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クリスタル・クロニクル  作者: 氷柱
24/48

21 緊急任務‐③

「あ、そこ気をつけて。穴空いてるの」


「へ?――ひぇっ!?」


 かくん、と視界がぶれ、間一髪の所で木の枝を掴んで難を逃れた。「反応いいのね~」と笑うリリムに苦笑で返して、手の甲で冷や汗を拭う。



 先を飛んで案内してくれるリリムの後に続き、山を登ること数分。時折ヴェールの念話に意識を傾け、アズはゴンゴル鉱山目指して歩き続けていた。本当は走って登りたいところなのだが、戦場の女神(ヴァルキリア)を解いてから体がだるくて仕方ない。まだクリスタルの力を使うことに体が慣れていないらしく、1回の具現化が精一杯だろうとゼノに言われた事を思い出し、解かなきゃよかったと今になってから後悔する。



 もしかしたら、これからノワールと一戦あるかもしれないからだ。



「ねえ、リリム。さっきの話本当だよね?」


「むっ!妖精は人と違って嘘なんてつかないの!リリムはホントに見たんだから!」


 ムキになって怒るリリムに「ごめんごめん」と謝り、アズは眉間に皺を寄せた。



 ロックドラゴンが人里に下りてきた理由は、勘違いのせいであの子供たちを追って来たから――とリリムは言った。



 鉱山付近をふわふわと飛んでいたリリムは、そこで小さな子供のロックドラゴンと遭遇。妖精と竜はシンクロしていなくても大抵は意思疎通ができるらしく、その子供のロックドラゴンとも打ち解けて2人で一緒に遊んでいたとのこと。山から鉱山に地形が変わる場所には草木がなく、岩がせり出した岩盤地帯には鉱山の採掘場所としてロックドラゴンの開けた穴がいくつも虫食いのように空いているらしく、リリムとそのロックドラゴンは小さな蝶を追いかけて遊んでいた。


 そこに、2人の人が姿を現した。


「リリムは見たのよ!真っ赤な髪の男の人と、全身黒ずくめのフードのついたコートを着てた人の2人組!」


 真っ赤な髪の男性にフード付きの外套を着た性別不明の人の2人組と言えば、アズにとって心当たりがある。しかもまだ自分にとってはつい最近会ったばかりだ。


 ノワールのメンバー、レイズとラフィエルの2人で間違いないだろう。


「その赤髪の男の人がいきなりロックドラゴンを大きな穴の中に蹴り落として、穴の中で鳴いているその子を見ておかしそうに笑ってたの……許せない!」


 小さな拳を握りしめ、リリムは泣きそうな顔でそう言った。


 人に見えない魔法とやらで姿を消していたリリムに気づかなかったレイズは子供ドラゴンを穴の中へ蹴り落とし、そこへ運悪くやってきたあの男の子たちが子供ドラゴンの鳴き声に気づいて穴を覗き込む。そこへさらに運悪く子供ドラゴンを探していた母親ドラゴンと遭遇してしまい、男の子たちが自分の子供を穴に突き落として殺そうとした……という勘違いをしてしまい、あの惨事に発展。



 たとえ運が悪かったとしても、レイズが子供ドラゴンを蹴り落とすなんて事をしなければそもそも起こらなかった事件だ。あまりの身勝手さにアズも怒りを覚えずにはいられない。



 っていうか本気でぶん殴りたい。


「その子供のドラゴンは大丈夫なの?」


「あの子、実はまだ生まれて1年も経ってない赤ちゃんなのよ。だから穴を作る事も穴に上る事もまだできなくて……怪我はしてないけど、きっと今頃お母さんが恋しくて穴の中で泣いてるの……」


 真っ暗闇の中で1人小さくなってクウクウ鳴いている姿を想像していまい、アズは切なくなって溜息をつく。それと同時に、母親ドラゴンになんて酷いことをしてしまったんだろうと後悔がどっと押し寄せてくる。


