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第31話 リラの手料理、ルミの心配事

 ラベンダーハイツのラウンジは、寮生の私物であふれている。

 食器は勿論、初めはなかったソファやよく分からない植物、お菓子専用の棚も誰かが運び込んでいた。

 夕食は基本、食堂で食べて寮に戻ることが多いが、廊下でリラに引っ張られ、寮のラウンジで夕食をとることになった。

 意外なことに全てリラの手作りだ。ラウンジ隣接のキッチンは自由に使えるので、早くから取り掛かっていたようだった。


 寮生の全員を呼んだらしいが、集まったのはルミとミラ、ロッタにオーロラ、アイリーン、リラを含めて六人だけだった。これでも集まった方だと思う。


 トゥーリは「今日はパス」と言って部屋に籠ってしまうし、メリとニーナに関しては、ミラは見たことすらない。本当に存在する人物なのか疑っていた。


「よーし、できた! 食べろ食べろ!」


 これまた意外なことに、とても繊細な料理がテーブルに並ぶ。微笑むリラは天使のように可愛いのに、いやきっと天使より上だ。「食え食え、どんどん食べろ」と勧める彼女は、本当にウサギの中に狼でも入っているかのようだ。


 ミラは山盛りのスパゲッティを口に運んだ。ごろごろ均等に切られた具材と肉団子が入っている。トマトをたくさん使っているから少し酸味があって、そして胡椒もきいている。

 誰の口にも合いそうな素朴さで、味付けにも拘った、飽きのこない料理だ。

 自分で作っても、こうはならない。味を探ってみて、もしかすると、と思った。ヨールの家で食べたピリッとする葉っぱ、確か名前は「カラハ」。リラに聞いてみると「おっ、正解! わかってんじゃん」と声を弾ませた。栄養のバランスを考えてか、サラダと、なんとグラタンまで付いていた。


「それで、どうしたの?」

 優美に口元をナプキンで拭ったルミが「まあまあね」と言った後、そう発言した。


「それにしては、皿はもう空になりそうだけどな。どうしたって何だよ。……ああ、偶には良いかと思ってよ」

「リラぁーデザートはー? プリンたべたい」

 まだ半分も食べていないオーロラが、間の抜けた声を出す。

「こら、まだ全然食べてないじゃない。あんたはもっと食べられるでしょ」

 そう諭すルミに、オーロラがべえっと舌を出す。


 リラは結局皆に甘いので、冷蔵庫から星の形のプリンを取り出してあげていた。どうやら全員分あるみたいだ。オーロラ用のプリンには、ベリーのソースがかかっている。


 ロッタは無言でパクパク食べ続けている。一番、食が進んでいた。

 一人、アイリーン・スチューンだけは、フォークを持ったまま、スパゲッティをじっと見つめていた。

 グラスグリーンの伸びきった長い髪が、小刻みに揺れている。


 プリンを三秒で食べ終えたオーロラが、ツンツンと肩を突く。

「わあ、はいってる」

「はいったわね」

「お料理……冷めないと良いんだけど」

 それぞれ、慣れたように食事を再開する。リラだけは「冷めんだろうが!」とアイリーンに叫んだが。

 当の本人は、全く聞こえていないようだ。


「リラが料理を私たちに振る舞うだなんて何かあるのでしょうか。もしかして何か頼みごと、ラベンダーハイツの中を全部掃除しろとか、ゴミ捨て当番一週間しろとか、いやいやもしかして実験されるのでしょうか。食べたら最後リラには逆らえない魔法をかけられてしまうのですきっと。そう、みんな普通に食べているけれど、もしかしてもしかして……ターゲットは私だけ……ああでもお腹が空きました。美味しそう……でもでも食べたら最後……」

 早口でぶつぶつ言うアイリーンは、頭を抱えてしまった。


 これはアイリーンの癖、妄想だ。ひとたび妄想の世界に入り込むと、中々こちらに戻ってきてくれない。

「頭を抱えているうちはまだ、大丈夫なんだけどね」

「あとで温め直してあげましょう。プリンはいつ食べても良いし、それにリラの想定内だろうから」


 アイリーンの髪色が溶けてきたのかと思った。

 月桂樹のような神聖な緑の光が、次第に形を作り出す。頭のような形に胴体、それから手や足ができる。

 小さな緑色の熊が二匹、机の上にぴょこんと飛び乗る。一匹は美味しそうに料理を食べる仕草、もう一匹は、お腹をさすりながら何やら苦しんでいるように見える。

「あらまあ」

 口元に手をやったルミが、キラキラとした瞳で熊を見つめる。オーロラは自分の杖を逆さまに持ち、ツンツンと突っつこうとするが、通り抜けてしまう。

 オーロラの杖の持ち方は独特だ。チョキを出した拳でそのまま握り込むようにして、杖を支えている。


「今日のは、また一段と可愛いね」

 初めて見た時は何だろうと思っていた。

 あまりにも世界に入り込み過ぎると、妄想が形となって出てきてしまうようだった。意識せずに、魔法を使っているのだとリラが言っていた。

「想像が目に見える魔法、凄いなあ……」

 ミラも熊に手を伸ばす。ぱしんと跳ね除けられるが、何の感触もなかった。


「いやいや。おまえの、この間の授業でやった魔法の方が数倍やばいって」

 食べ終わったお皿を流しに持って行きながら、リラが目を剥く。

 その一言で、アイリーンの独り言が止まった。言葉の意味が分からず、ルミの方を見る。

 

 一瞬リラと目を合わせると、ルミは言いにくそうに話した。

「あのね、ミラ、あなたの……その、描いてある絵を出す魔法……その……命を吹き込む魔法だと、私は思うのだけど、その魔法ってあんまり使われていないのよ。というか、魔術書にも載っていない……私だって見たことがなかったもの。ヨールさんの家で見てから少し調べてみたんだけど……」

「幻は所詮まぼろし、あたしたちは触ることすらできない。だが、ミラの魔法は違うだろ」

「でもっ」

 言いかけて止まる。そんな風に考えたことが無かった。


 今度はロッタが諌めるようにリラの方を見る。小さく舌打ちをして、再びリラが口を開いた。

「頭の中の空想を魔法で出すって言うのは、案外簡単なんだ。とくに、あたしたちみたいな大人じゃない魔女何かはな。エレメンタリーの時は日常だった……でも、絵を動かし、しかも命令に従わせるってのは、また別の……高度な魔法だ。空想の魔法に、命令は基本的にできない」


「ねえ、ミラ。私はあなたがどんな魔女だか知っているし、あなたの魔法はとても素敵だって思ってる。でもね、でもっ」

「ルミ!」

 誰の声か分からない。皆が一斉に声を上げ、制止した気がした。実際そんなことはなかったのかもしれないが、ミラにはそう感じた。ルミが口を押さえて固まっている。


 明るい空気に戻したのは、やっぱりリラだった。

「……でもミラはその魔法以外、平均レベルだもんな! ルミは気にし過ぎなんだよ。この前の風の魔法とか傑作だったなあ、あたしはまた、エルダー先生でも狙ったのかと思ったわ」

 リラがいつもの調子に戻り、げらげらと笑い始める。


 二匹の熊がミラの肩によじ登り、頬をぺちぺちと撫でるように叩く真似をした。

 もちろん、その感触は何も無い。

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