最終決戦
最終話です。
~午後4時50分 草陰~
「A地区、準備完了。」
「B地区、準備完了。」
「よし、あとは待つだけだ。」
~午後4時52分 沼池~
さっきから無言の時間がどれだけ続いただろうか。
もうそろそろ、みんな限界のはずだ。
いや、俺は限界だ。
ツルとタケは相変わらず険悪だし、何だか霧まで出てきたみたいだ。
5メートル先が全く見えない。
おい、この空気、どうにかしてくれよ・・・・・・
絶望しかかったその時、先頭を歩いていたタケの声があがった。
「うわっ、なんだこれっ!!」
次の瞬間、踏み出した俺の右足が何かドロッとしたものに包まれた。
横でツルもギョッとしている。
ドロドロはどんどん右足を引きずり込もうとする。
俺は慌てて、まだ固い地面についているはずの左足を踏ん張った。
徐々に足が引き上げられ、最後に「ずぼっ」という音がして
やっと俺の右足は助かった。
どうやらここは沼池らしく、その端っこにあしをつっこんだのだ。
まさに危機一髪、ドロドロの餌食にならずにすんだらしい。
しかし、ツルはそうではなかったようだ。
「わっ! しっ、しずむ、しずむっ! たすけてくれっ!!」
そう言いながらドロドロに下半身を持って行かれたツルは
ばたん、ばたんと腕を沼池の水面に打ち付けるが体は沈んでいく一方だ。
ああ、やっぱりここは運動神経の差だな。
「おい、ニシ、なにボーっとしてんだ。引っ張れ!」
俺は、とっくにはい上がっているタケと一緒に、暴れるツルを引っ張った。
30秒後。
「わー、助かった・・・・・ありがとな、二人とも。」
「ったく、もっと鍛えとけよ。」
笑ったツルの背中をタケがたたいた。
おお、さっきまでの険悪なムードが消えていく。
ハプニングに感謝だ。
~午後5時15分 神樹~
「いってー・・・・・・」
ユズが転んだのはこれで5回目だ。
「気をつけろよー」
いちいち大丈夫か、なんて聞くのも馬鹿らしくなってくる。
その足には青いあざができ、赤い血が流れ、いたるところに傷ができていて、
これで本当に歩けるのかって思うけど、当の本人は意外とけろっとしているのだ。
「まあ、これでケガ1週間分かな。」
なんて言っていた。
恐るべし生命力。
「いってー・・・・・・」
おっ、6回目。
ユズがまた転んだ。
どうやらなにかにつまずいたようだ。
見ると、そこにはでこぼこした茶色い電柱があった。
これは・・・・・・根っこ?
いや、そんなはずはない。
こんなに太い根っこがあってたまるか。
でも、それはどう見ても樹の根っこだったし、なによりここは轟林なのだ。
と、いうことは・・・・・・
俺はおそるおそる顔を上げていく。
そして見た。
神樹。それは神が宿る樹。
この森の中でもひときわ大きいその樹は、人々からそう呼ばれていた。
その根は大地を支配し、その幹は生命を生み出す。
その枝は空を支え、その葉は全てを包み込む。
俺は絶句した。
まさか本当にあったなんて・・・・・・。
「ねえ、ヤス、これって、しんじゅ?」
ユズが立ち上がって上を向いた。
「ああ、そうだ。」
「初めて見たよ。」
「ああ、俺も。」
「・・・・・・大きいね。」
「・・・・・・大きい。」
俺たちはしばらく、そのまま動けなかった。
~午後5時05分 沼池~
そいつはいきなり現れた。
俺たちがツルの救出に疲れて寝ころんだ時だった。
「ブワッシャ~ンッ」
もの凄いしぶきの音を立てながら、そいつは沼池から上陸してきた。
思いがけない出来事だったからか、
俺たちは動くことも声を出すこともできなかった。
怪獣が、そこにいた。
魚に足がついた鯨サイズの生き物なんてこの世界にいると思うか?