「あたし、すっごく酷いことしちゃったよ。いくら暴れてたからって、踏んづけたり切りかかったり……子供のために必死だったお母さんに、あたし……」


「アズは何も悪くないの!そもそもの原因は、そのれいずって人だもん!お母さんドラゴンだって理由を話せばきっと分かってくれるの!」


「……うん」


 先に戻っていった母親ドラゴンは、もう子供を助け出すことができただろうか。


 アズの肩に降り立って励ますように頬を優しく撫でてくれたリリムに笑いかけ、アズは胸の前で拳を強く握りしめた。
















 しばらく登り続ける内に木々が徐々に減っていき、地面も土ではなく硬い岩盤に変わってきた。


 目の前にも大きな岩山がしっかりと目に入る。これがゴンゴル鉱山なのだろうか。


「ここ?」


 木々がなくなり、大きな穴が無数に空いている岩山を目の前にしてリリムに尋ねると、ひゅっとアズの横をすり抜けてリリムは前方を指差し、


「もうちょっと先なの!」


「あっ、リリム!待って」


 先だって飛んで行ってしまうピンク色の光を慌てて追いかける。まだレイズたちがいる確率が高い。もし鉢合わせになってしまったら、悔しいが今のアズでは戦えない。


 クリスタルを具現化できないこともないが、無理をした後どうなってしまうのかわからない。


「ヴェールとジークを待った方がいいかな……」


 不安になって立ち止り後ろを振り返るも、2人が来そうな気配がない。なんとなく心細くなって前を振り向くと、そこでリリムがいないことに気がついた。


「あ、ヤバ……見失っちゃった」


 辺りを見回すも、岩肌がせり出した山とまばらに生えている木しか見当たらず、リリムの姿が見えない。




 すっかり迷子になってしまった事実にさらに焦り、すぐ背後に人の気配が現れた事に反応が遅れてしまった。




「――!?」


 驚いて振り返ろうとしか瞬間視界が真っ暗になり、続けて両腕を後ろから掴まれて一気に身動きが取れなくなった。あまりにも唐突すぎて混乱してしまい、視界を塞いでいるものと腕を拘束しているものが人の手だと気づくのに数秒かかる。


「だーれだ?」


 とても楽しそうな男の声――どこかで聞いたことのある、軽快でいて人を馬鹿にしたようなこの話し方……。


「あれ?すぐにわかると思ったのに」


 アズの耳元に唇を寄せた男の声が不思議そうな空気を帯びる。アズの中でとうに答えは出ている。しかしそれを口に出していいのかわからないし、何より口に出したくない。


 ……というか、


「馴れ馴れしいっ!それ以上寄るなっ!」


「おっと」


 拘束されている腕を振り払い、アズは肘に力を込めて相手の鳩尾目がけて繰り出すも軽く躱されてしまった。驚きつつも後ろへ2、3歩後退し、相手と距離を取る。


「乱暴だな~。女の子はもっとおしとやかにあるべきだろ?」


「……やっぱりあんたか」


挿絵(By みてみん)


 目を引くような真っ赤な髪に、黒いヘアピンをクロスさせて前髪を留めている人の好い笑みを絶やさないこの男こそ、今回の事件の首謀者にして最低最悪のノワール――レイズ。


 距離を取りつつ睨んでいると、レイズはさも不思議そうな顔で首を傾げた。


「やっぱり?……そりゃまるで俺が何かしたような言い方じゃん。アズは何を知ってんのかな?」


「ロックドラゴンの子供にあんな酷いことしておいてとぼけないで!」


 にこにこと笑みを絶やさないレイズに苛立って声を荒げると、奴は目を見開いて瞬きをした。


「あれ?なんで知ってんの?まさか見てた?」


 悪びれた様子など微塵も見せず、おどけた態度で聞いてくるレイズ。アズは思わず拳を握りしめた。


「いや~、別にどうこうするつもりもなかったんだけどさ。なんか無邪気に遊びまわってる所見てたら、なんていうの?あんまり可愛かったもんだから無性に苛めたくなったっていうか、現実を思い知らせてやりたくなったっていうか?とにかくそんな気分になってつい蹴り落としちまった。ははっ。そしたらまあ面白いように事が進んじまって、気がついたらふもとの村までドラゴンが降りてくし村も人共もめちゃくちゃになるし!いい感じに憎しみの闇が広がると思ってたのにアズが来ちまったからそれも終わっちまったけど、まあそれなりに楽しめたからよかったけどな」


