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クリスタル・クロニクル  作者: 氷柱
34/48

30 後悔と緊張

 ゆっくりと辺りが暗くなり始めた夏の夕暮れ時。この時期に日暮(ひぐらし)が鳴いている所からして、ここがいかに田舎町であるかを改めて思い知らされる。けれど、生まれた時から聞きなれている虫たちの鳴き声がとても心地よく、そんな些細な事でもここに生まれてよかったと思えるのだった。


 掛け持ちにしているソフトボール部にテニス部、陸上部、バスケ部、バレー部、剣道部、卓球部の部活動を終え、満たされた気持ちで鼻歌なんかを上機嫌にうたう。なぜこんなにも機嫌がいいのか。



 それは、今日はアズの15歳の誕生日だからだ。



 きっと今頃、家庭的で料理が上手なわが妹様はアズの大好きなメニューをたくさん作って帰りを待ってくれているに違いない。テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々を想像しただけでよだれが出てくる。


「お父さんは今日も仕事で帰れないって言ってたもんな……」


 ここ最近会った記憶がないが、父はずっと勤め先で寝泊まりをしながら働き詰の毎日だった。もう何週間会っていないのか。


 とは言っても、アズとユズの誕生日に父が居た事の方が少ないような気がする。会いたいしたくさん話したい事もあるが、我儘は言えない。父はアズ達の為にこんなに働いてくれているのだから。


 ……寂しくないと言えば、もちろん嘘になる。


「ただいま~」


 家のドアを開けて一歩中に入る。――すると、


 ぱんぱんっ


「お帰り、お姉ちゃん!」


 玄関の前で待ち伏せをしていたらしいエプロン姿のユズが、持っていたクラッカーと共にアズを出迎える。呆然と立ち尽くす姉の姿を見て満足そうに笑い、「さ、早く早く!」とまだ靴も脱いでいないのに腕を掴んで引っ張ってくる。何をそんなに急いでいるんだか……つい苦笑が漏れる。


「待って、靴脱がないと」


「も~、お姉ちゃん早く!すごいプレゼントがあるんだから!」


「はいはい」


 小さな子供のように顔を輝かせて急かすユズに促されるまま、居間へと続くドアの前へと連れて行かれた。……去年は確かランニングシューズだったな。別にブランドものでも値段の高いものでもなかったけれど、バイトもしていない中学生のユズが自分の為にお金をかけてプレゼントしてくれるとは思っていなかったから、驚いた反面泣きたくなるほど嬉しかった。……しかし涙をこらえたアズの努力もむなしく、叔母に貰ったお年玉をこの日の為にずっととっておいたと照れたように語るユズの顔を見て結局泣いてしまったが。


 ドアノブを掴んだユズが得意げに笑い、「じゃーん!」とドアを開け放った。


 アズの目に飛び込んできたのは色とりどりの料理でもなく、居間を鮮やかに彩る装飾でもなく。






 すぐ目の前で微笑んで立っている、父だった。






「えいっ」


 ユズと同じくスタンバイしていたらしい父は持っていたクラッカーの線を引くが、「ぽすん」と間抜けな音を立てて不発に終わる。「あれ?」と不思議そうに首を傾げた父だが、口を開けたまま放心していた長女を見下ろして照れたようにはにかんだ。


「あはは、これ不良品だ。お父さんってホントツいてないなぁ」


「お父さん……どうして」


「“今日は長女の15歳の誕生日なんです”って何気なく言ったら社長が帰してくれたんだよ。いやあ、なんでも言ってみるもんだね」


「私もびっくりしたんだよ、帰ったらお父さんが台所にいて料理してたんだから!……ほとんど焦げてたけど」


「アズの好物って揚げ物が多いんだもん。揚げ物の時間が分かんなくってさ、狐色になるまで!って思ってたら黒くなってた」


 あはは、とまた笑う父。――少し……痩せたんじゃないだろうか。頬も痩けて顔色も心なしか悪い気がする。まだ35歳と若いのに、たくさんの白髪が混じっていてとても年相応には見えない。


