■ シーン14
気がつくとリリコに肩を抱かれリードされるまま、
卓也は時枝の客人たちに挨拶回りをしていた。
人見知りというほどではないが、初対面の相手と話すのが苦手な卓也には
むしろリリコに合わせて笑って客達に挨拶するのは楽だった。
背丈は卓也の方が若干、勝ったものの、体つきはリリコの方がかなり逞しい。
肌は浅黒く彫りの深い顔立ちはどこか外国の血が混じっているような感じだ。
最初、その体格と顔立ちで女言葉を使い
クネクネとしなを作りながら話すリリコに違和感があったが
しばらく話しているとリリコの女っぽさは気にならなくなった。
どうやらリリコは相当な世話好きで社交的な性格らしく、
どの客人とも面識があるようだ。
挨拶を交わすたびに「リリコちゃん」と呼ばれ、軽く冗談を言い合ったり
また今度遊びに行こうなどという話になった。
そんなリリコは、他の客人たちに卓也を紹介する度にいちいち
「トキ姉さんに預けたアタシの弟だから、いじめちゃダメよ」
と最後に必ず言うのだった。
いつの間にか勝手に『弟』にされ、
こんな兄貴がほんまに俺におったら大変やなと卓也は考えたが
不思議と不快感はなかった。
しかし卓也が帰って来た時には7人くらいしか居なかったはずなのに
時間を追うごとに何故か客人の数は少しずつ増えていた。
ついにリビングは人で溢れ返り、しまいには入りきれない客達が
廊下にまで座り込んでそれぞれに酒を飲み、話し、
笑いあって楽しんでいるようだ。
時枝の客人たちに一通りの挨拶を済ませた頃、
ようやくソファに辿り着いた卓也は軽い疲れを感じた。
ふぅっと軽くため息をつく卓也にリリコがビールを差し出す。
「ふふっ、いきなり知らない人ばかりで疲れちゃった?」
「ええ、まあ……」
と答える卓也の隣にさり気なく座り、
まじまじと卓也の顔を眺めるとリリコは
「ああ! もう、ボクちゃんって本当に若いわねぇ。
お肌もこんなにプルプルして!」
指先で卓也の顔をつつき、ため息混じりに言う。
「いや、リリコさん。ボクちゃんはもうやめてくださいよぅ」
照れながら卓也が訴えると
「あら、そうね。じゃあ、タっくんでいい?」
リリコが聞く。
「う…ん、それでもええです。ボクちゃんやなければ」
半ばヤケクソ気味に卓也は言うと、ふと、離れた場所で
一人の男客と談笑している時枝の姿に目をやった。
普段は飲むことはないが、どうやら時枝はなかなか飲めるクチらしい。
ニコニコと客の話を聞きながら、ジンの入ったグラスを何度も空にする。
それを見ながら渋い顔つきでリリコが首を振る。
「あーあー、トキ姉さんたら、またあんなに飲んじゃって」
「時枝さんて、酒が好きなんですか」
「好きっていうよりも、強いのよ。そして酔えないの」
そう答えるリリコに
「酔えない?」
と卓也は聞き返した。
リリコは卓也に向き直ると
「今日ここに沢山集まってるけれど、皆、
タイプも年齢も仕事もバラバラでしょう?」
軽く頷く卓也。
「トキ姉さんはライターって仕事をしてるせいか、すごく聞くのが上手でね。
一度、トキ姉さんと仕事をした人はみんなトキ姉さんを好きになるの。
だから今日もみんな集まってきたのよ。
トキ姉さんのやさしさに惹かれて集まってくるのよ。
だけどトキ姉さんはライターだから、ああやって飲みながら聞いている時も、
トキ姉さんは頭の中では色々と分析してる。
だから酔えないの。
話している方も、トキ姉さんに話しながら
自分の中に溜まった膿を出そうとしてるのね」
「リリコさんも?」
「うふふっ。アタシは、トキ姉さんとは長い付き合いだしね」
いつの間にか、卓也のグラスの中はビールからワインに変わっていた。
世話好きなリリコは飲ませ上手でもあるらしい。
リリコの話を聞きながら、自然と卓也の視線は再び時枝の姿を探す。
時枝は先程の男とまだ話していた。
いつもと変わらない時枝の笑顔なのだが、何故か自分の知らない表情のようで
それがどことなく卓也は気に入らない。
リリコにワインを注がれながら、だんだんと卓也の飲むピッチは早くなる。
そんな卓也におかまいなしにリリコは話し続けていた。
時枝とリリコが大学時代の先輩後輩の間柄であることや、
リリコが同性しか愛せない自分の性癖に悩み
誰にも言えず自殺まで考えた時に、時枝の言った言葉で救われたこと。
それ以来、ずっとリリコは時枝を慕い、
時折この家に泊まりに来ることなどを話した。
やがて客の一人が
「卓也くんミュージシャンなんだって? 何か歌ってよ」
と乞うと、すっかり酔いがまわり気が大きくなった卓也は二つ返事で
自室からギターを持ち出して歌い始めた。
酔いのせいか、ギターがおぼつかない部分もあったが
それでも卓也の持ち前の歌声は変わらない。
自作の歌を2、3曲歌い終えた頃には割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
久しぶりに人前で歌った高揚感に浸り、
赤く染まった顔でリリコの座っているソファに戻ると
「トキ姉さんが聞き惚れたって、わかるわぁ! 素敵だったわよタっくん」
とリリコは絶賛し、再び卓也のグラスにワインを注いだ。
「うわ、そんなん言われると照れるなあ」
そう言いながらも注がれるままにワインを飲み干す卓也。
何杯か飲んだ後、まだ時枝と話し続けている男客のことが
気になって仕方ない卓也は思い切って尋ねてみた。
「なあ、リリコさん。さっきからずっと時枝さんと話してる人は?」
「あらやだ。橋本さん来てたのね。あの人はね……」
リリコが言いかけた時に卓也の意識はぷっつりと途切れてしまった。