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クリスタル・クロニクル  作者: 氷柱
33/48

29 帰還

ちょっと長いです。






『これは一体どういう事だ?』


 人々のざわめきと慌ただしい空気が埋め尽くす城内を抜け、最悪の事態に備えてガーデンから急きょ呼び寄せ、城の門の前に待機してもらっていたジンの元へと歩み寄るなり隻眼の黒い瞳にギロリと睨まれる。ゼノは苦笑して肩をすくめて見せた。


「俺に聞くなよ。解るわけないだろ?」


 アズたちの買い出しに付いて行き、3日後に城で開かれる舞踏会の件について国王陛下にご挨拶を、とルディアナ城に足を運んだというのに、まさかのシャドウの奇襲だ。しかも収拾に行かせていたクラウスの報告によればファントムまで居たという。東大陸の王都ともなれば結界の張り巡らされる規模も性能も大陸一だというのに、ノワールは一体どこから入り込んできたのか。どうして気づけなかったのか。


 ゼノとシンクロしているジンも同じことを思っていたようで、片方しかない黒い瞳を苛立たしげに細めた。


()せんな』


 ふん、と80℃近くある熱風の鼻息で不機嫌さを露わにし、ジンは城下町を見下ろして続ける。


『街の収拾はついて国民も戻ってきたと聞く。お前の用も終わったのだろう、さっさと小僧どもと合流して帰るぞ』


「そうだな……」


 ジンと並んで城下町を見下ろし、ゼノは頷いた。


 シャドウを生み出す媒体はクラウスがすべて片付けてくれたし、国民の安全もアリスとハンナと街の自警団が守ってくれた。


 それに……、


「――ゼノ団長!」


 思考を中断して振り返ると、城の中から2人の男女が走ってくるのが見えた。ルディアナ国の色である銀と青の装飾が施された、見慣れた甲冑を身に纏う顔馴染みの2人であった。


 ……あーあ、見つかっちまった。

 そんな事を思っても顔に出さないように心がけ、ゼノはその場で待つことにした。代わりにジンは嫌そうに赤い鱗で覆われた顔を歪ませると、『さっさと終わらせろよ』と釘を刺し、ガチャガチャと装甲のこすれ合う音を立てて門の脇へと歩いて行った。


「また何も言わずに帰ってしまわれるのかとっ……!」


「いや、お前たちも忙しいからさ。仕事の邪魔しちゃ悪いと思ったんだよ、グランツェル、エルモア」


 相当急いで走ってきたのだろう、男のグランツェルは少し息が上がっているだけだが、女性であるエルモアは鍛えていても息を切らせている。


「そう言って、いつも貴方は私たちと顔を合わせようとしないんですね、ゼノ団長」


 エルモアの恨めしそうな深紫色の双眸に睨まれ、ゼノはよく睨まれる日だな、と溜息をついた。


「……改めまして。お久しゅうございます、ゼノ団長殿」


「ああ。久しぶりだな、グランツェル、エルモア。こんな状況でもなきゃ、メンバー全員でパブにでも飲みに誘うのにな」


 上がっていた息を整え、自分の前で礼儀正しく敬礼をする青年にそんな事を苦笑交じりに言ってみると、「ご冗談を」と同じく苦笑交じりに返されてしまった。お堅い性格は相変わらずで、けれどそれがクライスセブンの団長としての志の形なのだろうと納得した。……いや、ただ単にお堅いだけなのかもしれない。


 ルディアナが誇る国お抱えの聖竜騎士団――クライスセブン。七人編成の優秀なクリスタルマスターが集うエリート集団で、東大陸全土、場合によってはその周辺の国のシャドウ討伐を主な仕事としている。メンバーは全員国で育成、教育を施されてきた、まさにエリートの中のエリート。聖竜騎士団と呼ばれている所以は、メンバー全員がクリスタルマスターで竜に乗るため。シャドウ討伐だけでなく、時には城下町の自警団でも収拾がつかないような大きな揉め事や事件があった時にも出動することがあり、城下町では英雄のように称えられているこの国自慢の騎士団だ。