 久しぶりに見た父の笑顔はとてもやつれていて、会えて嬉しいはずなのに……なんだか胸が苦しくなった。


「まあ、何はともあれ。お誕生日おめでとう、アズ」


 ぽん、と頭にのせられた大きな手は、ゆっくりとアズの頭を撫でてくれた。年頃の娘に遠慮しているのか、昔のように抱きしめる事はしなかった。


「ありがとう……ございます」


「どういたしまして。――さあ、座ろうか。ユズの料理が冷めないうちに皆で頂こう」


 父の言葉を合図にそれぞれが食卓につき、目の前の料理に自然と顔が綻んでいく。今日のは特に豪勢だ。どれから食べようか目移りしてしまう。


「あ、そうだ」


 何かを思い出したユズが席を立つと、冷蔵庫を開けて大きなショートケーキを出してきた。アズの大好きな苺がたくさん乗っている、真っ白な苺のショートケーキ。


 誕生日だろうと、こんなに大きなケーキを食べた事がない。思わず目が点になる。


「すごっ、どうしたのこれ?」


「お父さんがお姉ちゃんに買ってきてくれたの」


 そこで隣に座っている父を見ると、嬉しそうに笑っていた。


「毎年2人の誕生日に帰ってこれなかったからね。今年くらい奮発したって罰は当たらないさ。……アズとユズの為に買ってきたんだ、2人で仲良く食べてくれると父さん嬉しいよ」


 アズはユズと2人で顔を見合わせ、「ありがとう」と揃ってはにかんだ。


 父はそう言ってくれたが、アズはユズと2人だけで食べる気なんて毛頭ない。席を立って包丁を取りに行くと、さすがは姉妹。考えている事は同じなようで、ユズは皿を3つ出してきた。ユズの持っている皿を不思議そうに見上げている父に、2人の姉妹は同じ笑顔で言った。


「みんなで食べた方がおいしいんだよ」


「だから、ね?お父さんも一緒に食べて!」


「……そう、だね」


 しばらくの沈黙の後、父はなぜか泣きそうな顔で「ありがとう」と笑ったのだった。






 そして、






「アズ」


「ん?」


 切り分けられたショートケーキを見つめていたアズが笑顔のまま振り向くと、目に涙を浮かべて今にも泣きだしそうな顔で、父はこう言った。










「生まれてきてくれて……ありがとう」













**









「……」


挿絵(By みてみん)


 うっすらと目を開けると、涙が頬を伝って枕に落ちる。アズはしばらく天井を見つめた後、ゆっくりと体を起こした。


 部屋の中は薄暗いが、大きな窓から差し込む青白い月の光が柔らかに辺りを包んでいて少し明るかった。ベッドの横には小さなサイドテーブルがあり、卓上にはスタンドとリリムの小さなベッド。そしてすやすやと眠っているリリムのその隣には、板のように薄いクリスタルの水晶時計。そこにはデジタル数字で“8/9 23:56”と表示されていた。


 視線を手元に戻し、ゆっくりと右側に移す。開放的な窓とアズのベッドの間には、大きなエッグ型のソファが備わっている。それはヴェールのための簡易ベッドだった。彼の寝床はここを含めて3つあるので、好きな時に好きな場所で眠れるように各所にベッドを置いている。


 そのエッグソファの中で丸くなって眠る竜型のヴェールの顔を見て、アズは体の力を抜いた。


「……おとう、さん」


 なぜ今になってあんな夢を見たのだろうか。


 夢にしては妙にリアルで、現実的で。曖昧なものでもぶつ切れな映像でもなく、はっきりとした鮮明なものだった。まるでつい先日に体験したかのように思い出せる、あれは……、


「……夢、だったのかな」


 夢というよりも、記憶と言った方が正しいかもしれない。アズは手の甲で頬を拭い、深く長く溜息をつく。


 クリスタニウムに来てだいぶ経つが、あちらの事を夢に見るのは初めてだ。しかも、アズが今まで生きてきた中で一番うれしかったあの15歳の誕生日の夢――。今の今まで、ユズや叔母、学校や先生達の事を思い出す事はあっても、こんなにも恋しいと思う気持ちはなかった。


 ――ユズに会いたい。


 ――家に帰りたい。


「……駄目だ、こんなの」


 呟き、ベッドの上で膝を抱え込んで顔を埋める。心が揺らいでいくのが手に取るように解る。無意識のうちに手が小さく震えた。


 こんなことで心を乱している場合じゃないと自分に言い聞かせ、アズは膝頭に顎を乗せたまま目の前の壁を見た。


 壁に掛けられているのは、月明かりに照らされた純白のパーティドレス――2日前にゼノがアズに買ってきてくれた物だった。名称はシフォンワンピースと言うらしいが、れっきとしたドレスだ。高級感溢れる見た目と手触りをしているため、言うまでもなく普通のワンピースとは全くの別物。





