1 夢
風を切る音が妙に鮮明で、一瞬夢か現実がわからなくなる。
けれど、ぼんやりとした視界が次第に晴れてきて、目の前に広がる真っ青な空を見上げるたびに、これはいつもの夢だ、と理解する。
いつもいつも、この壮大な空の景色から夢は始まる。
鳥の翼によく似た、けれどどことなく違って見える不思議な翼を風に乗せ、アズの跨っている生き物はゆっくりと飛行している。ここからだと顔は見えない。いつも見えないのだった。
遠くを見渡せば地平線が見える。それは、この下に海が広がっているということ。そして、空に浮かんでいる大小さまざまの形をした物体がいくつも浮かび、神殿のような、町のような物が建っていることがわかる。
夢なのに細かくよくできているな、と我ながら思ってしまう。
アズの跨っている生き物の首がふいにもたげられ、顔をあげて高く鳴いた。
くおおぉぉぉぉぉ……ん
いくつもの音が重なり合ったような綺麗な鳴き声は、この夢が終わる合図。この生き物が鳴くとき、アズはいつも夢から目覚める。
その時だった。
――もうすぐだよ。
「え?」
いつもとの違う展開に驚く。思わず聞き返すと、少年のような声がもう一度囁く。
もうすぐ会えるよ。
遠のく意識の中、アズは生き物に向かって手を伸ばす。
待って、行かないで……待って……
「待って!」
「きゃあっ!」
がばりと起き上がると、自分の叫んだ声とは別の声の主が驚いて仰け反った。
「……あれ?」
上半身を起こして手を伸ばしたまま数秒。
如月アズは放心したように呟いた。
「……あれ?じゃないっ!!」
言われて初めてその人物に気づき、アズは伸ばしていた手を頭に持ってきてぽりぽりと掻いた。
「びっくりさせないでよお姉ちゃん!あーもうホントに心臓に悪い……」
「ごめんねユズ。あたし夢見てたみたい」
あはは、と寝ぼけ眼のまま笑うと、妹のユズは眉をひそめた。
「またぁ?あのよくわからない生き物に乗って空飛んでる夢?」
「うん。……あれ?でもなんか今日のはいつものと違ってたような……うーん、なんだったかなぁ……」
腕を組んでふうむと考える。
なんかいつもと違ってたのに、いざ起きて思い出そうとするともやもやしていて全然思い出せない。そもそもなんで「待って」なんだっけ?なんで手伸ばしてたんだっけ?
「……うーん」
「考え事してる最中で悪いんだけどさ、あたしの格好見てなんか思うことない?」
「うーん?」
言われてユズを見ると、言わずと知れたセーラー服姿。アズとユズの通う東高校の制服だ。
結構レベルの高い高校で知られているけど、制服が可愛いからという理由で県外からも受験を希望する中学生が多いくらい人気で……って。
制服?
「っああーーーーーーーーっ!!」
ベッドの布団を勢いよく剥いで、アズはあらん限りの声で叫んだ。
「やっと気がついたよ……ホントに運動できる以外は抜けてるんだから」
「悠長なこと言ってないで手伝って!……せ、せ、制服どこっ」
「クローゼットでしょ?その前にパジャマ脱いで。しっかりしてよホントにもう」
どたばたと部屋の中を走り回る姉に呆れて溜息をつき、ユズは腕をまくって姉のパジャマをひっぺがしにかかった。