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クリスタル・クロニクル  作者: 氷柱
31/48

27 買い出し、のち襲撃

長らくすいません……更新致します。



 ルディアナ城にて催される舞踏会のためのダンスレッスンを始め、今日で1週間と4日。本番の舞踏会を3日後に控えたアズが多目的室でコーチのハンナ、パートナー役のクラウス(たまにウィルだったりジークだったり)と共にダンスの練習に上流階級のマナー、作法などの勉強に明け暮れる姿を陰ながら見守っていたらしいゼノが、ある日……というか今から1時間くらい前に切り出した。


「ドレスを新調しよう。ついでに必要なその他もろもろの買い出しも行くぞ」


 必要なその他もろもろが“ついで”ですか……。ドレスよりそっちの方がメインなのでは?しかし、ゼノの言葉に目を輝かせたのはその後ろに控えていた美しい副団長様であった。


「そうね、そうしましょう!たまには息抜きも必要だものねっ!」


 手を叩いて少女のように無邪気にはしゃぐアリスに流されてしまい、アズは言葉を発する事なくアリスに引っ張られてガーデンを後にする事になった。








 そして、今に至る。


「これはどうかしら?」


「うーん……アズにはちょっと派手じゃないですか?こっちの方が年相応で可愛らしいと思います」


「……ハンナは見る目があるわ。それとっても可愛いもの。――店員さん、これも下さいな」


「かしこまりました」


「あ。こっちも似合ってて可愛いです」


「……もうちょっと露出してもいいくらいね。肌を出せるときは思い切り出した方がいいわ。若いから許されるもの」


「あっ。アリスの持ってるそれ、可愛いです」


「でしょう?これも似合うと思って取ってきたの。――さ、これも来てみてちょうだい」


「……は、はい」


 可愛らしい洋服を取り扱う店に入って、かれこれ40分。試着室から一歩も出ていないアズは疲れ切った表情を隠す事ができず、げんなりとした顔のまま服を受け取ってカーテンを閉めた。そして重々しい溜息。


「……あと何着あるんだろ」


 アリスが両手に持っていた服の数は解らない。でも持っているのだからもう何回かは試着をすることになりそうだ。洋服をチョイスして選んでくれるのはとても嬉しいし有難いのだが、こんなにたくさん買う必要があるのか……着回しすれば困る事のないほど買ってもらったのに、彼女たちはまだアズの服を買うつもりだ。


 ……いいのかなあ。自分の事だから、なおさら心配になってくる。


 ルディアナの買い出しに来ているのは、アリスとハンナ、そして国王陛下に挨拶へ行くと付いてきたゼノとクラウス。そしてゼノの抜擢した荷物持ちであるジークとウィル。まあ、いつものメンバーだ。


 クリスタルマスターがこんなに出払ってガーデンを開けていいのかと最初は反対したが、ゼノ曰く「ジンとヴィエラがいれば大丈夫」だそう。……どういう意味なのか気になる。


「アズ、どう?着れたかしら?」


「あ、はい」


 返事をした後にカーテンが開き、アリスとハンナが揃ってにっこりと笑う。


「やっぱり似合うわ。これも下さいな」


「あ、あの……アリス。こんなに買って頂かなくても」


「これくらいいいのよ。いつまでもガーデンで支給された服や、私たちのお古で過ごすっていうのも可哀そうだもの。貴女が着ていた制服をずっと来ているわけにもいかないし、貴女の服はあった方がいいと思うの。ちょうどいいから買いだめしておいた方が後々困らないわ。中々買い出しに行ける訳でもないから」