 怒りに戦慄くアズをよそにペラペラとよくしゃべるレイズは、笑ってはいるが視線はしっかりアズに固定されている。時折目を細めてはアズの反応を伺い、何も反応をしなければつまらなそうに肩をすくめるのだった。


「こっから見てたけど、あのロックドラゴンとやりあえるなんてやっぱすごいわ。さすがセイレーン、心の大きさが違うねぇ。少し寛大過ぎんじゃないの?」


「……飽きもせずよくしゃべる」


「話す事が俺の楽しみだから」


 睨みながら吐き捨てるように言ってみたが、レイズににっこりと笑って受け流された。すると頭上で衣擦れの音が聞こえた。仰ごうとした瞬間黒い塊が落ちてきてアズは思わず後ずさる。


「時間だ」


「もう?もっとアズと絡みたいのに残念だな~」


 黒い塊がむくりと立ち上がり、全身黒ずくめのラフィエルが腰に手を当ててレイズに向き直った。大きなフードを深めに被っているせいで顔半分は見えないが、顔の輪郭や口元を見るとやはり女性だということが分かる。


 口を尖らせるレイズに溜息をつきながら首を振って見せ、ラフィエルは親指を立てて背後を指差し、


「狼とセブンスドラゴンがこっちに向かってる。鉢合わせになると厄介だ。退くぞ」


「うげ」


 狼……?


 セブンスドラゴンはもちろんヴェールだが、狼というのはもしかしなくてもジークの事なのだろうか?


 黙って2人の話を聞いているとラフィエルがアズの方に体を向け、


「立っているだけで精一杯だろう?無理をせずに帰る事だな」


 と、思いもよらない優しい言葉をかけられてしまい、完全に悪い奴だと思い込んでいたアズは驚いて言葉を失った。レイズもうんうんと頷いてラフィエルの肩に寄りかかる。


「今のアズと戦ってもつまんねえしな。もっと強くなったら本気のガチバトルが出来るし、今はおとなしく帰んな。俺好みの女になってくれると期待して待ってんぜ~♪」


「……手をどけろ、馬鹿者」


「あれれ?ラフィエルってば嫉妬しちゃった?」


「くどいぞレイズ!……もういい、私は先に退く」


 からかうレイズの腕を荒々しく振り払い、ラフィエルは踵を返してさっさと洞窟の中へ消えていく。


 そんなラフィエルの後姿を見送り、「強気の女って燃えるよな~」とにやにや笑っているレイズがアズに顔だけ向けてにこっと笑った。


「あ、もちろん今はアズのが楽しみだから」


「……どうでもいいからレイズもさっさと退いてよ」


「ああっ!今名前呼んだ!?もっかい呼んで!」


 ……。


 顔を輝かせて嬉しそうにはしゃぐレイズを冷やかに見つめ、アズは体がどっと疲れるのを感じた。こんな男が自分の敵だなんて……もっと緊張感ある性格になってくれないのだろうか。戦う気がまったく起きない。


「そうだな……1ヶ月待つ!1ヶ月待っても強くならないようなら、その時は速攻で殺す。――俺はな、自分より強い女が好きなんだ。弱くて貧弱で守られてるだけの女なんて、どんなに外見やスタイルがよくてもいらないんだよ。心も体も強ければどんな女だって構わない。セイレーンはすぐ殺すもんだってノワールは思ってっけど、俺はじっくり育つのを待ってゆっくり楽しむ派なんだよな。だから――」


 目の前にレイズが立ちはだかり、アズの顔に影が落ちる。先ほどまでとはまったく違う、ピリピリとした嫌な気をその身に纏ったレイズが不敵に笑い、アズの顎を持って上に持ち上げる。




「だから絶対に誰にも殺されるな。お前は必ず俺が殺す」




 ――殺気。


 あんなに戦うことに意欲的だったアズの体が、レイズの殺気を受けて一瞬にして硬直した。今まで感じたことのない、体の底から震えあがるような感覚。シャドウの気配になんとなく似ている……あの寒気と恐れ。


