10 気配
最近めっきり更新が遅くなってしまいます……。
それでもちょこちょこ覗きに来て下さる方々がいてくれて、「ああ、頑張ろう」と言う気持ちになりました^^
氷柱、更新します!(笑
「まあ、見て。御三方が今お帰りになったわ」
2階へ続く階段からエントランスを見下ろしていたアズの頭上から女性の声が聞こえてくる。見上げると、アズと同じように階段の手すりから身を乗り出してエントランスを見ている2人の黒い制服を来た女性が目に入る。
「本当だ。三日前から見かけないと思ったら3人一緒に任務へ出ていたのね」
「仲がよろしいのねぇ。羨ましいわ」
うっとりとした表情で女性が溜息をつき、「さ、仕事に戻りましょ」と連れ立って階段を上っていく。アズはそんな2人を黙って見送り、眼下にもう一度視線を落とす。
御三方……仲がよろしい……任務……?任務ってなんだろう?
「あれ?」
エントランスを見ても先ほどの3人がいないことにようやく気付き、アズはキョロキョロと探し回る。さっきまで下にいたのに一体どこに……。エントランスにいる人々は次第に散り始め、自分たちの用事を済ませようと動き始めていたが、数人の女性はこちらの方を見ている……。
……ん?なんでこっち見てるの?
「そんなに身を乗り出したら危ないよ?」
声をかけられたのはその時だった。
「え?……わっ!」
肩越しに振り返ってから、慌てて手すりから体を戻す。別に驚くことでもないのだが、アズはなんとなく恥ずかしくなってスカートのすそを払った。
目の前、というかアズのいる位置からすると下になるのだが、1階から上がって来た3人の少年がいた。
先頭に完璧なまでの無表情の金髪少年。アズから見てもとても綺麗な容姿をしていて、どことなく中性的な顔をしている。右側の揉み上げがとても長いのが特徴的で、動くたびにサラサラと心地よく揺れている。
そしてその後ろに並んで、ツンツンとした黒髪の東洋系の顔立ちをした少年に、茶髪の優しそうな表情をした西洋系の顔立ちの少年。その2人もとても整った顔立ちをしており、その3人がさっきまでエントランスにいた3人組だとすぐに分かった。
「スカート穿いた女子がそんなに前かがみになるのは感心しねえな~」
「……口、笑ってるから」
にやにやと笑う黒髪の少年を茶髪の少年が半眼で突っ込む。金髪の少年はさっきから金色の双眸でじっと睨むようにアズを見たまま口を開かない。
「あ、はは。すいません……」
なんとなく居心地が悪くなったので苦笑いをしながら謝ると、茶髪の少年が笑いながら前で出てきた。
「謝らなくていいよ、君は何も悪くないんだから。……この階にいるってことは、クリスタルマスターなの?」
その問いに数秒考えを巡らせて、「はい、一応……」とまた苦笑する。
正確にはまだクリスタルを出せないのでクリスタルマスターとは言えないのだが、また大騒ぎをされると困るのであえて濁す。
「へえ、じゃあ新入りだな。……俺、ジーク・アロッソン。19歳。気兼ねなく「ジーク」って呼んでくれ」
と、黒髪の少年――ジークがにこっと爽やかな笑みを浮かべて手を差し出す。
「アズ・キサラギです。……えっと、もうすぐ17歳になります」
「17!年下か~。うん、いいな」
何が「いい」のかよくわからないが、「ジークの事は気にしなくていいからね」と茶髪の少年がジークをどかして手を差し出してくる。
「俺はウィル・ハドソン。18歳。アズって呼んでもいい?」
「はい!よろしくお願いします!」
ウィルの優しい笑顔で安心して握手を交わす。そしてなんとなく流れ的にアズとジーク、そしてウィルの3人の視線が金髪の少年の所へと集まり、
「…………なぜ俺を見る?」
「いや、普通に考えてお前の番だろ?」
腕を組んで眉を寄せ、思い切り迷惑そうな顔をした金髪の少年。ジークが溜息混じりに少年の肩に手を回し、ぐいっと自分の方へ引き寄せてアズににっと笑って見せた。
「こいつ、俺の昔馴染みのクラウス・リオベルト。こんな親父くさいしゃべり方してっけど俺と同い年な」
「おい」
