第14話 ルミの家族
凛とした声、弾かれたようにルミがそちらを向く。
「……お母様、お父様」
見た瞬間すぐに分かった。
ルミと同じ、ヘブンリーブルーの髪。大人になったルミの姿だ。
本当にそっくりで、母親というより姉のように見えた。
一つだけ違うのは目だ。
ルミはこんな怖い目じゃない。父親の方は温厚そうな恰幅の良い魔法使いだった。背もとても高く、手も大きい。
大人の男性の魔法使い、ヨールとは明らかに違う雰囲気に足が竦んでしまう。
無意識に体に力が入る。二人とも、マントに一つ小さなりんごが刺繍されてあった。
母親が口を開いた。
「一番で試験を突破していないどころか、ぎりぎり合格だなんて、ウェルグルの魔女として恥ずかしくないんですか。余計なことまでして。貴方ならもっと正しい行動ができるはずでしょう?」
よく見ると、帽子にも同じ刺繍がされている。言葉を発するたび、それが上下する。
ルミは何も言い返さない。唇を引き結んでいる。瞳が揺れるのを見た。
「あの!」
隣にいるミラを、居ない者かのようにしていた目がようやくこちらを捉える。
「ルミが遅れたのは私のせいで……」
「あなたは?」
言葉を遮られる。
「あ! あのお母様!」
「ミラ。私の名前は、ミラ・ウァイブラードです」
ルミが何か言う前に答えた。
大人の魔法使いは、ミラのことを知っているかもしれない。そしたら、ルミにも知られてしまうだろう。
でも、不思議と迷いはなかった。
ルミの母親は、わなわなと震えだした。
半歩ミラと距離をとる。尖り声で叫ぶ。
「ウァイブラード? ウァイブラードですって?! あなた、もしかしてあの大罪人の魔女の娘?」
ミラは頷く。聞き耳を立てていた周りの魔法使いたちが、ぎょっとした顔をして離れて行った。
まっすぐ顔を見つめる。その冷たい瞳にミラが映る。
「今私のことは良いんです。ルミの話を聞いてください。私が、ヴェズルフェルニルを助けたいって言ったんです。彼女は私に巻き込まれただけで。ルミは本当に凄くて、素晴らしい魔女です。何度も助けてもらいました。遅れたことは、私が謝ります。すみませんでした……でも、ルミは、ルミのことは、絶対に責めないでください」
お願いします、と頭を下げる。
「ふざけないでちょうだい! あなたが唆したせいでウェルグル家に傷がついたってことでしょう。大罪人の娘が、学校に通うだなんて! 今後一切ルミに」
「私の友だちにそんなこといわないで!」
はっきりとした声だった。大きな声に周りが静まりかえる。
「全部、私がそうしたかったからしたの。それに、助けてもらったのは私の方。大きな魔法を使おうとした時も止めてくれたわ! 幻を見た時だって、ミラが呼んでくれたから、今私はここにいるの」
落ち着いた声で言った。
「ミラ・ウァイブラードは、私の大切な友だちよ」
ミラは、息を呑んだ。
言い返されたことがなかったのだろう、母親は驚いた様子だった。手で顔を覆っている。
「でも……あなたまでルナみたいになってしまったら……。不安なの……。あなたには、二人分の命を生きて欲しいの」
「ルミは一人ですよ」
ミラの静かな声に、ようやく顔を上げた。
「私は何も事情を知りません。でも、ルミはこの世にただ一人なんです。私に、初めてできた大切な友だちなんです。こんなに優しくて強くて素敵な人、他にはきっといない」
「私、頑張ります。ルミのようになるのは難しいかもしれないけれど、たくさん学んで、隣に立っても大丈夫な、立派な魔女になります……。だからっ、お願いします。ルミの友だちで、いさせてください」
それはもう嗚咽に近かった。
父親が、すっと前に出てきた。
「ルミ、良い友だちを持ったな」
にっこりと笑い、母親の肩に手を置いた。
母親は、はっとした顔をしていた。
「お母様、お父様、私はとても未熟です。この学校で正しい魔法を学びたい。私、家とは少し距離を置きたいです……。考えたいこともたくさんあるの。これからは、寮で暮らしても良いでしょうか?」
「……でも、あなたはっ」
父親が制止するように首を振った。それでも何か言いたげに彼女の方を見る。
「ごめんなさい……でも、私は私なの。仲良くなりたい人は自分で決めたい。代わりなんてない私になりたい。私ね、エレメンタリースクールに通っていた頃、友だちいなかったのよ、お母様」
母親はもう、言い返せないようだった。
「好きにしなさい。手紙は書くこと。それと、言い忘れていた……ルミ、合格おめでとう」
父親は、目を細めてそう言った。
そして、ミラの方を向く。
「ルミをよろしくね」
差し出されて握った手は、温かくとても堅かった。
ではそろそろ、と別れようとした時だった。
「ごめんなさい。貴方に罪は無いのに……。ルミと友だちになってくれて、ありがとう」
小さな声だったけど、ちゃんと聴こえた。
帽子を脱いで、頭を下げてくれる。
ミラは慌てて制止した。
もう一度見た、ルミの母親の目は、ルミそっくりの優しい目に戻っていた。
母親というものは、きっととても心配性なのだ。
だって、ミラの母親もそうだったのだから。