 アズの野性的本能が脳内で激しく警報を鳴り響かせる――。








 勝てない。









 殺される。









 アズの本能は、今のままでは確実にレイズに殺されると激しく警告していた。


「って事で」


 ぱっと顎を離され、レイズは会った時から見せてきたあの人の好い笑みでにっこりと笑ってアズの頭を優しく撫でた。完全にレイズに恐れをなしてしまったアズは俯いたまま軽口を叩くこともできなくなっている。……怖い。冷や汗が止まらない。


「なに、そんなに怯えんなって♪アズならすぐに強くなれっから、大丈夫大丈夫」


 小刻みに震えている手を見られたくなくて後ろに隠すと、レイズはふと何かに気づいて顔を上げた。アズの背後を見て目を細め、「来たか」と呟く。


「じゃな、アズ」


 頭に乗せられていた手が離れ、レイズはラフィエルの消えた洞窟の闇に吸い込まれるように消えて行った。レイズの気配が完全に消えても、アズはその場に突っ立って俯いていた。


 気が遠くなる。


 頭が考えることを拒否している。


「……っ」


 視界がぼうっと霞み、頭が一瞬だけ安定感を失ってふらついた。耳がうまく音を拾えず、途切れ途切れにしか周囲の物音を聞き取る事ができない。


「――アズ!」


 誰かに名前を呼ばれた気がした。それがジークなのか、ヴェールなのか、リリムなのかも分からないまま、アズは意識を手放した。






**






『おっ……と』


 目の前で大きくふらついたアズが、糸の切れた人形のように後ろにゆっくりと倒れる。翼を折りたたんで地に足をつき、間一髪のところでアズの体を自分の体に寄りかからせることができた。うん、さすが俺。


「アズ!どうしたんだよ?」


 背中に乗せていたジークが倒れこんできたアズを抱きかかえ、肩を揺さぶるもアズは完全に意識を失っている。


『クリスタルの影響だ。無理に起こすと後遺症が残るからそっとしといて』


「そ、そうか、わかった」


 相当動揺しているジークはまともな判断ができないらしい。とりあえず2人を草のあるところへ下ろし、ジークがアズを介抱している間に大きな穴の開いた洞窟に近寄ってみる。


 ぽっかりを口を開けたこの洞窟は、すべてロックドラゴンが喰い進めてできたもの。どこに通じているのかもわからない上に、虫食いのように掘り進んで出来た穴は山の中で複雑に混じり合っているために天然の迷路になってしまっている。穴の中から空気が外へ流れている事から、たぶん外に通じている穴がいくつかあるのだろう。


『風下じゃにおいは辿れない……か』


 念話らしい念話ではないが、先ほど流れこんできたアズの思考の中に「レイズ」と「ラフィエル」の名前があった。先ほどまでここにいたのだろうが、この穴の中に入られてはもう追えない。追ってもたかがヴェール1人に何ができるわけでもないので特に追う必要もないのだが。


『……無駄な恐怖心植え付けやがって』


 思考の中に、「怖い」や「勝てない」……「殺される」などという感情も、シンクロしているヴェールにはリアルに伝わってきた。アズがどれほどレイズを恐れていたかが鮮明に伝わり過ぎてしまったため、ヴェールまで恐怖というものを味わってしまった。



 胸くそ悪いったらないし、何よりアズを怖がらせたあの男が許せなかった。



『……?』


 ふいに何かを感じて洞窟から顔を逸らして背後を振り返る。


 アズを介抱しているジークの頭上に、何やらピンク色の光がおろおろと空中でうろついているのが目に入った。


『……』


 黙って見守っていると、左右に行ったり来たりしながらピンク色の光の粉をまき散らしてアズの体に振りかけているそれは、アズの言っていたリリムという大地の妖精だと理解した。妖精の振りまく光の粉は生き物の体を癒す力がある。


