■ シーン13
時枝と暮らすようになって9日目のこと。
肩を落としてアルバイトの面接から戻った卓也は目を見張った。
玄関のドアを開けた途端、今まで見たこともないような靴が
沢山並べられているのが見えた。
男物の靴も女物の靴も所狭しと並べられている。
奥のリビングからは時折笑い声が聞こえ、
何やら楽しいそうな雰囲気が漂ってくる。
「時枝さんの友達が遊びに来てるんか・・・・」
そう呟くと卓也は、こっそりとしのび足で自分の部屋に向かおうとした。
今日もアルバイトの面接に失敗した卓也には、時枝に合わせる顔がなかった。
一体自分のどこが悪くて面接に失敗するのか。
落ち込んだ気持ちを抱えたままで、時枝に会いたくなかったのだ。
突然、リビングのドアが開き
「あ~ら、ボクちゃんのおかえりよ~」
やけに立派な体格の男が甲高く、女言葉で響き渡るような声で言った。
その声を合図にリビングから次々に
「どれどれ、噂の主の顔を拝ませろ!」
「いやーん。カッワイイ」
「ラッキーボーイは誰だ」
「お、意外と男前だな」
口々に言いながら、時枝の客たちが顔を見せた。
あまりの騒々しさにたじろぐ卓也は、
「こ、こんばんは。はじめまして」
ぺこりとお辞儀をし、おどおどしながら挨拶をする。
その様を見て客たちはまた
「若いなぁ! くぅー。初々しいねぇ」
「やっぱりカワイイ~!」
などと好き勝手な事を言った。
「こらっ! あんた達いい加減にしなさい」
時枝の声がリビングの奥から聞こえてくる。
しかし、その声はセリフとは裏腹に怒りを感じさせない声だった。
やがて客達をかきわけ時枝が姿を現す。
「お帰りなさい卓也君。ごめんね、みんなうるさくて」
「い、いえ。皆さん楽しそうですね」
卓也は少し困ったような笑顔を見せた。
「まあ、こっちにいらっしゃい。皆に紹介するわ」
時枝に促がされるまま卓也はしずしずとリビングに足を踏み入れた。
とても広いとは言えない8畳ほどのリビングには7人くらいの男女が
それぞれに寛いだ姿勢で卓也の入場を興味深く見守っていた。
「えー、こちらが噂の主の高尾卓也君です」
時枝が軽く咳払いをし、かしこまった声で紹介すると
誰かがヒューっと口笛を吹き拍手が起こった。
ステージでもないのに拍手されたのは初めてだと卓也は思いながら
照れ臭そうに笑い、またぺこりと頭を下げた。
目を上げる瞬間にちらりと全員の顔を見たが、
どの人物もおよそ時枝とは違う世界の住人に見える。
性別も年齢もファッションも皆それぞれで、
どんな繋がりでここに集まっているのか不思議なくらいだ。
卓也は小声で
「あの、時枝さん。今日は何の集まりなんですか」
と聞いてみた。
耳ざとくその言葉を聞きつけたのは、あの体格のいい女言葉を使う男だった。
「あら~、ボクちゃんたら知らなかったの? 今日はトキ姉さんのお誕生日なのよ」
「え! そうやったんですか!」
「もうダメねぇ~。それくらい知っとかないと」
男がそう言うと、時枝は
「こら、卓也君をいじめないの」
と嗜めた。
「ごめんな。俺、何にも知らなくて。
時枝さんも今朝言っておいてくれればプレゼントくらい……」
言いかけた卓也に
「いいのよ、プレゼントなんて。それに今さら誕生日で嬉しいって歳でもないし」
軽い口調で言う時枝に、さっきの男が口を挟む。
「ダメダメ! トキ姉さんたら、またそんな枯れたこと言っちゃって」
「もう、あんたはいちいち人の話に首を突っ込まないの!
大体このパーティだって、あんたが急に決めたんでしょう」
「あん。トキ姉さん、またそんな意地悪言うんだからぁ…」
普段は言葉少なめな時枝しか知らない卓也にとって
歯に衣着せぬ物言いの、今日の時枝は意外だった。
二人のやりとりをあっけに取られて眺めている卓也に
「あらやだ、このボクちゃんたら固まってるわ」
男は笑いながら言う。
「ねえ、もしかしてアタシのこと怖い?」
そう聞く男に何と答えていいものか。
世の中には、そういうタイプの男性がいることは
もちろん卓也も知っているが
いざ本人を目の前にするとその存在だけで圧倒されてしまい、
何とも形容しがたい複雑な気持ちが卓也の中に生まれていた。
「そんなこと聞かれて、怖いって素直に答える人がいる? リリコ」
リリコと呼ばれた男は時枝に図星を指されて肩をすくめ
大袈裟に手を広げながら、
「それもそうね」
と、おどけた口調で言うと
「アタシはリリコって言うの。取って喰おうなんて思ってないから怖がらないでね」
艶めかしい流し目を卓也に送るとウィンクして笑ってみせた。