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クリスタル・クロニクル  作者: 氷柱
17/48

15 また一難


“一難去ってまた一難”


 皆さんは、この言葉の意味を知っているだろうか。


 まあ、見たまんまの意味なのだが、要は『次から次へと災難が襲ってくる』という意味が込められていることわざだ。


 一言に災難と言っても人それぞれ。その人にとっては災難でも、他の人にとっては取るに足らない何でもない事……ということはよくある話。


 それでも、自分にとって不幸なことが立て続けに起きてしまうと、“一難去ってまた一難”ということわざを脳裏に思い浮かべてしまうのは、もはや人間の悲しい性だろう。







 如月アズにとって、このクリスタニウムはそんな災難で満ち溢れていた。






…………


 人の心を暴き、混沌の影シャドウを操るノワール、ゾイスを自らのクリスタル「戦場の女神(ヴァルキリア)」で見事撃破し、ベッドの上でリンゴを握り潰して……あれから3日。


 検査に検査を重ねようやく退院できたアズは、なぜか席について講師であるアリスに向き合って勉強をしていた。



 ……なにゆえ?



「はい。では生物教本の96ページを開いてください」


 パラリ……と表面がつるつるしている本のページを力なく捲り、アズは机に突っ伏したい衝動を必死に堪え、死んだ魚のような目で教本に視線を落とした。……正直、もう何も頭に入ってこない。目の前に広がる、挿絵も図もなにもない、狂ったような文字の羅列しか並んでいないこの教本のせいで。




 何故今机に座り教本を広げて睨めっこをしているのかと言うと、話は3日前に遡ることになる。




 心身ともに完全復活を遂げたアズは無事退院し、セピア・ガーデンの職員の人々に祝福されながら、セイレーンとして世界を救うべくクリスタルマスターの仕事を熟していくこととなった。本殿の中をくまなく案内してもらい、個室の部屋も与えられ、「よぅし、頑張るぞーぅ!」と勢い込んで張り切った。……うん、そこまではよかった。


 けれどセピア・ガーデン最高責任者であるゼノ・ブランフェール団長の一言によって、アズの心は一瞬にして奈落の底へ突き落された。



「任務に就いてもらう前に、この世界のことを知っておいた方がいいんじゃないか?」


「まずはお勉強ね!それはいいわ。そうしましょう!」


「……」



 嬉しそうに手を叩くアリスを愕然と見つめ、襟首を掴まれてずるずると太陽の光がサンサンと差し込む開放的な会議室なる場所に強制連行されてしまった。これは後からゼノに聞いた話だが、あまりにも放心しきったような顔をしているアズを引きずって嬉々として歩くアリスを見た一般職員たちは、セイレーンであるアズに一抹の不安を抱かずにはいられなかったらしい。……頼りなくてすみません。


 真に申し訳なく思うが、本当に勘弁してほしい。アズは「勉強」と名の付く、体育以外のすべての科目がてんで駄目なのだ。いや本当に。


 椅子に座って机の上に本を広げ、黒板に書かれている文字をノートに書き取るではなく、自らの体1つで覚え、学習していくのがアズの勉強スタイル。見ているだけでも眩暈や猛烈な眠気に襲われる教科書を見て勉強が出来ないアズの成績は、それはもう酷かった。体育以外オール「1」。……もちろん最低ランクを意味する「1」だ。


 小さな頃からユズに笑われてきたが、高校に上がってからは憐れむような目で見られるようになった。もちろんユズが憐れんでいるのはアズ自身ではなくアズの頭の中にあるただの味噌と化してしまった塊だったのだが。



 しかし、これだけは言っておく。アズは断じて「馬鹿」ではない。もちろん馬でも鹿でもない。



 文字から意味を汲み取ることが出来ないだけなのであって、言葉で表現して体で再現してくれれば飲み込むことが出来る。後は自分の体で実際に動いてみれば、アズの体はスポンジの如く吸収するのだ。


「……思うようにはかどらないわね。少し休憩しましょうか?」


 珍しく眼鏡を掛けてキリッとした表情だったアリスの顔が、少しだけ綻んだ。しかしアズは力なく首を振り、


「教本なしで授業ってしてもらえないですか?」


 ぐったりと掠れるような声で懇願してみた。


「教本なし?……でもそれじゃ分かりにくいんじゃないかしら?」


「や、あたしにしたら、この文字しかない教本のほうがよっぽど理解できません。アリスが口述で説明してくれたほうがまだすんなり理解できると思うんです。……あ。でも、アリスが疲れちゃうなら……少し休憩してこのまま続けます……」


