No.3 無色
崩れ落ちた施設の残骸の前で、No.0は膝をつき、渡されたばかりの水晶の短杖を強く握りしめた。
「No.63よ……どうか安らかに」
それは、生まれて初めて口にした誰かへの祈りだった。感情を持たぬはずの「器」の胸の奥で、何かが激しく、熱く疼いた。
その瞬間、応えるように杖が眩い光を放つ。 あの大爆発でも消えなかった彼の情熱を形にしたような、鮮烈な紅蓮の炎が、沈黙した施設を包み込んだ。過去を、絶望を、自分たちを縛り付けた忌まわしい鎖のすべてを焼き尽くそうとするかのように、炎は天を焦がしていく。
「待ってくれ、これ以上燃やす必要はない……」
No.0が戸惑いとともに呟くと、先ほどまでの晴天が嘘のように黒雲が立ち込め、天から大粒の雨が降り注いだ。激しい雨は瞬く間に猛火を鎮め、施設を静かな煙の中へと沈めていく。
「……!」
No.0は自分の手を見つめ、驚愕に目を見開いた。 震える声で、彼は確かめるように言葉を紡ぐ。
「……風よ、そよげ」
頬を撫でる優しい風が吹き抜け、彼の銀髪を揺らした。
「土よ……揺れよ」
足元の地面が、彼の意思に呼応して微かに、しかし確かに脈動した。
火、水、風、土。 実験室の男たちが、あれほどまでに必死に追い求め、自分の中に「欠落している」と断じた四大元素。そのすべてが今、自分の指先一つで自在に形を変えている。
「そうか……そういうことだったのか」
No.0は確信した。 自分は「色なしの失敗作」などではなかった。 いかなる属性にも染まらず、それゆえにすべての属性を内包できる、研究者たちが夢見た究極の「最高傑作」――。
実験室の装置では、この力を引き出すことはできなかったのだ。 彼に足りなかったのは、緻密な計算でも、高出力の魔力供給でもない。
誰かを悼み、誰かのために願う……「心」という名の鍵だった。
「お前が……私に命をくれたんだな、No.63」
雨に打たれながら、No.0は水晶の短杖を胸に抱いた。 もはや彼は、誰かに定められた目的のために動く人形ではない。 自らの意志で、この広大な世界を歩む一人の生命として、今、この地に立った。




