31 来場
窓の外に流れていく景色を眺めつつ、アズは馬車と並行して飛んでいるヴェールと念話で会話していた。ウキウキと上機嫌な彼は、城という建造物の中に入る事を何よりも楽しみにしているようだった。
ちなみに、今アズたちが乗車している乗り物は一様に“馬車”と称しているが、実際に引いているのはルディアナ城で調教されている竜だった。馬の2倍はある体躯で、馬車1台につき1頭に引かせる。馬車には浮島を浮かせている物と同じフロウクリスタル(小粒サイズ)が備え付けられており、原理としては浮いている馬車を竜が引くというものだ。
「重力に引っ張られるんだから馬車が空を飛ぶわけないじゃん」なんていう地球人思考は、たぶん1ヶ月くらい前に海の上に落っことしてきたと思う。こんなことにいちいち驚いていたら脳がパンクして壊れてしまう。こうして速やかに世界に適応することで、アズは自分自身を守っている。クリスタルマスターとして活動する以上、脳にも精神にも余計な負荷を掛けたくないのだ。
――ルディアナにいるゴールデンドラゴンに会うのも楽しみなんだよね。
――あたしも!どんな竜なのかすごく楽しみ。
窓越しにニコニコしながら念話をしていると、目の前に座っているクラウスが眉をひそめてこちらを見ているのに気づく。
「傍から見てると、かなり危ない人間に見えるぞ」
「……すんません」
確かに危ない人に見えるかもしれない。アズは居住まいを正してヴェールとの念話を中断した。
「ようこそおいで下さいました。招待状の呈示をお願いいたします」
ルディアナ城の正門前に停車した馬車からクラウスの手を借りて降りると、門の前で待ち構えていた鎧を身に纏った数人の兵士の内の1人が仰々しく腰を折って礼をする。ゼノがロングコートのポケットから招待状らしきものを取り出してそれを見せると、兵士らの顔が驚きのものへと変化した。
「おお……。心よりお待ちしておりました。国王陛下がお待ちです、どうぞこちらへ」
2人の兵士が先に立って歩き、皆がそれについて歩き出す。キョロキョロしていたアズの手を引いて「迷子にだけはならないでくれ」と呆れ顔のクラウスに釘を刺され、並んで歩く。その場に残った兵士らは、アズと、その後ろについて城内へと入っていくヴェールに釘付けだった。
やはり自分に向けられる視線というものには慣れそうもない。後ろについてくるヴェールはまったく意に介さない様子で、城の中を興味津々に眺めては楽しそうにグルグルと喉を鳴らしている。肝が据わっているのか、他人の視線を気に掛ける神経を持ち合わせていないだけなのか。どちらにしても羨ましい限りで、どっちでもいいからアズにも分けてほしいと思った。
外から一歩中に足を踏み入れると、世界が一変。
ライラの表現通り、とても美しい装飾で彩られた広いエントランスがアズを迎え入れた。
ルディアナ王国の色である銀と青――これはサファイアなのだろうか?惜しむことなく城内の装飾として使われていて、見ていて圧倒される。エントランスの両側には左右対称に大きな旗が一定の間隔を開けて掲げられており、銀と青の色を纏った雄々しい竜の絵が国旗として描かれていた。
足元には正面の階段まで真っ赤なカーペットが敷かれており、床は映り込むくらいピカピカに磨き上げられた大理石。土足でなんか歩けないくらいに眩しく輝いている。
「クラウスは、お姫様に会った事ある?」
ダンスホールが近づくにつれ、緊張による動悸が激しくなる。少しでも気を紛らわせようと隣に寄り添うクラウスに問いかけると、
「ああ。何度か城を訪れた事があるが、毎回会っている」
特に表情を浮かべることなく、平坦な声でそう言った。
ルディアナ国第一王女で在らせられるアリアエル・ヴィ・ルディアナス王女殿下は、この国ではとても有名なお姫様だと聞いたことがある。
なんでも、現国王陛下の後を継ぎ、のちにこの国のみならず東大陸全土を総べる女王になられる王位継承者なのだが、城を抜け出して何日も帰って来ない事が頻繁にある問題児らしい。じっとしていられない性格で、やんちゃで、男勝りで負けず嫌い……などなど、任務に行くたびにいろんな噂を耳にする。彼女の武勇伝もいくつかあるらしく、とてもお姫様だとは思えない程のお転婆ぶりを発揮しているらしい。