「ふふ。私の口述でよければいくらでも。その方が貴女のためになるならね」


「! ありがとうございます、アリス先生!」


 何でも言ってみるものだ。アズはまた一つ学習した。



 この世界についてアリスの口述から聞く限りでは、このクリスタニウムという世界には大きな国が4つ存在しているという。4つの国は東西南北に大きく分かれた4つの大陸にそれぞれ位置する中心国で、その国を拠点に周囲にいくつかの小さな街や村が点在している。


 1つは、西に位置する武力行使を重んじる実力主義国、ギンガム帝国。

 4国家の中で最も血の気が多く、何でも力でねじ伏せて解決しようとする志向が強い帝国。力や統率力のある者なら他国の国民でも獣人族でもいいというほど武力に拘っており、国内では主に武器商業が盛んに行われている。


 2つめは、南に位置するサエラキア王国。4国家の中では唯一の女王が治める国で、ルディアナ王国と協定している大きな国。一年中南国のような気候で、珍しい生き物やおいしい食べ物が多く観光客で賑わう言わずと知れた観光名所らしい(女王も美しいと評判だとか)。


 3つめは、北に位置するブリヴィード王国。極寒の地にあるせいで作物などが育ちにくい国でありながら、4国家の中では飛び抜けた技術を有しており、寒い環境にも負けない作物や動物を作り上げて国を支えている鎖国国家。国内の技術力、および情報流出を恐れての事で、10年以上も前から鎖国状態にあるという。



 そして4つめの国が、東に位置するこのセピア・ガーデンを領土内に置くルディアナ王国。数多くの有能な騎士と少数で編成されたクリスタルマスターの聖騎士団を所有する、平和主義国。今まで何度かギンガム帝国とセピア・ガーデンの保有権限を争って衝突したことがあるそうだが、大きな戦争になることなくどうにか現在の状況に落ち着いている。他の国とは違い、唯一獣人族の差別を法で禁じている国。



 アリスから聞いたものをまとめると、ざっとこんなものだった。


「じゃあ、あたしはルディアナ国民ってことになるんですか?」


 10分の休憩時間をもらい、アリスと共に食堂で一息ついているときの質問。眼鏡を取ったアリスがコーヒーを一口すすり、「ええ」と頷いた。


「正確には、まだ国籍表を国に提出していないから事実上は無国籍ってことになっているけれど、そっちの方はゼノがやってくれているので問題ないわ。3日もしないうちに貴女は立派なルディアナ国民になれるから安心して」


「よかった~。じゃあ、あたしも晴れてこの世界の住人になれるってことですよね!」


「ええ」


 やったー!と万歳して喜ぶと、アリスだけでなく周りで食事をしていた職員の人たちにも笑われてしまった。子供じみた自分にちょっと反省して、手元にあるミルクティーを照れ隠しにごくごくと流し込んだ。


 そんなアズを微笑ましげに見ていたアリスが机に肘をつき、「そうそう」と何か思い出したように口を開く。


「例の怪力のことなんだけれど、大体の予測はついたわ」


「ホントですか!?」


 力んでマグカップを置くと、「ピキ」と手の中で嫌な音。またやってしまった……。


「あくまで仮説なんだれど、おそらく「重力」に関係しているわね」


「重力ですか?」


「そう。アズの世界とこの世界は根本的に違うということから推測するに、アズの世界はこの世界に比べて重力のかかり方が重く、逆にこちらの方が軽いと考えられるわ。クリスタルを具現化させる前から予兆はあったのよね?」


「はい。ヴェールを叩いたら、「痛い!」って言われました。そんなに強く叩いたつもりじゃなかったから、なんかおかしいなって」


 アリスは頷き、組んだ手の上に顎を乗せて興味深げにアズを見つめた。


「貴女を検査したドクターが驚いていたの。『筋肉の付き方は年相応だし、体系も標準より少し痩せてはいるけれどその分引き締まっている。なのに、この筋力の鍛えられ方は尋常じゃない』って。きっと生まれた時から重い重力を纏って生きてきた貴女だからこそ、この世界では常人以上の力を発揮できるのかもしれないわね」