 街に現れたシャドウを一掃していたジークとウィルに加え、この2人を含むクライスセブンのメンバー全員が出動し、先ほどまで城下町で激闘を繰り広げていた。おかげで、万が一の為にと城を守っていたゼノの出番はなかったが、国王陛下も王族も城の者もみな無事で、城下町でも怪我人は数人程度で済んだ。まさに迅速な判断、行動のたまものだ。


「何がパブですか、まったく……。貴方はセピア・ガーデンの団長として就任されてからすっかりたるんでしまわれた。その締まりのない顔も長ったらしい髪もどうにかならないんですか?」


「なっ……エルモア、失礼だぞ!」


「いや、いい。……相変わらず手厳しいな、モア」


 痛い所を突かれてしまい、ゼノは思わず苦笑。さすがはクライスセブンの副団長。肝っ玉の据わり方も昔と何も変わっていない。


 エルモア・ガルダスはルディアナの人間ではない。元は南国地帯の南大陸にある王都、サエラキアの出身だ。

 長い髪は赤みを帯びた黒で、人間時のヴェールと同じように高い位置で一つに括ってポニーテールにしている。肌は褐色、瞳は深紫と、一目でサエラキアの人間であることが解る。


 団長であるグランツェル・バズスは生粋のルディアナ人。深いブラウンの髪をオールバックにし、顔つきも昔に比べてキリッとしていて、中々貫禄が出てきた。瞳は深い青色。海を思わせる美しい色だ。

 ルディアナは東大陸的にも世界的にも多民族が最も集まる国なので、街ゆく人々にはいろんな髪の色や肌、瞳の色があり、人の数だけ色がある。世界で一番色鮮やかな国だ。


「パブが駄目だったら何処がいい?お前の行きたいところを教えてくれないか?モア」


「……っ!いえ、そんなつもりで言ったわけじゃ……」


「なんだ、遠慮するなよ。ほら、グランツェル。お前は?」


「えっ?私ですか?……あ、いえ、ゼノ団長が勧めて下さるのなら何処でも……」


「どいつもこいつもはっきりしないな!じゃあアリスおススメの店でも聞いとくから飲むのはまた今度な」


 2人して顔を見合わせてモジモジしている2人に「じゃ、俺子供たち連れて帰るわ」と残して背を向けて歩き出す。


「ゼノ団長!」


 グランツェルの声に呼び止められて肩越しに振り返ると、先ほどまでの貫禄ある表情から一変、昔からよくする“言いたい事があるのに言い出せない”顔でこちらを見ていた。


「そんな顔しなくても3日後に会えるだろ。……話はそん時に聞く」


「……はい。お気を付けて」


 敬礼をして見送る2人に背を向け、ようやく終わったかと言いたげな顔をして隣に並んだジンと歩みを進め、ゼノは自分を待っているだろう仲間たちの元へと向かった。


 そう、今の自分には在るんだ。


 



 温かくて居心地の良い、帰る場所が。






**






「スカイワーフ?」


「ええ。ご存じないですか?」


 アルテミスと並んで路地を歩き、かれこれ10分。すっかり兎の獣人、アルテミスと打ち解けたアズはアリス達と合流するために中央公園へと歩いていた。


「うん、初めて聞いた。どんな兎なの?」


 アズは素直に尋ねてみる。突然首の後ろでリリムが何か言いたそうにもぞもぞと動き回ったので、くすぐったくて首をふるふると振った。不思議そうに首を傾げたアルテミスに「何でもない」と慌てて笑みを作り、先を促す。


「普通の兎とそう変わりない外観をしていますが、ひとつ特徴を上げるなら瞳の色ですね。私のような澄んだ空色をしているんです」


 そう言って、アルテミスはアズの顔を覗き込んでにっこりと笑う。見惚れてしまうような綺麗な澄んだ水色――確かに空を彷彿とさせる色だが、碧い目の兎がいるのならぜひ会ってみたい。そして抱きしめたい。あわよくばペットにしたい。


