19 緊急任務‐①
緑豊かな東大陸のルディアナ王国領土に点在する、大小様々な街や村。それぞれが林業や農作、商業で豊かに繁栄している中、今まさに、巨大な鉱山のふもとにある小さな村で大きな事件が起きようとしていた。
「あうぅ、どうしよう……どうしよう~」
鉱山からなだらかに下っている木々の合間を縫うようにして飛ぶ小さなピンク色の光が、か細い声でそればかりを繰り返す。あっちへいったりこっちへいったり。そうしながらゆっくりと下へと下っていく。
「あう、本当にどうしよう。大変な事になっちゃうの~……」
ふわりと浮上し、木々の上からふともの小さな村を見つめては、また「どうしよう」と繰り返して空中でおろおろ。
ピンク色の光が視線をふともの村からはずし、くぐもって聞こえる地鳴りのする方へと向ける。物凄い砂煙を巻き上げながら村目がけて一直線に突き進むそれを見て、ピンク色の光はぴゃっと飛び上がった。
「ひゃーっ!ホントにまずいの!みんな死んじゃうのーっ!!」
事の一部始終を見ていたその光は焦りに焦り、とにかく大変な事態になることを村人たちに伝える決意をする。
「見られちゃまずいとか言ってる場合じゃない!……うん、やるの。やるのよリリム!今こそ根性見せるのよ!」
ピンク色の光は大きく膨らみ、そして光の粒子となり一瞬にして弾けた。ふわりと風に舞ったピンク色のふわふわした髪をなびかせ、姿を現した小さな妖精は透き通る4枚の羽から光の鱗粉を振りまき、
「リリム、行きます!」
両手の拳を突き出してロケットの如く村目指して飛んで行った。
**
ぶちゃっ
「……」
ぶぶちゃっ
「…………」
ぶちゅっ ぶちゅっ
「………………」
ぶしゃぐちゃぐりゅぐちゅべちゃべちゃべちゃ……
「……っあー!!もう止めろアズ!っていうか止めてくれ!聞いてるだけで憂鬱になる!」
「えー、まだ1個も成功してないのに」
だん!と机を叩いて立ち上がって叫びだすジークを見上げ、アズは頬を膨らませた。
世界一柔らかいと言われるラムの実を使ってこの馬鹿力を制御するべく3人で食堂へ移動。大きな器いっぱいにラムの実を貰ったは良いものの、これが中々難しくうまく摘まむことが出来ない。
後から様子を見に来たジークも加わったが、アズが次から次へと実を潰していく様に耐えられなくなったのか、今に至る。
「どんだけ潰せば気が済むんだよ!俺もう耐えられねえよ!」
「私も、だんだんラムの実が可哀そうになってきました……」
器に留まらず、机の上にも潰れて零れ落ちた無残な元・ラムの実は、果汁が紫色。実が熟れていない物は赤色をしており、紫と赤の果汁が混じり合って果肉が飛散していててらてらと怪しく光り輝いてこの光景を一言で言ってしまえば、
「すんごいグロテスク」
まさに、ヴェールの言う通りなのであった。
「グロいってのもあるけど、何より無表情でラムの実をひたすら潰してくアズのが恐ろしい!」
「無表情だなんて失礼な。真剣な表情って言ってよ」
自分の肩を抱いて畏怖の籠った目で訴えてくるジークを半眼で見返し、アズは手に付いたラムの実をぺろりと舐めて「うまくいかないなー……」とため息をついた。
「落ち込まないで下さい、アズ。失敗は誰にでもあるんですから、焦ることないですよ?」
「そうだよ。見た目グロいけどおいしいよ」
ハンナの優しい言葉にきゅんとした後、ヴェールが器に顔を突っ込んでぺちゃぺちゃと犬のように食べ始めたものだから「ぎゃー!!」と叫んでしまった。
「かみっ……髪入ってる!止めてヴェール!せめて人型の時だけはそういうことしないでー!」
「なんでー?」
「なんでも!少しは人の目を気にしてよ!」
「はあ……。俺部屋に戻るわ」
器を離そうとしないヴェールと取っ組み合って騒いでいると、ジークが疲れたようにそう言って背を向けて歩き始める。するとその時、ジークとハンナの耳元で「ピピッ」と無線機の呼び出し音が鳴った。
「はい、ハンナです」
耳元に手を当ててハンナが応答すると、しばらくの間を置いて唐突に顔色が変わった。
「ジークッ……」
「ああ、俺も今聞いた」
