第15話 今日からここが私の家
二人で庭を歩く。小川が流れていて、小さな花がたくさん咲いていた。
妖精が出てきそうなほど、美しいところだった。
あの後、偶然会ったヘーゼルに、寮まで案内してもらっていた。
道は少し坂になってきている。
「あの……ルミ、黙っていてごめんなさい」
大罪人の娘、自分に一生ついて離れないであろう言葉。
もしも、これからルミが自分から離れていっても、ミラは大丈夫だと思っていた。
あんなに嬉しい言葉を、彼女から言ってもらえたのだ。もう十分だと思った。
「え? ああ、あのこと? 知ってたわよ、そんなの最初から」
絶句しているミラをよそに、さらっと、少し照れたように話しだした。
「名前を言った時、すぐに分かったわ。言いにくいことだけど……ミラ、あのね、ウァイブラードと聞けば、誰でも知っていることなのよ」
「誤魔化したり、偽名を使うことだってできたのに、あなたはそうしなかった。信じる理由なんて、それだけよ。それに……」
遠くを見るような目、まただと思った。
「親に縛られるっていうの……私よく知っているから。なんだか似ていると思って」
あっ、と今度は楽しそうに言う。しなやかな髪が眩しい。天使みたいだ。
「初めて会った時に、あ、この子は良い子だなってわかったもの!」
くすくすと笑う。
「え! どういうこと?」
つられてミラも笑顔になる。
「じゃ、改めて、よろしくミラ」
「よろしく、ルミ」
固い握手を交わした。
「それでなんだけど、あの……私の母のことなんだけど……。どういう話になっているのか聞いても良い?」
ルミは神妙な面持ちで、ミラを見た。
「……それがね、ミラ。ほとんど分かっていないのよ」
「え?」
思わず聞き返してしまう。
「魔法で人を殺めることは大罪。そんなことが起きたら、すぐにニュースになる。どんな魔法が使われたのか、捕まったのか逃亡しているのか。そして、実名も報道される」
「ミラのお母様のことは、逃亡中とだけ報道された。なぜか、詳細は伏せられて。だから、色々な憶測が飛び交っているの」
「どうして詳細が報道されないんだろう」
「私の母が言うには、上によってストップがかけられているんじゃないかって。だから……私が、私たちが知っているのはここまでなの」
分からないことだらけだ。
でも、やっぱりミラのことは、誰もが知っているのだろうな、ということだけは理解した。
「そっか。ありがとう、教えてくれて。あのね……ルミ、これはあなただけに伝えておきたいんだけど……」
「なあに?」
「私、本当はまだ信じていないの……母が大罪を犯したこと……」
さすがに呆れられるだろうか。
当然ミラだって、現実を見なくてはいけないことはわかっていた。
ルミは言った。
「分かったわ」
優しい笑みだった。
「私もね、さっきお母様がちらっと話したと思うけど。『ルナ』という名前の姉妹がいて……。もうこの世にはいないのだけど、私は、本当のことを知りたいと思っているの」
「……本当のこと」
「また時間があるときに、ミラには、ちゃんと話すわ……。だからね、私たちって似ているなって」
目が合う。
微笑み合う二人を、前を歩いていたヘーゼルが振り返った。
「話は終わったかな? 着いたぞ、ここが寮だ」
小川の橋を渡り、レンガでできた道を歩いた先の高台に、それはあった。
壁の色はアイボリー、屋根はチョコレート色、今度は小屋ではなく、見た感じは2階建の家のようだった。いや、3階建にも見える。
ここも、ラベンダー畑に囲まれている。
ミラは、この落ち着いた雰囲気に好感を持った。
花畑の中心にあるし、何よりここからは空が見える。森の中なのに、ここだけは大きな木がなかった。
夜は星空を見られるだろうな、とうっとりしてしまう。
「案内ありがとう、ヘーゼルさん」
ヘーゼルは、ぺこりと頷くようにして去っていった。
扉にはこう書かれていた。
『Lavender Heights』
「ラベンダーハイツ?」
頑丈そうな扉を開ける、押す力が結構いるようだ。
入るとすぐ、廊下と右には傾斜が急な階段があった。左側にはすぐ扉がある。ちょっと覗いてみると、さっきのエントランスホールに比べるとかなり狭い、ラウンジのようなところだった。
何だか内装が喫茶店みたいだ。もちろん、本で見ただけだが。知識は本当に助けてくれるものだな、と今日一日で随分と思い知った。
「部屋はどこだろう?」
寮と分かっていても、他所の家に上がるような気持ちになり、なかなか進めない。
「あ! あれ、何か貼ってあるわよ」
ルミが指差した先には、掲示板があった。
学校の日程や行事の予定、町での祭り案内や、寮生活の心得なんかも貼られている。
その中に、ラベンダーハイツの見取り図があった。それぞれの部屋に名前が書かれている。どうやら二人部屋のようだ。
「わあ、私の名前ももう書かれてる! しかもミラと同室じゃない! よかったあ」
驚いて指差す方を見ると、本当に二人の名前が書かれていた。
「大人の魔法使いって凄いんだね、何でもお見通しって感じだ」
寮の人数を目視で確認する。
「ええ、そうね。占いが専門の先生もいるようだし、高度な魔法が使える魔法使いしか、先生にはなれないからね」
「ねえ、ルミ、寮生って本当に少ないんだね。私たち含めて九人しかいない」
何度数えても、九人だ。余った子は一人部屋のようだった。
「みんな知り合いよ、エレメンタリーの頃からの。あの子たちだけじゃなくて、今日入学した子たちはほとんど知っているわ。エレメンタリースクールは、地域にいくつかあるのだけど、交流がとても多いの」
知り合いと言いながら、ルミは全く嬉しそうじゃない。ミラは、さっき彼女が家族に言っていたことを思い出した。
『エレメンタリースクールに通っていた頃、友だちはいなかったのよ』
ルミに何があったのかは知らない。ミラのことも、彼女はほとんど何も聞いてこなかった。
話したいと思った時に、そんな日がきっとくるとミラは分かっているから今は、目の前にいる友だちをちゃんと見ていようとそう思った。
「私たちの部屋は二階ね」
傾斜の急な階段を上る。手すりを掴んでいないと、後ろに倒れそう。
「この家は学校と違って、見た目が小屋じゃないんだね」
「ああ、学校は高度な魔法がかけられているし、目立ってはいけないから。寮にはそこまでのことはしないのよ」
小屋の方が高度な魔法、不思議なことばかりだ。
二階も下の階と同じような廊下、そして部屋への入口が並んでいた。ロウソクがあって、炎がゆらゆらと心地良い動きをしている。
「ひえっ」
一歩廊下を歩いた瞬間、その頭上に女の子が浮いていた。
仰向けでぷかぷかと、スースーと規則正しい寝息が聴こえてくる。
よく見ると、シェルピンクのぼやっとした髪が、灯りに照らされていた。
ふわふわと漂っていて、空中を漂流しているようだ。
「オーロラ! ちょっと! オーロラ!」
ルミが手を伸ばすが、すれすれで届かない。
それならミラも届くはずがなかった。
どうしてこんなところで寝ているのか、このままにしておくわけにもいかない。
二人で首をひねる。ルミが呪文を唱えようとした時だった。
タッタッタッと軽快なリズムの足音。
レモンイエローのボブヘア、色のせいか本当にレモンみたいな柑橘系の香りが辺りに広がる。
その場の空気が爽やかになる。
その子のパーソナルスペースに入った途端、気持ちが凪いでいくのが分かった。
ルミが「あら」と小さく言った。
「いたいた」