「そして生息地が浮島全般で、地上には生息していない所ですね」


「え、じゃあここ一帯にはいないの?」


「ええ。スカイワーフは空を愛し、空に生きる獣なので。地上には滅多な事でもない限り降りてきません」


「じゃあセピア・ガーデンにもいるのかな?見た事ないんだけど……」


 顎に手を当てて首を傾げてみると、口元を押さえたアルテミスにクスリと笑われた。


「……失礼しました。あいにくとスカイワーフは臆病で人見知りな生き物なので、人に懐くどころか他の生き物にもあまり近づこうとしません。弱い生き物である兎は弱肉強食の世界では圧倒的に不利ですから、逃げる術だけは他の生物より飛び抜けています。そういう私も逃げ足だけは速いです」


「あっ、解った!“脱兎のごとく”ってやつだね!」


「はい。その通りです」


 アルテミスは、それは楽しそうにくすくすと笑う。アズも一緒になって声を上げて笑った。


 なんだかアルテミスといると居心地が良く、さっき会ったばかりだというのにあっという間に打ち解けてしまった。礼儀正しく紳士的、そしてとてもカッコいい彼は、とてもじゃないが今の話に出てくる臆病で人見知りなスカイワーフの獣人とは思えない。


 そんなアズの思考を読み取ったのか、アルテミスが首を傾げて微笑む。


「本当にスカイワーフの獣人かどうか、疑っていますね?」


「えっ?い、いや……疑ってるというかなんと言うか……。…………ごめんなさい」


「ふふ、アズは素直な女性ですね。私に謝る必要などありませんよ。でも……そうですね、強いて言うならば、きっと個性でしょうね。貴方たち人間すべてが獣人に偏見を持っているわけではないように、私たちスカイワーフも他の生き物と仲良くしたいと思う事と同じなのでしょうね」


「なるほどー。みんながみんな同じじゃないって事だね」


「そういう事です」


 アルテミスの言葉に頷いていると、ふと人のざわめきが耳に入る。顔を横に向けて細い路地の先にある大通りを見ると、大勢の人々が街に戻って来ていた。


「どうやら終わったようですね」


「よかった……」


 ほっと安堵の溜息を漏らすと、ふと気になった事を口に出した。


「アルはあそこで何してたの?皆シャドウを怖がって逃げてたっていうのに」


「ああ、私は隠れていたんですよ。騒ぎが落ち着くまで」


「……あんなところに1人で?」


「大勢の人間が群れれば群れるほど、逆にシャドウの標的になります。アレは人の心に反応して寄ってくるもの。たくさんの心が集まっていれば、知性などなくても惹かれてしまうのでしょう。だから逆にバラバラになって逃げた方がシャドウも戸惑うのです。……強い輝きを放つクリスタルマスターがいれば話は別でしょうけど」


 驚いた。すらすらとシャドウについて流暢(りゅうちょう)に話すアルテミスを見上げ、アズは唖然とする。


 そんなアズの顔を見て、にこりと笑ってアルテミスは言った。


「昔、シャドウについて研究していたもので。ファントムまでの形状変化ならこの目で見た事もあります……おぞましい限りですね」


 確かにおぞましかった。人質を取るだなんて知性が加わるだけでシャドウなんかとは段違いの強さだ。出来るならもう二度と会いたくないが……きっとまた出てくるんだろうな、となんとなく思う。


「見たところ、アズはクリスタルマスターのようですね。しかもその指輪に在るのはセピア・ガーデンの紋章……今日はシャドウ討伐にルディアナまで?」


「ううん、3日後にお城で開かれる舞踏会に紹介されてるから、ドレスを新調しに」


「……!」


 ドレスなんて単語を普段口にしないので少し照れながら言うと、アルテミスが驚いたような顔をして立ち止った。不思議に思って振り返ると、「貴女が……」と信じられないようなものを見る顔をした彼と目が合う。


 ……失言だった。アルテミスの顔を見た瞬間、アズは後悔した。


 3日後にある舞踏会は、ルディアナの国王陛下がセイレーンとしてセピアノスに選ばれたアズの顔合わせ、および歓迎を目的として開催されるらしく、招待されるのはルディアナ国内の貴族――特に王族と深い関わりがある者達と、ルディアナと協定を結び尚且つ国王陛下と親しい間柄とされているサエラキア王国の女王様もご来場されるという、とんでもない煌びやかな舞踏会になるという。