「自己紹介くらいきちんとしなよ、クラウス。それだからいつまで経っても皆に怖がられるんだよ」
ウィルに窘められ、不機嫌そうだったクラウスの表情がさらにキツイものになる。
「余計なお世話だ。……部屋に帰る」
「あ」
ぱっとジークの腕を振り払い、クラウスは不機嫌そうな表情のままアズの横を素通りしてそのまま上の階へと姿を消してしまった。思わず唖然としたまま見送っていると、ジークが笑いながら頬をぽりぽりと掻いた。
「悪いな、めちゃくちゃ無愛想な奴で。でも根はすっげえいい奴なんだ、許してやってくれな」
「人見知りなだけだんだ。人に慣れるまでに時間がかかっちゃうんだ。ごめんねアズ」
「あたし全然気にしてないんで大丈夫です。……ちょっと驚きましたけど」
へへ、とアズが笑うと、2人も顔を見合わせて笑った。
どうやらあの無愛想なクラウスは本当に悪い人ではないようで、ジークとウィルが庇うようにフォローをしているのがその証拠。アズはまだクラウスの事は何も知らないが、無表情で無愛想だけどそこまで悪い気にはならなかった。
アズ1人がクラウスに嫌われているようならもちろん話は別だが。
「ガーデン内の案内は一通り終わってんの?」
頭の後ろで手を組んでジークが尋ねる。
「まだ途中です。ゼノとアリスに案内してもらってたんですけど、2階に上がる途中で黒い制服を着た男の人が……なんだっけ?指令室……に来てほしいって言ってて」
思い出しながら答えているアズの顔を見て、ジークとウィルは2人して怪訝な顔をする。
「団長と副団長自ら案内?」
「2人が一緒になんて……アズって何者?」
「へ?」
そう言われても答えようがない。アズは返答に困って顎に手をやった。
……失言だっただろうか。あの2人がわざわざ新メンバーに園内を案内して回るなんてことは普通はしないようだし、言ってしまった後だから言い繕うのもなんだか逆に怪しまれてしまうだろうし……。
む~、と変な唸り声を上げながら考えあぐねているアズを見て、ジークとウィルは肩をすくめて「ま、深くは追及しないけど」と言ってくれた。
「案内が途中なら、俺らが引き継いでやるけど」
な?とジークがウィルに笑いかけると、「うん、いいよ」とウィルも笑う。
「え、でも2人は任務帰りだって」
「別に3日くらいの任務じゃ疲れないって。俺たちタフだしな」
「ジークは無駄がつくくらいタフ過ぎるけどね。どっちかっていうとクラウスのが繊細な感じがするよ。俺は」
「そうかぁ?……ま、せっかく歳の近い後輩が入ったんだ。気合入れて案内してやるよ」
「ありがとうございます!」
頭を下げてお礼を言うと、ウィルがくすくすと笑って「敬語やめてよ」と笑った。
「なんだが歳近い子に敬語使われると距離が遠くなる感じがするんだよね。なんていうの?他人行儀みたいな」
「ああー!それわかる!俺も敬語嫌いだ。年上に使うのは別にいいけど自分が使われるのぜってーヤダ!……ってことで今から敬語なし!」
びしっと指を指され、アズは目を白黒させながらも「は……じゃなくて、うん」としどろもどろに頷いた。年上に敬語なしとか結構歯がゆいものがある。アズはできるだけ気にしないように、自然になるように努めた。
「ゼノとアリスは1時間くらいで戻るって言ってたんだ。その間にここら辺を見て回ろうと思って……」
「ふうん。じゃあ手堅く2階から攻めようぜ」
ジークが先だって階段を上り、2階を指差した。
「1階は一般人が立ち入れる唯一のエントランスで、俺たちクリスタルマスターの玄関でもある。で、2階からが多目的フロアになんだけど、まあ色々ありすぎるな、ここは」
「この神殿は全部で4階。1階がエントランス。一般の人はここで様々な依頼をクリスタルマスターに出せることが出来て、俺たちはそこで大きな任務から軽い仕事なんかを受けられる。2階が食堂や修練場、図書館や談話室とかがある多目的フロア。3階がクリスタルマスターや庭師、ここで働いている職員の人たちの部屋があるプライベートフロアで、4階が会議室や指令室、資料室とか研究室、任務に関わる仕事が出来るビジネスフロア。……大雑把に説明するとこんなもんかな」