答えは、いない。
5秒間考えた俺たちは三人同時に逃げ出した。
あれは何なのか、他の2人は大丈夫か、そんなことは頭になかった。
ただ、逃げる。
それだけを考えて走った。
俺の俊足とタケの強足を止めたのは、けたたましい鳴き声と、ツルの叫び声だった。
はっとして振り返る。
濃い霧の向こうに大きな影がぼんやり見えた。
近ずいてくるすさまじい足音。止まらないツルの叫び声。
今度も迷わなかった。
一目散に影に向かって走り出す。
気づけば、叫び声はすぐそこにあった。
目の前に、腰を抜かしたツルが座り込んでいる。
「ツル!逃げるぞ!」
そう言ってツルを立ち上がらせたのはタケだった。
いつの間に来たのか、いや最初から一緒に逃げていたのか。
「おい、ニシ!手伝え!」
肩を貸そうとしたが引っ込めた。
地響きと共に近づいてきていた影が、もうぼんやりとはしていなかったからだ。
来た。
このまま逃げても追いつかれる。
「先に逃げてろ!」
俺はそう言い残して、得体の知れない怪物の前に立ちふさがった。
怪物が足を止める。
体は魚、足は鳥、鱗がぎらついて、目は光っている。
改めて見るととんでもない生き物だ。
研究でもしたら軽く有名人にはなれそうだな。
どうでもいいことを考えたが、恐怖がまぎれるわけでもなかった。
しょうがない、ここは気合いだ。
「おい、トリザカナ、かかってこいよ!」
叫んで怪物をにらみつける。
「ギュエーッズズズズッ」
返事のつもりか鳴き声を発した怪物が、大股でこっちに向かってきた。
危うく踏みつぶされそうになるが避ける。
「わっ!あぶねー!」
安心するまもなくまた襲いかかってくる。
「ガガガガッ、ギュヤーッ」
今度は余裕で避けられた。
そして、俺は気づいた。
コイツ、頭は悪いみたいだ。
さっきから攻撃といえば俺に向かってつっこんでくるだけだし、
第一、魚と鳥っていう組み合わせからして、
賢い生き物ができあがるとは考えにくい。
よし、うまくすればハメられる。
「ギュヨエーッ」
走り出した怪物は、まっすぐ俺の方に向かってくる。
今だ!
俺は体を180度回して、
真後ろ10メートル先にあるはずの沼池に向かってダッシュした。
地響きが追いかけてくる。
頼む。間に合ってくれ・・・・・・
足音がすぐそこに迫ったとき、霧でかすむ視界に地面と沼池の境界線が入った。
さっと横に転がり込む。直後
ズシン。
さっきまで俺の体があったところに怪物の足がめりこんだ。
そして、勢いを殺しきれない怪物は、そのまま沼池につっこんでいった。
「ギャオエーッ、ギヨーッ、ギュエーッ」
断末魔のようなすさまじい鳴き声を残して、
魚のような鳥のような怪物は沼池へと沈んでいった。
「へっ、楽勝ーっ。」
そのまま目の前が暗くなった。
~午後5時25分 神樹~
「ねえねえ、ヤス、そろそろ行こうよ。時間、なくなっちゃうよ。」
ユズがそう言いだしたのは、あんまり神樹を見上げすぎて
二人とも首が痛くなり始めた頃だった。
時計を確認して俺は絶句した。
午後5時25分。
もうゲーム終了まで35分しかない。
「ユズ、まずいぞ。あと35分でゲームが終わる。」
焦ってきた俺とは対照的に、ユズは落ち着いていた。
「あと35分以内に見つければいいんでしょ。」
そう言って、先に歩き出す。
この時、俺はユズが意外にも強いやつであることをはっきりと感じた。
そうか、ユズって、本当はこんなやつだったのか。
その足のケガにも負けないし、すごいな。
背中が光って見えるよ。
転んで泥だらけの背中が、俺の目にはなぜかピカピカ光って見えた。
・・・・・・・・・・・・いや。
そんなはずはない。
いくらなんでもそれはない。
背中が光って見えるって何だ。
俺の頭はどうかしてるのか。
そんな一カ所だけ光ってるなんてあるわけないだろ。
きっとあれだ、コガネムシか何かだ。
うん、そうに違いない。
あれ、でもこのコガネムシ、やたらデカくないか?
