20 緊急任務‐②
アズの目に映る世界が一瞬で変わり、ロックドラゴンの大きな腕が振り下ろされる動きがはっきりと見て取れた。すっと体を後ろに滑らせると、アズを踏みつけ損ねた腕が地面にめり込んで砂埃を巻き上げて陥没させる。
戦場の女神を具現化させると、どうやらアズの目はセピアノスのような金色の瞳になるそうだ。きっとそのおかげで相手の動きをはっきりと捉えること事が出来るのだろう。
「グルルルル……」
攻撃を躱された事にいきり立つロックドラゴンが地面から腕を引き抜くと、立て続けに腕を振るい始めた。
「――っ!」
人5人分はあろう太さの、しかも岩やら鉱石やらが引っ付いた掠っただけでも皮が剥けそうなゴツイ腕を片方だけぶんぶんと振り回され、アズは悲鳴を飲み込んで仰け反った。――が、次の瞬間、ロックドラゴンは一瞬だけ上半身を浮かせ、体を支えていたもう片方の腕まで使って横に薙いだ。
薙いだその腕が確実に自分に当たると確信した瞬間、アズは無意識に番を顔の前でクロスさせた。
――ギイィンッ!!
ロックドラゴンの腕が番と衝突し、力で負けたアズは軽く弾き飛ばされた。離しそうになった番を必死で握りしめ、どうにか足を踏ん張らせて転ぶことだけは回避する。
「はぁっ……はぁっ……!」
少しでも気を抜けば確実に死ぬ。
その事実がリアルにアズの体に浸透していき、これが死と隣り合わせのクリスタルマスターの担う仕事なのだと実感する。そして先ほどからアドレナリンが大量分泌されており、興奮状態にある体がまた無意識に動こうとするのを気力でどうにか抑え込んだ。
ロックドラゴンもアズと同じ状態にあるのか、目が異様にギラついている。闘争心を駆り立てられているのか、鼻息が荒い。目も血走っている。
このまま戦っていては、最悪殺してしまうかもしれない。父親の死以来、“死”という存在とは縁遠い環境で育ってきたアズにとって、“生き物を殺す”という行為にはとても抵抗がある。それはこの世界でも同じことだ。……簡単に殺すなんてことはできないし、したくない。
だいぶ頭も冷静になり始めたので、アズはロックドラゴンに背を向けて走り出す。すると褐色岩竜の別名を持つ竜も荒々しい咆哮を上げて走り出す――もとい、突進してきた。
「やっぱ追ってくるかっ!」
弾き飛ばされたばかりなので真正面から受け止めるなんて度胸はない。相手が動かず、尚且つ生き物でなかったら何の躊躇もなく殴れると思うのだが……残念ながらそれはどちらも当てはまらない。
決して足が遅い方ではないが、見る見るうちにロックドラゴンが迫ってくる。やはりいくら運動が得意でも、所詮二足歩行では四足歩行に勝てないのだ。足の数と歩幅、そして体格の差だ。
「とりあえず動きを止めないと……上から行くか!」
アズは走りつつ背後を振り返り、ざっと辺りを確認する。ここは居住区のようで、木製の家が10メートルの間隔を置いて向かい合うように立ち並んでいる。その横にも家が連なり、道を囲うような構造をしている。
家の屋根に登ればロックドラゴンの背中に飛び乗れそうだ。
アズは手近の民家に目をつけ、表に出ている大きな木箱に足をかけて屋根目がけてジャンプした。
――が。
「うっひゃあ!!」
何をどう間違えたのか、屋根の縁に手を掛けられる程度のジャンプをしたつもりなのに、勢いをつけすぎて屋根の上を軽く超えて煉瓦製の煙突の上に着地してしまった。しかも驚いたせいでバランスを崩して落ちそうになり、なんとか持ちこたえて体勢を戻して安堵の息を吐き出す。
「あ、危なかった……」
