■ シーン3
朝もやの淡い光の中で、時枝は我が目を疑った。
昨夜の痛みから解放され何とか目覚めた朝、とにかく何か食べようと思っても
目ぼしい食材がまったくないことを冷蔵庫を開けた時に確認した時枝は
仕方なしにコンビニに出かけることにした。
時間はまだ朝の5時半をまわったところである。
こんなに朝早くコンビニに行くのは初めてだった。
歩いて10分ほどのコンビニでカフェラテとサンドウィッチとりんご、煙草ワンカートンを買い外に出ると
コンビニの前にある児童公園の奥のベンチで誰かが寝ているのに初めて気がついた。
来る時にはまったく気がつかなかったが、遠目から見てどうやら若い男が寝そべっているようだ。
時枝は注意深く、ベンチを見つめ直した。
「え!」
短く声をあげると、少し公園に近づいてベンチの男にもう一度目をやった。
見覚えのある長袖のTシャツに突然、直感する。
彼だ!昨夜の駅前の植え込みで歌っていたあの若者だ。
そう認識すると時枝の鼓動が波打ち、自分の顔が熱くなるのを感じた。
かなり迷ったが、時枝は意を決して若者に近づいた。
9月半ばとは言え夜になるとかなり冷え込む。
昨夜も冷え込んだのだろう。
若者に近づいてみると、彼は身体を海老のように丸めて寒そうに眠っていた。
時枝はそっと若者の顔を覗きこんでみた。
やはり、昨日の若者に間違いないことをもう一度確認すると時枝は小声で声をかけた。
「もしもし、貴方 大丈夫ですか?」
呼びかけに薄目を開けて、若者は片目で時枝に視線をやった。
「こんなところで寝てると風邪ひきますよ」
「ん・・・・、ああ・・・・」
しゃがれた声で若者が返事する。
傍で立ちすくんでいる時枝に若者は
「すんません、今何時ですか」
と聞くと
「多分、今は6時くらいかしら」
時計をしていなかった時枝は曖昧に答えた。
「6時!俺、そんなに寝てたんや。結構サバイバルいけそうかも」
と笑って時枝に言った。
その笑った口元に青あざとわずかな血のあとがあり、痛むのか笑顔を見せてから
若者は「あ、イテテ・・・・」と口元を押さえた。
「その傷、どうしたの。昨夜はなかったよね?」
思わず口走ってしまった時枝に、若者は
「え、昨夜?」
と聞いた。
時枝は何となくばつのわるい気持ちになったが
「昨夜、駅前で歌っていたのは貴方でしょう? 私、見てたのよ」
と正直に言った。
「そうなんや! 聴いてくれてありがとう」
そう言ってから、クシュンと小さなくしゃみをし
再び笑顔になる若者に、時枝は
「ねえ、良かったらこれから家に来ない」
と言った。
突然の言葉に若者は驚いた顔をしたが、一番驚いていたのは時枝だった。
自分でも何故、そう言ってしまったのか。
時枝は自分自身が発した言葉に困惑した。