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クリスタル・クロニクル  作者: 氷柱
14/48

12 心の闇

 シャドウ出現による緊急事態宣言がされてから10分――。

 ところ変わって、ここ飼育室でも人々の混乱と不安に満ちた声で埋め尽くされていた。


 神殿内とこの飼育室で流された放送は違い、神殿では一般人・及び非戦闘員の避難場所はエントランスとされているが、飼育室内ではそこに結界が張られることになっている。


「(どうなっちゃうんだろうか……)」


 そして、その結界の境界線際に立つ青年、竜専門調教師兼世話係りであるウィード・ザクネルは、なぜか鞍を胸に抱えてオロオロしていた。


 人は地震や災害に見舞われた時などパニックに陥るとき、どんなに必要の無い物でもその時持っていた物を持って逃げてしまう場合がある。彼の場合が取り外していた最中の鞍なのであって、今必要がないと分かっていても抱えて結界に転がり込んだ。


 その鞍を胸に抱きかかえ、ウィードは深々と溜息を漏らした。


 人の慌てふためく様子に圧されてか、それとも本能的に感じ取っているのか。繋がれている竜たちも落ち着かない様子で動き回っている。


 その中で特にウロウロとあっちへ行ったりこっちへ行ったりと自由に動き回る竜は鎖に繋がれておらず、結界の周りをぐるぐると周り、そしてウィードの目の前で止まってはイライラ。

 なぜなら鎖で繋いでよいのか悪いのか、ウィードの判断がつかなかった為である。


『あー!なんだってこんな時に限ってシャドウなんだよ、もう!』


 先ほどから何回目かになるセリフを叫んでは、その竜――確か名前はヴェール、と言っただろうか。イライラとまた飼育室内をのっしのっしと4足歩行で歩き回るのだった。


 この世界で一番珍しく、発見例はないと言っても良いほどの幻の竜が今、ウィードの目の前にいた。

 艶やかで見るものすべてを感嘆させる美しい毛並を持つ、激レア種のセブンスドラゴン。日の光に当たると体毛が虹のように7色に輝くことからこの名前が付けられた。実際に見たことはないが、その体毛で光を屈折させ自分の姿を景色の中に溶け込ませることができるそうだ。

 一般的に知られている竜族や特別な環境で生きている竜族なんかもそうだが、竜族は人の言葉を理解できるし話すこともできるが、だからと言って進んで人族の言葉を話したりしない。付き合いが長かったり、人との絆を深めると、シンクロと言う一種のテレパシー能力で意思疎通をして相手の脳に直接話しかけてくるものなのだが、先ほどからこのセブンスドラゴンはオープンに独り言を言いまくっている。それはもう言いたい放題に、まるで自分の小言を聞いてほしいように。もちろんそれに気づいて驚いているのはウィードだけではないようで、周りの人々からも興味深げな視線を向けられている。……本人(いや、本竜?)はその視線に気づいているのかいないのか、まったく気にすることなく歩き回っている。


 他の竜族では見たことのない翼を持ち、ウィードの知る限りでは一番小柄だと思える体躯は、それでも十分に筋肉がついており、立派に成人していると思われる。……仕事柄竜に関わることが多いので、ついつい観察に夢中になってしまう。しかもあのセブンスドラゴンだ。今じっくり見ておかなければ次はいつ見ることができるのやら……。


「……はっ」


 自分の食い入るような視線に気がついたのか、ヴェールとばっちりと目があって我に返る。目を細めてこちらを見つめるヴェールに若干ビビりながらも見つめあっていることに感激していると、


『それ』


 ふいにヴェールが言葉を発した。しかも自分に対して。

 ……だが「それ」と言われて、ウィードの視線は自然と自分の抱えている鞍にいく。ヴェールも鞍の事を言っているようで、のっしのっしと近づいてきた。


『お前の持ってるそれ、クリスタル付いてる』


「え?あ、はい。ついてます」


 とっさに竜族相手に敬語になってしまったが、ウィードは構わず続けた。


「さっき帰っていらしたロージーさんの愛竜の鞍を取っていて――」


『それ俺に付けて』


「は?」


 何を言うのかと聞き返すと、ヴェールはもう一度、今度ははっきりと『それを俺に付けてって言ってんの』と繰り返した。


『今アズとシンクロ切れちゃってるんだよね。……まったく何やってんだか、シンクロ切れるくらい動揺されてたんじゃこっちも落ち着いてられないっての。俺生身のままじゃあの忌々しい結界越えられないんだよね。だからその「クリアクリスタル」が付いてる鞍俺に付けて』