「常人以上というか、ここまでくると軽くモンスターですよ……」


 げんなりと呟くと、アリスは「そんなことないわ」と微笑んだ。


「もしクリスタルを使えなくなったとしても、貴女なら肉弾戦に持ち込めるでしょう?様々な状況に合わせて戦えるようになっておかないとせっかくの力がもったいないわ。有効的に活用しないと」


「そう……ですね」


 顎に手を当てて頷く。

 ……力加減はきちんと制御できるようにならないとこの先不便だ。また何か壊してしまうかもしれないし、何より誰かを傷つけてしまうかもしれない。

 アリスの言うとおり、ここは奇跡的に手に入れた特殊スキルだと割り切り、今後の為にも訓練しておこうと思った。


「よ。お疲れ……」


 頭上で声がして、マグカップを口に当てたまま視線をずらすとアズの隣にマグカップを持ったゼノが疲れた顔で腰を下ろす。座った途端に机の上でだらしなく伸びをして、そのまま突っ伏した。


「ゼノ。だらしないわよ、シャキッとしてちょうだい」


「……だったら始末書と報告書の作成手伝ってくれよ」


 突っ伏したままくぐもったゼノの声。アリスは眉間に指を当てて溜息をついた。


「私が終わらせなければならない報告書はすべて書き終えたのに、貴方はいつまでかかってるの?あれから4日も経っているのに」


「あの量が4日で終わるかー。1週間はかかるって」


「1週間もかけている暇はないわよ」


「……なんとか言ってやってくれよ、アズ」


 顔をずらしてアズを見上げるゼノ。しかし、だからと言ってアズがいい案を出せるわけもなく。

 結局思考を凝らしてたどり着いた案は、ただの素朴な質問になった。


「始末書って、何の始末書ですか?」


「主にゾイスの奴の始末書」


「あっ!」


 今の今まで忘れていた人物を思い出し、アズは思わず大きな声を上げて腰を浮かせる。


「そういえばあの後どうなったんですか!?あたし、蹴り飛ばした所までは覚えてるんですけど……確か放っておいたような気が……」


 何よりも優先したかったのはハンナの事だった。アズは怒りに任せてゾイスを蹴り飛ばし、床に倒れこんだ彼を見てとりあえずスッキリしたのでそのままにしたと思う。……今思うととんでもなく酷い扱いをしていたと若干ではあるが反省はしている。ハンナの事があるので謝る気はさらさらないが。


「あれは本当に恐ろしい光景だったな。特にアズの顔。……あいつのブレイクリスタルは俺が壊しておいたから大丈夫だ。もう他人の心をこじ開けることはできない」


「そっか……よかった」


 聞き捨てならないセリフがあった気もするが、とりあえずは安堵の溜息をつきアズは椅子に座りなおした。


「ブレイクリスタルを破壊するまでは油断できない。覚えておくといい」


「はい」


 神妙な面持ちで頷き、ふとある疑問が浮かんでくる。アズは首をかしげ、コーヒーを飲んでいるゼノに尋ねた。


「……ノワールの心は、媒体の人たちのように元に戻すことはできないんですか?」


「戻すも何も、あれが奴らの本性だからな。別にブレイクリスタルに操られているわけでも洗脳されているわけでもなく、本当に心の底からこの世界が消えてなくなればいいと思っている奴らばかりの集団……それがノワール」


「ブレイクリスタルは自身の心のクリスタルとは別物。だから壊しても本人に何の影響も出ないわ。……だから、放っておけば、彼らは同じ過ちを何度でも繰り返す」


「え……ホントに大丈夫なんですか?」


 心配になって尋ねると、ゼノとアリスは2人口をそろえて「大丈夫」と頷いた。


「そのためにこのセピア・ガーデンには監獄塔ってものがある」


 ふと聞き覚えのある名前が出てきた。

 確か、クラウスがゾイスに対して「監獄送りにしてやる」とか何とか言っていたような。


「その監獄塔の副看守長がまた切れ者でな……というか異常でな」


 と、途端に2人して遠い目であさっての方向を見て深い溜息。……一体どんな人物なのか、気になってしょうがない。


「このセピア・ガーデンの浮島に幾つもの小さな浮島がくっ付いてるのはもう見たよな?そのうちの一つが、その監獄塔のある島だ。――まあ、また時間のあるときに案内するけど、そこにいる2人のクリスタルマスターが看守長と副看守長なんだ。ちなみに双子の姉妹。全然似てないけど」


