表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリスタル・クロニクル  作者: 氷柱
25/48

22 覇者の目覚め

 ふと気がつくと、アズは暖かいもふもふとしたものに背中を預けてぼうっと足元を見ていた。


 霧が晴れていくように頭の中がクリアになるにつれ、ここは自分の夢の中だと理解する。目を数回瞬きさせ、自分が寄り添っているもふもふした体の持ち主を見上げた。


「意識が戻ったようですね。怠くはないですか?」


 首をゆっくりと下げてきて、気遣わしげにセピアノスが問う。


「大丈夫。怠くないよ」


「そうですか」


 真っ白な体毛に顔を摺り寄せて答えると、セピアノスは安心したように目を細めてグルグルと喉を鳴らせた。夢の中だというのに、この温もりも包まれるような安心感もすべて本物のようによくできている。アズは目を細めて全体重をセピアノスに預けて再び目を閉じる。


「……どうしてクリスタルの力を使う度に気絶しちゃうのかな?あたしが弱いせい?」


 呟くような小さな声で尋ねると、聞き取れたのか、それとも声など出さずとも感じているのか、セピアノスが静かに答える。


「決して貴女が弱いせいではありません。心のクリスタルは本来外気には触れぬ物……体の外に出すべきものではないのです。何故なら、クリスタルは人の心そのもの、その人の精神であり、その人の弱点でもあるから。クリスタルを破壊されるということは、その人の心の死を意味します。そんな大切な物を体外へ抽出し、あまつさえ武器化して戦うなど本来なら許されない行為です。体の中にあるべきものを抽出させるだけでも体力を消耗させるというのに、武器として扱いぶつけ合う事で心にもダメージを与える――その蓄積されたものが、今反動として貴女に返ってきているだけの事」


「……」


「貴女の脳は、心が受けた負担から貴女の体を守るために強制睡眠を促します。だから具現化を解いてしまうと体が怠くなって自己防衛機能が作動して深い眠りにつくのです。貴女自身がクリスタルの扱い方を学んでいけば、自ずと心の負担も軽減できて強制的な眠りにつくこともなくなるでしょう」


「学ぶ……勉強?」


 思わず顔をしかめてセピアノスを振り仰ぐと、「そうですね」と笑われた。


「もちろん貴女が思っているような、机にかじりついて文字を書き綴る勉強とは違います。己の心の在り方を学ぶ人は、それぞれ自分のやり方で、自分のスタイルでクリスタルを追及していくもの。貴女の周りには、貴女を支えてくれる人々が何人もいるのです、参考までにアドバイスをもらったらどうですか?」


「アドバイス……うん、いいかもしれない」


 セピアノスの提案に頷き、よくよく考えてからもう一度、今度は笑顔で頷いた。


「どんな生き物も、親から子へ、経験者から初心者へ教えていくもの。1人で思いつめるよりも、素直に他人を頼ってみるのも一つの手ですよ」


「うん!」


 自分のクリスタルの事は自分自身にしか解らない。その事実は変わらないが、少しでも何かヒントになるなら、少しでもクリスタルの事が解るならと思った。


 頼れる先輩はたくさんいる。助言してくれる先生もたくさんいる。


 自分の道が見えたような気がして嬉しくなり、アズの胸がじんわりと暖かくなった。


「……あっ!いっけない、いつまでも寝てらんないんだった!」


「?」


 安堵したとたんにロックドラゴンの親子の事を思い出し、アズは飛び起きてセピアノスに向き直った。


「あたし早く起きて確認しないといけないことがあるんだよ!起きるにはどうすればいい?」


「そんなに慌てなくても、じきに目が覚めます」


 くすくすと笑われるがアズは首をぶんぶんと振った。必死に抗議する。


「本当に、ほんとーに起きたいの!お願いセピアノス、今すぐ――」


 




 アズを見下ろすセピアノスの様子が急変し、アズは驚いて言葉を切った。目を見開き、何かを凝視しているセピアノスにつられてアズも自分の背後を振り返った。


「――アズ、いけないっ!」


 制止の声が聞こえる前にアズの視界が突然真っ暗になり、驚く間も与えずに首にとてつもなく冷たい物が巻きつく。


「――っあ」


「アズ!」


 首を絞められている、と理解するまで、3秒ほどかかった。


 冷たくて柔らかいのに、焼けるように熱くてギリギリと首を絞めてくる闇のような影の中に、血のように赤く光る2つの光を見つけた。一切の容赦なしで締め上げてくる影のような手の間に自分の指を入れて必死に気道を確保しようともがくが、指が影をすり抜けてまったく意味がなかった。


 アズの意識が遠のく。


「何故ここにっ……!アズを離しなさい、ブレイオス!!」


 自身も黒い影に絡め捕られる中、悶えながらセピアノスが悲鳴に近い甲高い声で叫んだ。




 ぶ……れ、い……おす?




