第13話 入学式
「これより、ミュルスン魔法学校、入学式を始めます。私は、魔法基礎学の担当、エルダー。貴方たちとはすぐに授業で会うことになるでしょう。覚悟しておくように。さて、あらためて入学おめでとう。今年は四十九人の魔女が入学試験に合格しました」
会場がざわつく。それでもエルダーがひと睨みすると、また静かになった。
試験が終わって直ぐに入学式。魔法学校ってせっかちなのかな、とふと思う。ミラはそれが助かるけれど、他の魔女たちは準備とか大丈夫なのだろうか。
いや、ミラが知らないだけで、他の子は入学スケジュールくらい把握しているのだろう。
「試験内容は『弱い自分との決別』でした。もちろん、オークの木を瞬時に探知し、魔法動物をかわしながら辿り着くことも試験の内です。実際、そこで脱落した者も多くいます」
「幻影魔法と戦うことが本当の試験。みなさん、それぞれ見えたものは違うはずです。どうやって乗り越えるか、そこを見せてもらいました。しかし、」
そういう試験だったのか。ちらりとミラは、ルミの横顔を窺った。特に表情の変化はない。
というか、やっぱりルミのおかげで受かったようなものだ。
だが一つ、ヴェズルフェルニルは別として、ミラたちは他の魔法動物からの攻撃を一切受けていない、ということが引っ掛かった。
「魔法は強すぎても弱すぎてもいけません。今日の試験中、森にかけられた魔法を破り、ヴェズルフェルニルを空に解き放った者がいました」
びくりとミラの肩が跳ねる。今度はなかなか周りの声が止まなかった。
「試験とは全く関係がないことを行って強い魔法を使い、あやうく身を滅ぼす所だったのです」
お見通しなのだ、全部。ミラは両手を握った。
「今、大変な騒ぎになっています。そんなことをしようと思った魔女は……これまでいませんでした。結果としては『良かった』ということになるのでしょう。あの森は謎が多いので、研究が進み、あらゆる魔女に感謝されるかもしれません。ですが、まだまだ未熟な魔女が、そんなことをするのは前代未聞です。その生徒には、後で話を聞くことになるでしょう。そして、先ほども言ったように、強すぎる魔法はいけません。身を滅ぼすだけならまだ良い。周りに危害が及んでしまうのだけは、避けるべきです」
ごくりと喉が動く。
「ヴェズルフェルニルの森は、本来、立ち入りが許されていません。何故なら危険だからです。みなさんも実際見て分かったかと思いますが、魔法動物がたくさんいます。彼らは私たちに滅多に心を開きません。手懐けるのは難しい。優秀な魔法使いのみ契約を交わし、使い魔にすることができる」
危険?あんなに優しい生き物が?それに、試験を受けた他の魔女たちは、魔法動物に遭遇しているようだ。
頭の上に、疑問符が浮かぶ。
「貴方たちには、ここで正しい魔法の使い方を学んでもらいます。この四年間で身に付けてください。魔法で身を滅ぼさないためにも」
最後、絶対見つけられるはずがないと思っていたのに、ミラはエルダーと目が合った気がした。
その後、学校の詳しい説明があり、あっけなく入学式は終わった。偉い人の話があると思っていたミラだったが、校長は現在出張のため、学校にはいないということだった。少し拍子抜けしてしまう。
さっきの疑問を、ルミに聞いてみようとしていた時だった。
「ねえ、四十九人って微妙な数字よね」
隣に座っていた魔女二人のひそひそ声が聞こえてきた。
「そう。なんでも、九人はぎりぎり入学できたみたいよ。ほら、エレメンタリーでも有名だったあの子たちばかりだって噂」
「え! あの変人たち?」
こそこそ話していたのが、段々とこちらにまで、まる聴こえになっていた。
「あ! でも、噂では一人……」
「行きましょう、ミラ」
ガタリと音を立てて、ルミが立ち上がった。
音に驚いたのか、二人の魔女がこちらを見た。ルミを見て目を丸くしている。そして、今度はちゃんとこそこそと出て行ってしまった。
すたすたと早歩きで進む。ルミの顔が何だか怖かった。
「ルミ」
反応がない。
「ルミッ」
もう一度呼ぶと、立ち止まり、はっとしたように振り向いた。
「あ、ごめんなさいミラ、ちょっと考え事をしていて」
「ううん。ねえ、これから私は、寮に行かないといけないんだけど、ルミは帰るんだよね?」
エルダーの説明で、授業は明日からと言われていた。
明日!?とは思ったが、驚いているのはミラだけだった。
家に帰ることができないミラは、寮に行かなければならない。場所も分からないけれど。ヘーゼルに聞いてみようと思っていた。
どうやら、自宅から通う魔女が圧倒的に多いようだ。ルミもきっとそうなのだろうと思っていた。
会場から出て、広いホールからも出る。やっぱりこの小さな小屋の中に入っていたとは、俄かには信じがたい。
外に出ると、大人の魔法使いがたくさんいた。
写真を撮ったり話したりしている。きっと家族で、入学した子どもを迎えに来たのだろう。
胸の奥がチクリと痛んだ。大切な宝箱の底に小さな穴が開くような、そんな気持ちがした。
「あのね、ミラ……」
意を決したように、ルミがこちらを見た時だった。
「ルミ」