第26話 バーミリオンの魔女
部屋の前に着く。深呼吸をしていると、オーロラがノックもせずにノブに手をかけようとする。
「ちょっと、オーロラ、だめだよ。ノックを……」
話していたら、扉がひとりでに開いた。
部屋の中に足が勝手に進む。
内装はミラたちの部屋と同じだ。でも、中の雰囲気が違っていて何だか面白かった。
本棚が大きい、大きな鳥が描いてあるポスターはリラのだろうか、どうしてもきょろきょろと見回してしまう。
その隅の机にロッタがいた。
大量の本が積まれていて、びっしりと書かれた紙がそこら中に散らばっている。ロッタは何も言ってこない。今日もパーマが、ばねのようにはねていた。
「ロッタ、こんにちは。あの……リラから聞いていると思うんだけど、一緒に……課題を……」
オーロラはぼーっとしていて、今にもベッドに突入しそうな感じだ。服の袖をしっかりと掴み、行けないようにした。
ようやくロッタが振り向いた。どうやら無視をしていたというわけではなさそうだ。
ああそうだった、と顔に書いてあった。
オーロラほどではないが、眠そうな顔をしている。隈もできている。
ロッタは黙って紙を見せてきた。
今日、ミラがもらったものと同じだ。この様子だとオーロラも同じようだった。
「正確にシャボン玉を割るのってやっぱり難しくて……でも、ロッタとオーロラは、もうほぼできてるんじゃなかったかな?」
ルミとよく行動しているので忘れがちだが、オーロラたちだって、長く魔法の勉強をしていて、いろんなことがミラよりできるはずだ。
オーロラはゆっくりと杖を上げ、そしてすぐ下ろした。この子はきっと、後はやる気だけだ、とミラは思った。
ロッタは静かに首を横に振った。
彼女は、授業の時は発言を一所懸命しようとするが、それが終われば途端に無口になる。
元来そういう子なのだ。頑張って話している分、日常生活では、あまり口を開きたくないのかもしれない。
ロッタが目を細めて、それから杖を上げた。ルビーのような光で包み込まれる。
部屋が広くなった。そして、机やベッドがなくなっている。
「……一時的に……」
幻影系の魔法だろうか、それとも空間魔法?どちらにしてもやっぱり凄いじゃないか、とミラの胸は弾んだ。
オーロラが呪文を唱えて杖を振った。ピンク色の可愛らしいサイズのシャボン玉がひとつ浮遊する。
「エルダせんせいみたいには、いかないけどー」
シャボン玉の魔法、これがあると、とても練習になる。ミラにはこれを出すことはまだできない。
丸い形は難しいのだ。しかもそれを浮かせるとなると、どれだけ練習すれば完璧にできるようになるのだろうか。途方に暮れてしまう。
「ピトゥポータ」
綺麗な発音でロッタが炎を出す。それはゆっくりと移動して、シャボン玉の寸前で消えてしまった。
ロッタは、肩が下がる音が聞こえそうなくらい沈んでしまった。
ミラは風の魔法を使ってみる。風は、扱いやすいと気がついたのだ。炎は、ミラにはまだまだ難しい。それに、エルダーにはこっぴどく叱られてしまっていた。
「あ、かすった!」
声が漏れる。もう少しで何か掴めそうな気がした。
オーロラが杖を上げる。呪文が聞き取れない。
綿菓子のような、ふわふわ桃色のウサギが空中に飛び出す。歩いているときのオーロラみたいに、ぽてぽてと空を歩く。
桃色だけど、石榴の花の色みたいだとも思った。
シャボン玉の所まで行くと、ふわりと跳ね、飛び込んだ。ウサギは消え、シャボン玉も割れていた。
「可愛い! それに割れたよ! オーロラもやっぱり魔法上手だったんだね。ルミがそう言ってたもの」
あの子は本気を出していないだけ、と話していた少女を思い出す。
オーロラが「べつに」と、ふわふわの髪の毛を指でいじる。照れているのかもしれない。
その様子を見ていたロッタが「凄い」と微かに聞き取れる声で呟く。もう一度「ピトゥポータ」と呪文を唱えた。やはり、炎は長く持たない。
ミラは気になっていたことがあった。
「ロッタは、どうして炎の魔法にこだわるの?」
そう聞くと、オーロラですら「え?」という声を出した。見えない表情からも困惑が伝わってくる。
ロッタは固まってしまった。
そのまま部屋は元に戻り、一瞬のうちに彼女は部屋から出て行ってしまった。