 もちろんアズがセイレーンなどと国中に知れ渡っては大パニックになってしまうので、一般人は招待されないという。ただしそのための舞踏会を開催するという通知は国中に行き渡っているので、それを知っているとしたらアルテミスが驚くのも無理はない。


 アズは訂正しようと口を開きかけたが、白い手袋をはめたアルテミスの人差し指がそっとアズの唇に触れる。


「大丈夫、誰にも口外いたしません。実は私もその舞踏会に招待されている身でして、つい驚いてしまったのです」


「アルも?」


 指が離れたことを確認して恐る恐る聞き返すと、アルテミスは柔らかな笑みを浮かべて「ええ」と頷いた。


「とは言いましても、残念ながら私はしがない平民出の獣人。例え獣人に対する差別が法で禁止されている国とは言っても、裕福でも権力を持っているわけでも、ましてや貴族でもない獣人をタダで城内に入れるわけではありません。招待されたと言っても、もちろん舞踏会を楽しむためではなく盛り上げるために、です。――これでね」


 そう言ってアルテミスは優雅に両手を上げ、ある形をとって見せる――それは、見た事のあるポーズだった。


「……バイオリン?」


「正解」


 伸ばした左手で柄を持ち、頭をほんの少し左に傾け、右手で弦を構えるポーズ――音楽の教科書やテレビで見た事のあるバイオリニストのポーズだった。……頭と一緒に傾くウサ耳のなんと可愛らしい事か。これでシルクハットなんか被ったら上出来じゃないかと1人で絶賛した。


「今回は舞踏会のBGMを奏でるオーケストラの一員としての招待でして」


「オーケストラ!?すごいっ!」


 確かハンナもオーケストラの一員として出席する事になっていた。彼女の場合はクリスタルマスターとしてがメインだったらしいが、ぜひオーケストラとして参加したいと自ら志願したそうだ。どちらにしろ一緒に出席できるので、アズとしては嬉しい限りだ。


 話に夢中になっていると、がやがやとした人々の喧騒が聞こえた。


 前を見ると大通りに突き当たるようで、目の前が開けて巨大な噴水が目に付いた。どうやら路地を抜けて中央公園に出たようだ。


「中央公園に出ましたね。お友達と待ち合わせをしているのでしょう?」


 アルテミスに聞かれ、アズはつい苦笑いを漏らした。無線をハンナに預けたままなので連絡も取れていないが、ヴェールとは先ほどからやり取りをして“中央公園で待ってる”と言われたのだ。これから探さないといけないが。


「うん。……アルもここで誰かと待ち合わせ?」


「いえ。他のメンバーとはまだ顔合わせをしていないので。私はこれからルディアナ城に行こうと思っています。国王陛下にご挨拶しなければ」


「そっか。じゃあここまでだね」


 少し名残惜しくなって沈んだ声になる。すると、アルテミスがこちらに向き直ったかと思うとおもむろにアズの左手を取り、少し屈んで手の甲にキスをした。


 ――キスを、された。


「アルッ!!?な、なにしてっ……!」


 軽いリップ音を立てて触れた唇が離れていき、屈んだままのアルテミスはくすりと小さく笑ってアズを上目遣いに見上げてきた。


「ご挨拶のキスですよ。そんなに赤くなられて……セイレーン殿はとてもウブな御方なのですね」


 ウブも何も、日本じゃこんなキザったらしいマネを白昼堂々とかます若者はいない。免疫がないのは認めるが、慣れていないのでとにかく恥ずかしい。アズはぱっと顔を背けて「び、びっくりしただけ!」とごまかした。


「では、3日後にまたお会いしましょう。それまで、しばしのお別れです」


「う、うん……。またね、アル」


 優雅に一礼すると、アルテミスは行きかう人々の合間を縫うようにして姿を消した。


 まだ熱を持っている左手の甲をぎゅっと胸に抱きしめたまま、アズは深い溜息をつきながらレンガ壁にもたれた。なんて心臓に悪いんだ、アルテミス……。


「アズ、首までまっかっかよ」


「うるしゃい」


 髪をかき分けてリリムが茶かしてきた。周囲の人に怪しく思われない程度に呟き、アズはほっぺで肩にいるリリムをぐいぐいと押しつぶした。「ぷぎゃ」と潰れた声が聞こえたが、スルーしてやった。


