第6話 鋭い目がミラを映す
ガシャンッバリバリッ
滑ってきた氷の割れる音が響く。
何事かと後ろを振り向くと、大きな翼、鋭い爪が氷を壊していた。
ものすごい勢いで、鋭い爪が振り下ろされる。
割れた氷の破片が、ミラたちの行く手を阻もうとする。
「なんで! めったに下に降りてこないはずなのに! なんなのよっもうっ!」
ルミは風の魔法をもう一度唱える。今度はさらに強い。ミラも加速するのが分かった。
「ルミッ、あれってもしかして、噓であって欲しいけど……やっぱりヴェズルフェルニル?」
できるだけ後ろを見ないようにして、スピードに乗る。
「そう! あいつがいるから飛行はできないの。なのになんで、下に。森の番人のはずでしょ! なんでこんなところに」
「あっ!」
前方の氷が、落ちてきた破片によって砕け、ミラは葉から投げ出された。
スローモーションのように、氷に叩きつけられる自分を想像する。
「ミラっ」
ルミが手を伸ばして、何か呪文を言おうとする。
落ちていく自分の重力を感じながら、とても冷静であることに驚いた。
何年も中にいたからだろうか。危険なことに関して、ミラは酷く鈍感だった。
身体を何かが包む。固いごつごつした何かによって宙に浮く。
最初はルミの魔法なのかと思った。自分をまた助けてくれたのだと思った。
気がつくと、ミラは高いところにいた。ヴェズルフェルニルの大きな爪に掴まれ、宙ぶらりんの状態で飛んでいる。どこかに運ばれているようだった。
怖い、ような気もする。だが、それよりミラは、大きくて美しい翼に見とれてしまっていた。
本に挿絵はついていなかった。もし、ついていて本から出せたとしても、等身大の大きさにすることはミラにはできない。
ミラの魔力に合わせた大きさの魔法動物だ。
だから、本物に出会えたことが何より嬉しかった。
そして、怖い気持ちが薄かったのは、敵意を感じなかったという理由もあった。
はっきり分かったわけではない、ただ、大丈夫だとミラは思った。
「いや、でも食料だと思われている可能性も……」
それなら敵意は感じないはずだ。魔女を好んで食べるとは読んだことがないが、巣に連れていかれているのだろうか。
不安な気持ちになる。ルミのことも心配だった。
不思議な場所だ。
木々が蔓で覆われている。何重にも巻かれているのだろう。外の光や風が全く感じられない。
そして、肌寒い。空に近いからだろうか。
ゆっくりと降ろされたミラは、ヴェズルフェルニルのほうを向いた。
器用に翼を折りたたんで座っている。ミラをじっと見つめているが、食べようとはしなかった。
ただ、こちらをじっと見つめているのだ。
鱗のように頑丈な翼、インディゴブルーの羽は一枚一枚つやつやと輝いている。
「あの……」
言葉なんてわからない。だけど、何か理由があるはずだ。ミラをここに連れてきた理由が。
ようやく動く、ゆっくり立ち上がり巣の出口のほうへ向かって行く。
ちらりと鋭い目がミラを映す。
嘆いているかのように、ゆらゆらと揺れているそれを、ミラは見逃さなかった。