しかし、問題児とは言っても絵に描いたような我儘なお姫様というわけでもないらしく、逆に国民からの評判がいいくらいだ。城を抜け出して帰って来ない理由は、もっぱら城下町に入り浸って国民の悩みを聞いたり相談に乗ったり。大抵は抜け出した事がすぐにバレて兵士が総力を挙げて国中を探し回るが、国民が彼女を匿って知らぬ振りをしているので見つけ出す事は困難を極める。
結局は兵士たちの先回りをして城に帰っている事が多く、澄ました顔でカリキュラムや稽古を熟しているとか。
大半がゼノに聞いた話だが、とても活発で国民想いなお姫様がいるもんだと感心させられた。単なる国の象徴でもお飾りでもない積極的なお姫様に会うのは、すごく楽しみであった。
「ねえ、どんな人? 可愛い? 綺麗? それとも両方?」
「その内会える。自分で確かめろ」
「ケチ。教えてくれたっていいじゃん」
「人の外見に興味がないから、どういう言葉で表現していいのか解らない」
「……」
言っている意味を理解するのに時間がかかった。なんて言えばいいのか口ごもっていると、前を歩いていたゼノが肩越しに振り返り、アズに何か言いたそうに目を細める。首を傾げてゼノを見ると、結局何も言わずに前に向き直ってしまった。
「?」
なんだろう、今の間は。1人できょとんとしていると、後ろをついてくるヴェールが何かに反応して顔を上げた。どうしたのかと聞こうとした時、アズの鼻腔を何とも言えない香りが刺激する。こ、これは……この香ばしい香りはっ……!
「こちらが会場のダンスホールになります。招待されましたお客様方の控室にもなっていますので、時間までどうかお寛ぎ下さいませ」
「ありがとう」
頭を下げて深々と一礼する兵士に片手を挙げてゼノが礼を言う。ホールに入っていくみんなに続こうと歩き出したとき、こちらを見つめている兵士と目があった。
「はっ、初めまして!お会いできて光栄ですっ!」
頬を染めた若い兵士にびしっと敬礼されて驚いてしまい、アズは愛想笑いを浮かべる他なかった。何か言葉を交わそうと口を開きかけた時「……行くぞ」と腕を組み合っていたクラウスに引っ張られてホールの中に入った。扉が閉まる前に慌てて振り返り、ぺこりと頭を下げる。
「ちょっと!挨拶返そうと思ってたのに」
「言い寄ってくる人間1人1人相手にする気か?これから嫌ってほど寄ってくるってのに」
「あのねぇ。あたしは別に嫌じゃ――」
『アズ、アズ!見てよ凄いよっ!あれ食べに行こう!』
口をとがらせて反論しようとすると、アズの腕に尻尾の先端を絡ませてヴェールがぐいぐいと引っ張ってくる。「え、ちょっとヴェール……」組んでいたクラウスの腕がアズの腕の中からするりと抜け、そのまま振り返る事なくゼノの元へと歩いていく。……なんだったんだ、一体。
まだ言いたい事あったのにと口を尖らせたままずるずるとヴェールに引きずられて行く途中、ハンナが1人で歩いていくのが見えた。
「ハンナ、どこ行くの?」
「オーケストラのみんなと合流します。控室が別なので」
「そっか。頑張ってね!」
引きずられたままエールを送ると、目じりを下げて困ったように笑うのだった。
**
なんだろうか。この意味の解らないモヤモヤする気持ちは。
貴族の夫婦と楽しげに談笑しているゼノの隣に立ち、クラウスは仏頂面のまま会話を右から左に受け流していた。華やかな空間に不釣り合いだと解りながらも、クラウスの表情は変わることはなかった。
人ごみは苦手だ。騒々しいのも好きではない。
匂いがキツイのも嫌だ。特に香水やオーデコロンといった鼻につく人工的な匂いは吐き気がこみ上げてくる。
媚びへつらうような笑顔や相手の顔色を窺うような笑みを絶やさない人間も嫌いだ。見ていて虫唾が走る。
すべてが揃うこの空間に居るだけでも嫌気が差しているというのに、それに上乗せで小さな苛立ちも加算された。
「……」
その原因が解らず、クラウスは眉間に皺を寄せて更に不機嫌な顔になった。