立ち上がるハンナがジークに呼び掛けると、こちらを振り向いてジークも真剣な表情で頷いた。
アズとヴェールは2人で顔を見合わせて首を傾げ、「何かあったの?」と2人に尋ねた。
「今アリスさんから連絡があって……緊急事態が発生したって」
「緊急事態……?まさかシャドウ?」
「いや、今回はシャドウもノワールも絡んでない。……ここで立ち話してる時間はない、か。歩きながら説明するからとりあえず指令室に行こう」
ジークの言葉に頷いて、席を立って足早に食堂を出た。
「ここから北にすこし上がったところに、東大陸の中でも結構でかいゴンゴル山って言う鉱山があるんだ。その鉱山のふもとにある村がなんかヤバい事になってるらしい」
「村が?」
4人で階段を駆け上がる中、先頭を歩くジークの話にアズは首を傾げた。
「何でも、1頭のロックドラゴンが村で大暴れしているとか。急いで止めに行かないと死人が出てしまいます」
「ロックドラゴン!?人の村にぃ?」
ヴェールが信じられないように目を見開き、「一体何やらかしたんだよ」と呆れ顔で溜息をつく。
「ロックドラゴンって、鉱山にいる竜だよね?なんで人の村で暴れてるの?」
「決まってんじゃん。人がロックドラゴンを怒らせるような事したに違いないって」
「そんなことは後で聞けばいい。今は急いで現場に行ってロックドラゴンをおとなしくさせんのが先決。じゃなきゃマジで人が死ぬ。あんなゴツゴツしたデカい竜が暴れて人も村も無事で済むかっての」
実物のロックドラゴンを見たことがないアズには想像もつかないが、ジークとハンナの会話から察するに相当大きな竜なのだろう。ウィードには正式名と別名しか教えてもらっていなかったことに今更ながらに気づき、ヴェールにそっと尋ねてみた。
「ロックドラゴンってどんな竜?ゴツゴツしてるって言ってるけど」
「うん。主食が岩だの鉱石だの硬いもんばっかだから見た目も触り心地もゴツゴツのザラザラ。鱗じゃなくて食べた鉱石がそのまま皮膚になってるから竜族の中で一番硬いんだ。すんごい重いから翼はなくて、竜っていうかでっかいトカゲみたいな竜族」
「へえ……痛そうだね」
大きなトカゲにゴツゴツのザラザラした岩をたくさんくっ付けた姿を想像して、アズは思わず顔をしかめた。そんな怪物が村で暴れようものなら、ジークやハンナが焦る気持ちも分かる。人の作った村など、大きなロックドラゴンにとっては紙くず同然。本当にひとたまりもないだろう。
「団長!」
4階の廊下を突き進み、先頭を行くジークが白い両開きの大きな扉を開け放って中へ入った。アズたちもそれに続くと、円形に並んでいる広い机の一角に立って数人の人と何やら話し込んでいたゼノが顔を上げてこちらを見た。アリスも一緒にいる。
「ジーク、ハンナ、来てくれたか。……って、アズも一緒か」
なんとなく来てほしくなさそうな顔でそう言われてしまい、アズはピタリと立ち止る。
「ゼノ、いくら戦闘経験がないからってそういう言い方はないでしょう。むしろ今回はアズに行ってもらった方がいいんじゃないかしら?」
「馬鹿言うな。今回の任務は手の甲の怪我だけじゃ済まないんだぞ……下手したら死ぬかもしれない」
目を伏せて顔を歪ませるゼノを見て、ああ、心配してくれていたんだと思わずホッとしてしまった。迷惑ばかりかけてしまっているから邪険に思われているのかと勘違いしてしまった自分が恥ずかしい。
「団長、どうするんすか?」
「ああ、今それを話し合っていたんだが、正直話している時間も惜しいところだ。たった今避難している村長から連絡が入ったんだが、どうやら逃げ遅れた村民が何人かいるらしい。しかもその中に小さな子供も3人いるそうだ」
「えっ!?」
アズたちの声が重なる。ゼノは続けた。
「ロックドラゴンはどうやらその子供たちを追っているらしい。何をしたのかは村長もわからないと言っていたが、鉱山の方へ遊びに行っていたその子供たちが憤ったロックドラゴンに追われて村に戻ったきた事は認めている。きっと鉱山の方で何かあったんだろう。……とにかくすぐに現場へ向かってほしい。今ガーデン内にいてすぐに戦えるクリスタルマスターはお前たち2人だけだ。チームを編成する時間もないからとりあえずそのまま直行してくれ。後から何人か増援に向かわせる」
