26 ダンス・レッスン‐②
挿絵を描こうと日々奮闘中……。
なので若干更新遅めです、ごめんなさいっ>△<;
「いつになく機嫌がいいじゃない?何かいいことあったの?」
指令室の窓に寄りかかっていた所に、資料を持ったアリスが近づいてきた。視線をずらせば、柔らかく微笑んでいるアリスと目が合う。なんとなく照れくさくてゼノも笑った。
「子供を持つ父親の気持ちになってな。つい和んでた」
怪訝な顔をしたアリスを促すように指先で窓の外を示す。資料をデスクの上に置いて窓の外を覗き込み――理解したように小さく微笑んだ。
「アズとクラウスね。パートナー役で彼と組ませたなんて聞いた時は、何を考えているのかと思ったけれど」
「ま、狙い通りに事が進んで結果オーライだ」
ここの窓から2階の窓を見下ろせば、そこはアズとクラウスがダンスの練習をしている多目的室が見える。2人が手を取り合い、アズのぎこちない動作に合わせてクラウスがステップを踏んでいる様子が窺えて、ゼノはまた満足したように頬を緩ませる。
「一体何の意図があって組ませたの?」
「クラウスはまだまだ世界を知らない。人に合わせることも、人を気遣う事もできない子供そのもの。……といっても、誰だってあんな環境で育てば人らしい感情なんて芽生えるわけがない。だからこそ、普通の環境で育ってきたアズと一緒にいさせることで人という生き物を学ばせる。そういう狙いだ」
「……そうね。彼に今一番必要なものは普通の人間だものね。そういう意味では喜怒哀楽の表情豊かな彼女と一緒に行動させる事が一番の薬になると思うわ」
「だろ?……この調子で人間らしい感情も豊かになってくれると嬉しいんだけどな」
「いつまでも無表情、仏頂面じゃ、せっかくの顔も台無しだものね」
くすくすと笑ってアリス。
「負の感情はすぐ表に出すのにな……。いつまでもあんな顔をしていたら寄り付くもんも寄り付かない。ジークとウィルは理解してくれているけど、クラウスを恐れて近寄りがたいっていう職員も少なくない。……ま、アズに合わせて踊れてるってことは少なからずは前進したってことなんだろ。良いことだ」
「そうね」
微笑みながら2人並んで、窓からステップを踏む少年少女を見下ろす。
昨日の夜、ハンナが困り顔で自分に会いに来たときはどうなるかと心配になったが、翌日の今日、アズもクラウスもスッキリしたような顔で朝から練習を再開したらしい。昨日の夜に何かあったのだろう。どちらにせよ、いい方に事が進んでいるのは確かだ。もう少し2人を一緒にさせて経過を見て行こう。
「ところでゼノ」
「ん?」
ほくほくとした気持ちで笑顔のまま振り向くと、ゼノとは対照的に見える笑顔に変わっていたアリスがにっこりと。
「いつになったらこの間の報告書を作成してくれるのかしら?朝から全然進んでいないようだけれど、いつまで待たせる気?お昼まで?」
「す……すんません、今すぐやります」
しっかり者の副団長を持つのはキツい。
**
「なんか、急に仲良くなってね?あの2人」
ハンナの指導のもと、クラウスと手を取り合って踊るアズを遠巻きに眺めていると、隣で一緒に座っていたジークがボソリと呟いた。傍から見れば仲良くとは見て取れない光景だが、それでもクラウスの事を誰よりも知っているジークから見ればそういう風に見えるのだろう。
「何?ヤキモチ?」
意地悪くそんな質問を投げかけてみれば、案の定。
「そんなんじゃねえよ。昨日あんなんだったから驚いただけだし」
「ふうん」
まあそういうことにしておいてあげようか。一応年上だし。
「あいつが人に合わせて踊ってること初めて見た。ウィルは?」
「俺も。っていうかあんな顔してるクラウスこそ見たことないけど」
「だよな~。雪でも降るとか?」
「雲の上なのに?」
「じゃあ明日世界が滅ぶとか?」
「アズがいる意味ないじゃん」
「ははっ。確かに!」
「そこ笑うとこ?」
そんなふうに外野2人は他愛ない話を続ける中、ステップを踏むアズの顔は真剣そのもの。そんなアズに何か言葉を囁くクラウス。ここからだと聞き取れないがジークにはしっかりと聞こえていたようで。
「うわ。あれ絶対クラウスじゃねえ……別人だ」
「なんて言ってた?」
「“そこからターンだ。間違っても足は踏むなよ?”って」
「……そこまで変わってないんじゃない?いつもと一緒だと思うけど」
