奴隷商人は夢を見てはいけない ~王子や勇者やお人好しと恋していいのは奴隷だけです~
私は奴隷商人。
だから私は幸せになる夢なんて見てはいけない。
この職業は亡き父から引き継いだ。母も早くに亡くなり、身を立てる術がなかった私は奴隷商人になる方法しか残っておらず、今に至る。
私はこの職業が大嫌いだ。他人の自由と幸せを奪っておいて、のうのうと生きる自分が大嫌いだ。だからせめて幸せにはならないでおこうと思った。
今日も客がやって来る。
「ん~、肉付きの良い女奴隷はおらんかの~?」
でっぷり太った下品な貴族。私は、にっこり笑って答えた。
「貴方に売る商品はありません」
「……は?」
奴隷にはせめて幸せになってほしい。勝手な願いだけど。だからこの国の顧客リストを独自に作り、人柄、不祥事、奴隷の扱いを徹底的に調べて頭に叩き込んである。こいつは駄目駄目の駄目だ。
貴族の顔はみるみるうちに怒りと恥で赤くなる。
「お前! 我輩が誰だと思っている!!」
私は貴族に耳打ちする。
「息子さんの不祥事、外に出したくないですよね」
「きっ貴様……! 何故それを……!?」
貴族は驚いたようだ。
「私独自の情報網で。あ、私を始末すれば自動的に仲間がそれを国中にバラすので悪しからず」
「くっ……! くそっ!!」
貴族は地団駄を踏みながら従者を連れて帰っていった。
「ふう……。ん?」
私達のそんなやり取りを見ていたのは……。
「貴方、新入りのアウレリオね」
まだ少年と呼べる彼が建物の陰からそっと出てきた。
「なんで売らねーの?」
「……大切な商品だから」
本音なんて……言えない。
「だから俺の名前もちゃんと覚えてんの?」
「そうよ」
「ねーちゃんの名前は?」
ねーちゃん……まあいいや。私も十七だし間違っちゃいない。
「マルグリット」
「そ」
彼はそれだけ言って去っていった。
「多感なお年頃かしら」
私は仕事に戻った。
数日後、今度は人のよさそうな優男がやって来た。
どうやら、国に仕える裕福な家の学者で、最近一人暮らしを始めたが、家事がどうにもおざなりになるので使用人を探しに来たと言う。
ふむふむ。私の顧客リストも大丈夫だと言っている。なら、家事が丁寧で速いあの子にしよう。
私が奴隷を引き渡すと、その子は私に頭を下げた。
「今までありがとうございました」
「……あのね、私にお礼を言うのは筋違い。お礼ならこの人に言いなさい。じゃあね」
私はそう言って扉を閉めた。
「なんで……あんなこと言うのかしら……」
「マルグリットが良い奴だから」
顔を上げるとアウレリオが覗いていた。
「馬鹿なこと言ってないで勉強と運動しなさい」
そう言うとアウレリオは去っていった。
「……良い奴な訳ないでしょ」
しばらく経ったある日、なんと今度は魔王討伐を国王に命じられた勇者がやって来た。
なんでも、パーティーのメンバーを探そうとして良いところはないかと聞き回っていたら、あの学者がうちを紹介したのだと言う。奇妙な縁だ。
私の顧客リストは大丈夫だと言っているが、なにぶん命懸けの務めだ。勇者には綿密にヒアリングを行い、奴隷には何度も本当にいいのか確認した。
そして選ばれたのは魔力の高いエルフだった。
エルフを勇者に引き渡すと彼女は言った。
「ありがとう。貴女のところにいられて良かった。貴女は私を物として扱わなかった」
「……勘違いしないで。貴女は商品だから丁寧に扱っただけよ。せっかく生き物に戻れたんだから私のことなんて忘れなさい」
私は扉を閉めた。
「……なんで……みんなあんなこと言うのよ……」
「マルグリットが俺達の幸せを願っているからだ」
顔を上げるとアウレリオがまた覗いていた。彼はよく私のところにやって来る。
「マルグリットは俺達を檻に閉じこめない。鎖に繋がない。毎日飯をくれる。勉強や運動をさせてくれる。反乱されるかもしれないのに。それに俺は知ってる。マルグリットが自分に使う金を俺達に使ってくれていること」
本当によく見ている……。けど……。
「買い被り過ぎよ」
アウレリオは私に近づく。
「マルグリットはいつもそうやって自分を押し殺して幸せから遠ざかる」
アウレリオは私の手を取った。
「俺がマルグリットを幸せにする」
アウレリオは私の瞳を真っ直ぐ見詰める。
「ば、馬鹿なこと言ってないで……」
「マルグリット」
私は彼から目を反らしてその場から立ち去った。心臓の鼓動がやけにうるさい。
それから十年の月日が流れた頃、勇者一行が魔王を倒したとの知らせが国中を飛び交った。
今日は凱旋パレードをする日。私はあのエルフの子が元気にしているかこっそり見に行った。
すると、笑顔で手を振っている彼女が見えた。
「良かった」
私はそれだけ呟いて仕事場に戻った。
パレードも終わって少し街が落ち着いた時、なんとこの国の第三王子が従者を連れてやって来た。
王子によると、勇者がここの奴隷商で素晴らしい仲間を見つけられた、そのおかげで魔王を討伐できたと言っても過言ではないと告げた為、ならその優秀な奴隷商人の奴隷を全員職に就かせたらこの国はもっと良くなると思ってやって来たのだそう。
私は思わず笑顔になって立ち上がった。これで皆を幸せにしてやれる! 自由にしてやれる!
皆にそのことを伝えようと振り向くと、アウレリオがいた。彼はすっかり大人の男へとなっていたが、どんなに条件が良い雇い主の下へも行こうとしなかったので今の今まで残っていた。
「アウレリオ! あのね……」
「あのっ!!」
私はアウレリオに朗報を届けようとしたが、それは彼の言葉に遮られた。
「マルグリット……彼女にも自由な職を与えてあげてください!! 彼女も幸せにしてやってください!!」
私は目を丸くした。
王子は優しく微笑みながら言う。
「もちろん。けど、幸せにするのは君の役目だ」
王子の言葉にアウレリオは私に向かい合う。
「マルグリット、幸せにするから結婚してくれ」
「わた……私、は……」
私は声をつかえさせる。
「私はみんなに酷いことをして……。だから、幸せになんか……夢を見たりなんかしちゃいけなくて……」
「マルグリットが頑張ってくれたからここのみんなは幸せになれたんだ。だからあんたもいい加減幸せになれ」
アウレリオの真摯な言葉に私の目からは涙が零れた。
私は張り詰めていたものがほどけ、彼の胸で子供のようにわんわん泣いた。アウレリオは、ただ、柔らかに抱き締めてくれた。
ずっと私は夢を見てはいけないと思っていた。けれど、そんなことはなかったのかもしれない。
私は、これから幸せになろうかと思う。