 ぬっと顔を結界ギリギリに近づけて首を傾げるヴェール。ウィードは持っている鞍に視線を落として「でも、俺……」と口ごもると、


『セイレーンが死んじゃってもいいわけ?』


 その一言で、その場が一気にどよめいた。


『……別にあんたがさっさと鞍取り付けてさえくれればいいんだけどさ、ちんたらしてるとホントにアズ殺されちゃうよ。ようやく現れた救世主を見殺しにしたら、あんたは世界中の生き物に呪われながら死んでい――』


「わかりました!付けさせて頂きます!」


 ヴェールの言葉を最後まで聞くことなくウィードはばっと挙手をして遮った。自分の所有している鞍ではないので考えあぐねていたのだが、そこまで言われてしまうと「人様の物だから付けていいのかわからない」などとは言えない。


『うむ、よろしい。じゃあ付けて』


「はっ、はい!」


 この結界には竜族は入ることはおろか、触れることもできない。ヴェールは境界線ギリギリに腰を下ろして付けろと目で言った。


『もしシャドウが来ても俺が蹴散らしてやるからとっとと結界から出てさっさと鞍付けて。ちんたらしてると食っちゃうよ』


「はいいぃぃ!」


 酷い言われ様である。声は幼い少年のようにあどけないのだが、話し方が酷く雑というか、乱暴というか。それに加えて碧い目が爛々と光っており、「食っちゃうよ」はあながち冗談ではなさそうだったのでウィードは急いで鞍を取り付けにかかった。


『一体どうなってんのさ。いつからここはシャドウがうろつく危ない場所になっちゃったの?』


 鞍のベルトを腹の下に通している所でそう問われ、ウィードは手を休めずに返した。


「いえ、シャドウが現れたのは今日が初めてです。俺もここに勤めさせてもらってだいぶ経ちますけど、こんなこと今までなかったし聞いたこともないですね」


『ふうーん』


「でも、シャドウが現れるってことはノワールもいるってことですよね。一体どうやって侵入したのかな?俺はそっちのが気になるなぁ……」


 興味本位でそんなことを言ってみると、ウィードの視界に入っているヴェールの尾の先端がぴくりと動いた。不思議に思うも特に気にすることなく作業を続ける。


「例え結界の力を相殺できるクリアクリスタルを持っていたとしても、ブレイクリスタルを持っている限りは拒絶反応が出て入れないはずだし……でもでも、もしかしたらこのセピア・ガーデンにノワールの一員が先に潜伏してて、仲間を招き入れたっていう可能性も考えられますよね。――ヴェールさんはどう思います?」


『うーん、俺竜族だからそこんとこよく分かんないなぁ』


 ……なんだか急に棒読み口調になったような。


 ウィードが訝しげに瞬きをすると『終わった?』と聞かれた。頷いて鞍をぽんぽんと叩くと、ヴェールは待ってましたとばかりに腰を上げる。


『よおーし、これでようやくアズんところに行けるってもんだ。うん、ご苦労様。お前名前は?』


「えっ?あ、ウィード・ザクネルです」


 反射的に気をつけの姿勢で答えると、ヴェールはふむふむと何度か頷いた。


『うん、ウィードね。覚えた。んじゃ行ってくる』


 と、いってらっしゃいと言おうとしたウィードの前から離れていき、そして翼を広げて一気に走り出した。


「き、気をつけて下さいね!」


 後姿に向かってそう叫ぶと『自分の心配してろー』と返ってきた。なんとも素直じゃないが、ちらりとこちらを振り返って笑ってくれたような気がしてウィードは自然と顔が綻び、ゲートから空中へ飛び出して上空へ飛んでいくセブンスドラゴンを見えなくなるまで見送っていた。






**






「きゃああっ!」


 物凄い速さで飛びかかってきたシャドウが結界に体当たりをしてきたせいですぐ目の前の結界に激しい火花が飛び散り、電気のような光とバチバチという音に身を竦ませて悲鳴を上げる。その場にいた全員も次々と悲鳴を上げて、更に反対側へ押し合いながら必死に逃げようとする。


