第104話 油断
「やめるわけ無いでしょう」
ファウナが空中に杖を向ける。
黒い靄が広がり、そこから魔法動物たちが出てくる。
驚いて注意が逸れる。頬を打たれ、本を二冊とも取られてしまった。
その衝撃で、胸に下げていた魔法石のペンダントが落ちた。魔力は込めたまま、まだオレンジに光っている。
ファウナは、魔法動物たちをぐるっと見た。
「やっぱりこの魔法、便利よね。錯乱の魔法じゃ、命令できないもの」
杖をクルクルと回す。
「フローラの魔法だけれどね、研究して私のものにしたの。この魔法動物たちは、私の言うことしか聞かないわ」
「ファウナさん!」
「私ね、命を吹き込む魔法が使えるようになったのよ。以前は失敗に終わったけど、今日で終わらせる。私が書いた、この本の魔法動物を使って、貴女たちも、この街も、全てを壊すわ」
「どうしてっ」
ミラは、魔法動物たちをちゃんと見た。
本当は優しくて、楽しい子たちだ。
ミラにはそれが分かる。だからこそ、とても辛かった。
『……クル……シ……イ』
『カラダが……イウコトヲキカナイ』
魔法動物たちの声が聞こえる。
そうだ、物語の中で、ミラは彼らと会話をしていた。
これまでも、聞こえたような気がしたことがあった。
聞き間違いなんかじゃ、なかったんだ。
思い出した今、ミラには彼らの声が確かに聞こえる。
とても、苦しんでいる。
みんなが、魔法動物を鎮めようと戦う。
操られているだけ、そう知っているから、傷付けないように魔法を放っている。
「そんな生半可な魔法じゃ、相手にならないわ」
ファウナがせせら笑う。
「生半可かどうかは、まだ分かりませんよ」
ロッタが好戦的に返す。
「言うようになったなあ、ロッタ」
リラが加勢する。
「はい、ルミの杖」
トゥーリが、ルミに杖を投げた。
「ちょっと、危ないわよ。でも、ありがと」
正確な風の魔法と氷の魔法が飛び交う。
「ミラ!」
ニーナが、ミラの側で魔法を放つ。パールグレーの眩い光が辺りに広がり、魔法動物を包み込んでいく。
眠らせる魔法、ニーナバージョンだ。
ファウナは面白く無さそうに、その光景を見ていた。
「確かに小娘だと舐めていたわ。そういえば、ミュルスン魔法学校の生徒だったわね。中々、優秀じゃない。……でもね、大人を甘く見たらどうなるか、見ていなさい」
魔法動物たちが消える。
「なんだ?」
「消えたわ」
全員がファウナの方を見た。
「みんな、絵に戻してあげたのよ。上巻があるからね。もう、必要ない……ミラ、貴女はそのままで良いわ。その方が面白い」
ニヤリと、笑った。
『ある女の子の物語』下巻を掲げる。
そして、杖を向けた。
「ピトゥポータ」
ボッと火の手が上がり、本が燃えていく。
「嘘でしょ! なんてことを! そんなことをしたら」
ルミが叫んだ。
「さよなら、ミラ」
ファウナは、感情のない目でミラを見た。
ミラはその場に立ち竦んでいた。
瞬間、ミラが灰色の煙に包まれる。
「ミラああっ!」
ルミが直ぐさま駆け寄る。
本の焦げる臭いが、辺りに広がっていく。
無情にも、ミラの姿はもう何処にも無かった。