「でも、こんなにたくさん……十分過ぎます」


「待って!最後にするからこれも着てちょうだい」


「……はい」


 渋々最後の服を受け取ってカーテンを閉める。なんだかうまく言いくるめられた気がする。明らかにどう考えても買い過ぎだ。万単位の買い物をしているに違いない。


 難易度の高い任務を頑張ってお金を貯めていつか絶対に返そうと思う。言ったら受け取ってもらえないだろうから絶対に言わないが。


 それまでは秘密にしておこうと、アズは固く誓った。
















「長い」


「ご、ごめ……」


 不機嫌丸出しのジークの一言に、アズは気まずくなって頭を下げた。店を出る前に時計を見たが、一時間近くも待たせてしまったのだ。不機嫌になるのも無理はない。


「あら。女性の買い物は長くて当然でしょう?」


「長過ぎっすよ。どんだけ待たせるのかと思いましたよ」


 くすくすと笑うアリスに半眼でジークが抗議する。その間にもテキパキと荷物をジークに渡す所を見ると、待たせた事に対してこれっぽっちも罪悪感を抱いていない様子だ。


 アズは荷物を持ったままあたりを見回し、今更ながらにウィルが居ない事に気がついた。


「そういえばウィルは?」


「“女性の買い物は時間がかかるってのが常識だから、俺はその他もろもろを買ってくるよ”……って言って雑貨屋に行ってる」


「さすがウィルね。とても気が利くわ」


「どのくらいで帰ってくるの?」


 ふと尋ねてみれば、「あー……時期に帰ってくんじゃねえか?」となんとも適当な答え。するとハンナが、


「私が無線で聞いてみますね」


「ホント?ありがと!」


 ハンナの申し出に頷いて答え、キョロキョロと辺りを見回していたアリスが「とりあえずあそこに座りましょう」と並木の下にあるベンチを指差してアズとジークを促した。


「ふう。少し買い過ぎちゃったかしら」


 腰を下ろして嬉しそうに笑うアリスに「だからそう言ったじゃないですか、もう……」とさすがに呆れて溜息をついた。買ってもらった分際で強いことは言えないが、一件目から少し買い過ぎじゃないだろうか。


「でも久しぶりに楽しめたし、無駄な買い物でもなかったでしょう?やっぱりショッピングはこうでなくちゃ」


「……荷物持ちしに来てるだけの俺の事も少しは考えてほしいっすけどねー」


「あら。それは配慮が足りなくてごめんなさいね」


 アリスとジークのやりとりを片耳で聞きつつ、アズはベンチに深く腰掛けた状態で空を仰いだ。木の下なので真上には葉が生い茂り、木漏れ日がちらちらと眩しい。


「ウィル、今こっちに向かってるみたいです」


「ナイスタイミングね、ありがとうハンナ。……それじゃ、ウィルが戻って来たらドレスを扱っている専門店に行きましょう。そこでアズのドレスを新調して、終わる頃にはゼノ達も帰ってくるだろうから合流してガーデンへ帰りましょう」


「「はい!」」


「了解っす」


 洋服を選ぶだけでもあの調子だというのに、ドレスを選ぶだなんて言ったらどれほどの時間がかかるのか……なんて事は考えないようにして、とりあえずは純粋にショッピングを楽しもうと考えるようにした。


 でなければ、付き合ってくれている皆に申し訳ないし、アズが嫌な顔をしていれば失礼だ。


――あとどんくらいかかりそう?


 頭の中で声が聞こえたのは、その時だった。


――んー……これからドレスを選びに行くから、


――これからぁ!!?今までの時間は何してたんだよ!?


 ヴェールの悲鳴で遮られ、脳みそが揺さぶられてアズは思わず顔をしかめた。そんな叫ばなくても……。


――い、今までは服選んでたんだよ。普通の服……。


――じょーだんでしょ?今日はドレス買いにきただけなのになんで服買ってんの?なんて一時間以上も時間かけてんの?待ってるこっちの身にもなってくんない!?ただ街の外で待たされてる俺たちの身にもさぁ!


――ご、ごめ……


 ゼノに駄目だしを食らい、当然人型に化けて一緒に買い物をする気満々だったヴェールは不機嫌な事この上ない。駄々をこねるも結局取り合ってもらえず、ヴェールと、ハンナのパートナーであるストロスドラゴンのフローラ、ウィルのパートナーであるハヤブサドラゴンのハヤテが街の外の竜停留所で待機している。しかもセブンスドラゴンの素性を隠さないとえらい騒ぎになってしまうため、ヴェールは姿を消している状態だ。


――さっきから俺の事見えてない奴らはぶつかって来るし、外に出ても暇だし、人に化けんなって指図されるしハヤテが横でぐちぐちうるさいしフローラはフラフラ歩き回って俺が探しにいかなきゃならないしあああぁぁぁぁぁーーもおおおぉぉぉぉっ!!!