「アズ!」


 ハンナに名前を呼ばれて腕を引っ張られ、結界付近から引き離される。

 バチンという弾けるような音に続き、「ギイっ!」とシャドウが悲鳴を上げて結界から弾き飛ばされる。床にべしゃりと叩きつけられたシャドウはそれでもすぐに起き上がり、再び猛烈な体当たりを繰り返してきた。その度に火花と光が絶えず飛び散る。


 人々の悲鳴を背に、アズは茫然とその場に立ち尽くしていた。


 ……明らかに自分が狙われている。


「アズ!?だいじょう――きゃあっ!」


 背後で聞こえたハンナの悲鳴にはっと我に返る。しかし、


「あっ――」


 振り返ろうとした瞬間、ドンッと背中を乱暴に押されて視界がぶれる。そのまま結界をすり抜けて尻餅をつき、わけの分からないまま茫然と相手を見上げた。


「……」


 見たことのない男性だった。

 目は暗く沈んだような虚ろな瞳をしていて、視点が定まっていない。頭もふらふらと左右に揺れていてとても正気であるようには見えない。どうやらハンナもその男性に突き飛ばされたようでアズと同じように尻餅をついて男性を見上げていた。


「見ーつけた」


 また背後で声。ハスキーな男性の声に振り向くと、突然アズの周囲を囲むように床が黒ずみ、そこからシャドウが三体ぬっと這い出てくる。驚いて立ち上がると、いつの間にかアズの目の前に黒い服を着た男が立っていた。


「全然見つかんないと思ったらこんな所で縮こまってたのかよ。おまけにクリスタルも出せないなんて……どうりで探しても見つかんないはずだぜ」


 首を振りながら深々と溜息をつく男になんとなく見覚えがある。アズは目を細めて男を凝視し――思い出した。


「海の上であっけなくヴェールに叩き落とされたノワール!」


「あっけなくねぇ!お前の竜がチート過ぎるだけだろ!?」


 びしっと指を指して叫ぶと、血相を変えて叫びかえすノワール。登場してすぐに叩き落とされたせいで中々思い出せなかったが、たしかあの灰色の竜に乗っていた男に間違いない。


「ったく。お前の竜のせいで散々だぜ。頭がくらくらするわ、海面に叩き付けられた背中は腫れて痛いわ、服は濡れるわ薄情者のレイズとラフィエルには置いて行かれるわ……。思い出しただけでもすっげえムカつくけど、そのおかげでこうして敵の本拠地に潜入できたわけだし良しとしてやる」


 黒い前髪をかき上げて男が不敵に笑った。左手を差し出して指を鳴らすと、床から更にシャドウが三体這い出てくる。アズは竦み上がって一歩後ろへ下がった。


「あの時の礼を今ここで返してやるよ、セイレーンモドキが」


 途端に周囲でどよめきが起こる。背後で人々の喜びと不安と安堵の声が聞こえてくる。


「アズ……セイレーンだったの?」


 ハンナの驚いたような声も聞こえ、アズは下唇を噛みしめて男を睨んだ。

 ……この男、確信犯だ。アズがクリスタルを出せないことを知ってて嗾けている。


「そんな怖い顔すんなよ、セイレーンモドキ。悔しかったらクリスタルを出して反撃でもしてみろよ。――ほらっ!」


「!?」


 男が手を横に薙ぐと、それを合図にシャドウが一斉に飛びかかってきた。顔を背けそうになって踏みとどまり、アズはキッとシャドウを睨み据えて覚悟を決めた――そっちがその気なら、あたしだってやってやる!


「――はあっ!」


 腰の回転を加えて力いっぱいの回し蹴りを繰り出すと、確実な手ごたえ。実態のないはずのシャドウを思い切り蹴り飛ばしてアズは床に手をついた。


「は……はあああぁぁぁ!?なにそれ!?そんなの有りかよ!」


 相手にとっても予想外の出来事だったらしく、なんだか泣きそうな顔で叫ばれた。

 ……実際、アズ自身も絶対に蹴り飛ばせないと思っていたので、「あれ……蹴れた」とぽかんとした顔で呟いてしまった。


「ちぃっ!おい、もっと出せ!」


 ……と、感動していたのもつかの間、男が叫ぶと更に増えて床からシャドウが湧いて現れた。「げ」と顔をしかめていると、背後でハンナの声が聞こえた。


「アズ!この人が媒体です!」


 ばっと振り返ると、ハンナは先ほど突き飛ばされた、あの正気でない男性を指差していた。

 そういえば、心をこじ開けられた人はノワールの操り人形になって、クリスタルマスターでしか心を閉じることができないと言っていたような……。でも今のアズはまだクリスタルを出せないし心の閉じ方なんて分からなかった。