 しばらくじっと見つめているとヴェールの視線に気づいたのか、ぴたっと動きを止めて妖精もこちらを見つめてきた。


 ――ちょっとこっち来い。


 念話でそう伝えるとすぐにこっちに飛んでくる妖精。ジークから少し距離を取った所に腰を下ろすと、光を飛散させて姿を現した妖精がヴェールのすぐ目の前に浮かんだ。


『お前がリリムか?』


 尋ねると、妖精はこくりと頷いて「リリムなの」と言った。


「そういう貴方はなぁに?」


『“なに”ってまた失礼な言いまわし方するね。どっからどう見てもセブンスドラゴンでしょ』


「ドラゴン……?でも気配が他の子達とは」


『ドラゴンだって。無駄な詮索はするなよ。アズの前でそんな事口にしたら食っちゃうからね』


「はうっ!ごめんなさい!」


『よろしい。――で?お前は今までなにやってたの?アズの傍にいたんじゃないわけ?』


 あえて責めるように尋ねると、リリムはしょぼんとした顔で俯いた。


「リリム、アズを置いて先に行っちゃったの。案内をしてたのよ、ロックドラゴンのいる穴の所まで。……そしたらアズがいないことに気がついて、急いで戻ったらあの2人組がいて……」


『ふうん……』


 まあ、たかが妖精だ。あの場にいたところでアズを助けることができたわけじゃない。責めるような口調を和らげ、ヴェールは妖精に顔を近づけた。


『なんで人里なんかにいたんだよ?人と関わるなって女王に教えてもらわなかったのか?』


「教えてもらったのよ。……でも、リリムは人がそんなに悪い生き物には見えなくって。ロックドラゴンが村に下りていくのを知ってたのはリリムだし、すぐに伝えに行かなきゃ!って思ったんだけど……結局人と話す度胸がなくて村の中でうろうろしてたの……」


 そこをアズに拾われた(?)わけだ。


 なるほど、と頷いてから、『で?お前はこれからどうすんの?』と聞いてみた。


「……できれば、アズと一緒にいたいの」


『なんで?』


「……他に行くとこないし、アズとっても優しいし、セピアノスみたいな懐かしい気配を感じるの」


『みたいなも何も、アズの中にセピアノスいるし』


「……へ?」


『アズセイレーンだし』


「…………へっ!?」


『……俺がセブンスドラゴンだって言った時点で気づけよ』


「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ~っ!!?」


 なんだこの驚きようは。最初にセブンスドラゴンだって言ってんのにこのマイペース妖精は……。


「どうりで強いはずなの!……はっ、そう言えばアズの目はセピアノスそっくりだったの~!なんで気づかないのよリリム!」


 自分の頭を小さな手でぽかぽかと叩きまくるリリムを呆れ気味に見ていると、ひょいっとヴェールの鼻の上に降り立って四つん這いで接近してきた。


「セイレーンなら、きっと女王様も認めてくれるの!絶対付いて行っていいって言ってくれるの!そしたらリリムはアズの傍でアズのお手伝いをするのよ!」


 目と鼻の先、というか目と鼻の上で拳を握りしめて目を輝かせるリリムを見つめ、『手伝いって何が出来んのさ?』と聞いてみた。


「妖精だって目くらましくらいにはなるのよ!こう……ぴかーっと!」


『ああ、囮にしてそのまま逃げるってのもアリだな』


 妖精は発光する。体中からまばゆい光を放てば少しくらいは使えそうな気がする。特にシャドウには効果覿面かもしれない。


「……囮はちょっと勘弁してほしいの」


『なにそれ』


 しょぼくれるリリムを鼻の上に乗せたまま体を起こし、ジークの元へと歩き出す。


『アズと一緒にいたいなら、自分で挨拶してもらうぞ』


「だ、誰に?」


『まずはそこにいるジークって奴と、それからセピア・ガーデンの連中に』


「む……リリムはこの時のために挨拶はたくさん練習したんだから!」


 妖精は光を纏っていない、今みたいに姿を現しているときだけ人に見えるようになる。リリムはよじよじとヴェールの鼻の上から頭の上へと移動し、ふん、と鼻から息を吐き出して覚悟を決めたように力強く頷く。