「わかってねえな。注目すべきは前者だ。あいつが次の流れを相手に教えるって所が重要ポイントなんだよ!今まで一緒に任務に行って“こうしろ、ああしろ”なんて指図受けた事あるか?」
「……そういえばないね。いっつも1人で突っ走ってくタイプだし」
「だろ?そう考えるとなんか恐ろしくて鳥肌立っちまって……!」
「犬なのに?」
「犬じゃねえ!俺は狼――――って、ちっがう!俺は人間だ、に・ん・げ・ん!!」
「あ、あのう……」
牙を剥きだして怒鳴るジークを「はいはい」と宥めているところにハンナの遠慮がちな声。2人してそちらを見て見れば、顔に影が落ちるくらいに冷たい顔をしたクラウスと目が合う。
「うるさい邪魔だ。今すぐ出ていけ」
「ひっ……!す、すんません!」
「ほら。ジークが大きな声で騒ぐから」
「他人事っ……!元はと言えばお前のせいだろ!?」
「はいはいごめんね。ほら行くよ?」
これ以上ジークを構っては更に怒られること間違いなし。とりあえず不満そうな顔のジークの襟首を引っ掴んで、苦笑しているアズとハンナに「ごめんね」と手を振って多目的室を後にした。
**
「はい、ここまで。一旦休憩しましょう」
「ふう~……」
ハンナの手を叩く音を合図にクラウスの手を離し、額の汗をぬぐって一息。時計を見上げれば昼近くの11時30分だった。途中途中で10分の休憩を取りつつ朝の8時から練習を始めたので、だいぶクラウスの動きに慣れてきた。ウィルとは違った癖のようなものがあるので合わせるのに苦労したが、それは最初だけ。慣れてくればとても面白かった。
「手汗かいちゃった。ごめんね」
「謝る事か?動き回っていれば汗くらい普通の事だろう」
「まあ、そうだけど……」
きょとんとされて、アズはフェイスタオルで顔の汗をぬぐうクラウスの横顔をじっと見つめる。
確かに手を取り合って踊っていれば汗をかくのは普通の事だけど……。でも、やっぱり気持ち悪いかな?程度の気持ちで聞いておかないと安心できないし、内心「手汗気持ち悪い……」なんて思われていれば嫌だ。まあ、社交辞令みたいなものだけど。
クラウスは、そういう感情というか常識というかがどうにも抜けているように思える。それとも社交辞令を知らないだけなのか。
「今から10分の休憩をしてもお昼近いですし、このままご飯を食べて午後から再開しましょうか」
「うん。今からってのも中途半端だしね」
ハンナの言葉に頷いて肯定してみせ、お昼を食べるにはまだちょっと早いのでヴェールにでも会いに行こうかと考える。そういえば昨日も会ってないし、そろそろ会いに行かないと怒られる可能性大だ。リリムも一緒にいるはずだし、やっぱり会いに行こう。
「あたし、ヴェールに会いに行ってくるよ」
「解りました。じゃあ、私は一旦部屋に戻ります。……クラウス君はどうします?」
「上に行ってくる」
ハンナの問いに無表情で答えるクラウス。アズは天井を見上げて「上?」と呟いた。
「ガーデンの最上階には大きな温室があるんです。温かい気候でしか育たない綺麗な植物がいっぱいあるんですよ。とても綺麗な場所だから、セピアノスが度々羽を休めに訪れたりもするので、その名前に肖って“セピア・ガーデン”という名前になったと言われています」
「えっ!?そうだったの?……通りで名前が似てると思った」
「ふふ。私も温室で一度だけセピアノスを見たことがあるんです」
「へえ~!セピアノス、綺麗だったでしょ?」
「とっても!今でも鮮明に思い出せます。夜だったので輪郭はおぼろげですけど、あの美しさといったら忘れられません」
うっとりとしたような顔でハンナが溜息をつく。そうでしょうとも。夢の中で会えることが出来るアズですら、会う度に見惚れてしまうのだから。
神竜と敬うハンナたちからすれば、アズが見るよりも神々しく見えるに違いない。
「それで、クラウスは温室に何しに行くの?植物を眺めてリフレッシュするとか?」
「植物を眺めて何が癒されるのかは理解できないが……温室にいるヴィエラに会いに行くんだ」
「びえら?」
首をかしげてみると、クラウスの無表情がほんの少しだけ緩る。
「会いにいけば解る。……来るか?」
「うん、行く!」
温室もまだ行った事がないし、クラウスが会いに行くほどの人であるヴィエラという存在も気になる。ヴェールに会うのはそのあとでいいやと適当に考えつつ(酷い)、アズは部屋に帰ると言ったハンナに手を振って、先導するように先を歩き出したクラウスの後に付いて行った。