「……つぅ~……」


 頭の中で大反響するヴェールの念話に頭を抱え、あまりの激しさにくらくらする。例に例えるなら耳元で絶叫されたような気分だ。下手したら気絶しそう。


「アズ?どうしたの?」


「……そろそろヴェールがヤバいです」


 今だにぎゃんぎゃん喚いているヴェールには申し訳ないがシンクロを切った。こうもうるさいと意識を保つのに精一杯で話す事もできない。


「あいつ、すげえ短気だもんなぁ。しかも買い物来るの楽しみにしてたんだろ?そりゃ堪んねえよな」


「可哀そうです……どうして団長は許可してくれなかったんです?」


「それは私には解らないわ。人型になってしまえば誰もドラゴンだとは気付かないでしょうし、別に差支えないのだと思うけれど……ゼノが何を思ってヴェールを待機させたのかは本人に聞いてみないと」


「……教えてくれればいいんですけどね」


 なんとなくそんな気がして口に出してみると、「そうね。きっと話してくれないわね」とにっこり笑うアリス。ゼノは基本的に秘密主義というか余計な事は一切教えてくれない所がある。


 何を思って指示するのか。何を考えて人を動かすのか。


 集団を束ねる人の考えなど、従う側のアズには到底理解できないのだった。





「……」





 ふと、違和感を感じたのは、その時だった。


 笑いながら他愛ない話をしている3人から視線を逸らし、アズはゆっくりと背後を振り返る。


 暖かな日差しが降り注ぐ正午。ルディアナの玄関口であるこの南通りには雑貨や洋服、土産や物産などが多々扱われている商業区となっていて、辺りは人々の賑やかな話し声で溢れている。


「……?」


 違和感の原因を掴むことが出来ずに視線をゆっくりと横へ流していく――その時だった。














 ぞわりと肌を逆なでる、あの嫌な気配を感じたのは。













「――っ!?」


 身震いして腰を浮かせた瞬間、ついに違和感の正体を見つけ、アズは思わず目を見開いた。


 行きかう人々の間に垣間見た、場違いな程に目立つ真っ黒な外套――。




 足を止めて立ち止り、ラフィエルがこちらに視線を投げていた。




「ラフィエルッ!!」


 勢いよく立ち上がるとジークが驚いたように身を引き、アリスが「どうかしたの?」と尋ねる。しかし悠長に話している暇はない。アズと視線が合った途端に身をひるがえして細い路地へと消えていくラフィエルを追わないと――。


「シャドウです!ノワールもいます!後を追うのでこっちはお願いします!!」


「何ですって!?」


 驚いて立ち上がるアリスに後を任せ、アズはベンチを飛び越えて駆け出した。その途端に右側の方から人の悲鳴が沸き起こる。


 さっと横目で見ると、我先にと人々が逃げるようにしてこちらに押し寄せてきた。一瞬だけ足を止めて更に奥へと目を凝らせば――いた。シャドウが3体もいる。


「……っ!」


「アズ、ここは俺らがやる!ノワールを追え!」


 躊躇しているとジークの声。ぱっと振り返れば、胸に手を宛がったまま走っていくジークの姿。


「やるぜぇ――狼牙鎌(フェンリル)!!」


 青い光を迸らせながら胸から具現化されたそれは、鋭い牙を彷彿とさせる刃が幾重にも重なったように見える大きな鎌だった。それを横に構えると一閃。たった一振りでシャドウを3体同時に消し去った。


「……お願い」


 まだ安心はできない。シャドウの気配は消えていないが、ここは皆に任せておけば大丈夫だろう。ジークも強いし、ハンナもアリスもウィルもいる。ルディアナ城にはゼノもクラウスも。


「アズ、行くのよ!」


 耳元から声がして、リリムが飛び上がった。ピンク色の光に隠れるリリムの顔を見て頷き返し、アズは踵を返してラフィエルが消えて行った路地へ駆け出す。


――ヴェール、来て!シャドウとノワールが出た!


 念話で早口で伝えれば、『解った。すぐに行く』との答え。後はうまく合流して、ラフィエルをとっ捕まえる!


