮索”の事である。話したがらない相手ならなおさらであり、任務外とはいえ、報告せずともガーデン側に問題のない内容のため、ヴェールの件もこれに該当する。
アズが立ち止まって半眼で問いかけると、しかし何故かロージーは胸を張って、
「何言ってんだ、ルールってのは破るためにあんだよ。よく覚えとけ」
と、学校の風紀を乱すヤンチャな生徒のようなセリフを吐いた。しかもイラッと来るドヤ顔付きの。
「……ああ、そうですか」
さすがのアズも相手にする気が失せた。適当に相槌を打って話を流すと「ちょ、待てコラァ!!」という大きな声が飛んできたが、気にせずその場に置いてさっさと歩き出す。
暗黙のルールとは言っても、特にこれと言って縛り付けるような法律はない。それが話さなければならない重要な内容であった場合のみ、セピア・ガーデンの団長であるゼノの権限によって無効化されることがある。
今回のヴェールの件はゼノには届いているものの、どうやら特に追及もなくそのままにされているらしい。クラウスと激しい口論の末、温室が破損するまでの事件に発展したというのに、首を傾げたくなるような話だった。
「……」
自室のドアの前に立ち、アズはドアノブを握って深く深呼吸した。肩に座っているリリムが心配そうにアズの顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。――よし、行こう」
リリムと自分に言い聞かせるようにそう呟き、アズはノブを回して扉を開けた。
キイィ……
中に入ると薄暗く、アズは数回瞬きをして目を慣らす。今は昼前なので外は太陽がまぶしく輝いているが、部屋の中は遮光カーテンが閉め切られているので明暗効果で一瞬真っ暗に見えた。ドアのすぐ横に部屋の照明のスイッチがあったが、それは押さずにそっとドアを閉める。
「ただいま」
中に向かって声をかけると、奥のほうでもぞもぞと大きな塊が動いた。アズはほっと息をついて歩き出すと、リリムがアズの肩から離れ、自分のベッドの方へと飛んで行った。
「具合でも悪いの?」
アズも自分のベッドに腰を落とし、大きなエッグソファに丸まっているヴェールに声をかける。
『……ううん、ちょっと眠いだけ』
しばらく間を置いて、くぐもったヴェールの声が聞こえた。
『……アズこそ平気?』
「あたしは大丈夫だよ。体も鈍ってないしね」
『そっか』
暗がりの中、ゆっくりと首をもたげるヴェールは本当に眠そうだった。体がだるいのか、動きも緩慢で声にも覇気がない。
「ヴェール、本当に大丈夫?ものすごく具合悪そうに見えるんだけど……」
『2日も何も食べてないからかな。なんもやる気起きなくて』
くあ、と大きなあくびをして、ヴェールはふるふると首を振った。アズはおもむろに立ち上がると、ヴェールのいるエッグソファの後ろにある遮光カーテンに手を付けた。
シャッ
カーテンを開けると、溢れんばかりの光が部屋と視界を満たした。
『ぎゃっ』
突然襲い掛かる眩いほどの光に視界がくらんだヴェールが悲鳴をあげて、ふたたび顔を体の下に丸め込む。大きな翼の影を傘替わりにし、抗議の声を上げた。
『ちょっとアズ!急に明るくしないでよもう!』
「こんなに天気がいいのに閉め切るなんてもったいないよ。光合成しなよ」
『植物か!』
いつも通りの調子で突っ込みをいれてくれる事に満足し、ベッドの上に置いたバスケットを取りに元の場所へ戻った。
「怒る元気があるなら大丈夫だね。はい」
『……あ』
蓋を開けて中身をヴェールに見せると、目を見開いて体を起こした。
「とりあえず何か食べなよ。お腹すいてるんでしょ?」
そう言った瞬間、絶妙なタイミングでヴェールのお腹の虫が鳴いた。思わず2人で顔を見合い、声を上げて笑いあった。
「2人だけズルいの!リリムも混ぜるのよー!」
えいやっ、と2人の間に入り込んだリリムがバスケットの淵に降り立ち、自分も何か食べようと中身を物色し始める。その様子にもう一度笑い、アズはベッドに深く腰を落とした。
「クラウスと喧嘩したんだって?」
人型になったヴェールが水をごくごくと飲みほし、ホッと息をついたところで問いかけてみると、しばらくの間を置いてから首を振った。
「……喧嘩じゃない。向こうは俺を殺すつもりでいたから」
「え?」
帰ってきた返事に思わず眉をひそめる。どういうことなのだろうか。
