9話 賛同者第2号
「えっと、下塚秋乃と言います」
「こんにちは。桐生院春葉です」
「改めまして、井上四季と申します」
教室から人影がなくなり、空腹を感じる時間帯。
定位置に座る俺は、女の子から冷ややかな目線を浴びている。2人が挨拶をしたものだから、自分もするのが道理かと思ったのだけど、どうやら違っていたらしい。
女の子の思考は分かりにくい。
「そんなこともちあ下塚さん。本当に良いの?」
「私なんかで良かったら協力させて? あと、名前でいいからね? 春葉さん」
「嬉しいなぁ。あっ、だったら私のことも名前でね? 呼び捨てで全然おっけぃだよ?」
「ありがとう? じゃあ……春葉?」
「はいはい~秋乃?」
俺に向けていた冷やかさはどこへやら、目の前で始まるガールズトーク。こうなると、ハブられた方はたまったもんじゃない。
本当に女の子の思考は分かりにくい。
楽しそうな2人の会話に入り込む隙間はなく、勇気も持ち合わせていない。
となれば、一足先にお昼でもいただこう。俺は机に置かれた弁当の包みをほどき、ゆっくりと手を合わせる。
(いただきま……)
「って、なにご飯食べようとしてるの? 四季?」
「色々と話すんじゃなかったの? 井上君?
「えぇ……」
(これだから女の子は……)
昨日旧校舎で起こった出来事。その最後に下塚さんから言われたのは、何かしらの要望が欲しいということだった。
そういったものに縛られていた方が逆に安心するという謎の理論を言われ、困ったものの……思いついたのが条件が、下塚さんに賛同者の1人になってもらうこと。
問題は生徒会と同好会の兼任が可能かどうかだったけど、その点は問題ないらしい。
というわけで、あの後ボランティア同好会発足に関しても簡単に話をしたところ、一気に雰囲気が生徒会モードに突入した下塚さん。
さっそく、今後について話をしたいと今に至る訳だ。別に休み時間でも構わないと言ったけど、どうせなら時間の長い方が良いとお昼休みを選ぶ辺り、根本的にはしっかりしているとは思う。
現にいつもは学食へ行っているのに、今日はお弁当を持参している程、用意周到だ。
「でも、流石にお腹すいてきちゃったよね?」
「確かに。食べながらにする?」
「そうするぅ~!」
(まぁ俺に対しては、どうかはわからないけど)
「あっ、春葉のおかず可愛いね?」
「ちょっとアレンジして作ってみたんだよ~」
「えっ、手作り? すごい」
「いやいや、昔から料理作るの好きなだけだよ。もしよかったらあげるよ?」
「本当? ありがとう。じゃあ、私のから好きなの取って?」
「いいの? どれにしようかな」
(……疎外感もここまでくると、完全な観覧者気分になれるもんだな)
こうして話し合いは一旦停止状態となり、ごく普通の昼食時間となった。自分の机に弁当箱が3つもある光景は流石に少し狭さを感じるものの、滅多にないものだけに珍しさを感じる。
とはいえ、目の前で向かい合いながら、和気あいあいと弁当を食べる2人の様子に、別の机で食べた方がいいのでは? なんて疑問を感じたのは秘密にしておくべきだろう。
「それにしても、秋乃が協力してくれるのは助かるよ」
「本当? ふふっ」
「四季から直接言われたの?」
春葉の言葉に、一瞬下塚さんの視線が俺に突き刺さる。
おそらく昨日の出来事及び、妄想癖について決して口にするなとの警告だろう。そして話を合わせろという無言の圧力も含まれているはずだ。
もちろん、俺だって約束を破るつもりはない。
「そりゃ4組の皆には声掛けたからな」
「そうそう。なんかすごいこと考えてるなって。だから、ぜひ協力したいと思ったの」
「流石、生徒会副会長さんだ」
(ふぅ、とりあえず大丈夫か)