「なんだってこんな街中に――!リリム、跳ぶよ!」


「合点承知!」


 舌打ちしたい衝動を必死に堪え、アズは前を見据えて強く地を蹴った。








**







「ジーク、大丈夫ですか!?」


「ああ、問題ねえ!」


 ハンナの問いに振り向くことなく答え、狼牙鎌(フェンリル)を横に薙いで一閃。手ごたえもなくシャドウが真っ二つに割れて消えてく。


「ったく!後から後からキリがねえっ……!」


 切っても切っても地面から湧いて出てくるシャドウに舌打ちをして、ジークは考えを巡らせる。媒体を探しに行こうにも、補助(サポート)専門のハンナとアリスを置いてこの場を離れる訳には行かない。アズが追ったノワールと共に行動している可能性もあるが、別行動をされていたら厄介だ。


 しかもこのシャドウの数……媒体は複数いると考えられる。もしそうであれば――。


「ジーク、後ろ!」


「!?」


 アリスの声に反応してとっさに振り向くと、馬鹿でかい大口を開けたシャドウがすぐ目の前に跳んできていた。さすがにぎょっとして狼牙鎌(フェンリル)の柄をギュッと握りしめて振りかぶろうと腕を引いたとき、鋭い銃声と共にシャドウが視界から消え失せた。


「いっ――?」


「何やってんのさジーク。集中力足りないと死ぬよ」


 聞きなれた声のする方を見れば、ウィルが自身のクリスタルを具現化させたまま呆れたような顔をしてこちらに歩いてきた。ウィルのクリスタルは二丁のリボルバー型の二対の暗殺(ジエンド)。銃口からはうっすらと煙が上がっている。


「べっ……別にお前に助けてもらわなくたって自分で防げたっての!」


「ふうん、そう。……で、何この状況。シャドウがうじゃうじゃいるんだけど」


 両手に二対の暗殺者(ジエンド)を握り、両腕に買い物袋を引っさげたウィルはとても不機嫌だった。不意打ちが大嫌いな奴にとって、この突然すぎる襲撃は胸くそ悪い事態らしい。


「ノワールがいるらしくてよ、アズが追っかけてったんだ。俺も媒体探しに行こうか迷ってたんだけど、お前が来てくれてよかったぜ。後は任せた!」


「待てぃ」


「ぐえっ!」


 颯爽と走り出したのもつかの間、にこりともしない不機嫌顔のウィルに襟首を掴まれて勢いよく首が締まった。


「俺1人にこんな雑魚狩りやらせる気?冗談じゃないよ。シャドウなんかじゃ気が済まない。ファントムクラスだったら喜んで相手するけど」


「無茶言うな!ってか今ファントムなんか出て来られたらそれこそ国中大パニックだろ!」


 なんて事を言い出すんだこのマイペース腹黒王子はっ!ジークは咽ながら取り落とした狼牙鎌(フェンリル)を拾い上げる。


「ノワールがいるってのも気に入らないな。なんで結界が張り巡らされてるルディアナの中にいるのさ。普通入れないはずだよね」


「だな、それは俺も思った。だから余計に嫌な予感がすんだよ」


「第六感ってやつ?」


「おう」


 ぞろぞろと湧き出てくるシャドウを見据え、それぞれがクリスタルを構える。


「ジークの野性の勘は当てになるからね。……とりあえずはこいつらで憂さ晴らししてから考えようか」


「…………ホントお前って怖えよ」


 げんなりして思わず呟くと、褒めたわけでもないのに「うん、ありがとう」と無表情で礼を言われた。







**







 昔、ヨーロッパやイタリアの特集番組で見たような、集合住宅らしい家々が連なって出来る細長い裏路地。空を仰げば紐に掛けられた洗濯物が旗のように連なって、風にそよいで心地よさそうに泳いでいる。


 一見平和そのものに見えるその風景の中を、アズは気を張りながら疾走していた。


「感じるの、感じるの!シャドウのいや~な気配をそこら中に感じるの!」


「うん!ラフィエルとっ捕まえて早く戻らないと、もっと大変な事になる!」


 先ほどから人の姿が見えないのが気がかりだ。この時間帯であれば、路地裏でも主婦の女性らが井戸端会議やら談笑やらをしていもおかしくない。家の中に避難しているのなら問題ないが、気になっていちいち窓から覗き込んでいる時間もない。視線だけで辺りを忙しく見回し、