 胸は熱く火照っているのに、まったくクリスタルを出せそうにない。セピアノスの声もいつの間にか消えてしまっている。


「ハンナ!その人の心閉じれる?」


「えっ……」


 途端にハンナの顔に影が落ちる。アズが首を傾げると、


「私……ダメなんです……私じゃ出来ないんです!」


「ハンナ……?」


 何か理由があるのだろう。ハンナは拳をぎゅっと握りしめ、俯いたまま続けた。


「私のクリスタルは何の役にも立たないんです!人を助けることも、人を癒すことも……戦うことだって出来ません!」


「へえ……」


 背後で男が笑ったような気がして、アズは再び男に向き直る。


「いつまで持つかな?こっちは無限に湧き出るシャドウ。そっちは……まあ、たかが知れてるけど」


 そうこうしている間にも、アズと男の周囲に次々とシャドウが湧いて出てくる。いくらアズの蹴りが通用すると言っても数が違いすぎる。圧倒的にこちらが不利だった。


 電車に出没する痴漢男や自分の足で逃げる窃盗犯とは違うのだ。このままだと本当に殺されてしまうかもしれない。


「(まだダメなの?……セピアノス)」


 自分に何が足りないのか。それがクリスタルを出せない原因なのか。




――良くも悪くも、強い心の持ち主だけが、こうして心から想いを抽出してクリスタルとして具現化させることができる……。




 アリスの言葉が脳裏に浮かぶ。

 ……強い心。

 それはどういった意味で強いのか。

 またはどういった想いで心が強くなるのか。


「(……ダメ、分からないよ)」


 拳をぎゅっと握りしめ、アズは悔しくて男を睨むことしかできない。


「増援来られても困るし、そろそろ世界のために消えてもらおうか?セイレーンモドキ」


 男の顔に勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。右手を高く頭上へ掲げ、


「――さあ、絶望しろ」





 腕を振り下ろそうとした、その時だった。





「――!?」


 何かを感じ取ったのか、男ははっと頭上を見上げるとその場から一気に後ろに後退した。


 瞬間、



ズドオオォンッ!!



 上から何かが物凄い速さで落ちていて、さっきまで男の立っていた場所に突き刺さる。大理石が粉々に砕け、破片が辺り一面に盛大に飛び散る。アズは顔を腕で覆ってどうにか堪え、閉じていた目を開けて――目を見開いた。


「やり過ぎだクラウス!もっとスマートに出来ないのかよ!?」


「あいつの顔見てスマートになんか出来るか」


 噴煙を振り払うようにぶん、と腕を振り、姿を現したのはクラウス・リオベルト。後に続いてジークも上から降ってきたが、着地するなりガミガミとクラウスに言い寄る。

 当の本人は鬱陶しそうに顔をしかめ、自身の身長の2倍はあろう巨大な大剣を軽々と持ち上げて肩に担いで吐息した。……青く輝くその大剣は細かい所まで不思議な模様が彫られており、太く厳つい外観を柔らかく、尚且つ美しいものに魅せている。