まさかあんなに跳ぶなんて思わなかった。番を持ったままの手の甲で額の汗をぬぐい、アズは眼下で唸り声を上げているロックドラゴンの背を視界に入れて迷うことなく跳んだ。……今度はしっかりと加減をした。
その成果か、飛び越えることなくロックドラゴンの背に着地できたアズは番の切っ先を背にあてがい、ロックドラゴンの表面を覆っている鎧のような岩肌に切り付けた。
「ガッ!?」
岩の擦れる鈍い音と共にロックドラゴンの体が不自然に硬直した。切り付けた岩肌が結構盛大に割れて地面にボロボロと落ちていく様を見て、アズはいけると確信した。
番で何度も切り付けて岩肌を次々と剥がしにかかると、ロックドラゴンは先ほどとは打って変わってむやみに鳴いたり暴れたりという行動を止めて本気で抵抗し始めた。自分よりもずっと体の小さいアズを自分にとって危険な存在だと認めたのか、アズに対して恐怖を抱いているという事がひしひしと感じる。
――岩を剥がせば、わざわざ柔らかい腹部を露わにするためにロックドラゴンをひっくり返すなんて手間が省ける。
このまま背中を覆っている岩を剥げば、そこに一撃与えて気絶させればいい。
アズを振り落とそうと左右に体を激しく振り始めたロックドラゴンの尾が木製の家を破壊した瞬間、アズはその声を聞いた。
「きゃあっ!」
「――人!?」
まさか逃げ遅れた民間人がいたのだろうか。その声は少女のもので、そして幼い。
アズはロックドラゴンの背から飛び降りると、急いで家の方へと走った。
「けほっ……誰かいませんか!?」
巻き上がった砂埃で視界が遮られ、肺に入ったのか軽くむせる。手を振って砂埃を払うと、地面に何か光るものを見つけて屈みこんだ。
そして――、
「……え」
番を翼に戻して具現化を解き、地面に落ちていた(?)その光を拾い上げ、アズは絶句した。
「嘘……まさか、妖精?」
弱々しいピンク色の光を纏った、髪も服も薄桃色の小さな小さな女の子。
小さすぎないアズの両手のひらにすっぽりと収まるその小さすぎる少女の背中には、虫のような、けれど虫のものよりもずっと美しく、とても輝いている透明な羽が2枚ずつ生えている。……虫には見えないのでたぶん妖精で間違いないだろう。
「ねえ、君!大丈夫?しっかりして!」
手を軽く揺さぶって声を掛けると、小さく呻いて身じろぎをした。ほっと安堵の溜息をつくと、背後でロックドラゴンの動く気配に顔を上げた。見れば、アズに背を向けて急いで歩いているのが見える。逃げる気だろうか。
「あのまま山へ帰ってくれればいいんだけど……」
「う……ん」
すると、手の中で起き上がる女の子。アズはしゃがんだまま小さな女の子に話しかけた。
「あ、大丈夫?怪我してない?」
「大丈夫なの……ありが――――とおおおおぉぉぉぉ!?」
アズの顔を見た途端、少女はがばりと起き上がって悲鳴を上げて手の中から転がり落ちて行った。思わず驚いて固まっていると、その小さな妖精は地面に転がってわたわたと慌てている。
「リ、リリムは妖精じゃないのよ!断じてっ!絶対っ!妖精じゃないのよ~っ!!」
どうやら妖精ではないらしい。アズは膝頭に顎を乗せて、首を傾げた。
「じゃあ羽虫?」
「はむっ……!?リ、リリムは虫じゃないのよっ!妖精なのよ!」
「……どっちなんだ」
名前はリリムと言うらしいこの小さな小人はやはり妖精らしい。半眼で呆れたように見下ろすとリリムはびくっと体をすくめる。
「……人に姿を見せたらいけないって女王様に言われてるのよ。だから……こんなことに」
「?……リリムは何か知ってるの?ロックドラゴンが人里に下りてきた理由」
「……知ってるの」
なんだか色々わけがありそうだ。アズはもう一度背後を振り返り、小さくなっていくロックドラゴンの背中を見つめた。