あっ、そうか、轟林サイズってやつだ。
・・・・・・・・・・・・・って、
「あああーーーーーーーーーーーっっ!」
俺は思わず大声なんか出してしまった。
「うわっ、びっくりしたー。どうしたんだよ、ヤスー。」
「おい、ユズ、動くなよ。微動だにするな。息を殺せ。石になれ。」
「なんだよ、わけわかんないこと言うなって。」
「いいから、動くな。」
そろり、そろりとユズの背中に近づく。
ゆっくりと手を伸ばし、親指と人差し指の間に照準を合わせ、
いけっ!
手に掴んだ堅い感触はやっぱりそうだった。
飛び出たツノ、金に輝くその体。
「ヤス、もう動いてもいいー?」
振り返ったユズが俺の手を見て目を見張った。
「ヤス、それ、もしかして・・・・・・」
「やったなユズ、俺たちの勝ちだ。」
~午後5時32分 沼池~
「・・・・・・お~い、ニシ~。だ~いじょ~ぶか~。」
タケの声で目が覚めた。
え? 俺、気ぃ失ってたの?
「お、目、覚めたな。」
そばにタケとツルがいた。
俺を心配して、ここまで戻ってきてくれたようだ。
「ニシ、ありがとな。助かったよ。
でも、あんなわけわかんないやつ、よく倒したな。」
ツルは腰も治ったみたいだ。
「倒したんじゃねえよ。勝手に逃げてったんだ。」
「ははっ、いくら怪物だってニシの足には勝てないぜ。」
タケが笑ったとき、三人分の通信機が一斉に鳴り出した。
和やかな空気が一瞬にして張り詰める。
代表してタケが取った。
「こちらゴールデンビートルズ、竹本勇大。おお、ヤス、どうした。
・・・・・・・っええ?! 本当か!
・・・・・・・・ああ、わかった。じゃあ、またな。」
タケが電源を切った途端、ユズが食いついた。
「なんだって? なんて言ってた?」
タケが重々しく口を開いた。
「喜べ、二人とも。」
そしてニカっと笑った。
「俺たちの勝ちだ!」
~午後5時35分 広場~
三人の通信機が一斉に鳴り出した。
反射的に全員が取り、一人が答える。
「こちら青空決死隊、神宮司息吹。」
『こちらゴールデンビートルズ、竹本勇大。
直ちに広場に集合。確認審査を行う。』
「まさか、見つけたとでも言うのか。」
『それを今から審査すんだよ。』
通話は一方的に断ち切られた。
~午後5時50分 出口~
「うわーっ、やーっと抜け出せたー。」
俺とユズが轟林を抜け出してからちょうど5分後に、
ニシの声と共にタケとツルが、多い茂る木々の向こうから現れた。
「えっ、もう出てきてたのかよ。俺たちの方が速いと思ってたのに。」
タケが本当に残念そうに言った。
「こっちはヘンゼルとグレーテルやったから。」
ユズのこのセリフは、俺が道に
割り箸のかけらを落としながら歩いたことを意味する。
「こっちにはツルの第六感があったのにな。」
ニシが言うからには、ここまでツルの勘だけに頼って来たのだろう。
まったく、恐ろしいヤツだ。
「それよりさ、アレ、見せてくれよ。」
ツルが急かすように言った。
俺がずっと手に掴んでいたものをみんなに見せる。
「おお~っ!」
「これ、ユズの背中についてたんだろ?
やっぱりユズの運の良さには助けられっぱなしだな。」
「ま、俺たちが勝つとは思ってたけどな」
「ピカピカしてるよ。」
タケも、ツルも、ニシも、ユズも、俺もみんな目を輝かせていた。
そう言えば、俺たち、昔はこんな目をしていた。
いつの間に、輝かなくなったんだろう。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
今、輝いているんだから、それでいいじゃないか。
「おい、みんな、6時まであと5分もないぜ。
遅れて到着なんてかっこ悪いだろ、走れっ!」
タケの声で一斉に走り出した俺たちの足は、一直線に広場へと向かっていた。
読んでくださってありがとうございました。
この後続編に続くので、よかったらそっちも読んでみてください。
タイトルは「続黄金の堅武斗虫 ~水面下の駆け引き~」です。
謎がいろいろと解けていく感じになってます。