温室はガーデンの職員でも入れないような特別な場所らしく、クリスタルマスターでさえも団長であるゼノの許しを貰わなければ簡単には入る事ができない特殊フロアだった。よくよく考えればセピアノスが羽を休めにくるような場所なのだ。そうそう人が立ち入れるような場所であれば休まるものも休まらない。アズは納得した。
そして、なぜかアズは一発で団長のお許しをもらって温室へ続く階段をクラウスと共に上っているのだった。
「あたしなんかが入っていいのかな?」
少々不安になって前を歩くクラウスに尋ねてみれば、
「別に問題ないだろう。むしろ飼育室にいないんだからこっちに来る羽目になる」
と、よく解らない答えが返ってきた。
「着いた。ここが温室だ」
「……え。……ええぇぇ、なにこれ広っ!」
圧巻。まさにそれだった。
セピア・ガーデンの最上階であれば当然の広さだが、やはりスケールが大きい。いや大きすぎる。
温室ときいて小さなビニールハウスを連想してしまうアズの思考はどうでもいいとしても、広い。広すぎるぞ温室。体育館何個分だろうか?考えれば、セピアノスが入れるくらいなのだからこのくらいの広さがないと入れるわけがない。
壁も天井もすべてガラス張りで、温室の中はジャングルのように南国の木々が所せましと密生している。ジャングルのように、というかもはやジャングルだ。それでもハイビスカスのような綺麗な花もたくさん生えており、芝も木々の葉もきちんと手入れされているのでとても見栄えがいい。
「迷いそう……」
「室内だぞ?止めてくれ」
クラウスには冗談が通じないらしい。すごい迷惑そうな目で見られてしまった。
階段から真っ直ぐに伸びているレンガ畳の道の先には大きな噴水が見える。ガーデンの外にある噴水と同じもののようだ。その噴水から細い水の通り道が四方に伸び、小川のように流れている。水のせせらぎの音がなんと心地よいことか。立っているだけで心が癒されていく。
太陽の光もサンサンと室内に降り注ぎ、とても暖かい。植物の伸びがいいわけだ。
「こっちだ」
クラウスの声に我に返り、惚けていた口を閉じて急いで後に続く。その間にも辺りを見回して「すごーい」とか「ひろーい」とかはしゃいでしまう。見覚えのある植物があったり見たことのない変な植物があったりと興奮が冷めない。
ようやく噴水近くまで歩いてきたところでクラウスの歩く速度が落ちる。小走りでクラウスの横に並び、目の前に現れた生き物を視界に入れた瞬間、息をするのを忘れてしまった。
「ヴィエラだ」
そうクラウスが指し示す先にいたのは、とても綺麗な純白の竜――ホワイトドラゴンだった。人間だとばかり思っていたアズは目を瞬いて凝視した。
太陽の光を反射して輝く純白の鱗に、ヴェールの眼よりもずっと青く澄んだサファイアのような綺麗な眼。
しなやかで、なめらかな無駄のない完璧な体。透き通るような膜が張る大きな蝙蝠状の翼。
どれをとっても完璧と言わざる負えない程の美しい竜が、目の前でアズを見つめていた。
『初めまして。貴女がアズね?』
「は、はいっ!アズと言います!」
優しく落ち着いた女性の声――ヴィエラの念話につい恐縮して上擦った声で自己紹介をすると、クラウスに怪訝な顔をされる。
「何をそんなに固くなるんだ?」
「何って……だってすっごく綺麗なんだもん!しかもホワイトドラゴンじゃん!希少種っていう珍しい竜だってウィードが言ってたよ!?」
『あら、どうもありがとう』
ふふ、と目を細めて笑うヴィエラに、興奮気味のアズは傍に寄ってみた。
「あ、あの。鱗触ってみてもいいですか?」
『どうぞ』
ドキドキしつつ、そっと純白の鱗に触れてみる。ひんやりとした冷たさと、予想外の鱗の質感にアズは驚いて声を上げた。
「や、柔らかっ!しかもすべすべ~!すっごく気持ちいい!」
『……』
はしゃぐアズの顔をじっと見つめるヴィエラの視線に気づき、はっとして手を引っ込めた。
「あ、ごめんなさいっ。無遠慮でしたね……」
『そんな事ないわ。貴女のような反応をしてくれる人をとても久しぶりに見たものだから、驚いてしまっただけ。――ありがとう、嬉しいわ』
「えへへ……」
つい照れ笑いを浮かべて頬を掻くと、ヴィエラは目を細めたまま首を傾げる。
『貴女の事は聞いていたわ。私もセイレーンにお目に掛かれてすごく嬉しい。これからもクラウスをよろしくね、救世主さん』