「あなた、とっても強いのね!ずっと見てたけど、あの力持ちのロックドラゴンと互角に戦えるなんてすごいの!……あれ?さっきと目の色が違うの。それに……とても懐かしい気配を感じる」
ピンク色の光を振りまきながらふわりと浮きあがったリリムが興味津々な表情でアズの顔を覗き込んだ。人に愛想を尽かして人前から姿を消したとアリスが言っていたが、なんだか聞いてる話とはだいぶ違うようだ。
「あたし、アズ・キサラギ。セピア・ガーデンでクリスタルマスターになったばかりなんだ。強いのは……まあ、その……いろいろあるからで」
「ふーん。じゃあさっきの剣はクリスタルだったのね!リリムはリリムって言うの!大地の妖精なの!」
「大地の妖精?」
「知らないの?このクリスタニウムの大地を総べる赤の女王に仕える、大地から生まれた妖精のことなの!」
「大地を総べる……赤の女王。その女王様も妖精なんだ?」
「とってもお綺麗なお方なのよ!神竜セピアノス様と一緒にクリスタニウムの守護者として存在しておられるの。赤の女王の他にもあと6人の女王様がいるのよ」
「へえ~!妖精にも女王様がいたんだね!しかも全部で7人かぁ。会ってみたいなぁ」
「女王様が人と会うとは思えないの。よほど特別でもない限り――って、あーーー!!こんなことしてる場合じゃないのよアズ!早く鉱山へ行くのよ!急がないと!」
「へ?」
アズの周りをくるくると回るリリムに急かされるまま立ち上がり、アズの髪をくいくいと引っ張ってくる小さな妖精につい苦笑してしまった。とても人を嫌っている妖精には見えない。
「急いで、急いでアズ!このままじゃあの子が可哀想なのぉ~!」
「分かったから落ち着いて!何があったのかゆっくり、順を追って話してよ」
「じ、実は……」
もうとっくに見えなくなってしまったロックドラゴンの後を追うように、アズはリリムに誘われるままにゴンゴル山の鉱山へと走って行った。
**
「ねえ、竜さんのお名前はなんていうの?」
「なんて種類なの?」
「綺麗な毛並だね!きらきら虹色に光ってるよ!」
「ふわっふわのふっさふさ!きもちいぃ……」
「ふわふわじゃないよ!さらさらっていうんだよ!」
「どっちでもいいじゃん。レントは細かいなあ」
「セリムは適当だけどね」
「ねえってば、竜さんのお名前はぁ?」
『……飽きもせずよくしゃべるね』
アズに頼まれたから仕方なく運んでいるとはいえ、子供たちのうるささに段々嫌気がさしてきた。こんなに元気なら自分たちで歩けよと心の中で悪態をつきつつも、溜息だけに留めて歩き続けている。
本来なら大人1人を乗せて飛ぶのが精一杯なのだが、まあ歩くだけだし、別に飛ぶつもりもなかったので小さな子供を背に3人乗せてのらりくらりと歩いている。ロックドラゴンからだいぶ距離もとれ、こんな子供たちなんかすぐに村人に預けてアズの元へと向かおうと思っていたのに、なんだか一件落着してしまったようだ。先ほどアズからの念話が届き、どうやらロックドラゴンが暴れていた真相が明らかになったらしい。途中で拾った(?)妖精の案内の元、これから鉱山の方へと向かうアズに続こうと思っている。
……それにしても、妖精か。
人前に姿を現さなくなって何百年経ったのだろうか。竜や獣は頻繁に妖精を見かけるが、人にだけは見えないように魔法を使っているらしく、今でも人にとって妖精はおとぎ話の中の存在だ。
アズの世界にも妖精は存在しなかったと聞いているし、きっと驚いたに違いない。……それにしても、何故こんな人里に妖精がいるのか。ロックドラゴンの暴れていた真相よりも、ヴェール的にはそっちの方が気になって仕方ない。
