1話 転生したそうですが、この世界は…
初めまして、あーちゃんぬと申します。
よろしくお願いします!
——あれは、十歳の誕生日の時。
現実世界の青春系小説が好きだったけれど、初めて異世界の恋愛系小説を買った記憶は、まだ頭に残っている。その小説を買った後直ぐに読んでみると、予想以上に面白かった。その小説は、現実世界の高校生が、乙女ゲームの悪役令嬢に転生し、公爵家の令息と結ばれる物語だった。時にはすれ違い、時には甘い要素もあり、それは十歳の乙女心を擽った。
だが、もう一つ、面白かった要素が一つ。
——それは、『悲劇のヒロイン』
この小説は悪役令嬢に転生した女子がヒロインだが、その物語の中の現実世界で流行っていたとされる、乙女ゲームのヒロイン。それが、面白かったもう一つの要素。
今でもその悲劇のヒロインの言葉は思い出せる。
『何で、みんな私にばかり意地悪するの?』
『私が可愛くないから? ……それはそっか。私、可愛くないから……』
『最近の御令嬢は、なんで身分が下の男爵家の私ばっかりに酷いことを言うの?』
『や、やめて! そんなのあり得ない……。あの方は私と結ばれなきゃ……!』
………と、あげればキリがないほどに出てくる、ヒロインの台詞。
内心イラっとしたことは何回もあった。けれど、全ての悲劇のヒロインがぶりっ子、などと言うことはないのでは? と思ったのも事実。
(私だったら、完璧な悲劇のヒロインを演じてみせるのに……)
そう思ったら、早かった。
十一歳になってから、悲しい。嬉しい。他人が実績を積んで喜ばしい。大丈夫だと無理をして言っている。そんな数々の、本当に思ってるかのような表情や言葉の演技力を高めていった。世辞にも美人だとは言えない平凡な顔は整形をするしか方法はなかった。けれど、そんな勇気なんて、十一歳なりたての自分にはなかった。だから、顔は何とかならなくとも性格を……! と決意した。
そんなことを毎日部屋で行っていると、性格が変わった。本当に悲劇のヒロインらしくなったのだ。悲しい表情が顔に出て、仕草までもが可愛い。そんな自分に変われた。
人生が自分の努力で上手くいきそう。そう思っていたのは、浮かれていたのかもしれない。
横断歩道を歩いている最中、飲酒運転の車が突っ込んできた。
『……‼︎』
横断歩道の丁度真ん中らへんを歩いていたら自分は、無論車に轢かれた。
近くに居た同級生が『——ちゃん!』とこちらへ駆け寄って来る気配を感じた。
だがそんな声も、鬱陶しい耳鳴りと共に消えて、僅かに開いていた視界も——。
〜〜***〜〜
(やっぱり、これって、転生よね……)
目を閉じながら何かふかふかな物が背中に当たっている。車に轢かれた時の痛みが全然感じない。病院だとしても、何か違和感があったり痛みがあるはずだ。
だが、それが全然ない。
なんなら横たわりながら、呑気に欠伸を先程したくらいだ。
小説の読み過ぎかもしれない。だが異世界恋愛小説ファンにとって、これしか——転生しか考えられなかった。
目を開けるのを躊躇っていたためずっと閉じたまま過去という前世を思い返していたが、意を決して恐る恐る目を開ける。
目を開けて待っていたのは、天蓋付きベッドだった。そしてそのベッドに自分が横になっている。信じられない光景に、こくりと喉を鳴らした。
「小説みたい………」
ポツリと呟いた感嘆に近い声は、静かな部屋にかき消された。
(お嬢様に、転生したのかな……?)
とりあえずと起床して、今の自分の顔が見たくなった。鏡を探そうと目を擦ると、視界が少しだけだがクリアになった気がする。
そのクリアになった目で部屋中を見渡すと、全てが豪奢で驚いた。何故、そんなに豪奢なのか。答え、お嬢様だから。そう自問自答していると、ふと机の上に置いてある本に目が留まった。
「あれは……?」
不思議に思いながらも警戒しながら、その硝子で造られた丸テーブルに向かう。本のタイトルは、『クララ・エウン・ヘコシーリル』とだけ、油性ペンで書かれている。だが、決してその文字は日本語ではないため、何だかよく分からない。普通はそうだろう。だが、読めた。読めたのだ。転生チートなのか、それとも記憶を取り戻す前の感覚に引きずられているのか。それのどちらかだったら、感覚に引きずられていると選択した方が現実的だ。
いや、転生している時点で現実的ではないのだが。
「私の今の名前は、クララ・エウン・ヘコシーリル……?」
(そう……なんだろうね)
この部屋にある以上、この本はそのタイトル名にある人の名前だ。イコール、この本は自分の……クララの本なのだろう。納得はし難いが可愛い名前であるのも事実。可愛いが大好きな自分にとって、このクララという名前は自分の名前なのだと納得したい。というかしている。
「……内容は、なんて書いてるんだろう……」
クララは思わず首を傾げ、疑問を抱いた。だが、その首を傾げる行動に吃驚し、目を見開いて口を小さく開いたのだ。何故? その行動が前世の癖だからだ。
(前世の癖は、今世でも引きずられている……?)
きっと、そうだろう。
クララは喜びが堪えきれなくなったかのように、頬を緩ませる。
(だったら私は、今世では完璧な悲劇のヒロインを目指そう‼︎)
前世では、あともう少しで完璧な悲劇のヒロインというところで車に轢かれたため、目標は達成していなかった。だが今世に癖がおまけで付いてくるのなら、今回こそ完璧な悲劇のヒロインを目指せるのではないだろうか。
クララは緩んでいる頬をジンジン痛くならない程度につまんで、ニヤニヤしている口を整える。そして、本の内容はなんなのかとウキウキしながら開く。
「え……?」
掌の中に収まった本の最初の頁には、左側に『王立シュミレーク学園』と書いてある。右側には『シンセーク魔法学園』と書いてあり、その文字だけは赤い丸で囲まれていた。だが、クララが気になったのは、そこではなく——。
「ちょっと待って……。王立シュミレーク学園って、『ハツアナ』の舞台である、……学園じゃない!」
『私の初恋は貴方だから』は、前世で悲劇のヒロインを観察していた、唯一の乙女ゲームである。これで乙女心が成長したと言っても良い。
ありがとうございました!