 のっしのっしと近づいていくとヴェールに気づいたジークがこちらを振り返る。


「さっきから何をひそひそ話して……」


『ほい、新しい仲間』


「は?」


 頭を下げてリリムを突き出すようにジークに見せると、


「大地の妖精、リリムです!よろしくお願いします!うっす!!」


 ……これが練習の成果か。


 どこか山奥で修行でもしてきたような空気を漂わせる挨拶を元気いっぱいにしてのけた妖精に驚いたのか、ジークは何も言わない。


『アズが拾ったら懐いちゃってさ』


 顔を上げてそう付け加えると、ジークは呆れるくらいぽかんとした顔で「……え、あ、おお」と母音のみの返事を返してかくかくと頷く。こいつホントにわかってんだろうか。


『傍に置いといても害はないだろうし、なんか手伝ってくれるみたいだからこのままガーデンに連れ帰るけど別にいいでしょ?』


「俺に聞かれても……つか、妖精持ち帰るとか前代未聞だわ」


『前例無しならいけるでしょ』


「とりあえず団長に報告して……」


 耳元に手を当ててクリスタルをいじるジークを挨拶以降じっと見つめていたリリムが、突然顔を輝かせた。


「すごい……すごいの!貴方ダークウルフだったのね!うわー、懐かしいのぉ!」


『は?』


 1人ではしゃいでジークの周りをくるくると嬉しそうに飛び回るリリムについ眉をひそめる。


 ダーク……ウルフだって?


「……やっぱ妖精にはわかんの?」


「わかるのよ!最初は気づかなかったけど、近くにいると感じるの」


『ちょ、ちょい待ち。ジークってやっぱ人じゃないの?』


「やっぱってなんだよ。俺はれっきとした人族だ。俺のご先祖様とダークウルフが交わったってだけで俺自身は人だ。俺が引き継いでんのはダークウルフの血だけ」


 苦笑しながらのジークの説明を聞き、ヴェールは『はは~ん』と納得した。



 ダークウルフというのは、もう何百年も前に絶滅してしまった狼の事だ。



 その体は獣族に分類される狼種の中で最も大きく、もっとも強いと言われていて、闇に溶け込む漆黒の美しい毛並を持つことで知られている。


 絶滅してしまった主な理由は短命ゆえの少子化のせいだと聞いていたが……。


『だから性欲が強いのか』


「性欲言うな!子孫を残せってダークウルフの遺伝子が叫ぶんだよ!別に俺の意思じゃねえ!」


 くわっと威嚇顔のジークに牙を向けられ、ヴェールはやれやれと首を振った。それが遺伝子レベルどうこうだの悪癖だの抑制できるできないだのの話に繋がるというわけだ。


『遺伝子だけ?体の構造とかは人となんら変わりないわけ?』


「……少し違う。人よりも持久力あるし、鼻はいいし耳もいいし六感も鋭いし。俺の勘は良く当たるな」


『月の光を浴びたら人狼になったりする?』


「しねえよっ!」


『……な~んだ、つまんないの』


 いつの間にかジークの頭の上に座っているリリムを見て、ジークは肩をすくめて苦笑した。


「本物見んのは初めてだけど、なんか初めましてって気がしねえな。俺ジーク。よろしくな、リリム」


「うっす!」


『なにその返事』


 敬礼のポーズでその挨拶はどうかと思うが、とりあえずそれ以上は追及せずにジークに下山するように促した。


『アズ連れて先に下山しててくれる?』


「一緒に下りないのか?」


『確認しなきゃいけないことがあるから』


 首をもたげて鉱山の方を顎でしゃくると、意図を察したジークが何度か頷いた。


「わかった。先に下りてハンナと待ってる」


『うん。リリム、お前はとりあえず俺と一緒ね』


「はいの!」


 敬礼ポーズのリリムを従え、アズを背負って下山するジークを少しの間見送る。


 ロックドラゴンを鎮めて任務を完了したにも関わらず、クリスタルの影響で疲れ切った体でわざわざこの鉱山まで登ったアズの目的。それを確認しておかなければ、目を覚ましたアズはきっと納得しないだろう。


 みんなはアズの事を素直だというが、根はとても頑固なのだ。自分でやると言った事は最後までやり遂げたいと思うはず。


『案内よろしく』


「合点承知!」


 変な返事をして意気揚々と先を飛んでいくリリムに続き、ヴェールもゆっくりと歩き出した。



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