「妹のリオンが看守長。姉のセレスが副看守長。……問題があるのはその姉の方」


「どんな人なんですか?」


 興味津々で尋ねると、しかしやはりというか2人の顔に同時に影が落ち、


「「……変質的」」


 と声をそろえて呟いたのだった。






 休憩時間も終わり、アリスと共に再び会議室に戻ると、何やら見慣れない人がウロウロとあっちへ行ったりこっちへ行ったり。思わずアリスと顔を見合わせると彼女も首を傾げてさも不思議そうに、


「こんなところで何をしているの?ウィード」


 と、声をかけた。


「あっ!アリス副団長!……と、アズ、さん?」


「あ、はい。えっと、はじめま――「ちょうど良かったぁ!」……ぐふっ!」


 自己紹介をしようとしたら突然泣きつかれるようにタックルされ、つぶれた声を上げる。しかしウィードという男性はお構いなしにアズの肩を掴むとがくがくと揺さぶり、


「ヴェールさんが大事な鞍を付けたまま消えちゃって困ってるんですよ!アズさんは彼のパートナーでしょう?あれないと俺がロージーさんに怒られちゃうんですよ嫌なんですよ怖いんですよだからヴェールさんを一緒に探してください!」


 今にも泣きそうな顔で迫られ、アズはがくがくと揺れる視界で酔いつつ「い……言ってる意味が解りましぇん……」みっともなく舌を噛んでしまった。


「落ち着きなさいウィード。意味が分からないわ。ヴェールと鞍が何ですって?」


 仲裁に入ってくれたアリスに感謝しつつようやく解放され、ふらふらと千鳥足でふらついていると、もふっと顔が何かに当たった。


「?」


 何もないのに、何かある感触。すりすりと頬を摺り寄せると、あのシルクのような肌触り……。


『むふっ』


 なにやら頭上でくすぐったそうな声が聞こえた。


「だから、鞍ですよ鞍!ノワールが侵入したあの日にヴェールさんにロージーさんの竜の鞍を付けてそのままなんです!返してくれないんです!そのままガーデン内に入って行っちゃうし、途中で見失っちゃうし……!」


「あの、ここにいますよ。ヴェール」


「……へ?」


 わざと姿を消しているヴェールにくっついたまま、アズは頬を摺り寄せて「ここですよ~」と言った。


『……なんでそうばらすのさ』


 不満そうなヴェールの声が聞こえ――景色がかすんでヴェールが姿を現した。


「ヴェールさん!酷いじゃないですか、ずっとここに居たんでしょう!?」


『だってここにアズがいるんだもん』


 しれっと答えると、ヴェールはアズに顔を近づけて『ここ暇。どっか行こうよ』と退屈そうに言った。


「あたし今勉強中だからなぁ……」


『んな事しなくたって生きていけるよ』


「それより、その鞍返してあげたら?ウィードさん困ってるよ、怒られちゃうよ」


『ね、ウィード。この鞍俺にちょうだい?』


「駄目ですーーーっ!!」


 間髪入れずにウィードが叫ぶ。……何やら仲がいいような気がして、アズはヴェールを見上げた。

 どことなく楽しそうに目を細めているヴェールは、もしかしたらわざとウィードを困らせているのかもしれない。まるで、小さな子供が遊んでほしいときに相手の気を引くように。


「ウィードさん、取っていいですよ」


「ホントですか!?」


 顔を輝かせてウィードが飛び跳ねる。ぶつぶつと不満そうに小言を言うヴェールを黙らせ、鞍を返した。


「これでようやく仕事に戻れます……」


『お前なんか竜に頭から食べられちゃえ~』


「ヴェールってば……」


 鞍を胸に抱えて安堵の溜息を漏らすウィードにヴェールが舌を出す。ヴェールを窘めるアズの隣で、黙って何かを考えていたアリスが「ちょっと待って」と立ち去ろうとしていたウィードを呼び止める。


「今アズにこの世界の事を勉強してもたっている最中なんだけれど、どうかしら?セピア・ガーデン一竜族に詳しい貴方から、彼らの生態なんかについて説明してもらえると有難いのだけれど」


