第102話 一緒
「あの、でも本の上巻を私持っていないわ。ファウナは、ああ言っていたけれど……」
フローラが、更に申し訳無さそうに言った。
「ああ、それなら私が持ってるの」
ミラは、頬の涙を拭い、そう言った。
フローラは「ええ!」と声を上げる。
「アルデバランにある書店で、偶然貰ったの。店主のスイバさんが、不思議な力のある本って言っていたけれど、こういうことだったんだね。きっと縁があったんだ」
「だからさっき、本を読んだって言ったのね……」
フローラは口を開けたまま、小さな声で言った。
「ほら、約束まであまり時間が無い。レオ、どうするんだ?」
リラがバーチを支えながら、指示を仰いだ。
「ああ。まずは、お前たちをミュルスン魔法学校に帰す。ミラは、上巻を寮に置いているのか?」
「はい」
「それを持ってきてくれ。俺は一旦、フローラ・ウァイブラードを連れて、マジョラムの所へ行く。ミスルトーやソレルも、もう動いているだろう」
「俺たちだけが使える移動扉がある。それは、マジョラムの校長室と繋がってんだ。同じようにして、きっと他の二人も来る」
そんなものが、とミラは驚く。
「まだ試作段階の魔法だからな。実用化に向けて動いている最中だったんだが……。今は緊急事態、ごちゃごちゃ言っている場合じゃねぇ」
全員、箒に乗って建物へ急いだ。
ラベンダーハイツのミラとルミの部屋。
いつもなら、二人とも寝ている時間だ。
ミラは、音を立てないように、自分の机に置いてある本を手に取った。
『ある女の子の物語』
まさか、こんなことになるだなんて。
今はそんなこと思っている場合じゃ無い。頭を振って、静かに階段を下りた。
玄関の近く、ラウンジから明かりが漏れている。
リラとロッタだろうか。
校長室へ、と思ったが、どうしても友だちたちに会っておきたかった。
ラウンジの扉を開けると、ミラとルミを除く、ラベンダーハイツの魔女全員が揃っていた。
「みんな……どうして」
「リラが叩き起こしたんだよ」
ロッタが可笑しそうに言う。
「本当に叩き起こされたんだから」
オーロラがむくれている。
「お前の了承を得た方が良いのは分かっていたが、今は協力するべきだ。悪いが、さっきのこと、話させてもらった」
悪い、とリラが頭を下げる。
ミラは首を振る。
「良いよ。みんなには言うつもりだったし。でも、協力って? 時計塔には私が行かないと」
「はあ? 馬鹿正直に従うつもりかよ? あたしたちも行くに決まってんだろ」
「そうですよ。ルミは私たちの友だちでもあるんですから」
アイリーンが、テーブルに身を乗り出す。
「そうそう。僕たちも一緒だ」
「当たり前」
「私も行くヨ」
メリ、トゥーリ、ニーナが微笑む。
「ルミなら大丈夫だと思うけど、でも、いつも助けてもらってばかりだからねー。偶にはルミを助けておかないと」
オーロラが、珍しく眠そうにしていない。
「みんな、同じ気持ちなんだからね」
ロッタが、ミラの手を握った。
ミラは、できるだけ明るい声で口を開く。
「ありがとう、嬉しいよ。……あのさ……もちろんもう、勝手なことはしないから、ちょっと庭に出てきても良い? ちょっと一人で落ち着きたくって」
ラベンダーハイツの庭は、とても美しい。
乾いた秋の風の匂いがして、思いっきり深呼吸をした。
小川を眺めながら、草原に座る。
水面に月が映っている。
とんっと背中に重みが伝わった。
「……一人にしてって言ったのに……」
背中にもたれたのはオーロラ。
隣には、トゥーリとロッタが座った。
ニーナが「じゃあ私は前!」と前方に寝転び、ミラの膝に頭をのせる。
リラとアイリーンが傍らにしゃがみ込み、メリが「僕の場所が無いんだけどおー。ちょっと詰めてくれるー」とお尻で押してきた。
「一人になりたい気分は分かるけど」
「私たちは今、ミラを一人にしたくない気分なんだ」
そう言われたら、もうダメだった。
堪えていた涙が、溢れ出てくる。
ミラは声を上げ、子どものように泣きじゃくった。
みんなは何も言わず、ただ側に居てくれた。
温かい。ミラの手は、身体はとても温かかった。
身体は自分の思うままに動くし、様々なことを考えることもできる。
「ミラはミラだよ」
誰かに、そう言って欲しかったのだとようやく気が付く。
ここに居て良いのか、自分は何なのか、何を信じたら良いのか、分からなくなりかけていた。
みんなが居る。
決して、独りじゃない。
ミラは、この世界に生きている。
「よーし。泣き止んだな」
リラが、ミラの頭をポンポンと撫でながら言った。
「ごめんリラ、バーチ様の所に行きたいよね」
リラは、ミラを安心させるように笑って言った。
「大丈夫だ、あのおっさん頑丈だから。今は他のこと、気にしなくて良い」
「さてと、みんなで行くにしても、どうしましょうか? 協会の魔法使いが許してくれるかどうか……」
アイリーンが急にスンとして言う。メリが「切り替え早っ」とツッコんだ。
「そのことなんだけど」
ロッタが手を挙げた。