「さて」


 じゃれ合いはこのくらいにして、早く皆と合流しないと。

 アズは壁から背を離し、一歩前に踏み出した――瞬間、


「アズーーっ!!」


「――へぶぉっ!?」


 真横からの不意打ち強烈タックルをモロに食らって変な奇声が口から飛び出してきた。視界が一瞬ブラックアウト。クラクラとした頭を揺らして抱きついている人物を確認したら、自然と口からうめき声が漏れた。


「ちょっとヴェール……もっと優しくソフトに抱きついてきてもらえない?あまりの衝撃にリリムがどっか飛んでっちゃったじゃんか……」


「むきゅ……」


 遠く離れた地面に落ちて気を失っているリリムを見つけるが、ヴェールが一向に離そうとないので拾いに行ってやれない。


「だって首が急に熱くなるんだもん!心配したに決まってんでしょ!?」


「うう……」


 凄い剣幕だ。アズは思わず口ごもった。


 そう言えばアズとヴェールは“シンクロ”という見えない糸のようなモノで常に心が繋がっているらしく、互いに意識や感情を共感することができる。もちろんシンクロ事態のオン/オフの切り替えは常に可能なのでプライバシーにかかわるほどすべてが筒抜けになる事はないが、繋がったままだと無条件に相手に反映されてしまう。距離が近ければ近いほど、シンクロで伝わる力が強まる。


 つまりはアズが感じた首の激痛を、遠い距離にいたヴェールも感じたという事だ。


「まったく!やっぱ1人にするんじゃなかった!どっか怪我してないだろうね?隠してないよね!?」


「だ、大丈夫、怪我はしてないから。……ごめん」


 小さくなって謝ると、睨むように上目遣いで見上げていたヴェールが表情を緩めてアズの顎下に顔を摺り寄せてきた。――竜型の時によくする、普段だったら“甘え”や“遊んでよ”。ケンカしているときだったら“許してあげる”のサインだった。人型の時にはしないでほしいが……心配させてしまったので今回は何も言わずに受け止めることにした。


「おいこらそこのリア充ども。白昼堂々じゃれ合うな。見てるこっちが恥ずかしい」


 首に抱きついたまま動かないヴェールを抱きしめていると、ジークの声がした。首を回して見上げると、ちょうど地面に転がっていたリリムを拾い上げてこっちへ歩いてくるジークの姿が目に入る。その後ろから、彼に続いて歩いてくるみんなの姿があった。アズの姿を目に止めるなり、ハンナが泣きそうな顔をして走ってきた。


「アズ!大丈夫ですか?怪我は……?」


「ううん、大丈夫。ごめんね、心配かけちゃって」


「いいえ……謝るのは私の方です。アズの無線機を預かっていたのに、私……」


 項垂れて今にも泣きだしそうなハンナに慌て、アズは彼女の顔を覗き込んであたふたと言い繕った。


「だから、ハンナのせいじゃないってば。無線機もってなかったのはあたしのミスだし、ハンナが気に病むのは筋違いだって!だからもう気にしないで?ハンナに泣かれたら、あたしどうしていいかわかんないよ……」


「アズ……」


 なんとも言えない表情になったハンナの肩に手を置いたのは、買い物袋を下げたウィルだった。


「本人がこう言ってるんだからもういいでしょ?ハンナも気にしないで、この話はこれでおしまい」


「そうよ、みんな無事だったんだもの」


「アリス……」


 後から歩いてきたアリスはにっこりとほほ笑み、ヴェールの肩に手を置いて「さ、行きましょう」とやんわりと引き離す。ヴェールも大人しくアズから離れたが、なぜかむくれたままだ。まだ何か怒っているのだろうか。


「行くって、もう帰るんすか?」


「ええ。ガーデンへ帰るように、との事よ」


 しばらく考えて、アズが尋ねた。


「団長命令?」


「そういうことになるわね」


 肩をすくめてアリスが溜息をつく。


「まあ、ノワールの奇襲で国が多少なりとも痛手を受けた事には胸を痛めるけれど……せめてアズのドレスを選んでからにしてほしかったわ。やっぱり最初に選んでおくべきだったかしら……私としたことが、失念だったわ」