「……えぇっ!?俺がですか!?」


 驚いたように目を見開き、自分を指差してウィードが尋ねる。


「ええ。貴方がよければ、ぜひ」


「……なんか照れちゃうな。いや、俺なんかでよければいくらでも説明しちゃいますよ」


「よろしくお願いします!」


 照れたように頭を掻くウィードに礼をして、ウィード先生の「竜族について」の口述授業が決まった。



 教卓の前に立ち、ホワイトボードに書き綴った文字を背に、生徒であるアズと何故かちゃっかり通路の階段に陣取って座っているヴェールと傍観しているアリスを含める3人に向かい合い、ウィードは咳払いをして口を開いた。


「えーっと。では簡単にではありますが、僭越ながら自分が説明させて頂きます」


『固いぞー』


「……茶々入れないの」


 ヴェールを半眼で睨み、ウィードの授業が始まった。


「竜族には大きく2つに分かれた竜種が存在します。1つ目は『ノーマル種』。そして2つめは『アブノーマル種』です。

 『ノーマル種』は比較的にどの環境にも適応することが出来、様々な場所で見かけることが出来ます。一言に『ノーマル種』と言っても様々で、まあ代表的なのがグレードラゴンですね。彼らは竜族の中でも最も繁殖能力が高く、厳しい環境以外ならばどこでも生息することが出来ます。調教したり絆を深めれば人とのコミュニケーションも取りやすいので、初心者にはおススメの竜ですね。バランス型のグレードラゴンの他にも、スピード型のハヤブサドラゴンや、パワー型のストロスドラゴンと言った、用途に応じて力を発揮してくれる頼もしい竜種もいます。彼らは人と共生し、日々協力し合って生きています。

 そして『アブノーマル種』。彼らは外観も能力も『ノーマル種』とはまったく異なっていて、厳しい環境下の中に生息している事が多く、謎の多い竜種です。……もちろんヴェールさんもその一種ですが」


 と、3人の視線がヴェールに注がれるが、本人(本竜?)はふん、と鼻から息を吐き出してふんぞり返った。


「一般的に知られている『ノーマル種』とは異なり、『アブノーマル種』の竜種にはそれぞれ別名という名前が付けられていて、例えるならゼノ団長の愛竜――バーニングドラゴンのジンですね。ジンは『アブノーマル種』で、別名を紅蓮火竜と言います。別名で呼ばれることはあまりありませんが、竜族にとって別名は誇りですから。覚えておいてくださいね。

 その他にも、海域に住む群青水竜(ぐんじょうすいりゅう)のシードラゴン。

 森林地帯に住む深緑木竜(しんりょくもくりゅう)のフォレストドラゴン。

 鉱山地帯に住む褐色岩竜(かっしょくがんりゅう)のロックドラゴン。

 積乱雲や磁気を帯びた火山灰の中に現れる閃光電竜(せんこうでんりゅう)のスパークドラゴン。

 嵐の化身と呼ばれている緑青嵐竜りょくしょうらんりゅうのストームドラゴン。

 竜の理想郷という場所に住む純白白竜(じゅんぱくはくりゅう)のホワイトドラゴン。

 史上最強の強者漆黒黒竜(しっこくこくりゅう)のブラックドラゴン……」


 休むことなく流暢に流されていくウィードの言葉は、次から次へとアズの頭の中に流れ込んでくる。すべて処理しきれない多様な種類の竜族すべての別名も覚えられないまま、ウィードはどんどんと進んで行ってしまう。


「王族にのみ従う月光銀火竜(げっこうぎんかりゅう)のシルバードラゴンと日光金火竜(にっこうきんかりゅう)のゴールデンドラゴン。この2種に関しては特に謎が多く、金と銀でつがいになることだけ分かっています。

 そしてセブンスドラゴンのヴェールさん。残念ながら別名はありませんね。今の所は幻の存在だったので、存在自体が明確ではなかったので」


「そうなの?」


 隣で大きな欠伸をしているヴェールに尋ねると、


『ま、俺の存在自体がイレギュラーみたいなもんだから』


 と、とてもめんどくさそうに答えたのだった。


「ヴェールさんを見た時は、本当に信じられませんでした。まさかセブンスドラゴンが実在していたなんて……いや、本当に俺は感動しましたよ!」


「おとぎ話の中の存在だったものねぇ」


 足を組みなおしてアリスも頷き、興味深げにヴェールを見つめる。


「アズがこの世界にやってくる1週間ほど前に、私たちの前にセピアノスが現れてこう言ったの。――――『これより異世界へ渡り、このクリスタニウムを救う救世主をセブンスドラゴンと共に連れてくる』……って。だから貴女がヴェールと共に現れた時は、貴女がセピアノスに選ばれた救世主だとすぐに分かったのよ」


