第5話 ヴェズルフェルニルの森へ
目を覚ますと、そこは落ち葉の上だった。
ヨールからもらったバスケットや他の荷物も傍に落ちている。
身体に力を入れ起き上がると、くしゃっと落ち葉が砕ける音がした。
「あっ、ルミ! ルミは?」
慌てて立とうとしたためか、後ろにすてんと転んでしまう。
「ここ、ここ、ここよ!」
仰ぐような体勢になり、周りが木々に取り囲まれていることに気が付いた。
空に向かって高く高く伸びていて、終わりが見えないほどだった。
その一つの枝に、ルミが座っていた。結構な高さだ。
「良かった! 無事だったんだね!」
今度こそ起き上がる。
ルミは軽やかに枝から飛び降りると、ピョン、ピョン、と階段を下りるようにして、ミラの前まで来た。
「これは、壁を作る魔法のちょっとした応用よ」
聞く前に、そう教えてくれる。
へえ、とペタペタ透明な階段を触ってみる。
何もないのに何かある。
ルミの足元には、見たことのない大きな葉っぱが落ちていた。
「ここに飛ばされたのって、やっぱり、学校からの魔法なの?」
「そうよ。ごめんね、これも先に言っておくべきだったわ。何回か体験しないと、慣れないわよね。あの魔法は相当厄介だから、私たちには負担だわ」
さて、とルミは綺麗な髪を耳にかけ、右手を地面へ向けた。
「フリーヤ」
落ち葉、木々、草、ルミの向く道が一瞬にして凍りついた。
パキパキと音を立て、ガラス細工のような氷が滑らかになる。吐息が白く濁り、その場の気温がぐんと下がった気がした。空中に氷の粒が舞い、本当の季節を忘れそうになる。
別の世界に着てしまったかのようだ。
「私の得意魔法なの。場所は大体分かったから、滑って行きましょう」
そう言うとすぐに、大きな変わった形の葉っぱを氷の上に置いた。
人一人すっぽり入ってしまえるほどの大きな葉、乗っても、強く握っても壊れなかった。
「ここに飛ばされたのは、ラッキーだったわね。この木の葉はどこにでもあるわけじゃないから」
葉にひょいと乗り、先端を片手で掴む。同じように、ミラも乗ってみた。
「ミラ、風の魔法は使ったことある? 最初だけ勢いをつけたいのだけど」
頷き、小さな声で言ってみると、小さな風が起きた。
「大丈夫でしょう。次は力を集中させて、後ろに向かって、せーの」
「「トゥロー」」
大きな風が吹き、身体は前に進む。
集中しないと振り落とされそうなほどの勢いがついた。
ルミは慣れているのか、安定した動きで氷の上を滑っていた。
風が顔に当たり、とても寒い。
でも、だんだんと周りを見る余裕が出てきた。
ルミの氷に魔力が込められているからか、勝手に葉は、氷の上を滑ってくれていたのだ。
木々を避けながら左右へ、ミラは得意になってくるのが分かった。
「そういえば、どうして空を飛んで行ったらダメなの?」
聞こえるように、大きな声で問う。
ミラは箒を持っていなかったから、そもそも飛んでは行けないのだが、もし、飛行が可とされていればもっと楽に行けたはずだ。
ルミは文字通り、涼しい顔で言った。
「この森はね、飛行には適していないのよ。この高い木々は空まで伸びているから、飛行の障害になるし……一番の理由はね、さっき読んだと思うけど、『ヴェズルフェルニル』」
「その動物なら知ってる。空のうんと高いところにある木々に、巣を作って暮らしている魔法動物だよね?」
「そう、森を守っているのよ。一見穏やかそうだけど魔法使いとは相性が悪くって、敢えて遭遇することはしない。危険だしね、大人の魔法使いじゃないと宥められないわ。だから飛行は禁止なの」
少しだけ見てみたいな、という気持ちを持ったが口にはしなかった。
「学校って楽しいところかな?」
なんだか話題を変えたくて、ふと思いついたことを言った。
「わたしね」
木々の間を抜け、下りになり加速する。
「もっともっと魔法を極めなくてはいけないの。今の私のままではだめ、学校に行くのもそのためよ。そうしないと……」
中々続きが話されなかった。
ミラは黙って待っていた。口を挟めないほど、真剣な声だったからだ。
「ううん、何でもないわ。とにかく、試験は通過点に過ぎないの。だから、ミラ、急いでオークの木まで行きましょう」
ミラのほうを見たルミは、宿での彼女に戻っていた。
同じ年のはずなのに、ルミは大人みたいだ。
それは少し、悲しいことだと思う。
さっきルミは、凍りつきそうなほど、淋しい目をしていたのだから。