「なんで、そんな……」
「アズが倒れた後、ノワールは撤退して、そのあとすぐにガーデンに残ってたジーク達が城に駆け付けた。気絶してたアズとアルテミスをガーデンに運んで、そのあとすぐにあいつが、ノワールが撤退した理由について詰め寄ってきた」
その時の事を思い出したのか、ヴェールはよほど不快だったのか顔を歪ませた。
「その時に、あんまりにもしつこかったからあいつの過去をほんの少しだけ暴いたら――殺されかけた」
「……え」
「話したくないって言ってんのに、それじゃあ納得できないからって引かなくて、それで俺もちょっとカッとなってつい――」
「ちょっ……、ちょっと待ってヴェール」
状況が理解できなくて慌ててストップをかける。口をつぐんだヴェールの目をじっと見つめ、アズは自分の記憶をたどって心の中を整理した。
「あたしが意識を失って、そのあとノワールは撤退した。それでそのあとアルテミスを連れてみんなでガーデンに戻った。クラウスはノワールが撤退した理由を知りたかったけど、ヴェールは教えたくなくて……クラウスの過去を、暴いた」
「……うん」
「暴くって、どういう意味なの?」
丸いラムの実を口にしようとしていたリリムが不思議そうに尋ねる。アズもその意味がわからなくて話を止めたのだ。
じっと見つめると、ヴェールは観念したように口を開いた。
「俺、誰にも言わなかったけど……姿を消したり人型になったりできる他にも、ちょっと特殊な能力を持ってる。それが人の過去――というか、心のクリスタルに記憶された記録を視る事が出来る力なんだ」
「記録を視る力……」
言葉の意味を噛みしめるように復唱すると、ヴェールは頷いて続けた。
「すべての生き物が等しく持っている心のクリスタル。そのクリスタルは、生き物が生まれてから死ぬまでのすべての出来事をその中に記録として蓄積していく、いわば内部メモリーのような役割を持っている。生き物の一生を記録したクリスタルは、その生き物が死んで肉体から離れると、みんなある一つの場所に導かれる。――狭間の世界にある、世界樹の元に」
アズの目が、ゆっくりと大きく見開かれた。
狭間の世界、そして世界樹――。
それは、アズがセピアノスに呼ばれた時に召喚された、あの大きな樹がある不思議な異空間の事であった。
セピアノスが“母なる大樹”と呼んでいた事を、今、はっきりと思い出す。
「世界樹は一生を終えたクリスタルの持ち主の記録を吸い上げ、新たなクリスタルを生み出す糧として命を循環させる。記録をリセットされたクリスタルは、死んだ生命体が生きていた同じ世界で生れ落ちる新たな生命体に宿り、また一からその生命の歩む出来事を記録していく。それが命の輪廻――クリスタル・クロニクル」
「……リリム、そこまでは知らなかったの」
リリムの感心したような呟きに頷いてみせ、ヴェールは続けた。
「記録と記憶はまったく別の代物だ。これは脳を持つ生き物に限られた話だけど、記憶というものはあいまいで、何もかもすべて覚えている生き物はいないはず。特に、年を取るほどに古く、重要性の低いものから記憶は徐々に薄れていく。そんな事あったっけ?昨日の夕飯だんだっけ?……みたいな事があるはずだよ。特に人はね」
言われ、アズはその通りかもしれないと小さくうなずいた。
「だけど、クリスタルの記録は違う。持ち主が経験した事、思ったこと、自分が見てきた周りの人間の動きも、何もかも――本当に生まれてから今現在までの、自分が経験してきた事を何もかもを、クリスタルはその中に刻んでいく。まったく偽りのない真実……それが、記憶と記録の違い」
「……じゃあ、ヴェールはそれを視ることが出来るの?誰のものでも?」
「正直に言うと、答えはイエスだね。……でも、何でもかんでも視えるわけじゃない。条件がある程度揃わないと無理だね」
「その条件ってなんなの?」
「対象者の意識が自分――つまり俺に向いている事。そしてそれは知能を持った生き物であること。そして俺に心を開いていること。……これが最低条件」
「……クラウスはヴェールと仲良くしてたっけ?心を開いているようには見えないけど」
「もちろん違う。確かにあの時、あいつの意識は俺にしか向いていなかったけど、あいつが向けていたのは敵意だった。だから俺には、あいつの心の奥底にこびりついていた鮮明な記憶の断片しか視えなかった」