「え、クラウスとウィルの奴はいないんですか?」
「……今朝方、任務へ行った所だ」
「ロージーは?あいつはハンナと戻ってきたばっかなんじゃ……?」
「ロージーはちょっと先日の任務で怪我をしてしまっていて……今は医務室の方にいます」
「他のメンバーは今すぐに直行できない。だからお前たち2人に……」
「あのっ!あたしも行かせてください!」
ゼノの言葉を遮るように大きな声を出すと、その場にいた全員の視線が一気に集まった。アズは怯むことなくゼノの目をまっすぐに見つめた。
「あたしとヴェールなら他の人たちよりも早く行けます。ヴェールは凄く早く飛べるんです。――だよね!ヴェール!」
「へ?……ま、まあ、本気出せばざっと5分くらいで行けるけど」
目で「賛同しろ!」と訴えると、それを察したヴェールがポニーテールを揺らしてカクカクと頷いた。
「アズが?……いや、しかし」
「俺、賛成ですね。確かにロックドラゴンはデカくて危ないかもしれないけど、アズにはヴェールもいるし、何よりセピアノスだってついてる。それにあの馬鹿力を使えば一瞬で片付くかもしれないじゃないっすか」
「……」
「ゼノ、何事も経験よ。アズを大切に匿っておきたい気持ちは分かるけれど、彼女はこの世界を救うためにセピアノスに選ばれたセイレーンなんだもの。危険だという事くらい承知の上よ。――ね、アズ?」
「はい!」
アリスの言葉に力強く頷いて見せると、ゼノはしばらく押し黙った後、
「……わかった。アズ、くれぐれも気を付けるんだ。何かあったらすぐに退くこと」
「はい!」
もう一度頷くと、ゼノの周りにいた黒い制服を着た人たちがさっと動きだし、それぞれがモニターに向かって座り、半透明なキーボードのような端末に素早く指を滑らせた。
「こちらセピア・ガーデン指令室。すぐにクリスタルマスターを送ります。今しばらく持ち堪えてください」
1人の男性が口元に浮かんでいる小さな青いクリスタルにそう話しかけると、ノイズの混じった中年の男性の声が返ってきた。村長と連絡を取り合っているのか、あれが無線機と呼ばれるクリスタルだと分かった。
「ヴェール、今すぐに竜型に戻れるか?あの窓で待機してくれ」
「わかった」
ゼノとヴェールのそんなやり取りを片耳で聞いていると、ジークとハンナもそれぞれ動き出した。
「アズさん、これを」
傍に寄ってきた黒制服の女性に声を掛けられて顔を向けると、何かネックレスのような物を首に掛けられた。
「これは竜に乗る人すべてが身に付けている、風圧をほぼ無効化できるクリアクリスタルです。どうか身につけて下さい」
「あ、ありがとうございます!」
優しく微笑みを浮かべた女性に頭を下げた。
風圧がなければ高速で飛ぶヴェールの邪魔にならなくていい。こんな便利なアイテムがあることに感謝しつつ、アズが踵を返してヴェールの所へ向かおうとすると今度はハンナに呼び止められた。
「アズ、私の無線機を持って行って下さい。常に連絡が取れるように」
「わ、ありがとハンナ!」
あの村長と連絡を取っていた男性の口元にあったのと同じ青いクリスタルの付いた小さなイヤリングを耳に付けてもらい、アズはお礼を言った。
「私たちも後からすぐに行きます。……アズ、本当に気をつけて下さい。くれぐれも無茶はしないで」
「分かった。ありがと……ハンナ」
きゅ、と優しく抱きしめられ、アズもそっとハンナを抱きしめる。
『急ぐんでしょ?行くよ、アズ』
「うん!今行く!」
竜型に戻って大きな窓枠に前足を引っかけてこちらに背を向けているヴェールに急かされ、アズは走りながらゼノとアリスに振り返り、手を挙げた。
「行ってきます!」
ヴェールの背に飛び乗り、身を乗り出して外へ飛び出したヴェールが翼をいっぱいに広げて強く羽ばたき、風に乗って一気に空へ舞いあがった。
「すごい、全然風圧を感じない……」
