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■ シーン17

ショーウィンドウ越しに長身の卓也が、驚いたような表情の後、

子供の様な屈託のない笑顔を見せる。

くるくると変わる卓也の表情を眺めながら照れ笑いで時枝が軽く手を振ると

「びっくりした~!どうしたんですか」

笑顔の卓也が店の外まで出てきて尋ねる。

「ちょっとね。気晴らしに……」

家を出てから、近所のカフェで軽い昼食を済ませた時枝は

卓也の勤める『ぴゅあはーと』へと足を運んだ。

外での卓也がどんな風に見えるのか、どんな仕事ぶりなのか

知るための取材のつもりでもある。

しかし本音の部分はモデルとしての卓也をもっと知りたいと思う気持ちとは

少し違ったものかもしれなかった。

現に『ぴゅあはーと』にたどり着くまでの時枝の心境は、

心配半分、興味本位半分で

純粋に取材とは言い切れないものがあったのだ。


最初は店の外で、遠巻きに時折垣間見える卓也の姿を

心配な気持ちで眺めていたが

やがて接客する際の卓也がどんな顔で接しているのか間近で見たくなり、

自分でも気付かないうちにショーウィンドウに張り付いていた時枝を

卓也は見逃さなかった。

「外で見てるよりも中に入ってゆっくり見てって下さいよ」

一端の店員らしい言葉使いの卓也に、くすぐったい気持ちになりながら

「今はどんな商品がお薦めかしら?店員さん」

時枝はいたずらっぽく返す。

さり気なく、時枝を店内に促がし

「そうやなぁ……。アクセサリーやと、この辺りかな」

卓也は楽しそうな笑顔で時枝に似合う色のペンダントを探す。

ほどなく手渡された小さなガラス細工のトップが付いたペンダントを手にしながら、

時枝は痛いほどの視線を感じた。

卓也目当ての女の子たちの眼差しだ。

時枝には彼女達が内心、自分のことを良く思っていないことが

手に取るようにわかった。

いきなり現れたこの店には似つかわしくない年齢の女が、

卓也と親しげにしているのが

気に喰わないのだろうと感じた。

多分、自分が彼女達と同じ世代の女の子なら同じようなことを思っただろう。

この女の子達にとって、自分と卓也の関係は一体どういうふうに見えるのか。

ただ若い男の店員にちょっかいを出す中年の女性客と思うのだろうか。

あるいは親子?歳の離れた姉弟か親戚? 

歳の離れた二人の関係を探るような残酷なまでに突き刺さる視線。

実際、自分にとっての卓也の存在は何なのだろう。

初めて声を聞いた瞬間から卓也という存在に惹かれ、

小説のモデルに依頼し行きがかり上、一緒に住んでいる。

それ以上でもそれ以下でもないと自分では考えているが、

一緒に暮らす日々が重なるごとに

少しずつ卓也に対しての気持ちが変化しているようにも思える。

卓也に対するこの気持ちは恋なのか、情なのか、あるいはただの興味だけなのか

まだ何とも名付けようのない自分の気持ちを、時枝は歯がゆい想いで再確認していた。

もしかすると小説のモデル以上の存在だと潜在的に思っているから、

卓也という人物を客観的に文章に起す事が出来ないのではないか。

ふと時枝の頭の中をそんな考えが過った。


「やあ、時枝さん。いらっしゃい」

突然、背後で聞こえた声に振り向くとグレーのジャケットを羽織ったリリコの姿があった。

「こんにちは。笛木くん、お邪魔してますよ」

何気なく普通の会話を交わす時枝とリリコに、店内の女の子達の視線が変化する。

どうやら、あの女性はオーナーの知り合いで卓也目当てのおばさんではないらしい……

と言った感じの安堵の眼差しだろう。

「なかなかいいお店ね。いかにも貴方らしいわ」

時枝がそういうとリリコは

「時枝さんにそう言ってもらえると嬉しいですよ」

と満面の笑みを浮かべた。

卓也は、そばで眺めながら自分の知らない二人を見る思いだった。

初めてリリコに仕事場に連れて来られた時もそうだったが

常にリリコは仕事とプライベートの顔を完全に使い分けている。

それはリリコが本来の自分の姿を恥じているから来ている行為ではない。

仕事上では『男』として振舞った方が、

今の自分には有利だと考えているからこそ

ふたつの顔を使い分けているのだった。

ビジネスとしての『笛木理』という男の顔と、

プライベートの『リリコ』という素顔の使い分けは

卓也にとってはまるでジキルとハイドを見ているような気分だ。

しかし、リリコという存在をごく普通に受け入れ、

その切り替えに応じて柔軟に接している時枝のことも

卓也は何と懐の広い人間だろうと感じる。

と同時に性別を越えた二人の繋がりを、卓也は羨ましくも思った。


「じゃあ、またあとで」

と、店を出て行く時枝にリリコが手を振ると

我に返った卓也は目で時枝の後姿を追った。

雑踏にかき消されていく時枝の後姿を眺めながら、

名残惜しい寂しさが心のどこかに湧き出るのを

卓也はたしかに感じ取っていた。

一緒に暮らしているのに、何故そういう気持ちになるのか

卓也自身、不思議で仕方ない。

「あらあら、そんな寂しそうな顔しちゃって」

意地悪そうな薄笑いを浮かべ、リリコが耳元でこっそりと囁いた。

「えっ、そ、そんなんじゃありません!」

顔を赤くして卓也が言うと

「今夜はデートのセッティングしといたからね」

ウィンクしながらリリコが小声で伝えた。



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