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第8話 空を見せたい


 ヴェズルフェルニルの力なら、やろうと思えば木々を退かし、巣の上へ、そして空へ行くことなど容易いはずだ。だが、全くそうしようとしない。


「魔法がかけられている……ヴェズルフェルニルに……いや、木々自体かもしれない……」


 絵本の内容が、本当のことなのかは分からない。

 物事はもっと複雑で、それぞれの事情は誰にも分からないのだから。

 

 瞬間、冷たい風が頬を掠めた。

 真っ直ぐ、吹雪がヴェズルフェルニルへ向かう。彼はそれをさっとかわし、枝にとまった。


「ミラっ」

 

 艶やかな髪に枝や葉が絡まっている。

 息を切らして、右手をヴェズルフェルニルへ向けるルミがそこにいた。

 彼女の足元には何もない。さっき見せてくれた、透明の階段で来てくれたのだろうか。


 すうっと、彼女が息を吸う音がした。だめだ、咄嗟にミラは、ルミの方へジャンプした。


「まって! ルミ! 大丈夫なのっ」


 ミラが跳びついてきたことで、ルミの動きは止まった。

 でも、フウフウと荒い息遣いが聞こえてくる。完全には戦闘態勢を解こうとはしない。

 当たり前だ、ルミはミラが攫われたと思っているのだから。


「ミラこそ落ち着いて。あなたは知らないかもしれないけれど、ヴェズルフェルニルはとても危険なの。エレメンタリーでも最初に習う。教科書には、出会ったら死を覚悟せよ、と書かれているの」


 ルミは、ヴェズルフェルニルから目をそらさない。

 それでも、来てくれたのか。


「確かに、私は何も知らない。でもね、大丈夫なの。話を聞いて……お願い攻撃しないで」


 ヴェズルフェルニルは戦う意思もなく、無防備な状態だ。

 彼はミラに掠り傷一つ付けなかった。


 ルミの口が動く。何とかしなくては、何とか。

 体が勝手に動いていた。

 今にも魔法を発動しようとしている、ルミの右手を握る。

 ルミの視界いっぱいに入り、目を真っ直ぐに見た。

 やっぱり、ルミの瞳は綺麗だ。

 そして、もう一度言った。


「お願い、ルミ、私の話を聞いて」

 

 右手を取られて驚いたルミと、ようやく目が合う。

「ちょっと! 危ないじゃない、何を考えているのよ」

 ルミは正しい。きっとこれまで、ずっと正しく生きてきたのだろう。


「ごめんね、でもこうでもしないとお話できないと思って」

 近くの枝に移動して、その場に腰掛ける。ルミの冷静さが戻ってきたようだ。

 

 一度大きなため息をついた。

 それで落ち着いたのか、さあ、話せと言うようにミラを見つめてくる。


 連れて行かれた場所が巣だったこと、ヴェズルフェルニルの絵本のこと、そして空を開放しようと思っていること、一つずつ丁寧に話した。

 ルミは口を挟まず、頷きながら聞いてくれた。


「……事情は大体分かったわ、でも、それはあなたがしなくてはいけないことなの? 今は試験中よ」

 言う通りだった。

「わかっているんだけど、放っておけないの。自由にしてあげたい、私も……そうしてもらったから」

 力強く言う。ルミは何故か、はっとしたような表情をした。

 まるで、ミラ越しに別の人を見ているかのように。


 しばらく沈黙が続いた。

 先に動いたのはルミだ。背筋を伸ばし立ち上がる。何か呟いたような気がしたが、耳に届かなかった。

「ミラ、あそこ、見える?」

 上の方の木々を指さす。その先には、周りの葉とは明らかに違う、薄い色をしたものがあった。

「うん、あれがどうしたの?」

 同じように立ち上がり仰ぎ見た。


「色が他と違う。多分あの辺り、何かの魔法がかけられているんだと思う。ちょうど巣の上らへんからね。長い間放置されている形跡があるから、魔法が弱くなっていそうな一点に向かって、私の氷の魔法を勢いよく放つの。絶対ではないけれど……それで一気に突き抜けることができるかもしれない」

「誰かの魔法を破るのって……ちょっとワクワクするわね」

 言いながら指を鳴らすルミは、さっきとは別人のようだった。


「協力してくれるの?」

「うん……私も『放っておけない』から」

「ありがとう、でも誰がこんな魔法をかけたんだろう……」

 

 ルミは上を見ながら言う。

「もしかしたら、自分自身でかけてしまったのかもしれないわ。絵本の通り、自分への罰として。でも、もう解いてあげて良いと思う。そもそも罰なんていらないのよ」

「そうだね」

 深く頷いた。


 二人を黙ってじっとみていた巨体は、深く頭を垂れた。

 ミラは、あっと思った。同じように両手を下げ、お辞儀する。ルミもそれに倣った。

「よく知っていたわね、初めからこうすれば良かったんだわ」

 はあっと両手に息を吹きかけ擦る。ルミは、今日たくさん魔法を使っている。

「ルミ、大丈夫?」

「平気よ。よし、ではやりましょう。ミラは氷の魔法はやったことがないんだったわね。だったら、私を支えてくれない? 強い力を出すと、後ろに下がっちゃうから、風の魔法で後押しして」

「……呪文は、さっきルミがやっているのを見てたから、できるかも。わたしも……」

「だめよっ!」

 びくっと肩が震える。その様子を見て、慌ててルミが微笑んだ。


「心配してくれたのね、ありがとう。でも、呪文が分かるからといって、練習もせずやるのはとても危険なことよ。特に、炎や氷。魔法は、適当に唱えてはいけないの」


 学ぶことは、これからたくさんありそうだ。


「そういえば、ここがどうしてわかったの?」

 場所を移動しながら聞く。

 ルミは小さく笑うと、ミラの髪を触った。

 手に、氷でできた葉っぱを持っている。彼女の魔法だ。いつの間に付けていたのだろうか。


 「魔力追跡も得意なの!」


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