■ シーン4
テーブルを挟んで、向かい合う時枝と若者の間には気まずい雰囲気が横たわっていた。
自分から誘ったものの、時枝は会話のきっかけを見出せなかった。
若者の方も、時枝の言葉にのこのこと付いてきたが見知らぬ年上の女の真意が何なのかさっぱりわからず
ただ温かい場所に行きたい気持ちだけで時枝に付いて来たのを少し後悔しているのだった。
お互いが話すきっかけを探っている状態がしばらく続いた。
テーブルの上には時枝が入れた二人分のコーヒーが淡い湯気をあげ、やわらかに揺らいでいた。
クゥ・・・・
静寂を破って若者の腹が鳴った。
「ぷっ!」
笑い出す時枝。
「うわっ!俺、なんてベタなんや、ダメダメやん」
顔を真っ赤にして嘆く若者に、時枝の気持ちは幾分か楽になった。
「笑ってごめんね、お腹減ってたのね」
「すんません。気にしないでください」
「良かったらこれ食べて」
時枝が差し出したサンドウィッチを見て、若者はゴクリと生唾を飲んだ。
「い、いや、でもこれはお姉さんが食べるつもりで・・・・」
若者がそこまで言うと、時枝は苦笑して
「ふふっ、気を使っちゃって。おばさんでいいわよ」
と言った。
「とんでもない!そんな失礼なこと」
若者は首を振った。そして
「そういえばまだ俺の名前言ってなかったですね。俺は高尾卓也って言います、もうすぐ22歳になります」
「高尾くん?」
「気軽にタクって呼んで下さい」
「私は相沢時枝よ。よろしくね」
ようやくお互いの自己紹介も済んだところで、少し二人の間の空気は緩み始めていた。
時枝は微笑んで、もう一度卓也にサンドウィッチを勧めてみた。
卓也は最初遠慮していたが、空腹には勝てずついにはサンドウィッチに手を伸ばす。
美味そうにサンドウィッチを貪る卓也に、時枝は
「ねえ、どうしてあんなところで寝ていたの」
と聞いてみた。
卓也はむぐむぐと咀嚼しながら、言葉を選んで
「金がなかったから」
とだけ答えた。
「お金がないの? 貴方、家は?」
「俺、実は京都から出てきたばっかで金は全部取られちゃったんですよ。
まあ、昨夜ちょっと揉めたってこともあるんやけど」
「もめた? 喧嘩ってこと? その傷はその喧嘩で」
「喧嘩ってよりも一方的やったなぁ。昨夜、路上で歌ってたら女の子が声かけてきて・・・・」
卓也の言葉に、時枝は昨夜のシーンを思い出す。
何曲か歌い終わった卓也に親しげに話しかける女の子の姿、それに応える笑顔を。
「ああ、それなら私、丁度見ていたわ」
「あの娘ね、俺が京都から来たって言うたら、良かったら一緒にご飯食べに行こうって誘ったんですよ。
美味しいところ知ってるからって」
時枝が黙ったまま相槌を打つ。
「のこのこ付いてった俺も鈍臭かったんやけど、しばらくしたら
ガタイのデカイ兄ちゃんが絡んできて。俺の女に手ぇ出した! 言うて」
「それで殴られたの」
「もういきなり。殴られて財布取られて」
「計画的だったのかもしれないわね。最近、そういうこと多いらしいから」
時枝がそう言うと卓也は、肩をすぼめながら
「まあ、あんまり財布の中には入ってなかったんですけどね。
それより前に騙されて大金はたいたから・・・・」
と言った。
時枝は驚いて
「それって、どういうことなの。詳しく教えて」
と捲くし立てた。
ライターとしての性分が湧き上がってくる。
京都からやって来た卓也が騙され、大金を取られたことに興味をかき立てられた。
何故、どうして。
全てを聞かずにはいられなかった。
今、時枝の目の前にいるのは明らかに取材対象なのだ。
卓也は最初、余計なことまで口走ってしまったと後悔したが
時枝の気迫に圧倒され、ついに渋々と重い口を開いて
ぽつりぽつりと言葉を選んで話し始めた。