その鮮明な記憶そこが、クラウスが最も触れてほしくない部分だったのだろう。ヴェールは目を伏せ、深く息を吐いた。
「今まで使ったことのない力だったから制御できなくて、つい頭に血が上ってあんなことしちゃったけどさ……自分で言うのもなんだけど、今はやり過ぎたと思ってる。殺されかけたのは俺の方だけど、でもその原因を作ったのも俺だから」
「それで2日も外に出てこなかったの?」
「この力の事を追及されるのが嫌だった。過去の詮索がご法度のこのガーデンで俺みたいな覗き屋がいたらみんな嫌がるでしょ?……そしたら、もうここには居られなくなるかもって思うと……」
言葉を切り、ヴェールは膝を抱えて顔を伏せた。くぐもった声が続ける。
「もしクラウスがこの事をゼノに報告していたら、って思うと、怖くて外に出られなかった。アズの傍にいなきゃいけないのに、それすらもできなくて、嫌な事ばかり想像して、身動き取れなくなって…」
「…気がついたら2日も経ってたわけね」
ヴェールの新たに発覚した能力について、クラウスがゼノに何の報告もせずに放って置くとは考えにくいし、何より、隠そうとすれば確実に怪しまれる。
なんとなく面倒くさい状況になってしまった事に対して軽くめまいを覚え、アズは思わず眉間を押さえた。
「……ごめん、俺のせいで。……怒ってる、よね?」
「いや、怒ってないよ。ただ、隠し通すのは無理だら正直に話そうと思うんだけど――」
「え……え?!お、俺、追い出されちゃうの?」
「ちゃんと最後まで聞いて!」
うるうると今にも泣きだしそうな目でアズに縋り付いてくるヴェールの肩を押し返し、アズは続けた。
「正直に話そうと思ってるんだ・け・ど!きっと、追い出されるような事はない、と、思う」
「リリムもそう思うの」
「……なにを根拠に?」
アズに同意したリリムをちらりと見やり、ヴェールは心底不思議そうに尋ねてきた。
「だって、そんな特異な能力持ってる幻の希少種をそうそう簡単に手放すとは思えないんだよね。その力だって、確かにこのガーデンじゃご法度のものかもしれないけど、ちゃんと制御できるんだよね?」
「う、うん。ちゃんと出来るようにする。っていうかする。絶対する!」
「よろしい。……なら、使用方法は制限されるとしても、使いようによってはすごく役立つって考えるはず。そういう珍しいものは手元に置いておきたいって思うのが人間だから、きっと大丈夫!」
「……そんなもんなの?」
「そう!そして一番大事なのが、誠意を込めて!きちんと!正直に!相手に謝ること。いい?大事な事だから2回言おうか?誠意を込めて――」
「い、いい!わかったから!わかったから繰り返さないで!」
顔の前で手をぶんぶんと必死で振るヴェールに意地悪く笑ってやると、耳元からフォン、と言う音がした。通信用に加工されたイヤリング型クリスタルが起動したようだ。
《――アズ?聞こえる?アリスよ》
「あ、はい!聞こえてます!」
思わず緊張して背筋を伸ばして居心地を直すと、釣られたのかヴェールとリリムまでもが強張った顔つきになる。
《さっきリーヴから話は聞いたわ。退院おめでとう。体調はどうかしら?》
「全然問題ありません!体力も有り余っちゃって、これからルディアナ城に行ってお手伝いしたいくらい元気です」
《うふふ、それはよかったわ。……時にアズ、ゼノが会って話したいそうだから、彼の病室まで来てもらえる?》
「――っ!?」
途端にヴェールの肩が跳ね上がる。だらだらと冷や汗を流し、上目使いにアズを見上げた。……ちょっとタイミングが良すぎる。もしかしてクラウスとの喧嘩騒動についてのお咎めの話だろうか。
しかし、考えても仕方ない。なるようになれ!とばかりにアズは即答した。
「はい。今すぐ向かいます」
《そんなに急がなくてもいいのよ?貴女もけが人なんだから、ゆっくりいらっしゃい》
優しい言葉に目の奥がじん、と痛くなる。そのあと何度か受け答えをしてクリスタルをオフにした。
「……さて、腹くくって行きますか」
「う、うん」
まるで戦場に赴くような表情をして立ち上がり、まだ少し渋っているヴェールの背中を押して部屋を出る。
自分よりもほんの少し低いヴェールの後ろ姿を見つめ、アズはそっと心の中で吐息した。
アズが気絶した後の、ノワールが撤退する理由となった出来事を今だに話そうとしない理由とはなんだろうか?