 ……いよいよだ。





 アズは再び水晶時計に視線を移し、時刻を確認した。――8/10 00:02。舞踏会当日。


 そして、







「誕生日、おめでとう……」







 自分の、17回目の誕生日だった。





















「……ひどい顔ね。もしかして寝不足?」


「あんまり眠れなくて……。そんなにひどい?」


 これからメイクをしてくれる職員の女性――ライラが、アズの顔を真正面からまじまじと凝視してそんな事を言ってきた。彼女は初任務の時に風圧無効の効果を持つクリアクリスタルを譲ってくれた女性で、あれ以来すっかり仲良くなっている。


「目の下に(くま)があるわよ。遠足の前日は目が冴えて眠れないタイプなのね」


 くすくすと笑われ、アズは特に訂正することなく苦笑した。実は家族の夢を見たから眠れませんでした、なんてとてもじゃないが言えなかった。子供じゃあるまいし。


 真夜中に目が覚めたというのに、ぱっちりと目が冴えて眠れなかった。眠れば夢の続きが見れると思ったのに、横になっても仰向けになっても全然眠れない。結局日が昇るまでベッドの上でゴロゴロごろごろ転がり続け、リリムとヴェールに揃って「うるさい!」と怒られてようやく体を起こした。


「まあ、初めてだもんね。緊張しちゃうのも無理ないかも」


 にこにこ笑いながらアズの顔に下地を塗り広げていく彼女は、とても楽しそうであった。ライラ曰くアズは自分の妹にとてもよく似ているらしく、初めて会った時から可愛がってもらっている。今は訳あって家族とは距離をおいているらしいが、やはり離れれば離れるほど恋しくなるようで。


「妹と重ねちゃうのよ。許してね?」


 小首を傾げて笑う彼女はとても綺麗で、姉や兄に憧れを持つアズからしてみれば願ってもないことだった。血も繋がっていない赤の他人だけど、この世界で家族に近いつながりが出来ただけ、今のアズにとっては大切な心の支えになった。


「とびきり可愛くしちゃうから、楽しみにしててね!」


 鏡越しに笑うライラの発言に、思わず口元が引き攣った。


「で、出来れば普通にしてほしい……かな」


「もう、相変わらず謙虚なんだから!アズは若いんだからもっとおしゃれしなさい。勿体ないでしょ?」


「派手なものとか目立つ事とかあんまりしたくないんだ。人の注目浴びるのもなんか落ち着かない……」


 すると呆れたように溜息をつかれた。首を振って鏡越しのアズに苦笑する。


「それが主役のセリフ?私が貴女だったら思いっきりオシャレして楽しむのに。……ああ、煌びやかな装飾に彩られた美しいホール。華やかな衣装やドレスを身に纏う紳士、淑女の貴族達……。東大陸の頂点に君臨される、我がルディアナ王国の若き国王率いる王族たちに祝福されるなんて……まるで夢のよう」


 メイクの手を止め、うっとりとした表情で思いを馳せるライラに思わず「出来るなら代わってほしいよ……」と呟いた。本音を言うと、ライラのような感情を抱く事なんて出来なかった。


 舞踏会の話は仕方なく承諾したとはいえ、いざ当日ともなると後悔の念しか抱けない自分がいた。なぜ断らなかったのか、今になってそれは嵐のようにアズに襲いかかる。心臓がバクバクと激しく脈打ち、どうにも落ち着かない。自分の日常とは大きくかけ離れた今の状況が、たまらなく居た堪れなかった。


「(仮病使って休んじゃおうかな……。でもそんなことしたら、せっかく準備してくれてる王様にも皆にも申し訳ないよね……)」


 出来もしないことを考えていると後ろのドアが開き、ドレスアップしたアリスとハンナが様子を見に来てくれた。2人とも、ハッとするほど輝いていた。


 アリスは普段下ろしている金色のウェーブがかかった髪をアップにしており、ほっそりとした色白の首筋が見えていて同性のアズでもドキリとしてしまう。白い肌に映える黒いイブニングドレスを身に纏い、大きな胸を更に強調させていてついつい目がいってしまう。

 ハンナは淡いパルテルピンクのイブニングドレスで、アリスの物よりスカートのひざ部分がキュッと細まっており、裾に行くにつれ大きく綺麗に広がっている。普段は一つに結わえている癖のある髪を下ろしているいるので、雰囲気がいつもよりずっと大人びている。とても綺麗だった。