そんな雑談を交えつつ、お昼を終えた俺達。各々が片付けるのを確認し、ようやく本題へと入ることが来た。正直俺と春葉だけでは情報も不足するだろうし、画期的なアイディアも頭打ちだ。ここで生徒会役員の知恵を拝借しない手はない。
「えっと、とりあえず現状を報告しようか?」
「は~い」
「お願い」
「同好会発足には5人が必要。今は3人の確保が完了している。残るは2人なんだけど、知っての通りほとんどの人が部活に所属していて、兼任は難しい雰囲気だ」
「確かに京南で部活に入らない人は少ない。特に3年生なんかは生徒会にすら誰も入らなかったからね」
「だよな? ただ、そこをクリアしない限り同好会すら危うい。ちなみに下塚さん?」
「うん?」
「率直に生徒会的にはボランティア同好会って印象どう?」
その点については、今後の活動や部活昇格にも非常に重要な部分だと思っていた。
「ざっと聞いたけど、単純にボランティア活動を主とした団体なんだよね?」
「そうそう。学校内や地域のボランティア活動を募集したり、内容によっては生徒の悩みなんかも解決できればって考えてるんだよっ!」
活動内容については、大体の大枠を春葉と一緒に考えていた。あくまでボランティア活動を主として、生徒からの相談やお悩みにも対応する。
抱えられる件数には注意は必要だけど、活動計画としては問題ないだろう。
「だとすれば、特段問題点はないんじゃない? むしろここ数年、部活はおろか新しい同好会すら出来てない訳だし、意欲的なことを考えれば生徒会としても応援する立場になる気はする。少なくとも七夕会長ならそうだと思う」
「つまり、同好会そのものには歓迎ムードか。ちなみに、俺については?」
「どうかな? 噂は耳に入ってるけど、私はクラスでの井上君見てるから気にしないよ」
(是非とも昨日の光景を、リピートさせてみたいものだ)
「ん? なにか? 井上君?」
「いや? 別に。生徒会の他の人達はどうだ?」
「会長も噂は聞いてると思う。でも基本的に物事においては中立的。自分で見たもの、聞いたこと、感じたことを総合して決断するから、同好会発足のメリットと風の噂のどっちを取るかと言われたら前者な気がする」
「まぁ、それも含めて話がしやすってのが七夕会長の良さだもんねぇ。同じ年には思えないもん」
(それには同感だ。お嬢様兼、優等生兼、相談役ってイメージの通り、悪い噂を1つも聞かない。まるで俺とは真逆だな)
「だよね。でも、1人……怪しい人物が……」
「誰だ? 新しい1年か?」
「会計の陽……いや、菊重さんなんだけど、あいつ生粋の男嫌いでさ」
「男嫌い? まるで四季の天敵じゃない!」
「なんで目を輝かせてんだよ春葉。結構重大だぞ?」
菊重陽。新しい同好会発足に難癖付けるとしたら、会計関係を担当しているこいつだと思っていた。その上、男嫌いという何ともアンラッキーな情報はこれから物事を進めるにあたってナイスな情報だった。
(とりあえず、菊重さんには気を付けないと。仮にも近くで変なことは出来ないな)
「まぁ有益なことと言えばこれくらいかな? それで? 生徒会役員には同好会関係聞かれた場合、答えてもいいかな? 私が賛同してるって知ったら少なくとも菊重さんは聞いてくるよ?」
「そこは全然問題ないよ。俺達だって健全な同好会発足を目指してるわけだしな」
「健全……ぷぷっ」
「春葉? なんでそこで噴き出してんだよ」
「だって……ふふっ。ごめんごめん」
(こいつ……見た目チャラい男から健全なんて言葉が出たもんで、笑いやがったな?)
「とにかく、残り2人。私も色々あたってみるから、頑張りましょ?」
「ありがとねっ、秋乃」
「よろしく頼む」
ボランティア同好会発足まで、賛同者残り2人、顧問の先生1人。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>