第30話 その魔法は
「では、はじめなさい」
金色のシャボン玉が教室中に舞う。どこからどう見ても完璧な球体、完璧な魔法だ。
一番前の席に座っているロッタがすっと立ち上がり、杖の先を向け、狙いを定める。
「トゥロー」
教科書の発音通りの風の魔法だ。風は、最初からその場所へ吹くことを決めていたかのように、一直線にシャボン玉へ飛んでいった。
「カモミール、合格です。やはりあなたは、基本を大事にした魔法が合っているようですね。それに気づけたのは、とても良いことです。フェンネルも今日は起きて、きちんとやっているようなので、良しとしましょう。あなたは、もっとやる気を出しなさい」
オーロラが間延びした声、ロッタが上ずった声で返事をした。ロッタがミラの方を一瞬見て、小さくピースサインをしてくれた。その顔には、パールホワイトの眼鏡がかけられている。とてもよく似合っていた。
「では、ウァイブラード」
ついにミラの番だ。
風の魔法、水の魔法、色々練習したけれど、ミラは自分にとって、一番日常的な魔法を使うと決めていた。
シャボン玉ではなく、教科書に向かって杖を向ける。エルダーが怪訝な顔をしたが、何も言わなかった。最後までやらせてくれるようだ。
「レイクバ」
教科書の挿絵、魚がオレンジ色の光をまとって立ち上がる。ルミの銀っちょとは違い、漆黒の魚だ。完全に本から離れると、ミラの目の前に浮かんだ。
「金色のシャボン玉を割って」
魚は、ひれを持ち上げるようにして一回お辞儀をした。そのまま、スイスイと空を泳ぎ、金色のシャボン玉を割っていく。二・三個割ったところで、ミラに限界が来た。杖を下ろすと魚は消え、教科書に絵が戻る。
教室の静寂が一気に、どよめきに変わる。その声の中に「なにあれ」というものが混ざっていた。
ルミやトゥーリのような魔女の魔法に比べたら、こんなもの驚くようなことではないのに、と呑気に考える。それとも、レベルが低すぎたのだろうか、もしくは反則なのだろうか。恐る恐るエルダーの方を向く。
珍しくぼんやりとしていたエルダーは、ミラと目が合うと、我に返ってシャボン玉を全て消してしまった。
「貴方は……。いや、ですが、今のは、どう判断すべきか……」
杖の先を指で触る。悩んでいるようだ。
「先生」
ルミが手を挙げた。
「何ですか? ウェルグル」
「課題は、正確にシャボン玉を割ること、そうでしたよね? それなら、ミラはきちんと魔法で割りました。クリアしていると考えます」
「……ですが」
何故か歯切れが悪い。
「あのっ私も、そう思います……」
ロッタが大きく手を上げ、そう言った。眼鏡がずり下がる。最後の方は、ほぼ聞き取れなかった。
腕を組んだエルダーがそれを離し、息を吸った。
「良いでしょう。確かに課題はクリアしています。ミラ・ウァイブラードを合格とします」
何故、教室中がざわついているのか、そのときのミラには全く分からなかった。