 どこかで聞いたことのあるような響きだなと、酸素の足りなくなった頭でそんなことを思った。







**







「むにゃ……」


 ベッドの中で深い眠りについているアズの枕元。ふかふかの布団の心地よさに魅了されて幸せな眠りについていたリリムが起きたのは、開け放された窓から冷たい風が入ってきたからである。


「寒いのよ……窓閉めるのよ……」


 ふにゃふにゃと夢見心地の頭のままふらふらと飛び上がり、窓に近づこうと手を伸ばした瞬間、


「――!?」


 ただならない気配に一瞬にして目が覚め、リリムは光を放って後ろへ身を引いた。


 ずるっ……ずる……


 凍えるような冷気を引きつれて窓から黒い影が這い出し、ベッドの上にべしゃりと落ちる。その黒い影から黒い霧のような、靄のような物が吐き出され、病室内をゆっくりと包んでいく。


「しゃ……どう?」


 ――じゃない。もっと冷たくて、もっと憎しみに満ち満ちているモノ。


 これは、なに――?


「う……」


「――アズ!」


 アズの小さな声にリリムは我に返る。見れば、その冷たく凍えるような影がアズの首を締め上げている。意識を失っているアズはそれでも懸命に抗っているが、指は虚しくも影を掴みとれない。実体がないのだ。


「あ、アズを離せこのー!!」


 決死の覚悟で体当たりを試みるが、妖精のリリムでも影を素通りして壁に激突してしまった。結構痛々しい音を立ててベッドと壁の隙間に落ちて意識を失いそうになる。


「ひぅ……死んじゃう、アズが死んじゃうよぅ……」


 頭を押さえてベッドの下から這い出し、小さな妖精は泣きながら飛び上がった。ベッドの上のアズは足をばたつかせて掠れた声を上げている。このままでは本当に死んでしまう。


 自分では何もできないと理解したリリムはドアの前まで飛んでいき、どんどんと力強く叩いて大きな声で叫んだ。


「誰か助けてっ!アズが殺されるーっ!!」


 小さな両腕を振り上げて何度も何度も叩くが、人の近づいてくる気配を感じない。


 こんな時にヴェールがいてくれたら……と、ここにいないヴェールにすがりつく。彼は今、指令室なるところでセピア・ガーデンの偉い人と話をしているはずなのだ。危険を察知してもくすぐに飛んでこれるはずがない。むしろそれまでアズが持つかわからない。


 ロックドラゴンの時だって、リリムがもっと早く村人に知らせていれば逃げ遅れる人や怪我人なんていなかった。


 リリムが子供ドラゴンを庇って助けてあげれば、あんな惨事は起きなかった。


「何もできないなんて、もう嫌……嫌なの」




 どうにかできる立場にいるのに、度胸がなくて何も出来なかった自分。




 もう、後悔はしたくなかった。




 自分よりも遥かに大きいスライドドアの取っ手を掴み、


「――ぅうおおおぉぉりゃあああぁぁぁぁーーーーっ!!」


 気合の叫び声を上げて腹に力を込め、渾身の力で自分の体重の何十倍もあるドアを横に引っ張った。開いた後にゆっくりと閉まっていくタイプのドアだったことが幸いして、15センチくらい開いた隙間が閉まる前にどうにか病室から出ることが出来た。すぐさま廊下を見渡して人影を探すと、こちらに歩いてくる人影が見えた。


 姿を見られたら困るなどと怖気づいている暇などない。リリムはその人影にすっ飛んで行くと、相手の顔の前でなりふり構わず叫んだ。


「アズが影に殺されるの!お願い助けて!!」


「――影だと!?」


 リリムの放つ光に照らされた金色の髪の男の人はその一言で血相を変え、リリムの横をすり抜けてアズの病室を開けた。


「アズー!」


 男の人と一緒に病室の中を見ると、形のなかった黒い影が人型になっており、アズに跨って首を締め上げていた光景に思わずリリムが叫ぶ。赤い眼のような光に憎しみの色を湛え、アズの顔を覗き込むように近づけて黒い霧を吐き続けている。


