第101話 いつも通り
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「そして、目が覚めたら、知らない森の中に居たの。マントを渡していたから、杖を持っていなくて、でも傍らには本が落ちていた。上下巻揃って。それだけは、ファウナの誤算だったんだと思う」
フローラは、懐から本の下巻を取り出した。
「何が何だか分からないまま、近くの街へ行って、そしてニュースを見たの。壊される建物、逃げ惑う人々。更に目を疑ったのは、私が犯人にされているということ。魔法をそのままにしていたから、きっと私の姿に変身し、私の杖で命じたんだわ」
胸の辺りを押さえる。
「ファウナに直接話を聞かないと、と思って、私は姿をくらますことにした。ファウナも私がそうすると踏んでいたのでしょうね。何とか正体を隠しながら、移動している内に、私は……私は、上巻を何処かに落としてしまったの……。寝不足で、疲労困憊で、精神的にもとても疲れていた」
ただの言い訳よね、と自嘲気味に笑う。
そうして、ミラをしっかりと見据えて、その場に座る。深く深く、頭を下げた。
「ミラ、本当にごめんなさい。私たちのせいで、長い間辛い思いをさせた。許して貰えると思っていないわ。でも、謝る他、どうしたら良いか分からないの。本当に本当にごめんなさい」
ミラはぎゅっと目を瞑る。
本当のことが、ようやく知れた。
それがどんなことであっても、受け入れるつもりだった。
それなのに、心が追い付いてくれない。
フローラのことが大好きであることは何も変わらないのに、身体が石のように固まって動いてくれないのだ。
気が付くと、はらはらと涙が頬を流れていた。
この涙が、悲しさから来るものなのか、悔しさや怒りから来るものなのか、それは分からない。
「話は理解した。それを信じる証拠はあるか?」
バーチが口を開く。包帯の巻かれた身体はとても痛々しい。
「……ありません」
頭を下げたまま、フローラは首を振る。
バーチは深いため息をついた。
「信憑性は高い。それに、あんたのことは知っている。嘘はつけねぇよな、ミラの前では」
頷いた。
「魔法動物を嗾けたのがお前さんじゃなくても、全く罪が無いと言うことにはならない。重要参考人として、協会で話を聞くことになるだろうよ」
「もちろんです。私は、罪人です……」
声が涙で掠れる。
ミラは、ようやく一歩前に出た。頭を下げ続ける、フローラの身体を起こす。
「……本当のこと、ずっと聞きたかったの。話してくれてありがとう。私……まだ、ちゃんと受け入れられていない。自分がこの世界の人間じゃ無いって言われても、ピンと来ない。……でもね、でも話を聞いていて、思い出したことがあるんだ」
フローラが、顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃだった。
「たくさんの魔法動物たちと仲良く暮らしていたこと、朧気だけれど記憶の片隅にあった。あの本を読んだから、そんな想像をしたんだって思っていたけれど、違ったんだね。とても鮮やかな思い出だったから……」
「それとね、やっぱり思い出すのは……お母さん、あなたの笑顔」
「……まだ、私のことをそう呼んでくれるの?」
声は震えている。きっとミラの声も同じように震えているはずだ。
「幸せな思い出しか無かった。お母さんと過ごす日々が、幸せで温かくて何よりも大切だった。私、お母さんのこと、大好きだよ。だから……置いて行かれたとき、とても悲しかった」
「魔法は綺麗なものって、あなたが教えてくれたんだよ……」
ミラは目をそらさない。
「理由があったのは分かった。ファウナさんのことも。私、本の中に戻らなくちゃいけないのだったら、従う」
「ミラっ」
「でも、友だちを助けないと。ルミを助けて、それで全てが終わったら、そうする」
ミラは自分の頭で考えた。何をすべきなのか、何を言うべきなのか。
「それは……あの、実は私……」
フローラが静かに言った。
「ファウナが、私の魔法で人を殺めたから、私は『呪い』を受けたの」
その場に居た全員が目を見開く。
「『命を吹き込む魔法』を私はもう使えない。それが『呪い』の内容だった……。呪いを受ける前に出した生き物は、そのままになっているみたいなの」
「え、じゃあ、ミラは、十六歳になるのを待たなくても、この世界でずっと生きられるってことですか?」
ロッタが聞く。
「……それが、そうもいかないみたいで。やっぱり、年月は必要なようなの」
「なんだかややこしいな」
バーチが面倒臭そうに言う。
「今日が十月三十日、夜十二時を過ぎて日付が変わったら、ミラはこの世界に定着するわ」
ポツリと言った。
「なんだ、話は早ぇじゃん」
軽く言ったのは、リラだった。
「十二時まで本を丁重に扱って、ミラを守り切れば良いってことだろう」
「確かにその通りだね」
ロッタが同意する。
「え? でも私、この世界の人間じゃないんだよ? 本の中に帰った方が」
「なんでだよ? ここに居れば良いだろうが。それともなんだ? あたしたちと一緒に居たくねぇってのか」
リラが笑う。いつものように、したり顔で。もう分かっている、とでも言いたげに。
「いたいよ……。みんなと一緒にいたい」
涙がまた、こぼれ落ちる。
友だちの『いつも通り』に救われる思いがした。