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第4話 試験前夜


「ミラさん」

 夢のような夕食の時間が過ぎ、用意してもらった部屋へ行こうとしていたときだった。

 振り向くと、ヨールが立っていた。


「ルミとこれからも仲良くしてあげてね。あの子は、本当に良い子で、しかもとても努力家なんだ。教えてあげるっていうのも本当に期待して良い。エレメンタリーでは首席だったんだから。本当に凄い子だ……でも、偶に、何かを思いつめたような顔をする。友だちがいたら、きっと助けになるはずだと思っていた……すまない、君は言われずともそうする子だね……ルミはわたしにとって本当の孫のようだから。お節介を焼いてしまうんだ……それに」


 ミラの目を真っ直ぐに見た。

「ミラさん、君も何か抱えているようだ。分かるよ、長い間生きているとね、顔を見て、ピーンときた。それが何かは分からないけれど、きっと大丈夫さ。適当に言っているんじゃあないよ、本当にそう思っているから言うんだ。君たちなら大丈夫。でももし、何か困ったことがあったらここに来ると良い、いつでも大歓迎さ」


 ヨールなら、受け入れてくれるかもしれない。

 でも、ミラにはその勇気がまだなかった。その途端、自分がとても嫌なものに思えてならなくなった。

 ヨールは優しい良い魔法使いだ。甘えてしまいたい。でもそれができない。

 自分は、嘘つきなのかもしれない。

 まだ、言えない、けれど、自分の今の感謝の気持ちが伝わるように、ミラは深々と頭を下げて礼を言った。


 先が見えない長い廊下を進む。ルミ以外の誰かに会うかもしれないと、少しびくびくして廊下を歩く。

 壁にかけられているランプが、優しいふんわりとした明かりで道を照らす。何となく前に出ている自分の影を踏むように歩いていた。

 ふと自分とは違う黒い影が重なった。驚いて後ろを振り向く、足音はなかったはずだ。

 振り向いたときにはもう、追い越されていた。

 女の子だった。一瞬ルミかと思ったが、全然違う。

 

 薄いピンク、昔、祖母が持ってきてくれた貝殻を思い出す。

 あれは確か、シェルピンクという色だ。淡くて消え入りそう。腰の下くらいまである長い髪、通り過ぎるときちょっと見えたが、前髪が顔の半分くらいまであった。ちゃんと見えているのだろうか。

 ふわふわした髪は、なんだか甘い綿菓子のようだ。実際には食べたことがないのだが、きっと似ている。明らかにオーバーサイズのぶかぶかのワンピースを着ている。


 彼女も明日の試験を受ける魔女だろうか。挨拶をした方が良いのだろうか。ぐるぐると考えているうちにその子は行ってしまった。

 雲の上を歩くかのような足取りだった。

 

 渡された部屋の鍵を回す。かちっと軽い音がして扉が開いた。

 高度な魔法を使う鍵職人の鍵は、とても頑丈に作られていて、ちょっとやそっとの魔法ではそれを無効化することはできないらしい。ルミが力説していたことを思い出す。


 部屋の中は豪華とは言えないが、とても落ち着く空間だった。

 マリーゴールドやラベンダー、カモミールの花のドライフラワーがベッドや窓際に、机はミラにピッタリだった。羽ペンがメモ帳と一緒に置かれている。伽羅色のソファに座ると、すっぽり体を包み込むようだった。これはもう起き上がれないぞ、とミラは目を閉じようとした。


 コンコンと扉が叩かれる。

 ルミが、湯気の出るカップを二つ持って入ってきた。ドーナツに塗されていた、銀の砂糖が入った紅茶のようだ。

 ルミはベッドに腰掛け、ふうふうとさましている。猫舌なのだろう、中々口を付けない。


「もう寝ようとしてた? ごめんなさいね。何だか、あなたともう少しだけお話がしたくって」

 ミラは首をフルフルと振った。自分も話したかったと伝える。


「ああ、それはオーロラよ」

 廊下で見た女の子の話をすると、ルミは形容しがたい顔になって言った。どうしてそんな表情になるのか不思議だったが、嫌な顔ではなかった。

「知り合いなの?」

「まあね、エレメンタリーからの、うーん、幼馴染みたいなものかもしれないわ。名前は、オーロラ・フェンネル。あんまり他人とは関わらない子よ。授業の時も、いつも寝ている印象ね。でも、悪い子ではないから安心して」

