第25話 ライラックの魔女
「それで、課題は?」
寮のラウンジで、カラフルなチップスを無心で口に運んでいるミラに、スカイブルーのソーダを渡しながらルミが聞いた。
見た目は花びら、だが食べてみると不思議食感、しゅわっとさくっの中間くらいの固さで、食べた瞬間は濃い味が広がるのに、すぐ溶けるように消えてしまう。
延々と食べるのが止まらなくなる、恐ろしいおやつだ。
ピンクの花びらは甘じょっぱくて、水色の花びらはしょっぱい海味と書いてあった。
だけど味は一定ではない。さっき食べた黄色い大きめの花びらは、シナモンの味がしたのに、次食べると、カスタードを舐めたと錯覚するくらい甘くてとろっとした、それでもしつこくない味に変わっていた。
「……こんなに美味しいものがこの世にあっただなんて」
うっとりと噛みしめながら「もう一枚」と手を伸ばす。
ひゅっと音がした、と思った時には、袋が机からなくなってしまった。ルミが没収したのだ。不平を言いかける。
だが、ミラの口からそれが発せられることはなかった。ものすごい勢いで、ラウンジの扉が開かれたのだ。
しかも足で開けたようだった。細い足が中途半端に上げられている。さらにポケットに手を突っ込んだままだ。
「おっいたいた! あ、良いの食べてんじゃねーか」
どんな粗暴な魔女が入ってきたんだと思ったが、すぐに誰かは分かった。まだ脳が混乱しそうになる。
指定のケープの色より、更に薄紫色。儚い花を連想させるライラックの長い髪をきっちり三つ編みにして片方にたらしている。髪紐は緑色で、髪にとても映えている。この魔女が、一番学校のケープが似合うなと誰に聞かれたわけではないが、ミラはそう思っていた。
リラ・スティゼ。口が悪い。足癖も悪い。
口の悪い魔女ならきっと他にもいるだろう。だが、リラのような子は、どこを探してもここにしかいないはずだ。
彼女は、果てしない美少女なのだ。
ただ可愛い子というわけでない。初めて会った人なら五度見はするはずだ。ミラの読んでいる小説の主人公でもここまでの子はいなかった。絵本に出てくるお姫様が「普通」に見えてしまう始末だ。
可愛い、ならルミだって美人で綺麗だ。洗練された美しさだ。偶に、隣に立つのにも照れてしまう。
だけど、やっぱり違う。
人形のよう、という言葉があるが、それも違うような気がしてしまう。何かと比較してみようとしたり、例えようとしてしまうと、いやそれより可愛いしな、となってしまうのだ。
とにかく美少女であるリラはしかし、口が悪い。
相手を馬鹿にしたりする口の悪さではないので、最近では気にしなくはなってきていた。
会話をするたびにミラは、愉快な子だなあと思う。
そして鏡で自分の顔を見る。短すぎる前髪がとても幼い子どものように見えて、奇声をあげそうになる、という所までが最近のミラの行動だ。
「ミラ、あんたも課題切羽詰まってんだろ? うちの奴もだよ。つーわけで、三人でぱっと終わらせて来いよ」
花びらチップスを袋ごと口に流し込む。ミラがいつも楽しみにしているやつだ。がっくりと肩を落とす。
「三人?」
ルミが首を傾げる。
「ルミは、二年生用の課題も、もうほぼクリアしてるよ。それに、リラは課題ないでしょ?」
実はしっかりしていて、授業では優等生な彼女は既にシャボン玉を割っていた。ルミの次にできたのに、ちゃっかり先生には報告を後からして、課題を逃れていた。
「いーや、あたしとルミじゃねえよ」
そういえばリラは「うちのやつ」と言っていた。
「ロッタとオーロラ、で、あんた」
ビシッとミラを指さす。ルミが「指を向けない」と軽く窘める。
「あれ? オーロラも課題出されたっけ?」
授業を思い出してみる。
「居眠りの罰。ここじゃ狭いからあたしの部屋使えよ。もれなくロッタいるし」
「そりゃ、二人は同室だものね」
ルミはリラにもソーダを作ってあげている。ルミの魔法の氷はそこらの氷とは全くの別物だ。飲み物の味を引き立たせる。ミラが真似してみても同じようには絶対ならない。
「まあ、それはありがたいんだけど……」
ルミにずっと教わるのは申し訳ないと思っていた所だったのだ。彼女にも課題や勉強がある。ずっと付き添ってもらうわけにはいかない。
「オーロラは? 部屋にいるかしら?」
「え? そこ」
テーブルの下を指さす。足で。
覗き込むと、オーロラがうつ伏せで眠っていた。
「びっくりした! いつから!」
「あたしが入ってきた時から。じゃ、よろしくな」
「うん……でもどうして?」
リラとはそこまで親しい関係ではない。
「もっとレベルの高い授業を、はやくうけてーから」
言葉に被せるようにして言う。杖を逆に持ち、オーロラの頬をぺちぺちと叩いた。
「なるほど」
頷きかけた時、ルミがミラを呼んだ。
「それもあると思うけど、リラは結構世話好きよ」
あ?とリラがルミを睨む。顔色を変えずルミが、本を取り出して読みだした。
「つまり、やさしいってことか……」
ミラの呟きが廊下に木霊する。本当に良く響く廊下だ。
「ねえ、オーロラ、ロッタとはよく話す?」
ぽてぽてと後ろを歩く、寝起きのオーロラを振り向く。寝癖が付いているが、彼女は気にしないだろう。
「んー? ロッタ、ロッタ……よく知らない……とまと食べたい」
ふわああっと欠伸をして、心底ダルそうに、そしてマイペースに言葉を発する。
いつものオーロラだ。