第40話 ミラの幸せ
「可愛いし美味しいだなんて……ここは天国?」
さっきまで、可愛すぎてもったいないと言っていたミラだが、この中で一番食べるのが早い。
喫茶店で昼食をとり、せっかくだからデザートもと頼んだのは「マジカルパフェ」と呼ばれる若い魔女に大人気のスイーツだった。
ミラは「星空の途中パフェ」を注文。
お店の人が「同じ物は二度と作れないんですよ」と意味深な顔で教えてくれた。
ミラのは、流れ星がグラスの中で暴れ回っているくらいだったので、気にせず食べた。
盛り方が本当に見事で、もはや芸術作品だった。
ルミは「虹の国のパレードパフェ」だった。
世界のあらゆる美しいものを、グラスの中に集めたかのようなパフェだ。
ルミは冷たいものが好きなので、さくさくと食べ進めている。
ローアンは、小さいサイズのアイスクリームをちびちびと食べている。スプーンを持つ手が、ジャンケンのグーだ。
ルミがちらりとその手を見たが、何も言わなかった。
「トゥーリは本当にいらないの?」
トゥーリは、漆黒のどろりとした飲み物しか頼んでいない。甘い物は好きではないらしい。レモン色の頭に視線を置くと、肩を竦めた。
「必要なものは買えたし、満足だわ」
ルミが最後の一口を食べた。
「本当に、楽しかった。お買い物ってこんなに楽しいんだね」
「また行きましょう」
トゥーリがカップを置く。
「私は一人で良い。で、どうして今日はローアン先生が引率だったんですか? 生徒だけで外に出ることって別に普通ですよね? 何か危険なことでもあるみたい」
そっけない言い方なのに、鋭い質問だった。
「……別に何も無いわ。考え過ぎよ、トゥーリ。何となくあなたも知っていると思うけど、ミラはまだ外に慣れていないの。教え子の付添だって、教師の立派な職務よ」
「ふうん」
それからまた興味がなくなったのか、トゥーリは、どろりとした液体を喉に流し込む。
ミラはローアンと、それからルミの様子がおかしいことに気がついていた。
ミラを一人にはしないようにしている。
心配してくれるのは、もちろん嬉しい。
でも、ほんの少しだけ寂しさを覚えた。
「一回だけ、借りても良い?」
「へ? 箒?」
「なんだか今、とても飛んでみたい気分なの!」
飛ぶ準備をしていたルミにお願いする。
お出掛けの幸福感がまだ残っている内に、一人でやってみたかった。
「もちろん良いけれど……大丈夫? 飛んだことないんでしょ? 私たちは子どもの頃からやっているけど、初めてなら少し危ないかも……」
「大丈夫! ローアン先生もいるし」
ローアンが頷いた。トゥーリが念のため杖を構える。黙ったままだが、一応心配してくれているようだ。
今日だって、何だかんだついて来てくれた。
そう、皆、ミラにとても優しい。
これから自分は、何を返していけるのだろうか。
受け取った箒は、ローアンの物より持ちやすかった。
跨って、集中する。完全に見よう見まねだ。
「箒が上がる感覚がしたら、おもいっきりジャンプよ!」
右足が、地面から離れそうになった。
意を決して、上へ、跳ぶ。
勢いよく空へ箒が上がり、絶対に離さないように両手と膝に力を込めた。空中でしばらく落ち着く。
ミラは、一人で空を飛んでいた。
建物よりも高い。風がとても気持ち良かった。
「ふう。あ、降りる方法を教わってなかった……あああっ!」
今度は下に、とてつもないスピードで落ちていく。
手が、滑る。
体が投げ出される。落ちる、思わず目を瞑った。
「飛行中は、まばたき以外目を瞑らないこと。常識」
箒に乗ったトゥーリが、ミラの手を掴んでいた。
空中にぶら下がる態勢になる。腕一本で支えているのに涼しい顔をしていた。そのまま下降する。
「ありがとう……はあーびっくりした」
藍色の光が、二人を包む。途端に身体が軽くなった。
トゥーリが手を離しても大丈夫だった。そのままゆっくり地面に降ろされる。
「大丈夫? 痛い所はない?」
「うん、大丈夫。実は結構楽しかった。ありがとう、トゥーリ、先生」
「まあ、初めてだったからね。その内、何も考えなくても飛べるようになるわ」
草の上に寝転ぶ。何て幸せなのだろう。
お礼を、感謝を、皆に沢山伝えたい。
でも方法が分からない。ミラの気持ちを丸ごと見せたいのに、それができないことが、もどかしかった。
「ミラ、泣いてるの?」
「どこかぶつけた?」
ルミとトゥーリが聞く。
「嬉しくて……幸せでたまらないの……」
涙が、頬をつたって地面へと吸い込まれていく。
頭を優しく撫でるような、柔らかな風が吹き、ミラを包みこんだ。
今、この目に映っている間、世界は全てミラのものだ。
一生忘れないように、目に焼き付ける。
飛び込んできた空は、澄み切った色をしていた。