「気持ち良くて眠くなってきちゃった……」
『寝るなよ』
キキとか言う小さな女の子がヴェールの首に巻き付いて頬を摺り寄せて眠そうな声でそう言った。よだれでも垂らされたら堪ったもんじゃない。即答して首をふるふると振っていると、セリムとか言う男の子がヴェールの背中をたしたしと叩いて前方を指差す。
「あ、見えたよ!避難所だ!」
言われなくても見えている。ヴェールはふうんと鼻を鳴らして目前に浮かぶ大きな浮島を見上げた。
あんな大きな浮島だ、この村唯一の避難場所なのだろう。かなり広い広場をクリスタルの力を使って浮き上がらせ、ロックドラゴンや獣対策にしているのが分かる。おまけに空を舞う竜対策だろうか、結界まで張ってあると言う念の入れっぷりだ。何をそこまで怯えているのやら、とついつい冷やかに考えてしまう。
「おい、竜がこっちに来るぞ!」
ふいに頭上から聞こえた声に首を傾げると、浮島から1人の男が顔を出してこちらを見下ろしている。
「逃げ遅れたのか……?誰の竜だ――って」
そこでヴェールの背に乗っている3人の子供たちの姿を捉えたのか、目が真ん丸になった。
「――セリム!キキ!レント!」
「あ、おじさーん!」
3人の子供たちが身を乗り出して一斉に手を振ると、男も驚いていたが顔を輝かせて「おい、子供たち皆無事だったぞー!!」と後ろにいるであろう村人たちに大声で知らせた。
『やれやれ。ようやく解放されるのか』
ふうと溜息をつくと「ヴェール!」と頭上で自分を呼ぶ声。もう一度見上げると見慣れた顔がこちらを見下ろしていた。
「おま、その子たちどうしたんだよ?なんでそんなところに……アズは一緒じゃないのか?」
ジークが浮島から飛び降り、ヴェールの目の前に着地して不思議そうに首を傾げた。……浮島から地上まで結構あると思うのだが、それを顔色一つ変えずにやってのけるこいつは本当に人だろうか。
『ロックドラゴンならとっくに村を出て鉱山に戻ってるよ。アズはそれを追って先に行っちゃってんの。だから俺もすぐに行きたいんだけど……こいつらを避難所に届けるように頼まれちゃってさ』
「は!?ロックドラゴンが鉱山に戻ったってっ……もしかしてさっきの騒動ってアズだったのか?」
『そう』
空中に浮遊していた浮島がゆっくりとした速度で降りてきて、地面にぽっかりと空いているクレーターに収まる。すると大勢の村人の中から2人の女が走ってくると、背中の3人の子供が飛び降りて泣きながら抱き着いた。母親なのだろう。
「まあ、予想よりもずっと早く片ついてよかったか。怪我人もほとんどいないし。お前らが先行してくれて助かったなぁ」
『ねえ、もう行っていい?』
「……ホント、お前と話すといまいち噛み合わないわ」
翼を広げてわっさわっさと動かすとジークに疲れたような顔をされた。すぐに行きたいって言ってんのにまだ何か言いたいことがあるのか。さっさとしてほしい。
「まあちょっと待てよ、俺も一緒に行くから。――ハンナ、後頼むわ!俺ちょっと鉱山まで行ってアズ連れ戻しに行ってくる!」
振り向いてそう呼びかけると、見れば村人たちに紛れるようにして立つ少女を見つける。
ハープ型の大きなクリスタルを具現化させていたハンナはきょとんとした後に「あ、はい!」と返事をした。
「私はここで皆さんの心のケアをしているので……気をつけて行ってきて下さいね」
「おう。じゃ、行ってくるわ!」
手を振ったジークがヴェールの背中に回り込もうとするので『え、え、ちょっとまさか乗る気?』と尋ねると、
「え、乗せてくれるんじゃねえの?」
……。
誰がそんな事言った。