「――破壊の大剣(ラグナロク)!」


 男の人が胸に手を当ててそう叫ぶと、胸から輝く光を溢れさせながらとても大きな剣を出した。切っ先を影に向けて構えると、クリスタルの放つ光に気を取られてこちらをむいた影に向かって凄い速さで突き出した。


 リリムにとっては一瞬で起こったその出来事は、起こった時と同じく一瞬で終わった。


 悲鳴も上げずに影は消え失せ、残った剣は影を突き刺した位置で深々と壁に突き刺さっている。


 とても倒したとは思えない消え方に半信半疑のリリムだったが、首を絞めていた影が消えたことによって解放されたアズが激しく咳き込みながら跳ね起きたので慌てて飛んで行った。


「ぶはあっ!げほっ……げほっ!げほっ!」


「アズゥー!!」


 むせ返るアズに抱き着き、リリムは泣きじゃくってアズの胸元に顔を埋めた。


「りり、む。けほっ……あれ、あたし……」


「アズ……アズ……」


 ひゅうひゅうと掠れる呼吸を繰り返すアズは、苦しそうにしながらもリリムの頭を撫でてくれた。


「なんか首絞められてた夢を見て……死ぬかと思った」


「夢じゃない」


「……え、クラウス!?」


 驚いたように仰け反るアズは、そこでまた苦しそうに咳いた。


「無理しちゃ駄目なの」


「ありがと……」


 頬を撫でるとアズは優しく笑った。


「夢じゃないってどういうこと?……あたし、確か夢の中でセピアノスと話してて……突然真っ黒な影が現れて」


「現実世界でも影は現れたのよ。そいつが窓から這い出してきて、アズの首を……」


「夢と現実に……って」


 目を伏せたアズに元気づけるように笑いかけ、リリムは立っている男の人を振り返った。


「この人が追い払ってくれたの!」


 ふわりとアズの肩から飛び上がり男の人の顔の横にくると、なんだか怪訝な顔をされた。


「……クラウス、ありがとう」


「ああ。……それより、これは何だ?虫の類か?」


「むっ!?」


「人の姿に似ていて、尚且つ言葉を話す虫なんて聞いたことがない」


「……クラウス、まさか妖精を知らないの?」


 アズが呆れたようにそう言ったが、リリムはあまりのショックにぷるぷると戦慄くだけで声が出なかった。


 クラウスはしばらく横目でリリムを見つめていたが「まあいい」と視線を逸らしてアズを見下ろした。言いだしたのは自分のくせに、話を中断させるのはどうかと思った。


「今は眠れ。無理やり覚醒させられたせいで体に後遺症が残る恐れがある」


「え、でも……」


「いいから」


 渋るアズを言い聞かせ、クラウスはアズの肩を掴んで強引にベッドに寝かせる。困惑顔のアズの胸元に手をそっと宛がえ、目を細めて呟いた。


「夢も見ないほどの深い眠りだ。すぐ楽になる」


 言い終わる前に宛がっているクラウスの指先が淡く輝きだし、アズは驚いたように目を見開いたが、あっという間に眠ってしまった。強張っていたアズの体からすっと力が抜けていくのが解る。


「何をしたの?」


 アズの枕元に下りて聞いてみると、クラウスは椅子に腰を下ろして答えてくれた。


「心のクリスタルに語りかけて眠らせただけだ。本来の使い方とは程遠いが……役に立つから重宝している」


「ふうん。クラウスってすごいのね」


「別に凄くない」


 褒めたつもりなのだが、当の本人は至って無表情だった。声もなんとなく抑揚がない。平坦と言うか淡々としているというか……いまいち感情を掴めない人だった。


「ねえねえ、さっきの影……なんだと思う?」


 アズの枕元からサイドテーブルへ移り、置かれていた本の上に座ってリリムは尋ねてみた。


 どうやら先ほどの影がまた現れないように見張ってくれるらしいクラウスは足と腕を組んで、窓から差し込んでくる優しい月の光を見つめたまま、答える。


挿絵(By みてみん)