初めてヴェールに乗って飛んでいた時は風圧のせいで目も開けていられなかったのに、クリアクリスタルのおかげで体が風に圧されることもない。後ろを振り返れば、セピア・ガーデンが見る見るうちに遠ざかっていく。
飛び立った窓から見えたゼノの姿を見えなくなるまで見つめ、アズは正面に向き直ってヴェールの首をしっかりと掴んだ。
「超特急だよ、ヴェール!」
『わーってる!5分なんて言わずに3分で行っちゃうからね!落ちないでよ!』
言われるまでもなく体勢を低くしてヴェールの体に密着させる。
ヴェールは翼を力強く羽ばたかせて風を掴み、流星の如く空を駆け抜けた。
**
「あうっ!」
「キキ!」
自分の後ろで派手に転ぶ音がして、セリムはばっと振り向いた。見れば妹のキキが半泣きで地面に倒れこんでいる。セリムは慌ててキキを助けに踵を返す。
「セリム、早く!あいつが来ちゃうよぅ!」
「分かってる!……キキ、大丈夫?」
「痛いよぅ、痛いよ……」
ぐすぐすと泣き始めるキキの肩を抱いて立たせ、セリムはレントの待っている物陰まで引っ張っていった。
「ここまで来れば大丈夫だと思うんだけど……」
「大丈夫なわけないだろっ!竜はみんな鼻がいいんだからすぐに見つかっちゃうよ!」
「ばかっ、大きな声出すなよ、見つかっちゃう……!」
恐怖と不安で苛立って声の大きくなったレントの口を慌てて塞ぐと、後ろの方で轟音が轟いた。
「ひっ!」
その音に3人が飛び上がる。がくがくと震えながら音のした方を見ると、家が壊されたのか、砂煙と黒い煙が一緒になって空に舞い上がっているのが見える。
――その煙の合間にちらちらと見え隠れする茶色い体を見た途端、思わず泣きそうになった。
「ガアアアァァァァァァァァッ!!」
頭がガンガンするような大きな鳴き声を上げ、そいつはセリム達を踏み潰すべく歩き出す。
どうして、こんなことになってしまったのか。
ゆっくりと、だけど確実にセリムたちの隠れている方へと歩いてくるロックドラゴンを見つめ、セリムは思った。
ただ、綺麗な石を探しに鉱山へに行っただけなのに、どうしてこんなことに……?
「お兄ちゃぁん……怖いよぅ、こっちに来るよぅ」
泣きじゃくるキキを胸に抱きしめ、セリムは悔しくて歯を噛みしめる。
「逃げようよセリム!村から出よう!ここにいたらみんな死んじゃうよ!」
「う、うん……キキ、立てる?」
僕たちはただ、お母さんが喜んでくれるような綺麗な石が欲しかっただけなのに。
「お兄ちゃん、足、痛いよぉ……」
「怪我したの?背中乗って」
転んだときに擦りむいたのか、キキの両膝に血が滲んでいた。セリムはキキを背負って立ち上がる。
「セリム、こっち!」
レントに先導され、物陰に隠れながらそろそろと進むと、背後でまた大きな音がした。キキが背中に顔を埋めてぶるぶると震えだす。
「僕たち、何も悪いことしてないのに……」
前を歩くレントが悔しそうに言う。セリムもその通りだと思った。
何も悪いことをしていないのではなく、正確には何もしていない。ただあの場所で、3人で穴の中を覗いて――、
「――!」
その時、突然辺りが急に暗くなった。
「お兄ちゃんっ!上――」
キキの悲鳴に反応し、セリムは上を見ることなく一気に真横に飛んだ。頭で考えるよりも、体が勝手に動いていた。
そして、たった今セリムがいた場所に、大きな角材が地面に深々と突き刺さる。
「――っ!?」
地面に尻餅をついた状態でその大きすぎる角材を凝視して、セリムは呼吸が出来なくなっていた。倒れた衝撃で落としてしまったキキにすら気を配れない。ただ愕然と角材を見つめたまま、がくがくと震えるしかなかった。
「あ……」
そして、目の前に立ちはだかり、息も荒くセリムを見下ろす巨大なロックドラゴン。もうすぐ目の前にいるのに、セリムは何も考えることが出来なかった。
ただ漠然と、ああ、死んじゃうのかな、とぼんやり思う。
「セリム!逃げて!」
レントが地面に這いつくばったまま叫ぶが、セリムは動けなかった。
「グルルル……」
ロックドラゴンの大きな口が、ゆっくりと近づいてきた。