アズは覚悟を決め、小さな背中にそっと問いかけた。
「……クラウスに聞かれたくなかった事、いつかあたしに話してくれる?」
ぴくりとヴェールの肩が動き、5秒くらいの間を開けた後、
「……うん。いつか、話すよ」
か細いかすれた声で、そう答えてくれた。
**
「は?お咎め?そんなもんナイナイ」
上体を起こしたベッドに背を預けた包帯だらけのゼノが笑いながら手を振り、ぽかんとした顔をしているアズとヴェールに向かって呆れたような顔をした。
「子供同士の喧嘩に、大人がいちいち口出してたらキリないって。モノ壊したり暴れまわるなんて昔は日常茶飯事だったからどうってことないしな」
「そうね。昔に比べれば、みんな丸くなったものね」
朗らかに笑うゼノに同意しながらリンゴの皮を剥くアリスも懐かしそうな顔で微笑んでいる。椅子に座って緊張した面持ちで膝の上で握りこぶしをつくっていたアズとヴェールは思わず顔を見合わせる。
なんだか思っていた展開とだいぶ違っていた。
「そうそう。ガーデンを立ち上げた当初は、それはもうジークが荒れててなあ。しばらくして入ってきたウィルとは、そりゃあもう毎日毎日取っ組み合って噛みついて引っ掻き回して大騒ぎで、こっちまで大怪我させられたし、部屋も壊れるしで……うん、すごい大変だった」
「確かその時にゼノの怒りが爆発して、最初の黒歴史が生まれたのよね」
「ああ、そうだった。本当に懐かしいなあ。今じゃすっかり仲良くなって、ガーデンいちのコンビになったもんなあ」
和やかな顔をしているが、話の内容は全然和やかじゃない。けれどなかなか興味深い話だった。あのジークとウィルが毎日喧嘩していたくらい仲が悪かったとは。
しかし、まさか殺し合いにまで発展しそうになった事態を“喧嘩”で収めるとは、ガーデンの人々は仲間内の争いにずいぶん寛大のようだ。喜ぶべきか迷ったアズは、とりあえず疑問を口に出すことにした。
「……あの、お咎めじゃないとしたら、ゼノは何のお話があったんですか?」
「……一応確認しておきたかったんだ。クリスティナの事を」
「!」
内心で、そっちか……と冷や汗を流す。怒られる事ばかりを考え、まったくと言っていいほどゼノの心情を理解していなかった自分が恥ずかしくなる。
「長い間ずっと探し続けていた、俺の大切な人なんだ。アズ、どこでティナに会ったのか……その時の事を教えてくれないか?」
「……はい」
アズとクリスティナが初対面ではない事は、あの舞踏会の夜に明らかになっている。自分にとって大切な人が敵対している組織の一員だと知ったあの時のゼノの心情を考えると、今でも胸が苦しくなる。
あの時……捜索任務でルディアナ城へ赴いた際に彼女に出会っていたことをゼノに報告していれば、少しは苦しくなかったのかもしれないのに――。
それは、今なおアズの中で罪悪感となって渦巻いている。
「……アズ、そんな顔しないでくれ。お前を責めているわけじゃないんだ」
また顔に出てしまっていたらしい。ゼノが困ったような表情で顔を覗き込んでくる。
「責められるべきは俺なんだ。彼女がああなってしまったのも、俺の事を忘れてしまっていたのも、レイズの言ったことが正しければすべて俺に原因がある。……取り戻したいんだ。どうしても」
「……」
「たとえ、どんな結果になっても」
「……はい」
顔を上げ、ゼノの目を見て、アズはしっかりと頷いた。アズ自身もまだ心の整理が出来ていなかったけれど、大切な人を取り戻そうとしているゼノの助けになればと思い、捜索任務での出来事を話した。
クリスティナと出会ったあの日の事を話している間、アリスは一言も口を開かず、ゼノの顔でも、アズの顔でもなく、ずっと窓の外へと顔を向けていた。
アズの位置からはアリスの表情は見えなかったが、その後ろ姿はなぜか寂しそうだった。
結局その日はクリスティナの話をしただけに留まり、ヴェールの新しい力の事は話さずに部屋に返された。
アルテミスへの面会も固く禁じられ、話をすることもできないまま、しばらくセピア・ガーデンとルディアナ城とを行き来する日々が続いた。気持ちが冷めないうちに、と、一緒にクラウスの元へ謝りに行ってはみたが、斬りかかりこそしてこなかったものの、すぐには許してもらえなかった。
けれど、誠意を込めて何度も何度も謝りに通った結果、二度と“記憶を読む力”を使わない事を条件とし、顔を突き合わせても喧嘩しない程度まで修復することはできた。以前のように憎まれ口を叩きあう関係……とまではいかなかったが、それでも一緒に任務へ行ってくれるようになったため、とりあえずは良しとする。
ヴェールもなんだかんだ言いつつかなり懲りたようで、特殊能力の誤発動をコントロールするために自分なりに特訓しているようだった。その様子をリリムと共に影から見守り、その件に関してはとりあえず一件落着した。
問題はまだまだ山積みだったが、しばらくの間は、クリスタルマスターとして任務をこなしていく日々が続いていった。