苛立ちも、先ほどからモヤモヤするこの気持ちの原因も解らず。
それがクラウスをより不機嫌な気持ちに落としていく。
ふと気がつけば視線を彷徨わせ、アズの姿を探していた。まばらだった人が増え始め、談笑や挨拶で賑わうホールの隅々まで見回して、料理の乗せられたテーブルのコーナーで見つけた。
この距離だと声は聞こえないが、ヴェールに催促された物をせっせと皿に盛りつけている。ドレスにシミが出来る事を恐れているらしいアズの動作はとてもたどたどしく、ヴェールが待ち切れないと言うように体を揺らしている。
フォークに刺した肉をしばらく眺めていたかと思ったら、そのまま口に入れて幸せそうな顔をして咀嚼している。『あーっ!俺のにくーーっ!!』ヴェールが念話で盛大に叫んだ。
その様子を遠巻きに眺めているうちに、クラウスは先ほどから感じていた苛立ちが消えている事と、眉間の皺がなくなっていることに気がついた。モヤモヤする気持ちは小さくなっただけでまだ胸に残ってはいたが、それも思い出さないと気づかないほど小さなものだった。
周りで談笑していた貴族や客人たちもみな微笑ましそうに眺めている。あの場所だけが、煌びやかなこことは対照的に和やかな雰囲気を醸し出している。
まったくもって意味が解らない。どうしてこんなにも心情が変化しているのだろうか。
アズを見ていると、なぜか不思議と落ち着いた気分になれるのだ。今までこんなにもクラウスの心情を揺れ動かせる人間に出会ったのはゼノだけだった。同性の中で尊敬、信頼しているのはゼノただ1人であり、それ以外の人間には興味すら抱けなかった(ジークとウィルについてはそこまで嫌いではないが、尊敬はしていない)。
行動1つで周囲の雰囲気を変える少女――それは、ここに限ったことではない。ガーデンに居てもそれは変わらなかった。
しかし、
「なあ。あそこにいるのって、もしかしてセブンスドラゴンじゃね?」
「マジだ!!すげえ、本物かよ!じゃあその横にいる女の子がセイレーン!?」
「思ったより若いじゃん!ちょっと話してみようぜ」
斜め前にいた2人の若い貴族の男が舞い上がったように色めき立ち、アズの元へと小走りで駆け寄っていく。
その様を見た瞬間、クラウスの眉間に再び深い皺が刻まれた。同時に胸の中で疼きだす、あの苛立ち。
「……」
なぜこんなにもイライラするのか、まったく解らなかった。
**
「ねえ、もしかして君がセイレーン?」
何とも言えないスパイスの効いた香りと溢れだすジューシーな肉汁のテイストに舌鼓を打っていると、真横から声を掛けられた。ハッとして肉を飲み下して口元を手で隠して「はい!」と振り向くと、身なりの良い男性が2人アズに近づいてきた。
「ほら、やっぱりそうだ。俺、ロイド・バルロイ。公爵家の跡取りなんだ。よろしく」
「僕はハロルド・スペリッツ!爵位は伯爵だけど絶対に公爵になる男だ。よろしくね」
「あ、初めまして。アズと言います。こちらこそよろしくお願いしま……」
『アズ、肉!俺の肉は!?早く肉くれーっ!』
肉肉とうるさいヴェールの口を押え、「ちょっと待ってて!」と囁いた。
「これがセブンスドラゴン?すごい面白い外見してるよね、鱗じゃなくて体毛なんだ?」
『……は?』
ヴェールを興味津々で覗き込んできたハロルド氏に、ヴェールの目元がピクリと引きつった。にわかに空気が凍る。
『お前今、コレって言った?俺のことコレ呼ばわりした?』
「ちょ、ちょっとヴェール?落ち着いて……」
ヤバいと思った瞬間には遅く、ヴェールが溢れんばかりの怒気を碧い瞳に宿したままハロルド氏ににじり寄る。首を掴んで止めようと引っ張るも、食い物の恨みなのか腹が空いて苛立っているせいなのか(十中八九後者だろうが)ヴェールの怒りを抑える事が出来ない。
『お前、覚悟出来てんだろうな……』
「ひっ!?」
『俺今すっごい腹減ってんの。そんなに頭から喰われたいってわけ?』
「ごめんなさいっ!!」