「――!」


 正面を見た途端、突然視界が開けた。


「わっ!?」


 午後の西日の日差しに一瞬目がくらみ、目の前に迫った手すりに突進する形になったが、腕に力を入れ体を支えたので、つんのめっただけでどうにか落っこちなかった。


「せ、セーフ……あだっ!」


「ぎゃんっ!」


 ほっと溜息をついた瞬間、間髪入れずにリリムが後頭部に突っ込んできた。反動で弧を描きながらリリムが上の方へと悲鳴を上げながら飛んでいく。


「……ったぁ~……妖精って以外と硬い……」


 後頭部をさすりながら顔を上げ、辺りを見回す。路地から一変、開けた場所はそれなりに広く、中央には小さな噴水と二つのベンチ、それに水飲み場もある。アズのいる場所からは一段低い場所にその憩いの場があり、この手すりの横にある石畳の階段を下って降りられるようだった。


 今はちょうど日が差し込む時間帯らしく、日の光を受けて輝く水がとても綺麗で眩しかった。


「こんな所、あったんだ」


「私も初めて来た」


 手すり伝いに階段を下りながらそう呟くと、思わぬ所から返答があった。思わず動きを止めると、吹き上がる水の向こうにぼんやりとした黒いシルエット。


「――見つけた!」


「まさかお前に会うとはな……私もつくづくツいてない」


 噴水を回って姿を現したラフィエルを睨み据え、アズは疑問に思った事をそのまま口にした。


「この国には結界が張られてる。ノワールの持つブレイクリスタルとシャドウを感知するクリスタルのね。……どうやって入ったの?」


「答える義務はない」


 即答だ。素直に答えるとは思ってなかったが、さすがにここで退くわけには行かない。質問を変えた。


「じゃあ、何の用があってここにいる?シャドウまで撒き散らせて、ただ人々を混乱させる為だけってわけじゃないでしょ?」


「そう。もちろんそれだけではないが……こちらも答える義務はないな」


 予想通りの答えだ。アズは覚悟を決め、姿勢を低くして戦闘態勢に入る。


「わかった。じゃあ。続きはセピア・ガーデンで聞く」


「大人しく見逃してくれる気はない、か」


「当たり前でしょ!?こんだけ騒ぎ起こしといて何言ってんの!?」


「私の任務はもう済んだ。帰らせてくれないか?」


「誰が帰すか!そこになおれ!」


 小首を傾げて可愛らしく何を言ってるんだこいつは!思わず怒鳴ると「まあ落ち着け」とラフィエルが手で制してきた。……こいつ、状況わかってんだろうか。


「さっきの問いだが、まあここで会ったのも何かの縁だ。少しだけ答えてやる」


「は?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。答えないと言っていたのに意味がわからない。


「私の任務は搖動だ。もちろんお前たちの、ではなく、このルディアナお抱えの聖竜騎士団の連中のな」


「聖竜……騎士団?」


「予定外だったのは、お前たちセピア・ガーデンのクリスタルマスターがこの国にいた事だった。おかげで予定より時間を喰う羽目になった。媒体の増員に時間がかかり過ぎたのも原因だが、最も厄介なのはこうしてお前に見つかってしまった事だ」


 おかげで長引いた、と肩をすくめられ、カチンときたのは言うまでもない。


「……あんた達ノワールが大人しくしてくれてれば問題ない話でしょうが」


「そうならないのも世界の事情というものだ。人生何が起きるかわからない」


「また意味の解らない事――!」


「さあ、時間だ」


 遮るようにラフィエルが呟き、すっと右手を掲げた。外套から現れた腕はほっそりとしていて、ぞっとするほど青白い。


「私は帰らせてもらおう。まんまと時間稼ぎが出来た。お前が単純で助かったよ」


「はっ!?ちょ、逃がすと思って――」


「私に構っている暇があるのかな」


「アズ、後ろーー!」


 リリムの悲鳴に近い声に促され、アズは背後を振り向いた。


 そこにいたのは、


「さあ、それを消さないと子供が死ぬぞ」


 見た事もないほど大きくて、はっきりとした、


「シャドウと同じだと思わない方がいい」


 翼を生やした大きな、影。


「まさか、ファントム……?」


 シャドウよりも濃く太い腕の中には、泣きじゃくる小さな女の子。


「ご名答。それはシャドウを統率することができる、知能のある中級シャドウ。せいぜい頑張るんだな」


 くすくすと笑うラフィエルが右手の人差し指を立ててくるん、と一捻りしたのを合図に、ファントムが鋭く尖った爪の生えた手をアズの顔目がけて突き出してきた。





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