ほんの少し開けられた口の中に見える歯はどれも尖がっていなくて、人の歯のような形をしている。あ、そうか。尖がってたら石なんて食べられないか。でなきゃ欠けちゃうもんな。――頭が壊れてしまったのか、そんなどうでもいいことをいちいち考えてしまう。
「お母さん……」
ロックドラゴンの口を見ながら、セリムは無意識に母の名前を呼んだ。
けれど、
「ちょおっっと待ったあああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!」
突然空から降ってきた女の人の声に、遠くなりかけていた意識がはっきりと覚醒した。
**
今まさに小さな男の子が食べられそうになっている場面に遭遇してしまい、アズは居てもたってもいられずにヴェールの制止も聞かずに飛び降りていた。
「ちょおっっと待ったあああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!」
腹の底から大声を出してロックドラゴンの注意を逸らし、アズはロックドラゴンの背中に着地した。
……もちろん綺麗に、とは言い難い不格好な着地だったけど。
「ギャウッ!?」
突然空から降ってきたアズに驚いた挙句、背中に堕ちてきた衝撃で耐え切れなかったのかロックドラゴンは潰れた声を上げて地面に突っ伏した。
「ええっ、あたしってそんなに重い!?嘘でしょ!?」
背中から落ちて地面に尻餅をついたままアズが叫ぶと、舞い降りてきたヴェールも信じられないような目でアズを凝視し、
『アズって結構重かったんだね……俺って力持ち』
「……うん。どう突っ込んでいいのかな」
そんなどうでもいいやり取りはいいとして、アズは立ち上がると放心している男の子に小走りで駆け寄った。
「君、大丈夫?怪我してない?」
屈みこんで尋ねると、男の子はゆっくりとした動作でアズを見上げ、「……あ、はい」と頷いた。
「僕は大丈夫だけど、妹が……」
「妹?」
見れば、女の子が地面に倒れこんでいる。
『ほらアズ、起きたよ。やっぱ怒らせちゃったな……だから言ったのに』
ヴェールの声に振り向くと、ロックドラゴンが起き上がって鼻息を荒くして酷く唸っている。……これはなかりマズそうだ。
「ヴェール、この子たちお願い!こいつはあたしが引き付けるから!」
そう言いつつも女の子を抱き上げて男の子に手渡し、「あの竜に乗って」と優しく声をかけた。男の子は頷いて女の子を抱きかかえ、こちらに走ってきたもう1人の男の子と一緒にヴェールの方へと走って行った。
『アズ!ロックドラゴンは滅茶苦茶硬いけど腹部だけは柔らかいから!そこ狙って!』
「お腹か――分かった」
ヴェールに笑って頷いて見せ、アズは肺の中にあった空気をすべて吐き出した。深く深く深呼吸して、目の前にいるロックドラゴンを下から睨み据える。
「いくよ。――戦場の女神」
アズの心に応え、背中に3対の真っ白な羽が出現する。そのうちの真ん中の一対の羽を腕をクロスさせて掴み、一気に引き抜く。
――二刀神、番
「何があったか知らないけど」
背中に残った二対の羽を消失させ、アズは番の切っ先をロックドラゴンに向けた。
「ちょっとやりすぎだよ。――何があったの?」
聞いても無駄だとヴェールに言われていたが、やはりきちんと聞いておかなければならない。相手に応える気があるなら念話で返してくれるはずだが、
「ガアアアアアァァァァァァッ!!」
口をカッと開けて目の前で繰り出される咆哮に顔をしかめ、「やっぱ無理か……」と少しばかり落胆する。
これで事情を話してくれれば痛い事しなくて済むのにな。
「ちゃんと聞いたからね?後から文句言わないでよ!」
番を構え、アズは少しの恐怖とたくさんの興奮で無意識に口角が上がった。
すごく怖い、と思う反面、早く戦ってみたい、と思う心がごっちゃになって、心臓がバクバクとすごくうるさい。体が震えるのは、きっと武者震いだと思った。
アズの初任務、初討伐の相手が竜族で最も硬いロックドラゴンだと言うのはかなりハードルが高いけど、
「行くよ」
だからこそ、戦ってみたいと、心から強く思った。