 ようやく、一口紅茶を飲んだ。

「あの」

 ミラはカップを置いて、ルミに向き合った。

「あの……あのね、あの、わたし」

 ルミには言わなきゃ、友だちになるには言わないと、そう思った。

 でも、いざとなると声が出てこなかった。

「ミラ」

 ぱんっと目の前で両手が叩かれる。驚いて舌を噛みそうになった。

「言いたくなったら、でいいのよ。何か、私に言いたいんでしょう? いいのよ、あなたのタイミングで。ねえ、実はね本当は、お願いがあってきたのだけど、いいかしら?」

 手を叩いたままの姿勢で、首を傾げる。


「きれい……そして、気持ち良い」

 右手にはブラシ、左手で薄い水色の髪を撫でる。

 高そうなヘアスプレーを少しかける、ブラシで梳く、を繰り返す。

 ルミは猫のように眼を細めて、欠伸をする。


 実は、お願いがあって。

 そう言われて何かと聞けば、朝、髪を梳かしてほしいということだった。

 てれながら、彼女が言うには、いつも屋敷の者に身の回りの支度をやってもらっていたので、自分で髪を梳かす方法が分からないということだった。

 ついでに着ていく洋服も選んでほしいとミラはお願いされた。


 もちろん了承したミラは、自分の支度を早めに済ませ、ルミの部屋で彼女の支度を手伝っている。

 寝起きのルミは昨日のきりっとした聡明な雰囲気が全くなく、サラサラの髪には、寝癖が所々付いていた。ぼんやりしながら鏡台の前に座る彼女は、年相応に見えた。

 段々と覚醒してきたのか、背筋がピンと伸びてくる。どうやら身だしなみと比例するらしい。

 

 昨日まで姉のようだった人が今は妹のようで、兄弟がいないミラは頼られてとても嬉しくなった。

 少しでも自分を信頼してくれている、そのことがただただ嬉しかった。

 完璧なルミの姿になり、彼女は鏡の前でくるりと回った。踊りを踊っているみたいだった。何をしても様になる。

「ありがとう、ミラ」

 鏡越しに言われ、ミラは頷いた。鏡に、短い前髪の自分が映っていて、思わず横に飛び退く。

 まだ慣れていなかった。


 朝食は、ヨール特製の少しピリッとするハムサンドを食べた。

 さっそく、ミラの魔法の動物たちがヨールを手伝ってくれている。

 卵やハムを、炎の魔法で焼く姿はとても愛くるしかった。ピリッとするのは何なのか、ヨールに聞いてみると、キッチンにあった植木から一枚葉っぱを千切ってくれた。噛んでみると、舌が痺れるようなチリっとする感覚に、思わず舌を出してしまう。

 くすくすとルミが、その光景を見て笑っていた。

 まさか、そんなに齧るとはヨールは思わなかったらしい。

 慌てて、魔法動物たちが、一匹につき一個コップを持って来てくれる。律儀に全ての飲み物を飲み干すと、とても嬉しそうに飛び回っていた。


 そろそろ出発、という時、ヨールは小さなバスケットに入ったお弁当を二人にくれた。

 初めてのことに、嬉しくて貰う手が震えてしまうほどだった。


「上手くいくように心をこめて作ったんだ。気を付けて行ってきなさい」

 頭をわしわしと撫でられる。

 ミラはそういえば、と部屋を見回した。

「あの子は?」

 昨日廊下で会った女の子、てっきり一緒に行くのだと思っていた。

「ああ、オーロラなら、早めに出ていったよ。無言でハムサンドを十個も平らげていたから、体調は万全だな」

 ほっほっほと陽気に笑う。

 肩を落とすミラに、ルミは何てことのないように言った。

「いろんな子がいるからね。まあ、試験のあとに会えるわ」

 刹那、遠い眼をしたように見えてミラは、不安になってしまう。


 突然、窓が開く。ぶわっと風が部屋に入ってきて、まっすぐ、二人の目の前を通り過ぎた。

 何かを運んできたようだった。

 ふわっと、今度は軽やかに二人の前に、一枚ずつ紙が落ちてくる。

 手にとると、入学試験について、と書かれていた。


「ミラ・ウァイブラード様

ミュルスン魔法学校への入学希望、誠にありがとうございます。

つきましては、本日、ヴェズルフェルニルの森にて入学試験を行います。

試験は、森の中にあるオークの木の枝を一本取り、学校まで持ち帰る、という内容です。

魔法は使っても良いですが、飛行は禁止です。

入学前の皆様は、未熟な魔女であることをお忘れなきよう。

入学試験中の出来事に、我が校は一切の責任を負いません。

時間は、十八時までとさせていただきます。

それでは、健闘をお祈りいたします。

  ミュルスン魔法学校長 マジョラム」


 読み終えて、ミラが「ねえ、ルミ、これって場所は……」と言いかけた所で、紙がぼうっと燃え上がった。

 慌てて紙を放そうとすると、深紅の炎は紫の煙に変わり、ヨールの姿もルミの姿も、最後には自分の姿までも包み込んでしまった。足下が不安定になる感覚に見まわれ、空をつかむ。

 立っていられなくなり、横に倒れる。落ちていくようだ、何処までも底がない。息が苦しい。これは何なのだろう。ルミは?ルミは大丈夫だろうか。何が何だか分からないまま、ミラは意識を手放した。


「がんばれ、二人とも」

 闇の中で、ヨールの声が遠く聴こえた。


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