■ シーン7
卓也は中流のごく一般的な家庭で育った。
会社員の父、パート勤めの母、そして三才上の姉がいた。
どこにでもある普通の家庭。
だがそれは経済的な意味合いだけで、家族の絆や愛情とは縁遠い生活だと言っても良かった。
両親は見合い結婚だったらしいが表面上は仲の良い夫婦だ。
しかし、お互いが理解しあい信頼しあった関係だとは卓也には思えなかった。
姉の和美にしても、子供の頃からどこか醒めていて斜に構えたようなところがある。
母親に対してはよく皮肉めいた口調で受け答えをしていたが、ほとんど両親とは話さない姉だった。
父も母もどちらかといえばあまり口数は多くなく、最低限の必要な会話しかしない家族。
そんな家庭の中で育った卓也は、自分の家族のことを
出来るだけ家庭に波風が立たないように深く関わることのない、
ただの同居人程度の繋がりの家族だと幼い頃からいつも感じていた。
ひどく親に叱られたこともなければ、姉と大きな喧嘩をしたこともない。
他の家の子供のように勉強を強いられることもなく、比較的自由にはさせてくれたが、
逆に卓也にとっては両親の愛情を感じ取れない味気のないものにも思えた。
中学校時代から音楽にのめり込み、成績が芳しくなかった時も
高校卒業を目前にしてもなお進路を決めかねている時も、姉の和美は皮肉をこめて
「我が家のぼんぼんはよろしいなぁ」
と言ったが両親は卓也に何も言わなかった。
いずれは音楽で身を立てるつもりで、とりあえずフリーターの道を選んだ時でさえ
両親は責めることもなく、黙ってそれを受け入れた。
今回上京を決め、家から出て行くことも家族には報告したが誰も反対せず、
また激励の言葉も特にはなかった。
俺は元から誰にも期待なんてされていないんだ・・・・
小さい頃から、いつもそうだった。
期待されるどころか、父さんも母さんも姉に接する態度以上に
どこかよそよそしい態度で俺に接していた。
それはどうしてなのか、今でもわからない。
もしかすると自分の体に刻まれた傷に、両親なりの罪悪感でもあるのだろうか。
物心ついた頃から我が身の背中にある大きな傷跡を卓也は思った。
この傷について卓也はまったく記憶がない。
いつ、どうして、この傷がついたのか・・・・
以前、姉の和美が
「あんた、ほんまになぁんにも覚えてないんやね・・・・」
と洩らしたことがあるが、あれはどういう意味やったんやろう。
普段から皮肉っぽく謎めいたことしか言わない姉だが、
その言葉だけは何故か未だに忘れらず
卓也の心の奥深くに、小さな棘のように刺さり、時々ズキズキと疼く。
忘れた何かを思い起こさせるような鈍い痛み。
あれは……
取り留めのない想いを巡らせ夜を走り続けるバスに揺られているうちに、
だんだんと卓也の瞼が重くなってきた。
心地よい睡魔が夢の入り口に誘い、卓也はそれに身を任せるように
ゆっくりと瞼を閉じる。
もう窓の外には、故郷の京都の街の灯りはひとつもなかった。