ロイド氏に抱きついて今にも泣きそうなほどに顔を青くしたハロルド氏に詰め寄り、口を開いて鋭い牙を見せ付ける。覚悟を決めたアズはヴェールから手を離すとフォークを手に取って肉に突き立て、肉汁が滴るのも気にせず開いているヴェールの口に突っ込んだ。
『あぐっ』
突然侵入してきた肉に驚いたヴェールだったが、そのまま黙って咀嚼する。そして、
『もう一枚』
頬をほっこりと染めてアズに催促するのだった。
「あげてもいいけど、短気起こして暴れないって約束して」
『うん、するする。約束でも契約でも何でも』
「いい子」
頭を撫で、これでもかと言うほど山盛りにした肉の皿を食べやすいようにテーブルの上に置いてあげると、嬉しそうに尾を振ってがっつき始めた。これでもう大丈夫なはずだ。
「えっと、すみません。なんの話でしたっけ?」
くるっと笑顔で振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。首を傾げて辺りを見回すと、人々の合間を縫うようにして逃げていく2人の後姿を見つけた。……謝ろうと思ったのに、なんて素早いこと。
「相当ヴェールが怖かったんだなあ……」
「いや、それもあるだろうが」
どこかで見ていたらしいクラウスがアズの隣に並び、肉をがっついているヴェールを横目で見やる。
「お前の行動も淑女とは言い難いものだったと思う」
「……ドン引きされたって事か」
納得して苦笑。そう言えば、ここは貴族や偉い人たちがいるパーティ会場なのだ。清楚に見える女の子が突然肉にフォークを突き刺して竜の口に放り込めばそりゃ引くわな、と自分の事なのに他人事のように思う。クラウスも呆れているだろうと横目で伺うと、
「気にするな。お前にはそっちの方が似合ってる」
と、皮肉っているのか本心なのか解らない顔でそんな事を言ってのけた。表情も心なしか晴れやかだ。……なにゆえ?
……というかどう聞いても今のは褒め事じゃないだろうが。要は“ガサツなお前がお前らしい”って事だろうに。
「それはそれでヘコむ……」
「?」
項垂れたアズを不思議そうにクラウスが見下ろす。
なんてデリカシーのない人間なんだろう。もう少しオブラートに包んで優しくフォローしてくれないものだろうか。こっちだって一応お年頃の乙女なのに……。
とは思うものの、非常識さを炸裂させるのはいつもの事だ。いちいち気にしているとこちらの身が持たないので、天然という事でさっさと割り切って気にしないように心がける事にした。気にしたもん負けと言うやつだ。
プァーン――
「お?」
トランペットの軽やかな音色を合図に、ホールにいたすべての人間が一方向に顔を向ける。アズは口に運ぼうとしていた料理を皿に戻して慌ててテーブルに置くと、まだがっついているヴェールの顔を上げさせた。
いよいよだ。
「さて。心の準備は出来てるかな?」
ぽん、と肩に手が置かれた。隣を見るとゼノとアリスが微笑んでアズの顔を覗き込んでいる。
「一応、上がらない程度には……」
「上出来」
トランペットの演奏が終わり、ホールから伸びる大きな階段の先――。
壇上の中央にある3つの玉座に向かって袖の方から歩いてくる、3人の人物がいた。
静まり返っていたホールに、たくさんの拍手の音が響き渡る。
「あの人が――王様」
3人の中で一番先頭にいる、赤いマントを羽織り金色に輝く王冠をかぶっている人物こそ、このルディアナを治めるアレクセイ・ヴィ・ルディアナス国王陛下だ。
短く切り揃えられた茶髪に、まっすぐに前のみを見据える凛とした青い瞳。一目見ただけでも若い年齢ではないかと思える容姿をしているが、表情は険しく周囲に漂っているオーラは鋭利な刃物のように切れそうで、有無を言わさず近づきがたい印象を植え付けられる。
反対に、アレクセイ陛下の後ろに続く女性――マリアンヌ王妃は、綿菓子のようにふんわりと空気を含んだ蜂蜜色の髪がとても印象的で、歩くたびに絹のように柔らかく上下に揺れる。表情もとても柔らかく、厳格な顔つきをしている陛下の隣に並ぶと程よく中和されていくように感じる。瞳の色は陛下と同じ澄んだ青い瞳だ。
そして、王妃に続いて玉座の前に立った少女は――。
――あれが姫さん?
