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■ シーン15

「みんな起きなさい! 朝よ」

聞きなれた時枝の声に、卓也が目を覚ます。

がんがんと痛む頭でまわりを見渡すと、そこはリビングだった。

酒に酔い潰れ、いつの間にかリビングで眠り込んでしまったらしい。

よく見れば薄暗い部屋に何人かがソファにもたれかかったり

床に転がったりして眠っていた。

時枝がリビングのカーテンを開けてまわると、

いきなり朝の光が部屋中に溢れ

あまりの眩しさに卓也は目を薄めた。

「ふぅ……。また雑魚寝しちゃったわねぇ」

耳元で聞こえた野太い声に驚き、横を見るとリリコの姿があった。

「お、おはようございます」

おどおどと朝の挨拶をする卓也に

「お早う、タッくん。よく眠れた?」

まだ開き切っていない目をシバシバさせ、リリコは右手を卓也の肩に置いて

2、3度キュッキュッと指先で揉んだ。

その手は実に男らしく大きな手のひらで、軽く卓也の肩を揉んだだけなのに

ゴリゴリと音がするくらい力強かった。

昨夜かなりリリコという男に慣れたはずなのに

今朝になってみるとまた少し違和感を感じてしまう卓也だった。

よくよく見てみれば、昨夜は綺麗に剃りあげられ、

その存在を隠していた髭が薄黒くリリコの顔を覆っている。

これのせいか……

卓也の視線に気づいたリリコは

「やだぁ!タッくん。見ちゃダメぇ~」

と、男らしい大きな手のひらで顔を覆い、野太い声で恥じらった。



「こら!起きなさい」

再び、時枝が声をあげる。

その声に応じて、もそもそと動き出す者。

すでに起きてはいるが、ぼんやりとどこかを見つめている者。

しぶとく毛布に包まっている者。

「トキ姉さん、コーヒー淹れるなら手伝うわ」

リリコが立ち上がり、キッチンに向かう。

一人取り残された卓也は、生まれて初めての二日酔いと戦っていた。

吐き気はないものの、ひどく頭が痛む。

まるで頭にブリキのバケツを被せられ、

ガンガンと殴りつけられるかのような痛み。

いや、この痛みはむしろ頭の中で何かが

撃ちつけられる痛みと言ったほうが正解か・・・・

昨夜は一体、どれだけ飲んだのだろうか。

昨夜の記憶のほとんどがないことに卓也の心は萎縮した。

酔っ払って何かおかしな言動でもしていなかっただろうかと考えているうちに

やがて一人二人と、身支度を整え終わった客人たちは姿を消していく。

時計を気にしながらバタバタと出て行く者、時枝が淹れたコーヒーを飲んでから

丁寧に礼を言って出掛けて行く者、

中には、わざわざ

「昨夜は楽しかったよ。また飲もうね!タッくん」

と声を掛けて出て行く者もいる。

痛む頭を笑顔で誤魔化して送り出すものの、卓也は内心、

タッくん……

リリコさんのせいで、すっかり定着してしもうたなぁ……

と少し暗い気持ちになっていた。

今まで『タッくん』どころか、ちゃんづけで呼ばれたことさえない卓也にしてみれば

二十歳を過ぎていきなりそう呼ばれることには抵抗感があった。

「なんや、自分が子供扱いされてるみたいで……」

二日酔いのせいでパンパンに浮腫んだ顔で子供のように

口を尖らせて言う卓也に、時枝とリリコは顔を見合わせて笑った。

もうすでに他の客達は帰り、部屋に残ったのは時枝と卓也とリリコの三人だけだった。

バタバタと慌しかった部屋の中は、すっかり落ち着きを取り戻し

三人はダイニングのテーブルで

ようやくゆっくりとお互いの顔を見ながら

ブランチを楽しもうとしていたところである。

「ちょっ! 俺は真剣に言うてんのに」

ますますむくれる卓也に時枝は笑いをこらえながら

「あはは。ごめんね、だけど……、くくくっ」

それ以上は言葉にならない。

笑いが止まらないらしい時枝のあとを引き継いで、

「そんな悪いほうに取らなくてもいいんじゃない?

誰もタッくんを子供だなんて思ってないし」

リリコが言う。

しかし、ついにリリコも耐え切れなくなって吹き出した。

朝から笑い転げる二人を眺めながら

オンナは三人寄ったら、かしましいって

昔の漫才トリオのおばちゃんが言うてたけど

ゲイとオンナの二人だけでも充分かしましいやん……

と卓也は思った。


「何でそんなに笑うんですか?」

語気を強めて言う卓也に、リリコは笑いながらバックの中を探り、

コンパクトを出すと卓也に向けた。

訝しげな顔で差し出されたコンパクトの中に映る自分の顔を見つめ返すと、

そこには今まで卓也が見たこともないような自分の顔が映し出されていた。

パンパンにむくみ、まるで別人のような顔はとても見れたものではなかった。

切れ長の奥二重の目はほとんど腫れぼったい一重瞼となり、

心なしか唇も普段の倍の厚さになっている。

しかも誰の仕業なのか、卓也のまつ毛がくるんとカールされ

ご丁寧にも赤いマスカラが施されてあったのだ。

「うわっ! 何やこれ!」

驚きの声をあげる卓也に、また二人はゲラゲラと笑う。

気づかなかったとは言え、こんな無様な顔を見られていたと思うと卓也には、

もう怒る気力も起きなかった。

ひとしきり笑い終えたあと

「そういえば昨日は聞けなかったけど、バイトの面接はどうだった?」

時枝が聞くと卓也の気持ちはますます暗くなった。

「行くには行ったんやけど……」

「うまくいかなかったの?」

卓也が黙っているところを見ると、

やはり上手くはいかなかったようだと察した時枝は

「気長に探せばいいのよ」

と言った。

「あら~、タッくん。バイト探ししてるの? 早く言ってくれればいいのにぃ」

リリコが声をあげる。

「アタシに任せておいて」

胸を叩くと、時枝に振り返って

「トキ姉さん、いいでしょ。アタシがタッくんを預かっても」

と聞く。

「そうね。リリコなら顔も広いし……、どう? 卓也君」

いきなりの急展開にパチクリしながらも卓也は頭を下げた。

「力仕事でも何でもいいっす。よろしくお願いします!」


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