「シャドウではないな。気配も濃度もそんなレベルではないと思える。……もっと邪悪で、もっとおぞましい――久しぶりに恐怖というものを感じた」


「うん……リリムも、すっごく怖かったのよ。あんなに怖いモノ、初めて感じたの。だから普通のシャドウじゃないって思ったんだけど……だったら、一体なんなの?」


「シャドウにも階級がある。生み出す人の負の感情の大きさに呼応して奴らは力を蓄積し、体も能力も大幅に強化される。最下級のシャドウにない知能も芽生えるし、自我が発生することもある。知能があれば最下級のシャドウも統率され、厄介なことこの上ない。今の所俺たちが確認しているのは、最下級のシャドウを統率することのできる中級の影――ファントム。知能があり、媒体の想いに忠実でそのために駒であるシャドウを効率よく動かしてくる。……だが、あの影はファントムなんかじゃない」


 もっと悪意に満ちているモノ。


 クラウスの言いたい事が解り、リリムは項垂れた。


「どちらにせよ、影である事には変わりない。影である限りクリスタルには弱いはずだ。意図的にアズを狙ってきたとすれば、やはり狙いはセピアノスか、アズの死か……」


「どっちにしても、絶対そんなことさせないんだから!アズもセピアノスもこの世界の希望!どっちもリリムが守るのよ!」


「……頼もしい限りだ」


 たっぷりの間を置いて無表情で言われ、絶対に頼りにされないとリリムは確信した。







**







 一方、その頃4階の指令室では……。


「……ねえ、彼大丈夫かしら?」


「……大丈夫、なんじゃないか?」


「明らかに大丈夫そうには見えねっすけど」


「異常でしたものね……ヴェール」


 指令室内、今だ職務に就く黒制服のアドバイザーたちがちらちらと気にする中、ゼノ、アリス、ジーク、ハンナの4人が円形テーブルの一角で腰を折ってそんな事を話し合っていた。彼らが囲って見つめているのはセブンスドラゴンのヴェールで、先ほどはもがき苦しむように暴れていたのだが、突然床に倒れ眠ってしまったようなのだ。


 あまりにも奇怪な行動にその場の全員が唖然としてしまい、黒制服の職員たちは24時間体制の仕事をほっぽり出すこともできずに気になって仕方ない状況が続いていた。他人事のように話すゼノ団長らの会話の内容でさえ気になる。物凄く気になる。


「最初は首を絞められたように苦しんでいたのに、今度は眠るだなんて……もしかして、シンクロしてるアズに何かあったんじゃないかしら?」


「その可能性はデカいな……ジーク、様子を見に行ってくれ」


「了解っす」


「あ、私も行きます!」


 敬礼で応えたジークに続き、ハンナも部屋から出ていく。


 残された団長、副団長の両名はそのままの体勢でしばらくいたが、アリスの方が溜息をついて体を戻した。円形テーブルに寄りかかり、置かれていたコーヒーカップを手に取る。


「途中までだけど、だいたいの状況は理解できたわ。まさかノワールが絡んでいただなんて」


「しかも特にこれといったまともな理由もない、最低最悪な行為のせいでな。……あんなにロクでもない奴だとは思わなかった」


「あら?少し後悔してる?」


「するか。後悔もなければ未練もない。だから本気でやり合える」


「……本当にそれでいいのね?」


「いいも何も、選んだのはあいつだ。正々堂々戦えばいい。……それだけだ」


 会話の流れで神妙な顔つきになる両名。誰の事を言っているのか、話の内容、2人の過去などを知らない職員たちは2人の話にさっぱりついていけない。だが、過去にノワールと関係を持っていたという事だけは会話の内容から伺える。


 セピア・ガーデンは、美しい庭園が広がる、清く優しげな人々の集まる至高の場所だと世間から思われているが、実はそうとは言えない。所属している人々の中には辛い過去を背負って生きてきた者たちが大勢いるのだ。幸せな家庭で生まれ、何不自由なく暮らし、たくさんの友人に囲まれて生きてきた人はこのガーデンにはいない。


 ここにいるすべての人や獣人は、何かしら過去に起こった不幸な事件をきっかけにこのセピア・ガーデンを訪れ、そして永住していった。ここにいるすべての人がそうであった。


「ま、アズが無事に帰ってきてよかったじゃないか。初めての任務にしては上出来すぎるだろ」


「そうね。ドラゴンとノワール……シャドウが出てこなかったのは不幸中の幸いね。さすがのアズでも三拍子揃ったら危なかったかもしれないもの」


「ああ。……でも、これでやっと簡単な任務は受けさせてやれる。後は少しずつ……だ」


 折っていた腰を戻してゼノも背伸びをした。ヴェールは相変わらず床の上で眠りこけたままだ。


 ――と、思った瞬間。


『ふわぅおっ!!?』


「ぅおおっ!?」


 指令室全体に響くような奇怪な大声を上げて突然起き上がったヴェールに一同騒然。特にヴェールの近くにいたゼノはつられて悲鳴を上げて後ろへ仰け反った。アリスもぎょっとしたように身を引いている。