「色々あるんだね~」
大雑把に、とは言うものの、アズは右から左に聞き逃さないようにするので精いっぱいだった。外から見たときから大きな神殿だと思ってはいたが、これだけ広いならまだ他にも施設はあるのだろう。この神殿以外にも、この大きな浮島に密接してくっついている小さな浮島もいくつかあったのを覚えている。
「んで、ここ以外にも色々あって――」
先頭に立って説明しながら歩いているジークの背中を見ていたその時、不意に嫌な気配を感じてアズは
足を止めた。ジークの声が遠ざかり、耳に入らなくなる。
「……アズ?」
立ち止ったアズを不思議に思ったウィルが後ろで同じように立ち止る。アズはそれに答えられず、今も感じ続けている異質な気配におびえて辺りを見回した。
どこからともなくじわじわと広がっている気配――それは、とても冷たくて思わず身震いしたくなるような感覚。その気配がゆっくりと広がる度に肌が泡立ち、鳥肌が止まらない。
なに、この嫌な感じ……。
自分の肩を抱きしめて震え続けているアズに2人は戸惑いの表情を浮かべ、ウィルがアズの肩にそっと手を置いた。
「大丈夫?寒いの?」
「風邪か?だったら医務室に連れてった方がいいんじゃねえか?」
だがアズは首を何度も横に振る。これは風邪とかとは全然違う。
「ふ……2人は何も感じないの?」
「感じる?……なんか感じるか?」
ジークがウィルに尋ねると、怪訝な顔をしながらウィルは首を横に振る。
……どうやらアズにしかこの気配を感じ取れていないようだった。そうこうしている間にもじわじわと気配が広がっていくのが手に取るようにわかる。
自分にしかわからないせいで酷く焦りを感じる。なにか嫌な事が起こりそうで……。
耳を劈くような警報がセピア・ガーデン内に鳴り響いたのは、その時だった。
「な、なに!?」
大きな音に驚いて肩をすくませる。アズとは対照的にジークとウィルは驚く様子はなかったが、顔つきがさっと険しいものへと変わる。どうやらただ事ではないようだ。
『緊急事態発生!緊急事態発生!ガーデン内数か所にシャドウの存在を確認!ガーデン内にいるすべてのクリスタルマスターは直ちにシャドウの排除に向かえ!非戦闘員及び一般人は速やかにエントランスの中央に展開される結界に避難せよ!繰り返す……』
天井に付いている白い大きなスピーカーから切羽詰ったような男性の声。アズはそれを見上げ、胸に手をやった。
「シャドウ……」
ここに来てから何度が聞いた名前。影という意味だろうか、排除ということは人に危害を加える生き物なのか、それ以外なのか……。
「(影……混沌の……?)」
アズはふと、セピアノスが言っていた言葉を思い出していた。混沌の影が溢れてしまうと、世界は破滅の一途を辿る、と。
ぼんやりとそんなことを考えていると、ウィルにぐっと肩を掴まれて我に返る。はっとしてウィルと見ると真剣な顔つきでアズを見ていた。
「アズ、今の放送聞こえたよね?」
「あ、う……うん」
「アズはまだ新米だし、今無理に戦うのは酷だと思う。だからアズは一般の人たちと一緒にエントランスに降りて結界の中で待ってて。いいね?」
有無を言わさぬ物言いに返す言葉もなく、アズは黙って頷いた。今すぐに戦えるわけでもなく、居てももちろん足手まといになってしまうだけ。
アズが頷くのを確認してウィルはジークの隣に立った。
「俺たちは3階に行こう。まだ非戦闘員が逃げ切れてないとまずいから」
「おう。――アズ、くれぐれもすっ転ぶなよ!」
「転ばないよ!あたしこれでも運動神経だけはいいんだから!」
ムキになるアズに笑って手を振り、2人は凄い速さで3階へと駆け上がっていった。アズはそれを最後まで見送らず、自分も踵を返して階段を一気に駆け降りた。
今の自分に出来ることは、とにかく邪魔にならないように避難する他ない。……悔しくないと言えば、もちろん嘘になる。アズはセピアノスに選ばれたこの世界を救うセイレーンだと言うのに……。
「……っ」
アズは何もできないことへの怒りと悔しさに歯を食いしばり、階段を駆け下りていった。