「ま、まあ……買い物どころじゃなくなっちゃったし、ドレスはまたの機会でいいです。あと3日ありますし!」


 ね?と首を傾げてみるも、アリスは顎に手を当ててぶつぶつと。


「そうね……ああでも、やっぱり私だけでも残って今日のうちに見て回ろうかしら。そのほうが確実だわ。あそこの名店の新作も入ってきたと聞いているし、今のうちに押さえておかなくては……」


「アリス……何が何でもって感じです」


 ハンナが困ったように囁く。アズだけでなく、ジークもウィルも互いに顔を見合わせ「何を言っても無駄」と首を振った。自分たちだけでも先に帰ろうか、と口を開きかけたときだった。


「団長命令だっつってんだろーが」


 つっけんどんな声が聞こえ、全員がばっと振り返る。


 そこには案の定、我らが団長ことゼノ・ブランフェールが仁王立ちでこちらを睨んでいた。その隣には相変わらずの無表情を下げたクラウス、そしてゼノのパートナーであるバーニングドラゴンのジンも一緒だった。


「団長命令無視の罰として、違反者全員晩メシ抜きってはどうだ?クラウス」


「いいと思います」


「よくない!断じて!!」


 間髪入れずにジークが反論した。アズも口には出さなかったものの、それだけは我慢ならない。ヴェールの肩を引っ掴むと「帰るよ!すぐに!」と叫んだ。


「アズのドレスは俺が見て買っとくから、お前も今すぐ帰れ。さもなきゃホントに飯抜きだ、アリス」


「……変なの選んだら承知しないわよ」


「分かってるって、任せろよ。――さあ、皆寄り道せずに竜に乗って帰れ」


 パンパンと手を叩くゼノに促され、アズ達はそろって歩き出す。アリスはとても納得のいかない顔でぶつぶつと何か呟いていたが、みんなは聞こえないふりをして国を出た。


「どうしたんだろうね、ゼノ団長。あんなに急がせてさ」


 停留所に待機させていた竜たちを引き取った後、パートナーであるハヤブサドラゴンことハヤテの顔を撫でながらウィルが首を傾げた。それはもちろんハヤテに問いかけているものではなく、それに答えたのはつい先ほどまでゼノと一緒に行動していたクラウスだった。


「長居する理由がないだけだ。ジンも師匠と行動を共にしている以上、これ以上ガーデンを空けているのは危険だ。もしもの時にヴィエラだけでは対処できないからな」


 腕を組んで話すクラウスの横顔を見つめ、アズは眉をひそめた。ゼノが言っていた「みんなが出払ってガーデンを空けてしまっても、ジンとヴィエラがいれば大丈夫」の意味がまったく理解できなかったからだ。


 なので、さっそく聞いてみた。


「シャドウ以外の生き物ならば、ジンとヴィエラの2頭だけで十分対処できると言う意味だ」


「うん……それがよく解んないんだけど」


 憐れむような目で見られた。なぜ。


「ほら、アズはホワイトドラゴンの能力を知らないんだよ」


 ウィルに助言されてようやく理解したのか、クラウスはまた無表情に戻って続けた。


「ホワイトドラゴンであるヴィエラは、他の竜族と比べれば格段に戦闘能力がない。しかし、どの竜族にもない特殊能力――“音”を操る力によって、相手を混乱させたり操ったりする事が出来る」


「音?」


『あれはホントに凄いよね。温厚だとかいうけど、敵に回したらおっかないのはヴィエラだと思うよ、俺』


「私もそう思います」


 とても大きなストロスドラゴンのフローラに手綱を掛けつつ、ハンナも頷いている。1人意味を飲み込めていないアズだけが「え?え?どういう事?」と皆の顔を見回した。


「音っつーか、(うた)だよな、あれ。あの頭の中が震えるような声の波ってさ」


 ちゃっかりハヤテの背に跨っているジークが思い出すように首を傾げた。クラウスは横目でジークを見やり、頷く。


「ヴィエラの喉には振音器(しんおんき)という特殊な器官がある。それが音を震わせ、相手の脳に影響を及ぼす唄になる。だから滅多な事でもない限り、ヴィエラは鳴かないし()えない。――ちなみに竜族の中でも火を吹けるのはバーニングドラゴンだけで、彼らは火炎袋と言う臓器を持っているからだ。アブノーマル種の竜は、こう言った特殊な臓器や体質が個々に備わる。普通(ノーマル)種にはない生態を持つ竜族――だから異常(アブノーマル)と呼ばれる」