「お、起きたのか」


 大きな声を上げたままの顔で止まっているヴェールに恐る恐る尋ねるが、本人は目を瞬きさせるだけで返事をしない。ゼノとアリスは顔を見合わせて首を傾げる。


「……おーい」


『……オス』


「雄?」


 ぼそりと呟かれた言葉を聞き取れず、ゼノは眉を寄せて「なんだって?」と顔を近づけた。


『アズんとこに来た』


「何が?」


 放心したような顔でヴェール。しかし、ますます要領を飲み込めずにこんがらがり、ゼノはヴェールの目の前に腰を下ろしてワニ顔をむんずと掴み、


「ゆっくり、落ち着いて言ってくれ」


 優しく声をかけると、今まで定まっていなかった視線がようやくゼノの目に焦点を合わせ、呟いた。






『ブレイオスが――来た』






――ガシャンッ


 アリスの持っていたコーヒーカップが床に落ち、静まり返った指令室の中に激しく響き渡る。


 中身が床にこぼれても、破片が飛び散っても、誰も見向きもしなかった。


「……冗談だろう?」


 不自然な程に静まり返った部屋の中に、ゼノの絞り出したような掠れた声が聞こえた。その場にいる全員がそう願う。どうか嘘でありますように、と。


 しかし、ヴェールはゆっくりと首を振った。


『……俺には解る。来たんだ。アズを……いや、セピアノスを、殺しに』


「……」


『シンクロして伝わってきた。ブレイオスの思念が。……あいつは今もなおこの世界を憎んでる。きっとまた来る』


「……結界は何も感知してなかったのに」


『影ですらない思念体だ。ドラゴンでもシャドウでもブレイクリスタルでもないモノが感知されるわけがない』


「待って。思念体という事は、ブレイオスも肉体を離れているというの?」


『そう。思念体――精神だけでここまで来た。セピアノスを宿したアズを探して、ね』


「…………ゼノ」


 黙り込んでしまったゼノの肩に触れ、アリスは小さく震えていた。


 アリスだけではない。今ここにいる職員の中で体が震えていない者などいない。全員が半透明なモニターから顔を逸らし、セブンスドラゴンを凝視している。




「目覚めたってのか。……混沌の覇者が」




『ああ、完全に起きちゃったみたいだね』


 溜息混じりに吐き出されたゼノの言葉に肯定するヴェールは『しかも』と付け加える。


『ムカつくことにアズに自分の“(しるし)”までご丁寧に付けていきやがった』


「しるし?」


『首絞められるような感覚の中で焼けるような痛みを感じた。痕付けられると厄介だよ。どこまでも追いかけてくるから』


「……くそ。なんで今になって起きるんだ。アズに滅ぼされるまで眠っていてくれれば良かったのにっ……」


『ノワールが起こしたのか、それともセピアノスを感じ取ったのか。……どっちにしても、ブレイオスが起きたからにはこれからが本番ってとこだね。気ぃ引き締めて行かないと世界の終りだ。面倒くさいことに』


「……勘弁してくれ」


 項垂れてくぐもって聞こえる泣きそうなゼノの声が、職員全員を不安にさせた。ルディアナ王国も認めるセピア・ガーデンの団長が初めて見せる、弱気な姿。あんなにも勇ましく雄々しかったゼノ・ブランフェールをここまで突き落す、混沌の覇者ブレイオス――。




 創造神グラン・グレイフォスにより、世界を護るために生み出された神竜セピアノスと対を成したと言われる、かつてのもう一頭の黒き神竜。

 その神ですら邪竜と成り果て、世界の破滅を誰よりも望んでいるその覇者を、誰が神竜だったと信じるだろうか。誰が崇めるだろうか。




 混沌の覇者の目覚めによって、世界は更なる混沌の渦の中に巻き込まれていく。




長ったらたらしく書き続け、ようやくここまできました……。

話の内容的にはようやく一括り、第一章終わり的な感じになります。



……こっからが本番ですよ。


ノワールやシャドウとの戦闘シーンも入れたいと思いますし、イベントもいろいろ入れていきます!新キャラ、敵キャラもモロモロ出します!


そして……全くなかった男女間のドキドキな展開とかも……書けたら……いい……な?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