 あれが、クラウスの心が具現化したクリスタル――。なんて大きくて存在感があるんだろう。見ているだけで圧倒されてしまう。


 言葉も出せずに突っ立っていると、男がクラウスに「ちっ」と盛大に舌打ちをする。


「一番見たくもねえ面したガキに合うとはなぁ。俺もとことんツイてないぜ」


「それは良かったな、ゾイス。お前のその悪運もここまでだ。今日こそ監獄送りにしてやる」


 男――ゾイスは、「はっ」と蔑むように鼻で笑った。


「顔とスペックが良いからってしゃしゃるなよ、小僧が。今日は盛大なイベントがあんだよ。お前なんかにイチイチ構ってられっか!――やっちまえ!」


 一斉に飛びかかってくるシャドウを睨み据え、クラウスは肩に担いでいた大剣をゆっくりと持ち上げる。そして、


「くだらない」


 両手で柄を掴んで一閃。飛びかかってきたシャドウを一刀両断して、クラウスは吐き捨てた。


「ただのシャドウで俺を倒せると思ってるのか?」


 床に叩き付けられたシャドウは反動で宙に浮きあがり、苦しげな悲鳴を上げて霧のように霧散して消えてしまった。

 しかし、シャドウを倒されてしまったというのにゾイスは顔色一つ変えずに首を振った。


「あー、怖い怖い。さすがはセピア・ガーデン屈指のエリートマスター様だ、マジで恐れ入ったぜ。……結界の中で縮こまってる役に立たない小娘とは大違いだな」


「!」


 ゾイスがニヤリと笑って指差した先には床に座り込んだままのハンナの姿があった。ビクッと肩をすくめて胸の前で手を握り、カタカタと小さく震えている。


「あ……わ、わたし……」


 睨むようなクラウスの視線にたじろいでハンナが口を開くが、言葉にならない。そんなハンナを見下すようにクラウスが見下ろし、冷たく言い放った。


「そこで何をしている?お前はクリスタルマスターだろうが、ハンナ・ディオール」


「あ、う……」


「そこにいていいのは一般人と非戦闘員だけだ。お前はそのどちらでもない。何故クリスタルマスターとしての義務を果たさない?」


「……」


「ハンナ……」


 今にも泣きそうなハンナの傍に腰を落として、ジークはなんとも言えない顔をする。そんなハンナにたたみ掛けるようにゾイスが口を開いた。


「別に気にしなくたっていいんだぜ。弱くて役に立たないならそこでじっと待ってればいいんだからなぁ。なんでお前みたいなのがクリスタルマスターになれたんだか。不思議でしょうがないね」


「ちょっと!」


 さすがに黙って聞いていられず、アズは睨み合うゾイスとクラウスの間に割って入った。途端にクラウスに怪訝な顔をされる。


「……何故結界の外にいる?」


 ……まさかとは思ってたけどコイツ、あたしの存在に気づいてなかった?

 アズは半眼でクラウスを睨むのもそこそこに、ゾイスに向き直って人差し指をびしっと突きつけた。


「あんたはあたしに用があるんでしょ?ハンナも他の一般人の人たちもみんな関係ない!」


「クリスタルも出せない奴が何を偉そうに。お前の相手なんて後でいくらでもしてやるっての」


 呆れたような顔でそう言われて「うっ」と言葉に詰まると、足元に突然影が広がったことに気づかずに反応が遅れてしまった。


「アズ、下!」


 ジークの叫ぶ声と共にシャドウが足元に湧き上がり、長い手足に体を拘束されて身動きが取れなくなった。体に密着するシャドウは身震いするくらいに冷たく、ぞわぞわと鳥肌が止まらない。


「別にシャドウでお前らクリスタルマスターを倒せるなんて思っちゃいない。お前らの足止めは「そいつ」で充分だろ」


 ニヤリと意地悪い笑みを浮かべ、ゾイスがすっと右の手のひらをクラウスに向かって差し出した。するとそこに赤黒いもやを纏った小さなクリスタルが現れる。


「お前に感謝するぜ、小僧。おかげでクリスタルマスターを手駒にできた」


「……! ジーク!離れろ!」


 クラウスが血相を変えてジークに向き直るが、ジークはすでにハンナから距離を取って結界の外に避難していた。……愕然とした表情で目を見開き、ハンナを凝視していた。





 俯いたままだったハンナが、ゆっくりと立ち上がる。





「さあ、お前の本当の力を奴らに見せてやれ」


 呟くようなゾイスの声に促され、俯いていたハンナの顔が正面を向く。


 虚ろで空虚な瞳が赤く輝き、真っ直ぐにクラウスを見据える。


「ハンナ……」


 もう声も届かないのだろうか。ハンナは虚ろな表情のまま自分の胸にそっと手を当て、




「――奏でて。幻想の竪琴(ファルシオン・ハープ)




 静かな、けれどはっきりと聞き取れるくらい大きな声で、呟いた。



ようやく更新できました。

12話目にしてやっとここまできた……。


次のお話でアズの本領が発揮される!……はず^^;笑

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