「あ、いえ。こちらこそよろしく……って、あれ?誰からあたしの事聞いて……」
『ふん』
聞いた瞬間、耳元で盛大な鼻息がかかってきて「ひいっ!!」なんて可愛さのカケラもない悲鳴を上げて肩をすくめて耳を押さえた。
『俺に会いに来ないくせにヴィエラには会いにくるんだね。この浮気者』
「ヴェール!?浮気者ってそんな……ねえ、拗ねないでよぉ」
『ぷん』
目の前の視界が揺らぎ、竜型のヴェールが姿を現した。つんとそっぽを向いたままこちらを見向きもしない。
「ヴェールってばヤキモチ妬いて拗ねちゃったのよ~」
ヴェールの頭に乗っていたリリムがふわりと浮きあがり、アズの方へと飛んできた。
「リリム!やっぱり一緒にいたんだね」
「うん!」
顔に抱きついてきたリリムに頬ずりして、今だにそっぽを向いたままのヴェールに近寄って背中を撫でた。
「ごめんってば。昨日は色々忙しかったし、ヴェールから会いに来てくれるかな~?なんて思ってたから。でも今日は会いに行く予定だったんだよ」
『……本当に?』
じろりと上から睨むヴェールに「ほんとほんと」と頷く。
「ここにいるって知らなかったの。でもクラウスについて来てよかった。どうして温室にいるの?」
『ここにいればジロジロ見られなくて済むから。飼育室にいると息が詰まりそう』
「なの~」
「……あっ。そういうことか」
ようやく合点がいく。手を叩いて理解したアズを見て、クラウスも頷いて「そういうことだ」と肯定する。
「ここは人の目に触れさせたくない、又は触れさせられないような竜を匿う場所でもある。ホワイトドラゴンであるヴィエラはどうしても人の脚光を浴びてしまう。一目見ようと観光客まで押し寄せてきた事もあった。俺はそんな連中から遠ざけたくて、師匠に頼み込んでここに匿わせてもらってる」
『ちなみに、あっちのボイラー室にはジンもいるから』
「ボイラー室に?」
ジンと言えば、ゼノのパートナーであるアブノーマル種――バーニングドラゴンの事だ。
『バーニングドラゴンの体温は80℃近いの。鱗からは常に熱気が溢れているし、火炎袋と呼ばれる臓器から発せられる熱も、口や鼻を通って呼吸と一緒に吐き出されるからとにかく熱いのよ』
「その熱を利用してガーデンの風呂の水を沸かしたりしている。師匠曰くピュアクリスタルの省エネらしい」
「経済的だね」
顎に手を当てふむ、と頷く。アブノーマル種と言われるだけあり、滅多な事では人に懐かないバーニングドラゴンであるジン。しかもウィードの話によれば、彼らは熱い火山地帯に生息できる唯一の竜族らしい。人も立ち入ることが出来ない場所であるが故に、こういう人間の世界では珍獣扱いされてしまうのだとか。
そんなバーニングドラゴンをパートナーにしているゼノはやはり只者ではない。是非とも2人の出会ったときの話を聞かせてほしい。――そんな事を考え、アズはヴェールを撫でる手を止めた。
「これからは飼育室じゃなくてここに来れば会えるんだね?」
『人が多い時とかね。……飼育室で見世物になるのも嫌だし、1人ってのもつまんないし。まあ、ヴィエラとジンの話し相手にもならなきゃいけないし?』
「別にお前に居てもらわなくても結構だが」
『お前の意見なんか聞いてないし』
剣呑な雰囲気を醸し出し、火花を散らしながらお互いを睨み合う1人と一頭を呆れながら遠巻きに観察。
どうしてこう短気なんだか。
『もう、クラウスったら』
溜息混じりにヴィエラ。アズは苦笑して傍に寄った。
「クラウスはヴェールの事が嫌いみたいだね」
『うーん……嫌い、というにはちょっと違う気もするけど。でも言葉を選ばないと相手を不快にさせてしまう事は確かだわ。きちんと教えてあげないと』
「教えて素直に頷くかなあ。ヴェールもヴェールでクラウスにはすぐケンカ売っちゃうし」
『大丈夫よ。誰だって善悪の区別がつかない時もあるわ。彼は知らないだけ』
「……?」
意味深なヴィエラの言葉に首を傾げると、温室内に12時を告げる音楽が控えめに流れ始める。ヴィエラも天井を見上げた。
『もう時間ね。また会いに来てくれる?もっとお話がしたいわ』
「喜んで!クラウスと一緒に来るよ」
『げっ!コイツとなんか来なくていいし!!』
「……」
「お腹減ったの~」
不機嫌そうに下からヴェールを睨みあげるクラウスの腕を引っ張り、アズはとりあえず昼食を取るべく会談へと向かった。
ケンカなんか後で好きなだけでしてくれ。