 そんなセクシーな女性へと華麗に変身してみせた2人は、部屋に入って来るなり鏡に映るアズの顔を見て苦笑いを漏らした。


「どうしたの、浮かない顔をして。もしかして緊張しているのかしら?」


「……手が震えるくらいしてます。もしかしたら膝がガクガクなって踊れないかもしれません」


幻想の竪琴(ファルシオンハープ)でリラックスしましょうか」


 胸に手を宛がったハンナに、アリスが「大丈夫よ」と微笑みかけた。思わず鏡越しにアリスを見返すと、


「とても美味しいって評判のお城の豪勢なお料理がたっくさん並ぶんだもの。少しくらいの緊張なんてどうってことないわ。――そうでしょう?アズ」


「豪勢な……料理」


 アズの想像出来る限りの豪勢な料理を脳裏に思い浮かべると、ぽわわんと幸せな気持ちが胸に広がっていく。


「あたし……頑張ろっかな」


 頬を染めたまま鏡の中の自分にそう言い聞かせると、腕を組んで頷いているアリスと苦笑しているハンナ。そして、


「色気より食い気ってわけね……」


 ほとほとあきれ果てた顔で溜息をついたライラが小さく呟いた。



















 アズのドレスアップも済み、メイクを担当してくれたライラたち職員に見送られ、3人はガーデンの外に出た。エントランスまでの道のりだけでもたくさんの人々に笑顔で「いってらっしゃい」と見送られるとさすがに気恥ずかしいものがあるが、アズは少しでも緊張がほぐれるように精一杯の笑顔で「行ってきます」と返した。


 外は夕暮れ時。赤い太陽がゆっくりと西へ沈み、東の空が暗くなり星が輝き始める時間帯。……夢に出てきた情景となんとなく似ていて、一瞬ドキリとした。


「お。俺の見立て通りだな」


 その情景の中、噴水の前に待機している馬車の前に立っていたゼノが振り向いてそう言った。ゼノと話をしていたらしいクラウスも、つられるようにして顔をこちらに向ける。


 ゼノは黒い燕尾服の上に長いロングコート。白い手袋をはめていて、髪はいつもより少し高めの位置に青いリボンで結わえられている。この格好で街を歩いたら、間違いなく女性の方から声を掛けられるに違いないとアズは思った。

 そしてゼノとは対象的に、クラウスは白い清楚な燕尾服を着こなしている。髪も正装に合わせてなのか、普段見慣れないオールバックにされていた。髪が目にかかっていないので、切れ長で鋭い印象を与える双眸が露わになっているので珍しく思い、ついじまじと凝視してしまう。オールバックに出来るほど髪が長い訳だが、一つに結わえていないのはゼノと被らないようになのか。


 近くに行くと3人をそれぞれ眺めて頷き、アズを注視してゼノが得意げに笑った。


「どうだ?やっぱり任せてよかっただろ?」


 その問いかけはアリスに向けられたもので、着ている本人であるアズは自分の格好を見下ろした。


 自分には不釣り合いだと思える程の真っ白な純白のシフォンワンピース。3つの段には薄ピンク色のフリルが付いていて、歩くたび、風に舞うたび、ふわりふわりと可愛く揺れる。

 これだけだとただの可愛らしいワンピースだが、ゼノは「大人の色気も入れたい」と言う理由で透け透けの黒いラメ入りのストールもセットで買ってきてくれ、これを羽織るだけでアズでもグッと大人らしく見えるのだ。まさにストールマジック。鏡に映った自分が自分でないような錯覚に陥ったのは言うまでもない。


「そうね、貴方の見立てにしては上々だわ。……でも、強いて言うならもう少しボリュームが欲しかったわね。特にスカートの部分。今夜の主役にしては大人しめ過ぎない?」


「上々って言った割には突っ込んでくるな、お前は。……まあ、俺はシンプルな方がいいと思ったんだよ。ほら、ゴテゴテギラギラした中での清楚な格好って逆に目を引くだろ?アズはこれでいいんだよ。――な?」


「はい!控えめなくらいがちょうどいいです」


 ゼノの問いかけに満面の笑みで答えると、「やっぱり私が行けばよかったわ」と不服そうにアリスが呟いた。その隣でハンナがくすくすと笑っている。


「今日の舞踏会に出席するのは、俺とアリス。主役のアズとオーケストラの演奏でハンナ、クラウスの5人だ」


 ゼノの言葉に思わず首を傾げた。


「……ジークとウィルは来ないんですか?」


「あいつらは留守番。緊急任務が入った時の為の対応要員だ」


 てっきり皆で行くと思っていたので驚いてしまったが、よくよく考えれば皆で行く必要などないし、そう何度もガーデンを空けてしまってはもしもの時に対処できなくなってしまう。遠足気分で考えていた自分に反省した。