 異常(アブノーマル)……響きとしては病的なように聞こえるが、ノーマル種には備わっていない特殊能力を持つ特別な竜たちなのだと改めて思い知る。やっぱりジンもヴィエラもすごい竜なんだと実感した。


「つまりは、ヴィエラが侵入者の足止めをしてジンが排除するって役割分担があるってことだよね?」


「そうなる。しかし、それはあくまでも相手がシャドウ以外の場合だ。1ヶ月前に起こったノワールの起こした騒ぎではあまり期待できない。特に、ゾイスのように自分の身を隠してシャドウだけ動かすような輩が相手だとそれが浮き彫りになる」


 なるほど。人を傷つける能力ではないヴィエラの声と、人を傷つける事しか出来ないジンの火。両者の力が成り立って、ガーデンを守る力となる。


「さあ貴方たち!準備が出来たのなら行きましょう」


 ハンナの手を借りてフローラの背に跨ったアリスが手を叩いて話を中断させる。ここで話し込んでいるとどこからともなくゼノが現れそうで怖い。次見つかったら確実に夕飯抜きだと思うと鳥肌が立つ。そんなのは絶対に嫌だ。


「フローラもハヤテも大変じゃないのかな?あんなに人乗せてさ」


 飛び立ったヴェールが風に乗り、体勢が安定したところで尋ねてみる。後方を肩越しに振り返れば、ハヤテにはウィルとジークとクラウス。フローラにはハンナとアリスがそれぞれ乗っている。


『まあ、あいつらは人を乗せて飛ぶことに慣れてる竜だし、何より体がデカくてしっかりしてるから人間が数人乗ったってどうってことないよ。俺の場合はアズ専用だし、他の人間乗せて飛ぶなんてあり得ないからどうでもいいんだけどね。別に気にしてないけどね、全然。断じて』


「そ……そう」


 ちょっとは気にしているらしいヴェールに苦笑し、アズは振り返ったまま2頭を観察した。


 ハヤブサドラゴンであるハヤテはウィルのパートナー。こげ茶色の鱗に黒い(まだら)模様の鱗が混ざり合っていて、頭が小さい。名前の通りハヤブサのように速く飛ぶための翼は風の抵抗を受けにくい形になっていて、蝙蝠のような翼とはまた少し違う形状をしている。空を滑るように飛行し、体が軽いのかあまり羽ばたいていない。


 対してハンナのパートナーであるフローラは、体躯が大きいストロスドラゴン。空を飛ぶことに関しては飛竜なので言わずもがな、跳ぶ速度はやはり遅い。本来人間では持てない程の大きな木材や資材などを運ぶ彼女らにとって、人が乗った程度では重荷にならない。けれど蝙蝠状の翼は風を長い間つかめないので、常に羽ばたいていないと高度が落ちていってしまう。そのため、翼は他の竜に比べると分厚く、筋肉もしっかりとついていて外観同様厳めしい印象を受ける。


 2頭とも、手綱や鞍を装備しているが、ヴェールには何も付けていない。その方が安定して飛べるし、アズも体を密着させている方が振り落とされないのだ。鞍なんかに座っていたら逆に落ちそうで怖い。


 馬のように口の中に入れるタイプの手綱も、当然ヴェールが嫌がるから首に手を添えている程度。他の人たちから見ればアズの乗り方は異常で自殺行為に等しいらしい。


「(お城にいるっていうゴールデンドラゴン……どんな竜なんだろ)」


 密かにそんな事を想いつつ、アズは正面に向き直る。浮島が点々と浮いている青く澄んだ空を見据え、空気をいっぱいに吸い込んだ。


 もうすぐ舞踏会……。


 うまく踊れるだろうか。



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