頭の中に流れ込んできた声。隣を見上げると、興味深げに壇上を見上げているヴェールの横顔があった。前に向き直って「そうだよ」と念話で伝えると、グルル、と小さく唸った。
あれが、アリアエル王女。ルディアナの正統な王位継承者にして、未来の女王様。アレクセイ陛下、マリアンヌ王妃の良い所をすべて受け継いでいるようで、顔つきは父譲りの凛とした、けれど少女としてのあどけなさも残した美少女だった。髪は母親譲りのふわっとした蜂蜜色。王妃ほどふわふわしていないが緩やかなウェーブがとても綺麗で、長い髪に憧れて絶賛伸ばし中の身としては羨ましい限りだ。
そんな同性のアズでも引き付けてしまう彼女は、壇上に姿を現してからずっとそわそわしている。忙しく瞬きをしながら視線を彷徨わせ、何かを探しているようだった。
アズが見てもそう思えるのだから、周りの皆も気づいているはず。ちらっとクラウスに横目で視線を投げてみると目が合い、無表情のまま小さく肩をすくめてみせた。気付いてはいるが無関心らしい。
玉座の前に立っていた陛下が片手を上げると、一斉に拍手が止む。アズも手を止めて見上げていると、陛下が口を開いた。
「みな、よくぞ集まってくれた。汝らも知ってのとおり、今宵の宴には彼の異世界より召喚された救世主殿とそのパートナーであるセブンスドラゴン殿にも参加して頂いている。この場を借りてみなに紹介したい。―――さあ、ここへ」
きゅっ、と拳に力が入る。
ゼノが優しく背中を押してくれ、「行っておいで」と微笑む。それに頷いて、出来るだけいつも通りの表情を心がけて歩き出した。後ろをついてくるヴェールの気配を感じるだけで、1人ではないと安心できた。
ヘマなんて出来ない状況に気圧され、普段なら絶対にしない階段の踏み外しもこれだけ空気が張りつめていると気が動転して足がもつれそうになる。中学生の卒業証書授与以上の緊張度で、一瞬気が遠くなった。
――ほら、あとちょっと。頑張れ。
頭の中で励ましてくれるヴェールの声に頷き、壇上で待っている陛下の元へとたどり着く。
「そなたの顔をみなに見せてくれないか?」
「は、はい」
しまった。上擦った。
内心焦りながらホールに体を向ける刹那、王女と目が合った。なんだかとてもキラキラとした弾けんばかりの満面の笑みだったような気がするが、思い浮かべる前にホールを見渡して固まった。何十対もある瞳がすべて自分に向けられている。一瞬頭の中が真っ白になった。
「では、紹介しよう。異世界の救世主、アズ・キサラギ!」
わあ、という歓声と、たくさんの拍手がホールに響き渡る。ぎこちなく礼をすると、続いてヴェールが紹介された。
「そして、パートナーであるセブンスドラゴン、ヴェール!」
再び歓声。ヴェールは鼻を高く上げて胸を張り、何が偉いのかふんぞり返っている。普段からのふてぶてしい態度も、ここに来ると羨ましい度胸に様変わり。できればアズにもその度胸を分けてほしい。ぜひ。
「堅苦しい挨拶は抜きにするが、これだけは言わせてもらう。セイレーン殿の素性は訳あって隠し通すものとし、大陸外はもちろんの事、国内であっても汝ら以外の人間には一切他言無用とする。それを踏まえて、私はみなを宴に招待した。私はみなを信じている。―――すべては世界を救うため、どうかご協力願いたい」
賛同の意が込められた拍手に深々と頭を下げた。陛下に促されて顔を上げると、嘘のように緊張感が薄れているのに気がつく。みんなが自分の為に、世界の為に賛同してくれた事に、何とも言えない思いがこみ上げてくる。
「では、先刻の通りに堅苦しい挨拶は抜きにして、今宵の宴を始めよう―――みな、どうか楽しんでくれ」