 ゼノとアリスが城に着いた後の予定について話しているのを横で聞いていると、隣に並んだハンナが緊張した面持ちで胸に手を添えて溜息をついた。


「ハンナも緊張してるんだ」


「ちょっとだけ……。でも楽しみの方が大きいんです」


 肩をすくめて笑う彼女に「ハンナの演奏楽しみだよ」と微笑むと、頬を染めて「頑張ります」と握りこぶしをつくった。

 緊張をほぐす為にハンナと他愛無い話をしていると、視界の端に近づいてくるクラウスの姿を捉え、ハンナと2人で体を向ける。


「クラウスは緊張してる?」


「緊張?何に?」


 逆に問いかけられ、アズは思わずハンナを見てしまった。見られても困ると言いたげに苦笑された。


「えーっと。舞踏会とか、王様に会う事とか……」


「いや。特に何も感じていないが」


「……そうですか」


 なんてタフな性格をしているんだろうか。羨ましく思いつつも普段見慣れないクラウスの姿を観察していると、空を見上げたりしていたクラウスもアズの視線に気がついてこちらを見た。


「なんだ?」


「前髪上げてるの珍しいなって思って。そうしてると全体的にキリッとしてカッコいいよね」


 御世辞でも照れ隠しでもなく、アズは思ったままに感想を口にした。本当は最初に見た時にちょっとだけドキリとしてしまったが、さすがにそれは恥ずかしくて口には出せなかった。

 普段顔を合わせている制服姿の同級生の男子の私服姿を見てドキっとしてしまう、あの感覚と少し似ているのかもしれないと思う事にする。


 しかし、その感想を聞いたクラウスの目元がぴくっと一瞬だけ痙攣したのを見逃さなかった。


「……キリッと?」


「う、うん……。キリッとしてる、よ?」


 怒らせるような事でも言ってしまったのか。内心焦りながら頷くと、そういえばだいぶ前にジークから“クラウスは自分の目つきの事気にしてっから、あんまり目の事言わない方がいいぜ”と言われた事を今更思い出した。


「(ヤバい、このままだと誤解されるっ……!)あのね、キリッしてるのは見た目、雰囲気の事だよ!凛々しいって事だよ!断じて目の事じゃないよ!」


 パタパタと顔の前で必死に手を振って引き攣った笑みを浮かべると、クラウスは目を閉じて安堵したように「そうか」と呟いた。なんか一言余計だったような気もするが、なんとか誤解は解けたようだ。


「さあ、そろそろ時間だ」


 3人の元へやってきたゼノに促され、「ヴェールを呼んで出発しよう」と言われた。頷いて念話でヴェールに呼び掛ける。

 ルディアナで催される舞踏会では異例らしいが、国王陛下からセブンスドラゴンであるヴェールのお披露目もしたいと言う事で特別に竜の参加も許可されている。もちろんヴェールは大喜びだ。人型になってはいけないという約束らしいけれど、不機嫌になる事なく(こころよ)く承諾してくれた。買い出しに行けなかった分の埋め合わせとしては申し分ないイベントとなったようだ。


「レディをエスコートしてこその紳士だ。解るな?クラウス」


 ハンナの手を取ってクラウスにウィンクして見せるゼノ。馬車を見るとすでにアリスが乗車していて、面白い見世物を見るような目つきでこちらを見つめている。……まさかと嫌な予感が走った。


「はい、師匠」


 頷いて見せたクラウスは当然ながらアズに向き直り、


「御手を」


 仰々しく腰を折り、手を差し出してきた。思わず固まる。


「ほら、アズ。レディはジェントルマンにエスコートされるのが常識よ?ハンナから教わっているでしょう?」


「そっ……そうですけどまだお城じゃないんだしここでしなくてもっ!」


 口調こそ柔らかいものの、アリスの顔は完全にこちらの反応を楽しんでいる。なんとなく恨めしい気分になり、顔をしかめないように平常心を保つよう努力した。


 大丈夫。ダンスと同じように手を取ればいい。


 アズは覚悟を決めてクラウスの手を取った。






今日の朝に気がつきました。

……クリスタル・クロニクル、今日で一周年でございます。


うわー。1年ってホントあっという間ですね!

1年経つのにまさかの30話って少なっ!!…って思いましたすいません。


絵ばっか描いてましたごめんなさい。


1年前の同じ時間帯に投稿しようと思っていたのに、途中で上書きせずにタブを消してしまうという素人並みのハプニングのせいで半分近く書き直しに……しくしく。




そんな作者ですが、もうしばらくお付き合い頂けると嬉しいです……。まだ半分も行ってませんけど、(ぇ

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