 だから初対面のゼノや飼育室にいた人々にあんなに驚かれたのかとようやく理解する。一見したところまったく救世主としての特別な要素を持ち合わせていないアズが、なぜ一目みただけでセイレーンかと問われたのか疑問に思っていたのだ。

 

 セピアノスがそう言ったのならば、そばにセブンスドラゴンのヴェールが居ればアズがセイレーンだとすぐに分かるわけだ。うん、納得した。


「……以上が、今の所確認されている竜族たちです。すんごく簡単にまとめただけですけど、お分かり頂けましたか?」


「……と、とりあえずは」


 苦笑して頷くアズを見て、ウィードもつられて同じような顔をする。


「ちょっと簡潔にまとめすぎましたかね?でもあんまり内容を深くすると俺が暴走しちゃうので、このくらいで締めといて続きはまた後日ってことで……」


「ぼ……暴走?」


「竜族の事になると熱くなり過ぎちゃうのよ、彼は」


「また何か聞きたいことがあればいつでも飼育室に来てください!俺は竜の調教師と世話係やってるので、ほぼ確実にいます」


『ねえ。それよりも俺にクリアクリスタルちょうだいよ。あれないと不便なんだよ』


 ずいっとアズとウィードの間に割って入り、ヴェールがのそのそとウィードに近づいて言った。アリスが「そうだったわ」と手を打って頷く。


「そうね、貴方には必要だもの。ウィード、予備はまだあったわよね?すぐに手配してちょうだい」


「あっ、はい!」


 アリスに気を付けの姿勢で答え、ウィードは鞍を抱えてパタパタと会議室を出て行った。


「……何のために無線機を渡したのか、まるで分かっていないわね」


 そんなウィードを呆れたような視線を送ってアリスが見送る。

 

 ……あ、無線機ってあるんだ。じゃあ別にウィードがわざわざ走って飼育室まで取りに行く必要はないいんじゃ?

 

 この会議室があるのは4階で、飼育室があるのは地下1階(浮島なので地下という言い方は正しくないかもしれないが、皆そう言っている)。おまけに飼育室に行くにはあの長い園庭を抜けなければならない。それだけでもかなりの距離があると思う。


 一体いつ戻ってくることやら……そんな事を考え、アズはすり寄ってきたヴェールの頭を撫でながらアリスに尋ねた。


「クリアクリスタルって何ですか?」


「様々な用途に転用可能な万能クリスタルよ。ここでは主に結界を無効化させる役割に使われているの。このガーデンの周囲には特殊な結界が張られていて、ブレイクリスタルを持つノワールや竜族は入れないようになっているの」


『うむ。忌々しいことこの上ないね』


 ノワールが入れない事はいいとしても、何故竜族までもが対象になっているのだろうか。


 怪訝な顔をしたアズに察しがついたのか、アリスが肩をすくめて苦笑した。


「……本当は竜族まで排除対象にしたくはなかったのだけれど、野生の竜族の乱入が度々起こってしまって……昔、一般人に大きな怪我を負わせてしまった事があったの。それ以来は、例えこのセピア・ガーデンやルディアナ王国で調教された竜でも無断入園が禁止になってしまって。飼育室に繋がる入口には結界がないからどんな竜族でも入れるけれど、ここで加工された特殊なクリアクリスタルを付けていないと結界を超えて直接セピア・ガーデンに入れないように制限をつけたのよ」


「……クリアクリスタルを付けていない竜がその結界に当たるとどうなっちゃうんですか?」


「弾き返されるわ。無理にでも突破しようとすれば突破できるかもしれないけれど、たぶん無事では済まないでしょうね」


『ホント人族って臆病だよね。だから長生きできないんだよ』


 あざ笑うヴェールの頭を無言でべしっと叩いて窘めると、アリスは自嘲気味に笑って「そうね」と肩を落とした。


「人の心は脆くて壊れやすいから、だから簡単に影に付け入られてしまうのよね……」


 そう言ったアリスの目は、とても悲しそうに窓の外に向けられた。





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